2018年12月~2019年3月

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(二本松福音の家教会・星沢数也先生)

(元旦礼拝)

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2019331日「カイザルの銘と神の銘」(マタイ22:1522

 キリスト教信仰では「神様に栄光を帰する」ことが大切だとされるが、現代の価値観だと他人や社会や、ましてや神様に「自分のものを返す」という発想は出てこない。しかし親子関係でも社会関係でも、受けてきた愛情や恩恵を「返す」ことで互いの関係は深まる。

 今日は、第一に「反キリスト連合」について見たい。今日の箇所に出てくる「ヘロデ党」は、ローマの傀儡政権であったユダヤ王国のヘロデ大王の子孫たちを支持し、自分たちの権力を拡大しようとする一派であった。また「サドカイ派」(22:23)は、イスラエルの貴族や祭司が所属していて、これも親ローマの保守派であった。一方、「パリサイ人(びと)」はユダヤ教の宗教家集団であり、異邦人(エドム人)出身であるヘロデ家が支配する現体制に反発を感じ、異教徒であるローマからの独立を願っていた(→「聖書の舞台(人物・組織)」のさ行「サドカイ派」は行「パリサイ派」参照)。このように本来、敵対関係であった彼らがまとまったのは「反イエス」からである。「サドカイ派」も「パリサイ人」も、ユダヤ教の律法を遵守することにプライドを持ち、何よりも神様のことをわかっていると自負していた。しかし、律法が指し示す神様の真意を理解してはいなかった。その結果、自分たちの狭い理解や人間的な主張から「反イエス」に動いてしまったのである。

 二番目に、「仕組まれた罠」について見たい。「パリサイ人」が、敵対しているはず「ヘロデ党」と一緒に来て、「税金をカイザルに納めること」が旧約聖書の示す律法にかなっているか否かと質問をしている(22:17)。同胞から税をとることを旧約の律法は禁じているが、もし「ヘロデ党」の前で「かなっていない」と言えばローマに対する反逆と見做される。しかし「かなっている」と答えれば、ローマに反感を持ち、イエス様のエルサレム入城を熱狂的に迎えた民衆を失望させてしまう(→2019年3月10日「ろばに乗られた平和の君」参照)。これは、そんな二者択一の質問であった。この問いに対してイエス様は、「納め金にする」デナリ銀貨を持ってこさせ(22:19)、そこで二者択一以上の真理を示された。

 第三に「記された銘」について考えていきたい。イエス様が指摘されたのはコインに示されたカイザル(この場合、ローマ皇帝一般を指す→「聖書の舞台(人物・組織)」のか行「カイザル」参照)の銘についてであった(22:21)。イスラエルの民は、自分たちの独立や宗教的な独自性が損なわれていることに忸怩たる思いであった。だが、その一方で、ローマの支配の中で平和や安定、経済的活性、公共設備の充実などの恩恵を受けてきた。イエス様が述べた「カイザルのものはカイザルに返しなさい」(22:19)との言葉は、ローマ皇帝の人間的な支配の中で受けた恩恵も返すべきであるというなら、それ以上に私たちの生活に影響を与えている「神の支配や恩恵」は「神に返しなさい」(22:21)という強い命令へとつながる。コインには「カエサルの銘」が刻まれている。しかし「神様のかたちに似せて」造られた私自身は「神の銘が刻まれたコイン」でもある。コインはカエサルに返すのを当たり前とすれば、神の銘が刻まれた私自身を神様に返すことこそ忘れてはならない。一番初めに述べたように、親子関係も社会関係も、それを断ち切ってしまっては成長が望めないし、強制された関係であればゆがんでしまう。神様との関係も同様である。私自身が自発的に「返す」ことで「真実の愛」が育まれ、そこに神様との「関係の深まり」が生まれるのである。

 
 

2019年3月24日「天の御国への招き」(マタイ22:1~14)

 今日の箇所は「結婚式のたとえ」である。王によって結婚式に招かれることは「特別なこと」であるのに、招かれた人は誰も行かなかった。これは異常なことである。この箇所の直前で、イエス様はぶどう園の農夫たちのたとえを語っている。ぶどう園を預かっていた農夫たち(=イスラエルの民)は、農園を乗っ取ろうと(21:38)主人(=神様)の使いのしもべたち(=預言者)を袋だたきして追い返し、最後に遣わされた主人の息子(=イエス様)をも殺してしまった。この「ぶどう園」と「結婚式」に共通するのは、「神様の召し」に対して自分がどのように応えていくかということである。ぶどう園のたとえでは「自分の欲望」を前面に出し、結婚式のたとえでは「自分の都合」を優先した人間の姿を見ることができる。

