空気感

 初めて空気感の違いを強く体験したのは、東日本大震災があった年の4月に東京まで出張したときのことでした。その頃、仙台市内のライフラインは徐々に復旧していましたが、教会周辺のガスとか水道はまだ使えない状態でした。新幹線も再開の目途が立っていなかったので、仕方なく満員の夜行バスに揺られて東京を往復したのです。新宿駅に降り立ったとき、そこに日常の生活があることが不思議に思えたことが思い出されます。電車はひっきりなしに動いていて、人々が忙し気に行き来している。今まで見てきた光景が、被災地の様子とあまりにもかけ離れていることに怒りに近い苛立ちを感じてしまいました。

 その頃、私は目が覚めたときから夜寝るまで、何かの救援活動に携わっていました。被災地に救援物資を届けたり、東北ヘルプでの会議があったり、支援者を被災地まで案内するなど、以前の日常が激変していました。被災地に足を延ばせば、子供の頃に海水浴を楽しんだ海沿いの町が、津波に襲われて跡形もなくなっていました。

 ロシア軍の攻撃から避難するウクライナの人たちを映像でみていると、あの大震災で感じたことが、逆の立場になっていることに気付かされます。助けを叫ぶ声や、悲しみ嘆く姿が映し出されても、映像では伝え切れない現実があるのでしょう。報道を見ていることにさえ、申し訳ないような気持ちになってしまいます。

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財布を持つのを忘れたままバスに乗ってしまいました。スマホは対応していないし、Suicaも持っていない。未だに整理券によって現金払いしているアナログ人間です。どうしようと冷や汗が出てしまいました。駅近くにある施設で開催された宣教会議のため、前の晩、パソコン、マイク、スピーカーと一つ一つを確認してカバンに詰め込んだのです。出がけにいつもなら車で行くのに、駐車料金が高いからと慣れないバスにしたことが大失

夏が来たかと思うような陽気は、今朝には一転して震えるような冷気に置き換わっていました。団地のロータリーに咲いていた桜が、昨夜からの雨に打たれて葉桜になっているのを見ると、大事なものを見逃してしまったような寂しさを覚えます。あれほど盛んに飛び交っていた燕はいったいどこにいってしまったのでしょう。想像するに、巣作りでは寸暇も余裕がないはずですが。それでも時おり庭先にすずめが来て、チュンチュンとかわいら

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