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羊の声

 教会は、「わたしの羊はわたしの声を聞き分けます」(ヨハネ10:27)という言葉でスタートした年でしたが、早くも12分の1が過ぎてしまいました。例年、この時期は各種の事務作業に追われ、アっという間に時が過ぎてしまいます。静まって考えてみると、主イエスは羊飼いの姿ではなく、声の方に注意を向けているのですね。何の武器も持たない羊は、視力と聴力が共に優れているということです。遠方にいる羊飼いであっても、羊は見分けることができないことはないでしょう。そんな中で聞くということが優先されるのは、神の言葉は信仰をもって聞かれなければならないからですね。

子供の頃、春先になると山羊が出産するのが楽しみでした。子山羊は成長が早く、生まれてから一週間もすると散歩に連れていくことができました。純白な毛に覆われた姿は美しく、綱をつけなくても一生懸命にいてくるのがとてもかわいらしく思えたものです。ただ、それは小さいときだけであって、大人になるに従い言うことを聞かなくなります。

 キリスト者は羊にたとえられています。大人になるに従い、羊飼いの声をますます聴き分ける者になりたいですね。

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日曜の朝、盛岡みなみ教会との合同礼拝のため、日の出前に車で仙台を出発しました。盛岡の教会の主任牧師を兼ねていることによるもので、二ケ月に一回の間隔で両方の教会をリモートで結ぶ礼拝をしています。高速道路を使うと仙台から盛岡までは2時間。でも、高速道路に乗らないで一般道を走ってみようと思いました。実は最近、車の調子が悪く心配なことがあったからです。オートマチックの変速ギアがうまく作動しないのです。その

久しぶりにこのコーナーに記事を書いています。前回は8月でしたから半年近くも空けたことになる。おまえの秋はどこに行ったのか、名前だけに秋が残ってると言われても仕方ないのです。今年の反省として、息切れして続けられなかったことがあげられます。特に後半はへたることが多かった。一度、地面に尻をついてしまうと、なかなか起き上がれないのと同じです。それでもホームページは、役員であるT兄の労によって更新され続けま

30年程前のこと、私は、Oさんという統一教会の信者の脱会のため、その親族の方々と一緒に取り組んでいました。その頃は、今と同じように被害のことが連日マスコミで取り上げられていました。どのカルトも最初は優し気で、親切に悩みを聞いてくれます。Oさんというその娘さんは、地方から都会に出で来て孤独であったときに、統一教会の勧誘を受けたのでした。家族がその異変に気が付いたのは、帰省して家族と交わったときだった

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