 今日、第一に学びたいことは「ユダヤ人の中にあった信仰のかたち」である。神様はイスラエルの民(ユダヤ人)を「神の民」として扱い、多くの預言者を遣わされた。マタイ22:1~7は、そのたとえである。王(=神様)は、最高の準備や待遇をもってイスラエルの民を招かれた(22:4)。しかし民は、招いた王の気持ちを軽視し、自分の仕事を優先させたり(22:5)、さらには「王のしもべたちをつかまえて恥をかかせ、そして殺して」(22:6)しまう者もいた。これはイスラエルの民の不信仰な様子をたとえている。これ対して、王(=神様)は「その人殺しどもを滅ぼし、彼らの街を焼き払った」(22:7)という。実際に私たちは、紀元70年に滅ぼされ2000年にわたって流浪の民となったイスラエルの歴史を知っている。

 第二として「大通りの者の招待」について考えたい。招待者が来なかったため、王は大通りに行って「良い人でも悪い人でも出会った者」(22:10)を招待したとある。私たちは「異邦人」と呼ばれイスラエルの民のような特別の存在ではなかったが、今は神様に招かれてクリスチャンとなっている。考えようによっては、結婚式に誰も来る人がいない状況で「しかたなく」招かれたようにも見える。しかし、これは、人間の都合で「宴会」が流れるのを良しとせず、私たちを「神の国に招きたい」いう神様の熱い思いからであった(聖書の時代の結婚式は→「水をワインに」参照)。

 第三に「礼服を着ていない者」(22:11)に着目したい。一見、「招かれたから来たのに、礼服を着ていないだけで裁かれるのは理不尽ではないか」と思えてしまう。しかし、この時代、礼服を備えるのは「王様の側」であった。つまり、この人はせっかく準備した王様の厚意を無にした上で宴会に集ったのである。罪人である私たちはイエス様を「まとう」ことで初めて神様の前に出られる存在である。その救いは人間からではなく、神様の側から備えられたものである。だが、その人は、礼服を着てこなかったことを咎めた王の問いに「黙っていた」(22:12)と書かれており、この人が確信犯として神様のめぐみを拒絶したことが分かる。イエス様は「招待される者は多いが、選ばれるものは少ない」(22:14)と述べているが、これは神様が排他的だからなのではない。神様は、選ばれる資格もない「大通り」のすべての人間を、強い思いを持って招かれていた。しかし自分の都合を優先させ、そのめぐみを拒絶したのは人間の側なのである。神様が招かれたのは「ぶどう園でともに収穫を喜ぶため」であり「宴会でともに喜び祝うため」である。そこに招いておられる神様の思いを、私たちは素直な心で受け止める必要があるのではないか。

 

2019317日「わたしに帰れ」(ヤコブ4:8a

説教:星沢数也先生(二本松福音の家教会)

 本日の箇所「神に近づきなさい」(ヤコブ4:8a)が意味するところは、「わたしに帰れ」(ゼカリヤ1:3)という神様の思いである。なぜ神様は、こう言われるのだろうか。それは、(1)ひとが神様から離れているから、(2)ひとは罪人だから、そして(3)神様はひとを待っておられるから、なのである。この「わたしに帰れ」は、聖書全体を通じたメッセージでもある。多くのひとは、自分が神様から離れているとは思っていない。日本人は、その宗教観から「神を人格的に捉える」ことには慣れていないためか、神様から離れて気ままに生きる私たちを神様がどれほど悲しまれているかを理解していない。かつてエデンの園で神様との約束をやぶったことを恥じて隠れたアダムとエバに、神様は「あなたは、どこにいるのか」(創世記3:9)と問いかけた。ヘビにそそのかされて知恵の実を食べたアダムとエバは、「神様に逆らおう」「神様から離れて生きよう」などという大胆なことは考えていなかったのだろう。しかし、そこに大きな罪がある→「アダムとエバ(イブ)」参照)。そんな彼らに「どこにいるのか」と神様が問いかけたのは、神様から離れた人間に対する悲しみの言葉であり、私たちすべての人間に投げかけられた思いではないか。そのような神様の問いかけに、私たちは「はい、ここにおります」と堂々と答えられるだろうか。

