top of page

北帰行

  散歩がてら、自然公園の駐車場から調整沼へと歩いていると、上空を十羽の白鳥が飛び過ぎていきました。その姿は澄んだ青い空に溶け込んで、浮雲と見紛うばかりにきらめいています。

  先日、テレビのアナウンサーが「白鳥たちの北帰行が始まりました」と言っていたのが気になりました。北帰行という言葉は辞書には載っていないもので、歌謡曲からきているものです。その若いアナウンサーはどこかで聞いのを誤解したのかもしれません。50年程前に、小林旭の北帰行という歌が大ヒットしました。私も柄にもなく口ずさんだものですが、「北へ帰る旅人一人 涙流れてやまず」 という歌詞は男のロマンに溢れているし、それにどこかにノスタルジーを感じさせるものがあります。

  沼を囲む土手の歩道には、防寒着に身を包んでシャッターチャンスを狙っている人たちが数人いました。目立たない小さな沼ではあるのですが、毎年、多くの白鳥や鴨などの水鳥が飛来し、春先まで急場のにぎわいをみせるのです。おそらく水鳥たちの間では評判の沼でもあるのでしょう。飛び立つ鳥もいれば、舞い降りる鳥もいるので、北に帰るための中継点になっているのかも知れません。

 渡り鳥が季節と共に移動するのは、自然の中に組み込まれたからくり時計のようです。時が来れば、必ずそれは起ることだからです。若いエレミヤが主に「あなたは何をみているのか」と問われ、「アーモンドの枝をみています」(エレミヤ1:11)と答えたことが思い出されます。それは神の言葉の実現という強いメッセージに繋がっていました。

 白鳥は、毎年、シベリアから何千キロもの距離を移動するのですが、人間以外にそれを妨げるものはありません。そして、今日、人間社会では移民のことが世界的な大問題になっています。自由に行き来するのはけしからんという声が高まっている。そう考えると、人間とは何と傲慢で、不自由な生き物かと思わされます。何ともやりきれない気持になってしまいます。

最新記事

すべて表示

日曜の朝、盛岡みなみ教会との合同礼拝のため、日の出前に車で仙台を出発しました。盛岡の教会の主任牧師を兼ねていることによるもので、二ケ月に一回の間隔で両方の教会をリモートで結ぶ礼拝をしています。高速道路を使うと仙台から盛岡までは2時間。でも、高速道路に乗らないで一般道を走ってみようと思いました。実は最近、車の調子が悪く心配なことがあったからです。オートマチックの変速ギアがうまく作動しないのです。その

久しぶりにこのコーナーに記事を書いています。前回は8月でしたから半年近くも空けたことになる。おまえの秋はどこに行ったのか、名前だけに秋が残ってると言われても仕方ないのです。今年の反省として、息切れして続けられなかったことがあげられます。特に後半はへたることが多かった。一度、地面に尻をついてしまうと、なかなか起き上がれないのと同じです。それでもホームページは、役員であるT兄の労によって更新され続けま

30年程前のこと、私は、Oさんという統一教会の信者の脱会のため、その親族の方々と一緒に取り組んでいました。その頃は、今と同じように被害のことが連日マスコミで取り上げられていました。どのカルトも最初は優し気で、親切に悩みを聞いてくれます。Oさんというその娘さんは、地方から都会に出で来て孤独であったときに、統一教会の勧誘を受けたのでした。家族がその異変に気が付いたのは、帰省して家族と交わったときだった

最新記事
アーカイブ
タグから検索
まだタグはありません。
ソーシャルメディア
  • Facebook Basic Square
  • Twitter Basic Square
  • Google+ Basic Square
bottom of page