擬態

 雨が降り続いたときに、アマガエルの擬態について考えてみました。擬態というのは、体の色やかたちを周囲の環境に合わせて天敵から身を守ることです。アマガエルは草の中にいるときには緑色をしていますが、泥の中では土色に変化することが知られています。まるでドラえもんの道具のようなもので、子ども向けの本などでは生物が長い進化の過程で身につけたものと説明されます。けれども単純に考えて、どうしても解せないことがあります。それは、アマガエルはどのようにして自分を認識するのかということです。自分を客観的に認識できなければ、自分の体の色がどうなっているかなんて記憶することができない。そうであれば、そこから皮膚の色を変えるなどという飛躍的なことは絶対に無理でしょう。試しにアマガエルの前に鏡を置いて、そこに映るカエルの姿を自分と同一視できるかどうか実験して確かめることができるかもしれません。もし同一視できるなら、アマガエルは水たまりに映る姿を自己と同一視できることにつながります。時間があれば、そんな研究をしてみたい。アマガエルの前に鏡をおいて、自己と認識できるかどうか。誰か同じようなことを考えてチャンジする人はいないかな。

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財布を持つのを忘れたままバスに乗ってしまいました。スマホは対応していないし、Suicaも持っていない。未だに整理券によって現金払いしているアナログ人間です。どうしようと冷や汗が出てしまいました。駅近くにある施設で開催された宣教会議のため、前の晩、パソコン、マイク、スピーカーと一つ一つを確認してカバンに詰め込んだのです。出がけにいつもなら車で行くのに、駐車料金が高いからと慣れないバスにしたことが大失

夏が来たかと思うような陽気は、今朝には一転して震えるような冷気に置き換わっていました。団地のロータリーに咲いていた桜が、昨夜からの雨に打たれて葉桜になっているのを見ると、大事なものを見逃してしまったような寂しさを覚えます。あれほど盛んに飛び交っていた燕はいったいどこにいってしまったのでしょう。想像するに、巣作りでは寸暇も余裕がないはずですが。それでも時おり庭先にすずめが来て、チュンチュンとかわいら

出会いの印象は、イメージが先行していることがあります。あるとき、教団の全国大会に出席したときのことです。受付の近くに広く名前が知られた御婦人がいることに気づきました。私の知っているYさんの親でしたので、パンフレットを配っているその方に近づいて「秋山と申します。日ごろYさんにはお世話になっています」と挨拶したのでした。するとその方は、振り向きぎわに「アッ」と声を上げる共に「イメージと全然違っていたわ

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