 また神様は、「山鳩、つばめ、つるも、自分の帰る時を守るのに、わたしの民は主の定めを知らない」(エレミヤ8:7)と嘆かれている。そもそも人間は神様の「かたち」に似せて作られ、神様を認識できるものとして造られた唯一の霊的な被造物である。その人間が、神を知り、神を信じ、神に従う生き方こそが自然なのであって、そこから離れた生き方とは何と不自然で「的外れ」な生き方であろうか。聖書は、そんな神様から離れた「的外れ」な生き方をすることこそが「罪」だという。

 三つめに聖書は、「主に帰れ。そうすれば、主はあわれんでくださる」(イザヤ55:7)と述べている。聖書で有名な「放蕩息子」の話→「放蕩息子」参照は、神様と人間の関係を端的に表している。この放蕩息子は、父のもとを離れれば自由で気ままな生活があると考えて、まだ生きている父から財産分与を受けて放蕩の限りを尽くした。だが、財産がある時は気ままに生きることができたものの、頼みの財産が尽きた時、彼は初めてこの世の本当の姿に直面した。私たちも健康や若さ、財産のある時には、楽しく気ままに生きることもできよう。しかし、これらのものは、すぐに消え去る。放蕩息子は、頼みの財産が尽きた時、どん底を経験し、そこで初めて目が覚めて父のもとに行って罪を告白しようと思い立った。その息子が家に着かない、父は駆け寄って彼を抱きしめた。おそらくこの父は、この息子が返ってくるのを片時も忘れず待っていたのであろう。この父の姿は、私たちが神様のもとに帰るのを待ち続けておられる神様の姿そのものではなかろうか。聖書は、「あなたは神様から離れた罪人である」「神様はそんなあなたを待っている」とはっきりと述べている。私たちは、毎日、神様に従った生き方をしているだろうか。感謝しているだろうか。それも重要である。だが、それよりも重要なことは、まずは神様の前で悔いあらためることである。私たちはそこからはじめるべきではないだろうか。

 

2019310日「ろばに乗られた平和の君」(マタイ21:111

 明日で震災から八年となる。当時、停電となった夜の星の美しさだけが妙に印象に残り、人の営みが絶えても神様の働きが絶えることがなく働いていることを感じたものである。神様は常に私たちの側で働いておられる。だが、それは信仰の目がないとなかなか見えない。

 本日の箇所は、イエス様一行がエリコから「過越の祭り」を祝うエルサレムに向かう途中で、エルサレムから谷を挟んだ向かいにあるオリーブ山での場面である。この出来事は日曜日(ユダヤの安息日である土曜日の次の日)であったと思われ、多くの人びとがイエス様のもとにやってきた。ここでイエス様は「弟子ふたりを使いに出して」(21:1)何のためにと説明をせず、ただ「主がお入り用なのです」(21:3)と言って母ろばとろばの子を連れてくるように弟子たちに命じた。なぜ所有者は、弟子たちのこの説明だけで、すんなりとろばを手放したのだろうか。イエス様が万物を掌握されていたことをコロサイ書は述べているが(コロサイ1:16)、ここでイエス様は、ろばの人的な所有者以上の「本当の所有者」の権威を示されたのである。私のたち人生も、その主体は神様にあり、神様に導かれ生かされていることを忘れてはならない。

 次にゼカリヤの預言を引用した箇所(21:5)に注目したい。これは旧約聖書のゼカリヤ書からの引用で、バビロン捕囚から帰還した民が始めた神殿建設が滞った時にゼカリヤがした預言の一部である。その後半は終末の預言で、ゼカリヤは「柔和で、ろばに乗られる」(ゼカリヤ9:9)王の到来を預言していた。このろばであるが、今日の箇所の1,000年前のソロモン王の時代は、王がロバに乗ることはイスラエルでは普通であった(Ⅰ列王記1:33(記録者註・ソロモン王の乗っていたオスのろばとメスの馬の交雑種である「ラバ」で、時代によっては馬よりずっと高価でした。また近代になっても乗用としてあつかわれていました。ろばが格落ちの存在だったのはこの通りです)(→「聖書の舞台(生活・習慣)」のら行「ろばの子」参照)。しかしエジプトと交流によってより立派な馬が移入された結果、ロバは「荷物を運ぶもの」に格下げされた。つまりイエス様が「雌ろばの子」(ゼカリヤ9:9)に乗るのは、当時の「王の入城」の権威をもって他を圧倒するイメージからは遠い、ただ「柔和」(21:5)でへりくだった姿なのであった。この「王の入城」に対して、人びとは「自分たちの上着をその上にかけ」(21:7)、ろばの歩く道に敷いて(21:8)、「ホサナ」と叫んで迎えるという行動をとった。当時の上着は財産的なもの(家伝の高価な和服を道に敷くことをイメージするとよい)であり、いかに人びとが熱狂していたか分かろう。また「ホサナ」は、「ホシアーナ」=「ああ、主よ。どうぞ救ってください」(詩編118:25)という意味であり、人びとはイエス様にローマからの政治的な解放を期待したのだろう。だが聖書を手に取る私たちは、この熱狂が五日後に罵倒に変わることを知っている。なぜ人びとは、こうまで変わったのか。人びとは「自分たちの期待する通り、政治を変えてくれる力がある」と言うおもいが強すぎて、イエス様の示した「柔和さ」「へりくだり」に気付かなかった。人びとが持っている罪や自我が、イエス様の「本当の力」や「十字架の目的」から目をそらせたのである。

