コロナウィルス

新型コロナウィルスの蔓延によって、日本各地のコンサートやイベントなどが中止に追い込まれています。仙台市内では、3月11日に予定していた東日本大震災の犠牲者を偲ぶ追悼集会が中止となりました。毎年、仙台青葉壮教会を会場に、教派を越えて行っていた集会ですが、思いも因らずこのような結果になってしまったことは残念としか言いようがありません。それにしても、このコロナウィルスは、今後、私たちの社会全体にどのような影響を及ぼし続けるのでしょうか。それは医療、経済、教育、交通、介護、スポーツなど、あらゆる分野に大きな負荷を与えることでしょう。私自身は、週に何回か高齢者の介護施設で夜勤をしていますが、もし、そこにコロナウィルスが入り込んだら、適切に対応できるだろうかと心配になります。しかし考えてみると、人の罪の性質というのも、これと似たものがあるようにも思います。感染ということでは、人は罪に対して防ぎようがない弱さを抱えているからです。コロナウィルスは新薬の開発が急がれています。そのうちワクチンが使用できるようになるでしょう。そうすれば、この問題を人類は克服したということになるのかも知れません。でも、罪に対して人は無力のままであることを自覚し続けたいと思います。ただ、福音だけがこの罪から救ってくださる。人の弱さを自覚しながら、福音の恵みを語っていきたいと思います。

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震災10年の出来事

昨日、東北ヘルプの事務局長をしているK師と二人で、気仙沼市にある二つの障がい者施設を訪問してきました。コロナウィルスの感染が心配されるようになって、一年以上、遠出を控えていたのですが、この4月から新しく事業展開するNPO法人の施設を、監事として是非ともみておく必要が生じたからです。幸い、県内の感染状況も治まってきていました。 実はこの施設「水梨カフェ」は、2年前、実家の納屋で始まったものです。帰省

今年の春

雪国に住んでいたとき、春の訪れは日ごとにに待ち侘びるものでした。窓の向こうに雪で白一色に埋め尽くされた土手あって、それが柔らかい日差しを受けて融けはじめると、少しづつ中から真っ黒い土がみえてくるのです。そこには閉ざされた世界から解き放たれて、再びいのちの躍動を取り戻したような感動がありました。 今年の冬は長く記憶に残りそうな気がします。それは北半球を覆う冷気ばかりではなく、コロナ禍による行動の制限

年の瀬

年の瀬と言いますが、年末に追い詰められて仕事を二つも三つも掛け持ちしているような感じになっています。「それは性格なんだよ。何かがくっついてるんじゃないの」と昔からの友人には笑われます。振り返ってみると、いつも何かに追われているようで、走っていないと落ち着かないところがあります。それでも不思議と体力だけは守られていて、徹夜に近いことが続いても一日休むとほとんど回復することができます。 そんな私も数年

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