top of page

11年目の3.11

 11年前のあの日、日頃から気心の知れた3人の牧師が集まって祈り会をしていました。会場となったのは、市内北部に位置する泉聖書教会です。中野先生による聖書の短い奨励が終わって、これから祈りに入ろうとするときに地震がきました。大きな横揺れがあり、それが次第に強くなってきます。私たちは、この地震が直ちに治まるよう祈り続けましたが、会堂の奥からはガラスが割れたり、物が倒れる音が鳴り響いていました。

 帰途、信号機がつかない道路は渋滞が始まっていました。慎重に車を運転しながら自宅に戻ると、教会の前に家の屋根瓦が砕け落ちていて、「お宅の屋根の十字架が落ちてくるかと思いました。」と不安げに言われたのです。思わず塔の上に立つ4メートルの十字架を見上げました。

 停電はすぐに復旧しないとわかったので、クリスマスのときに使った蝋燭を探し出して、何とかその晩の明かりを確保しました。少し安堵したものの、ラジオから流れる情報に耳を疑いました。多賀城市のジャスコに津波が押し寄せている。長女が近くの市役所に勤務していて、携帯での連絡もとれないのでいました。

 11年という歳月が昨日のように思い出されます。あの泉聖書教会は、その後、基礎が壊れたことで立て直しとなり、今は困難を乗り越えて新しい会堂が建っています。震災直後に連絡のとれなかった長女は、後から聞くと、上司の命令で海と川をつなぐ水門を点検しに行っていたとのこと。生死を分けるところで、すんでのところで生き延びてきたのだと思わされます。この期間、変わったものと変わらないものがはっきりとしてきました。震災時の光景は大きく変わりました。昨日、仙台港近くの公園に足を延ばしてみると、きれいに整備された砂浜が広がっていました。変わらないのは目にみえない部分です。そこにどれだけ心を寄せることができるか。主の前に試されているような気がします。



最新記事

すべて表示

日曜の朝、盛岡みなみ教会との合同礼拝のため、日の出前に車で仙台を出発しました。盛岡の教会の主任牧師を兼ねていることによるもので、二ケ月に一回の間隔で両方の教会をリモートで結ぶ礼拝をしています。高速道路を使うと仙台から盛岡までは2時間。でも、高速道路に乗らないで一般道を走ってみようと思いました。実は最近、車の調子が悪く心配なことがあったからです。オートマチックの変速ギアがうまく作動しないのです。その

久しぶりにこのコーナーに記事を書いています。前回は8月でしたから半年近くも空けたことになる。おまえの秋はどこに行ったのか、名前だけに秋が残ってると言われても仕方ないのです。今年の反省として、息切れして続けられなかったことがあげられます。特に後半はへたることが多かった。一度、地面に尻をついてしまうと、なかなか起き上がれないのと同じです。それでもホームページは、役員であるT兄の労によって更新され続けま

30年程前のこと、私は、Oさんという統一教会の信者の脱会のため、その親族の方々と一緒に取り組んでいました。その頃は、今と同じように被害のことが連日マスコミで取り上げられていました。どのカルトも最初は優し気で、親切に悩みを聞いてくれます。Oさんというその娘さんは、地方から都会に出で来て孤独であったときに、統一教会の勧誘を受けたのでした。家族がその異変に気が付いたのは、帰省して家族と交わったときだった

最新記事
アーカイブ
タグから検索
まだタグはありません。
ソーシャルメディア
  • Facebook Basic Square
  • Twitter Basic Square
  • Google+ Basic Square
bottom of page