 一方、イエス様は、人を乗せたことのないろばの子を聖別し召された。私たちも神様が「お入り用」なので召されて、充分な自信や準備がなくても神様は用いてくださる。私たちは自分を主にしてイエス様に熱狂するのではなく、イエス様が働かれた本当の意味を、信仰の目をもって見つめていきたい。

 

2019年3月3日「見えることの願い」(マタイ20:29~34)

 祈りのことを「祈祷」と言うが、祈りは「闘い」であるとの思いから「祈闘」と書く人もいる。今日の箇所は、なりふり構わず「ダビデの子よ。私たちをあわれんでください」(20:30)と求めていった盲人たちの話である。彼らの姿は、そこにいた大勢の人からすると「異様な」光景だった。

 この時、イエス様一行はエリコという街にいて、エルサレムに出発するところであった。今日の箇所では「ふたりの盲人」(20:30)とあるが、マルコの福音書では「バルテマイという盲人のこじき」(マルコ10:46)とある。当時は目の見えない人のための福祉制度などなく、おそらく彼らは人のたくさん通るエリコの城門あたりで物乞いをしていたのだろう。他の多くの人びとがイエス様を「ナザレのイエス」と出身地で呼ぶ中、彼らだけが「ダビデの子=救い主」→「聖書の舞台(人物・組織)」のた行「ダビデの子参照と叫んでいたのである。だが群衆や弟子たちは、これを止めさせようとした。「ダビデの子」と言うのは「イスラエル復興のための王」という政治的ニュアンスもあり、また当時のイスラエルはローマの傀儡政権だったので、政治的な発言ととられかねないない危険なものでもあった。弟子たちや群衆が止めようとしたのも「うるさいから静かにしなさい」程度のものではなかったのである。結局、群衆や使徒たちは、救い主を求める彼らの必死の思いをくみ取っていなかった。

 このような群衆の態度とは対照的に、イエス様は「立ち止まって」自分のもとに彼らを呼び寄せられた(20:32)。そして「何をしてほしいのか」(20:32)と問われた。この問いに対して盲人たちは、「主よ。この目をあけていただきたいのです」(20:33)と答えた。これを読んで、つい「盲人が目をあけてほしいと願うのはあたりまえではないか」と思うかも知れない。しかしイエス様が神様であるとの確信がない限り、反射的にこんな願いは出てこない。普通なら「有名な人が来たから、お金を恵んでもらえないか」と思うのではないか。かつてイスラエルの賢王ソロモンは、神様に「あなたに何を与えようか」(Ⅰ列王記3:5)と問われた時、金銭や栄華、領土ではなく神様から預かった民を統治するための「善悪を判断」(3:9)する知恵を与えてほしいと願った。「霊の目」が神様に開かれることは、それほど重要なことである。今日の箇所も、「あけてください」とひらがなで書かれていることから、盲人たちが「視覚」だけでなく「霊の目」もあけて欲しいと願ったことが伝わってくる。一方、エルサレムの十字架に向かって出ていこうとするイエス様を「見て」いた群衆や弟子たちは、「視覚」はあっても何も「見えて」いなかったのではないか。

 この願いに応えて、イエス様は「かわいそうに思って」(20:34)目をあけられた。この「かわいそう」の原語は、「断腸の思いで」に近い言葉が使われている。イエス様は、神様からも社会からも断たれていた盲人の哀しみを正面から受け止められた。神の子と確信していたイエス様のあわれみに触れたことは、彼らにとってどれほどの喜びだったか。「霊の目」が開かれた彼らは、それまでの生活や価値観を一変させイエス様について行く(20:34)という生き方を選んだのである。

 

2019年2月24日「主が仕えられたように」(マタイ20:20~28)

