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傾聴

 どうでもいいことを、だらだら話すことができる昔からの友人がいます。お互い趣味も興味も全く違う。住まいは互いに遠く離れているのですが、ネットの無料電話だから長くなっても気になりません。月曜の朝、「ごはんはたべたか」と電話がかかってきました。それに釣られて、つまらないことを言ったりもする。「もう年ださ。限界だよ。人の話していることがわからなくなってしまった」 すると友人に「それは年のせいなんかじゃない。昔からあなたは人の話を聞いてなかったよ」と笑われました。一瞬、カチンときたのですが、そうなのかと思い直しました。自分は今になって人の話を聞いていないことを自覚させられたのかと。

 そんなことは牧師として致命的なことです。そうであるなら、偽預言者のようなものではないか。主イエスも、度々、聞き方に注意しなさいと言われたというのに。これらの個所で指摘されているのは、聞き方のテクニックとか能力のようなものではないはず。固執しているものから出ようとしない強情さです。自分は本当のところで聴いていなかった。真剣に向き合わないで、手軽なことを考えていたのではないか。振り返ってみると、そうしたことで素通りしたり、無意味に反発していたことが累々と思い出されます。心が砕かれ、へりくだらなければならないことでした。

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ツツジ

教会のツツジが咲いています。この淡いピンクの花は、一緒に植えてある杉科の植物にとても映えるのです。手入れさえ良ければ生垣をもっと美しく整えることができるのでしょう。でも残念なことに、所々、昨年の夏にチェーンソーを入れたときの残骸を痛々しく晒しています。既に杉科の植物の何本かは枯れてしまいました。 ツツジのことで気になるのが、仙台の北東80キロにある気仙沼市の徳仙丈山に咲く山ツツジでのことです。標高

ある失敗

ときどき全く間の抜けたことをしてしまい、自分でも情けない気持ちになってしまいます。先日、家内が留守をしたときのことでした。午後には福島から仲間の牧師が来ることが予定されていて、午前中はそれに関係する書類を作成する事務作業に追われていました。家内は、接待の茶菓やお土産を用意してくれていたのです。昼になって食事をしようと台所に入ると、机の上に袋に入った仙台特性ラーメンがありました。二個入りのパックにな

クラリネット

昨日は誘われて、近くの高校の吹奏楽部による定期演奏会を鑑賞してきました。大きな県民会館の席はほぼ満席で、それだけで前評判通りであることを物語っているようでした。全体が一部と二部に構成され、一部はコンサート形式、二部はマーチングと取り入れたミュージカル仕立てになっていました。演奏そのものだけでなく、全体の構成や演出も含めて本当にすばらしいものでした。 それと比べようがないのですが、私も高校生のときに

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