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雑談とコーヒー

  • 3月20日
  • 読了時間: 2分

 教団総会の休憩で、知り合いの牧師と雑談をしていたのですが、思いがけなく話が発展しました。

「とにかく、最近は生(なま)の人間に向き合おうとしないんですよ。スマホでメールでやり取りしないと話し合えないなんて」

 既に中年の域にかかったその牧師は、関っている若い人たちの感想を、溜息まじりに痛みを紡ぐように語るのです。

「そうですか。言われてみれば確かに」と、私は、手にしたコーヒーをゴクリと飲み込みながら、ひっかかるものを感じてしまいます。あるいは、世代の違いを察する感覚が、鈍くなってきているのかも。でも、言われてみれば、どこかに変化が起こっているのかも知れない。そのとき、20年前のことが頭に閃き、口にしました。

 「ずいぶん前に、子どもたちの認識能力がおかしくなっていると聞いたことがあります。低学年の子に絵を描かせると、顔が三角だったり、手足が異常に長い人が描かれたりすると。ゲームやアニメなどを長時間見ている影響だそうです。そのことを語った医師は、子どもたちの前頭葉に変化が見られると指摘してました」

 「今はそれが、スマホとかパソコンになっている。AIの活用によって、ますますそうなるでしょうね」

 リラックスしたくてソファに腰かけたのに、どんどん気分が暗くなってしまいました。話相手に申し訳ないけど、しばらく目を閉じていると、まだ会話が頭の中をめぐっています。結局、人間観なんだろうなという気がします。

「それなら小手先で解決しようとしても何ともならない。人生の価値は、自分が神に愛されていることなのだから」とひとりごちていました。

 

 

 
 
 

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