 今日の箇所は、使徒ヤコブとヨハネの母が自分の息子たちを「イエス様の左右の座に」と願った箇所である。アメリカの心理学者A・マズローは、「尊厳欲求」=「集団から価値ある人間と認められたいという欲求」を人間の5つの欲求の中の第4レベルとしている。

 今日の第一のポイントは「エルサレムに向かう弟子たちの現実」である。この時、イエス様一行はエルサレムに向かっている途中であった(20:18)。しかも直前、自分がエルサレムで「あざけり、むち打ち、十字架」につけられることも弟子たちに預言されている(20:19)。このタイミングで他人を出し抜いてわが子を出世させたいという願いは、子を思う母としてはあり得るものだったかも知れないが、いかにも的外れなものであった。これは他の十人の使徒たちも同様であったし(20:24)、その姿は私たちの姿でもある。当然、福音書はイエス様の十字架後に書かれたものであるので、マタイは、すべてが分かった時点から当時をふり返って「自分たちはいかに恥ずかしい状態だったか」と言いたかったのだろう。

 第二のポイントは「贖いの本質を踏まえて仕えること」の意義である。イエス様は、直後に起きる十字架を預言され、それが必ず「なされなければならない」ことだと弟子たちに述べられている(16:21)。それなのに、この母と弟子たちは、このような願いを申し出ていた。イエス様が、彼らに「私を飲もうとしている杯を飲むことができますか」(20:22)と問いかけたのは、その願いが「神様の贖いと救い」に関わる重大事であり、そのことが「本当にわかっているのか」という思いからであろう。これに対して「できます」(20:22)と答えた彼らには、ある種の覚悟はあったのかもしれない。だが、それが神様の壮大なご計画に関わるとんでもない申し出であることは理解していなかった。これに対してイエス様は、このような弟子たちの覚悟を頭から否定するのではなく、それよりも、ただ「仕える者になりなさい」(20:26)と諭している。なぜ、イエス様は仕えることを求められたのか。それは、「仕えること」が本質的に「贖い」とつながっているからである。「誰が一番偉いか」という頓珍漢な争いをしている弟子たちは、自分が特別な存在だと考えて自分の内にある罪を忘れていたのだろう。だからイエス様は、仕えることを通じて弟子たちが自分の罪を自覚し、「その罪を神様がめぐみをもって贖ってくださったからこそ、私は神の恵みに立つことができるのだ」という確信を持ってほしかったのではないだろうか。

 第三のポイントは、イエス様自身が「仕える姿を模範として示した」点である。ヨハネの福音書には、弟子たちの足を洗うイエス様の姿がある(ヨハネ13:5)。今日の箇所にも、自分がこの世に来たのは「かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためであるのと同じです」(20:28)とイエス様が述べられている箇所がある。いまだ「誰がえらいのか」争っている状態の弟子であったが、イエス様は弟子たちをしっかり呼び寄せて「仕える者」であることを伝えようとされた。私たちは自分を「社会において価値あるものとされたい」という欲求があることは自然なことである。しかし、そうなるための方法は、使徒たちの中で重視されたいと願ったこの母や弟子たちの姿にではなく、イエス様の「仕える姿」にこそ見出すことができるのではないだろうか。

2019年2月17日「愛のうちに建てられる教会」(エペソ4:1~16)

 今日のテーマは「教会を建てる」であるが、この「建てる」とは目に見える会堂のことではない。この点について、聖書はどのように語っているだろうか。

 今日の第一のポイントは、「教会とは何か」という点である。教会(エクレシア)とは神様から「召された」(4:1)者の集まりという意味であり、私たちは「自分自身の選択」によってではなく、神様の主体的な働きによって集められた者である。そのような教会は、神様の言葉に耳を傾け、聖礼典(聖餐式・洗礼式)を行うと同時に、神様がパウロをアンテオケの教会から派遣された(使徒13:3)ように、神の国の福音を伝えるという役目を教会に与えられた。教会は、いわば神様からこの世に遣わされた「大使」(エペソ6:20)のようなものであり、この世にあって神様の愛や真理をあかしする「光」(5:8)であると言えよう。さらに教会は「キリストの花嫁」(5:2227)として、キリストの愛のうちに建てられて「きよめて聖なるもの」(5:26)として歩むことが求められている。

