感謝なこと

高齢者の介護施設で働くようになって4年になります。週3日の夜勤での軽作業ですが、これに通常の牧師の業務が重なると結構きついものがあります。夜勤明けに教団の委員会で東京まで出張し、帰ってきてからそのまま夜勤ということも珍しくなくなりました。合間を縫って原稿書きや事務作業、それに訪問とか他の会議や集会などが加わります。これが会社であったら、間違いなくブラック企業だろうと一人で苦笑したりします。40代や50代のときには、こんな生活パターンでは体がついていかなかったでしょう。それが不思議なことにと66歳の今は大丈夫なのです。今週は夜勤明けで、大学礼拝の奉仕をしてきました。大学まで車で40分かかるので、居眠り運転にならないよう車の中で仮眠をとってからです。礼拝への学生の参加人数は、入学当初よりずっと減っている感じでした。それでも500人ぐらいの学生が御言葉に耳を傾けてくれました。友人は、「そんなことをしていたら、いつ倒れるかしれないよ」と忠告してくれます。確かにそうかもしれない。最近、心臓の動きが弱ってきているようにも思う。自信過剰にならないように思います。でも、こうしたことにも主の守りがあるのです。だから感謝して行けるところまで行ってみようと考えています。

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30年程前のこと、私は、Oさんという統一教会の信者の脱会のため、その親族の方々と一緒に取り組んでいました。その頃は、今と同じように被害のことが連日マスコミで取り上げられていました。どのカルトも最初は優し気で、親切に悩みを聞いてくれます。Oさんというその娘さんは、地方から都会に出で来て孤独であったときに、統一教会の勧誘を受けたのでした。家族がその異変に気が付いたのは、帰省して家族と交わったときだった

6月の第三日曜日は父の日です。その発端は1900年代初めに、アメリカのソノラ・スマート・ドットという夫人が、亡き父に感謝と尊敬を表したいと思ったことでした。 ワシントン州スポーケンに住んでいたドット夫人は、南北戦争で英雄として知られたウィリアム・J・スマート軍曹の末娘でした。戦争が終わってやっとのことでウィリアム軍曹が帰還したとき、妻はそれまでの心労がもとで病に倒れ、間もなく天に召されてしまいます

財布を持つのを忘れたままバスに乗ってしまいました。スマホは対応していないし、Suicaも持っていない。未だに整理券によって現金払いしているアナログ人間です。どうしようと冷や汗が出てしまいました。駅近くにある施設で開催された宣教会議のため、前の晩、パソコン、マイク、スピーカーと一つ一つを確認してカバンに詰め込んだのです。出がけにいつもなら車で行くのに、駐車料金が高いからと慣れないバスにしたことが大失

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