top of page

いのちは誰のもの

 ウクライナとロシアが戦争をしています。互いに国境を接していて歴史的にも文化的にもつながりが深いといわれている両国なのに、どうしてこんなことになってしまったのかと言葉がみつかりません。歴史を遡ると、10世紀末、現在のウクライナを支配していたのはウラジミール大公で、この大公は国政改革の一環としてキリスト教を国教に定めたのでした。

 それまでロシアの人たちは独自の民族宗教を信じていましたが、これを境に各地でキリスト教を導入し、それがロシア全域に広まっていったといわれています。ただし、これだとウクライナが兄でロシアが弟になってしまいます。ロシアのプーチン大統領は、それが気にいらないためか「ウクライナと言う国はもともとなかった。ロシア革命後にその指導者の譲歩によってできたのだ」と言っています。それはともかく、両国は互いを兄弟と呼ぶ関係であっただけに、各個人単位では結びつきが深いのです。それを無残に切り裂く政治とはいったい何なのかと思わされます。地下鉄の暗がりで「死にたくない」と涙を流しながらおびえている少女。自宅に落ちたミサイルで家族が死に、一人とり残されて途方に暮れている老女。完全武装した銃で威嚇しながら、夢遊病者のように目がうつろでいるロシア兵。混沌とした状況の中、解決の手段として核まで持ち出すことが話し合われています。何と馬鹿げたこと。正気とは思えないことに歴史の歯車は進んでいくのでしょうか。そうすれば、すべてのいのちが失われてしまう。だれも、そんな権威をもっていないはず。いのちは神のものであるからです。

最新記事

すべて表示

キリシタン史跡

今週、まるで春を通り越したような日に、南三陸町市まで車を走らせて、キリシタンの史跡を巡ってきました。ニュースレターの取材をするという牧師たちに誘われて同伴したのでした。被災支援では何度も往復した道でしたが、こうした目的で歩いたことがなく、多くのことを教えられました。この地域一帯は、東北最大のキリシタンの殉教地と言われています。 最盛期のキリシタン人口は3万人とも言われ、寛永16年(1639)の弾圧

愛の中に

牧師室の壁に、小学2年生の子どもたちから届いたA3サイズの手紙がかけてあります。昨年、生活科の授業で町探検があったとき、教会にきてくれた子どもたちが作った「すてき新聞」です。住んでいる町内で「みつけたすてき」の中に教会が入っているのは感謝です。 この会堂を建設したのは、還暦を過ぎて牧師になった藤森誠之先生です。以前、藤森先生は東京で中学校の教師をしていました。定年を前に退職して、奥様と共に神学校に

北帰航

近くの水の森公園を歩いていて、蕗の薹(ふきのとう)が顔を出しているのを見つけました。子ども心になって、春を探していると楽しくなります。散歩コースであるこの公園の端に丸田沢という溜池があります。毎年、ここに多くの鴨や白鳥たちがきて観察者たちを楽しませているのですが、その白鳥たちが北に帰るときが近づいてきました。夕暮れになると、周辺の餌場から編隊を組んで引き揚げてきて、少しづつ高度を下げながら布をかけ

最新記事
アーカイブ
タグから検索
まだタグはありません。
ソーシャルメディア
  • Facebook Basic Square
  • Twitter Basic Square
  • Google+ Basic Square
bottom of page