 第二のポイントは、「キリストに贖われた教会」という点である。キリストは「まず地の低い所に下られた」(4:9)とあり、その救いは「自分自身から出たことではなく、神からの賜物」(2:8)である。教会に連なる私たちは「贖われ」(Ⅰコリント1:30)キリストの十字架によって「代価を払って買い取られた」(Ⅰコリント6:20)者であると聖書は述べている。私たちは、ともすれば自分自身の罪のために神様を避けたり自分を卑下したりする。しかし聖書は、私たちは神様が自らの犠牲をもって贖われた価値あるものであると言う。人の集まりである教会は完全なものではない。しかし神様は、そのような教会を「価値あるもの」「この世における大使」として扱われおられることを謙虚に受け止めなければならない。

 第三のポイントは「キリストに結びついた成長」という点である。教会のひとり一人は、キリストのからだの「一つ一つの部分」として「しっかり組み合わされ、結び合わされた」(4:16)ものであり、これを「愛のうちに建てられた」(4:16)のは神様である。私たちは自分たち自身の思いで教会を自由にするのではなく、神様の召しにしたがって結び合わされ、成長し、福音をこの世に広めていく役割を負っている。かつて内村鑑三はサロンのようになった当時の教会に失望し、「無教会主義」を実践した。この運動からすぐれた宗教家も生み出した半面、神様や教会を否定するにいたった者も数多くいた。人の集まりである教会は完全ではなく、人間の弱さを数多く抱え込んでいる。しかし神様はその弱さも理解した上で、私たちに教会を与えられた。神様によって贖われた教会がキリストの愛のうちに結びつくなら、人間的な困難や問題も、神様のよき訓練として成長に結びつけるものとなろう。

 
 

2019年2月10日「祈りの力」(マタイ17:14~21)

 時に集会で得られた宗教的高揚は、帰宅して現実に引き戻されると消えてしまうことがある。弟子たち(ペテロ・ヤコブ・ヨハネ)も、イエス様に連れられた山での宗教的な体験を通してイエス様が神の子だとの確信を得たものの(17:1~8)、下山後に「てんかん」に苦しむ子どもをいやすことができず、パリサイ人や律法学者たちも含む群衆に「それ見たことか」と疑いの目を向けられた経験をする。これが本日の箇所である。

 今日の第一のポイントは「弟子たちの不信仰」である。この箇所についてはルカの福音書やマルコ福音書に並行記事がある。それらによると、この息子は「ひとり息子」(ルカ9:38)であり「幼い時から」(マルコ9:21)この症状に苦しめられおり、父親の訴えは切実であった。また、この「てんかん」は現在言うところののてんかんではなく何らかの力よる苦しみで、弟子たちはこれを追い出す権威がすでに与えられていた(ルカ9:6)。このように父親の願いも弟子たちの力も本物だったのに、なぜかこの時、弟子たちのいやしの力が働かなかった。この時の彼らには「イエス様の求める信仰」がなかったのである。

 第二のポイントは「不信仰から信仰へ」である。たしかに、ひとり息子を助けたいというこの父親の思いは理解できるし、人は神仏に「病のいやし」を求めるものである。しかし、それが「イエス様の求める信仰」なのだろうか。またこの時代、多くの人たちがイエス様を、ローマを打ち砕いてイスラエルを復権させる「メシア(救世主)」だと見ていた。しかし、それがイスラエルを「救う」ことだろうか。士師記16章でサムソンは、その力の源がナジル人(民数記6:2)として神様とのつながりにあったことを忘れて慢心し「主が自分から去られたこと」(士師記16:20)も知らずに捕らえられてしまう。一方、イエス様は「てんかん」に苦しむ息子を「連れてきなさい」(17:17)と述べられ、何よりも神である自分との関係回復を優先させた。私たちは現実の苦しみに直面する中で神様を求めるが、別の所にある問題の本質には「神様にも触れてほしくない」と拒絶することが多い。しかし、当面の問題が去っても神様とのつながりが回復しない限り真の平安は訪れず、むしろ私たちを真の問題解決から遠ざけることになる。

 第三のポイントは「祈り」である。イエス様のいやしを見て恥じた弟子たちは、「なぜ、私たちは悪霊を追い出せなかったのですか」(17:19)と「そっと」聞きに行った。それに対しイエス様は、「あなたがたの信仰が薄かったからです」(17:20)と「ズバリ」と述べている。信仰が薄ければ、まるで薄氷の上に立つように「そこに立つことができない」状態になる。しかしイエス様の求めていらっしゃる信仰は、完全で大きな信仰ではなく「からし種」(17:20)ほどの、しかし生きた信仰なのである。「山を動かす」とは文学的表現であるが、「道が開かれ、不可能と思えたことが可能になる」ことは、ある意味、山を動かす以上の奇跡ではないだろうか。弟子たちや群衆は「できなかったこと」を見てあきらめたり誹謗中傷したりした。しかし、できなかったことを持って神様の前に出ていき「祈り」(17:21)を通じて向き合えば、そこには真の問題の解決があり現実を乗り越える主の栄光があるのではないだろうか。

