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15年目の春

  • 3月14日
  • 読了時間: 2分

 午後二時四六分。あのとき、もう少し時間のタイミングがずれていたら、我が家でも津波による犠牲者が出たでしょう。〇〇が、上司の業務命令により、海と川を繋ぐ水門の様子を見にいったのです。間一髪、危機を免れたのは、津波が来る前に点検を終了したからでした。

 今週、仙台市内の青葉壮教会で、東日本大震災の追悼記念会が行われました。死者と行方不明者の総数は二万二千人。今も行方不明者が二千五百人、原発による避難者は二万三千人とされています。追悼集会では、91歳になられたインマヌエル教団の田中牧師により、慰めに満ちたメッセージが、力強く語られました。

 それにしても、あの震災時に、ラジオから流れるニュースは、にわかに信じられないことばかりでした。あれから15年が過ぎても、一コマ一コマが鮮明に思い出されます。一番ショックだったのは、実家がある気仙沼の湾内に火災が発生し、暗闇の中で海が火に覆われていたことでした。翌日から仲間と共に緊急車両の許可を得て、連日、救援のため三陸道を往復しました。

 昨日、散歩をしていると、道端に梅の木があって、白い花が満開になっていました。振り返ってみると、震災のとき、満開になった桜を虚脱状態でみていたことが記憶に残っています。でも、梅の花の開花について全く記憶はありません。震災に近い日だし、甘い香りに強烈なギャップを感じてもいいのに。ただ、あのときには、現実をどう受け止めていいかわからなかった。そんなことからすれば、散歩しながら梅の花をぼんやり見ていられることも、主が備えられるときであるのかもしれません。

 
 
 

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