コロナウィルス2020年2月27日読了時間: 2分 新型コロナウィルスの蔓延によって、日本各地のコンサートやイベントなどが中止に追い込まれています。仙台市内では、3月11日に予定していた東日本大震災の犠牲者を偲ぶ追悼集会が中止となりました。毎年、仙台青葉壮教会を会場に、教派を越えて行っていた集会ですが、思いも因らずこのような結果になってしまったことは残念としか言いようがありません。それにしても、このコロナウィルスは、今後、私たちの社会全体にどのような影響を及ぼし続けるのでしょうか。それは医療、経済、教育、交通、介護、スポーツなど、あらゆる分野に大きな負荷を与えることでしょう。私自身は、週に何回か高齢者の介護施設で夜勤をしていますが、もし、そこにコロナウィルスが入り込んだら、適切に対応できるだろうかと心配になります。しかし考えてみると、人の罪の性質というのも、これと似たものがあるようにも思います。感染ということでは、人は罪に対して防ぎようがない弱さを抱えているからです。コロナウィルスは新薬の開発が急がれています。そのうちワクチンが使用できるようになるでしょう。そうすれば、この問題を人類は克服したということになるのかも知れません。でも、罪に対して人は無力のままであることを自覚し続けたいと思います。ただ、福音だけがこの罪から救ってくださる。人の弱さを自覚しながら、福音の恵みを語っていきたいと思います。
開所式実家は、気仙沼市の山奥にあります。8年程前、その家の納屋を改装してNPO法人が立ち上がりました。障害を抱えた子どもたちや高齢者の居場所作りとして、看護師を定年退職した義姉が中心としてはじめたのでした。その頃、わたしは別のNPO法人と関係をもっていたので、立ち上げのための相談を請われ、今に至っています。 施設といっても、所詮は納屋の一角であり、設備の点でも広さの点でも充分ではなく、理想にはほど遠い
再会数年前、思いがけなく声をかけられて、青年時代の知人と再会しました。およそ50年ぶりになります。かつて私は日立製作所の社員でした。配属されていた現場には、開発を始めたばかりの超伝導の製品が流れていました。核融合の実験装置とか、リニアモーターカーの浮上装置のような物です。これは最先端の部署で学ぶようにと、担当課長の配慮によるものです。それでも、わたし自身は、連日の単調な作業に飽き飽きしていました。
梅の香り春の気配が漂う川沿いの道を散歩しました。愛犬がいた頃には、連れだってよく歩いた路ですが、五年ほど前に寿命でいなくなってからは、この道を通るのも久しぶりです。土手に枝を張った老梅は、もう満開が過ぎていました。それでも、白い花びらから放つ強い香りは春の到来を告げていて、鼻孔を懐かしく刺激します。大きく息を吸い込むと、子どもの頃の記憶が呼び覚まされました。 この季節だからでしょう。思い出したのは、笹竹
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