 

201923日「主の愛への信頼」(マタイ15:2128

 みなさんは、自分の思いや願いを優先させて祈った結果、神様に「拒絶」されたことはないだろうか。今日の箇所でもイエス様はカナンの女を何度か「拒絶」しておられる。だが、そこにはイエス様が求めておられる信仰のあり方がうかがえる。

 今日は第一に、イエス様の「拒絶」について考えてみたい。カナンの地は、創世記9章で父ノアの醜態を兄弟たちに告げ口してノアに呪われたカナンの子孫とされるカナン人の住む地は、イスラエルの民から「呪われた地」とされた。イエス様一行がカナンの地に「立ちのかれた」(15:21)のも、ガリラヤでの無為なパリサイ人の論争から逃れるためで、積極的に伝道に行った訳ではなかっただろう。その地で「叫び声をあげて」(15:22)近づいてきた女の行動は、娘の病に対する切羽詰まった思いがあったとしても、ある種「異常な」ものであった。しつこく付いてくるこの女に困った弟子たちの「帰してやってください」(15:23)という言葉は、「さっさと癒して帰してください。イエス様ならできるでしょう」という安易な気持ちからだったかも知れない。これに対し自らの役割の重要性を心得たイエス様は、「しかし、私はイスラエルの家の失われた羊のところには遣わされていません」(15:24)と毅然と「拒絶」した。このような言動に対し、もし私たちが自分の考えに固執するなら、拒絶に対する不満の気持ちしかわいてこない。しかし、そこには「神の意志」がある。自分の考えを捨てて「拒絶」の奥にあるものを求める時、それは見えてくる。

 第二に、拒絶された女はどうしたのだろうか。切羽詰まっていた女は、さらにひれ伏して「主よ。私をお助けください」と言った(15:25)。だがイエス様は、ひれ伏して願う女に対して「子どもたちのパンを取り上げて、子犬に投げてやるのはよくないことです」と返している。ここまで言われてしまったら、普通ならもう返す言葉もなくなるが、なぜか女は食い下がっている。女は「小犬」と呼ばれても「主よ。その通りです」(15:27)と主の言葉を受け止めた。ここには主のあわれみに対する女のゆるぐことのない信仰があった。主の前に罪を犯した罪人であるという自分を受けとめることが信仰の出発点であるが、それを認めることは絶望にではなく、主のあわれみよる希望へとつながることを忘れてはならない。

 第三に「信仰による救い」についてであるが、このような女に対してイエス様は「ああ」という感動の言葉とともに「あなたの信仰はりっぱです」(15:28)と述べている。このカナン人の女はイスラエルの民のように幼いころから聖書に触れていたわけではなかった。だが、そのとぼしい情報の中から神様と人間との関係を理解し、神様の前に何者でもありえない自分を受けとめている。この態度は、聖書の解釈をめぐってイエス様に論争を仕掛けたガリラヤのパリサイ人(15:120)とは好対照である。この時、イエス様は他の記事のように女の娘の所まで言って手を置いて祈ったわけではなかった。しかし女は、イエス様の言葉を信頼して家に帰り「その時から直った」(15:28)娘に会うことができた。

私たちは今日の箇所から、イエス様がパリサイ人のような行動ではなく、この女性のような信仰を求めておられたことを考えるべきであろう。

2019年1月27日「神の宮の再建」(ハガイ1:1~11、Ⅰコリント3:9~17)

 ハガイ書は、紀元前539年にバビロン捕囚から帰還したイスラエルの民が中断していた神殿再建の話であるが、そこには、再び神とあゆむみたいと願う私たちに対する神様のはげましが、三つの点から書かれている。

 第一に、神様は自分たちの「現状」を見よと述べられている。今日の箇所の18年前、バビロン捕囚から帰還したイスラエルの民が第一にとりかかったのは、神殿の再建であった→「バビロン」「失われた十部族」参照)。彼らは、バビロンからの帰還を「神様がこのわざをなしてくださった」と強く感じ、その感激は詩編の126編にもうかがえる。だが実際に神殿の再建活動をはじめると、サマリヤ人の妨害のため困難を極め作業は中断し、イスラエルの民は目前の生活再建に心を奪われて何が自分たちの生活の土台だったかを忘れてしまった。このような民に対し、神様は「あなたがたの現状をよく考えよ」(1:5)と仰せられた。たしかに生活の再建は重要ではあるが、それは「あなた」の視点であり、神様の視点からはどうだろうか。「あなたがたがみな、自分の家のために走り回っていた」(1:9)結果が、生活の再建もままならない「現状」であるという。神様は、目の前の問題よりも大事なものがあるのではないかと問いかけている。

 第二に、神の「宮」とは何かという点である。神様は人の手で作った宮が必要なのだろうか。Ⅰ列王記6:12~13には、「わたしのおきてに歩み、わたしの定めを行い、わたしのすべての命令を守り、これによって歩む」なら「わたしはイスラエルの子らのただ中に住」むとある。神様は、人の手で作った豪華な神殿にではなく、イスラエルの民が神とともに歩む中におられる。さらに、Ⅰコリントでパウロは、イエス・キリストを「土台」とするだけでなくその上にどのような「建物」を建てるかについて述べている。私たちは「神殿」を「木、草、わらなどで建てる」(3:12)こともできるが、当時の神殿は価値のあった「板」に「金」をまいたもので出来ていた。このように、わたしたちは目前の問題のためでなく、イエス様という「土台」の上に最上のものを使って「神の宮」であるクリスチャン生活を建て上げことを第一義にすべきであろう。

 第三に、「とりかかる時」と「そのやり方」についてである。イスラエルの民は「この民主の宮を建てる時はまだ来ない」(ハガイ1:2)と言っているが、神様は今、「山に登り、木を運んで来て、宮を建てよ」(1:8)と述べ、そうすれば「わたしはそれを喜び、わたしの栄光を現わそう」(1:8)と述べている。私たちは、「神の宮」である私たち自身を建て上げることを「今」求められている。そして、その神殿建設は誰か一人が取り掛かるのではない。神様が「あなたがた」と呼び掛けていように、教会生活は一人では成り立たない。御霊によって結びついてお互いに高めあい、建て上げられるのが教会の姿である。私たちは神の宮を建て上げるために召された者である。信仰とは、決して個人の中で綴じられたものではなく、イエス・キリストを土台として公に建て上げられるものである。壮麗な神殿はすぐには建たないかもしれない。しかし神様は「今」まず「山に登り、木を運ぶ」ことからはじめよと述べられた。それを「わたしはそれを喜ぶ」と神様は述べられている。

 
 

2019年1月20日「求められるとりなし」(出エジプト32:1~14、ローマ8:31~37)

 聖書は、本来、恥ともいえる神の民イスラエルの罪を記述し続けている。それは神の民に注がれつづけている「神のめぐみ」の大きさを伝えるためである。

 本日の箇所のモーセは、先に十戒を授かった後に再びシナイ山に登り(24:12)、そこに四十日留まっていた状態である(24:18→「モーセの十戒」参照)。この期間は、民の側からしたら指導者であったモーセが長期間不在で不安でもありタガが外れた状態でもあった。さらに彼らは「あのモーセという者が、どうなったか、私たちにはわからないから」(32:1)と、モーセを軽んじるようになっていた。ここで本来、そのような民をいさめるべきアロンは、民の言うことを聞いて金の装飾品を集めさせ子牛の「神」の像をつくるように命じた(32:2-4)。この時のアロンを見てみると、彼は必ずしも主への信仰を捨てたわけではなかったが民の人間的な思いに引きずられて、その信仰を「子牛」という形に変えてしまった。ここには神への服従よりも「自分たちの思い」に向かって突き進むアロンと民の姿があり、人間的な手段によって神の領域に踏み込もうとする人間の姿があった。私たちは信仰によって神の領域(働き)に導かれることはあっても人間的な考えで神の領域へ踏み込むことは現に慎まなければならない。

 民のこの行動に対する神の怒りは、「契約」としての当然の結果であった。神はこのような「うなじのこわい民」(32:10)に怒りを燃え上がらせ、イスラエルを「断ち滅ぼす」(32:10)とまで述べている。神はモーセに「わたしのするままにせよ」(32:10)と静観するように命じているが、モーセはこれをとりなしている。この時に当然神は、ふもとで起こっていることを知っている。だがシナイ山にいるモーセには何が起こっているかわからない状態であり(32:15で初めて知った)、突然の神の怒りに言いたいこともあったであろう。しかし、ここでモーセがとりなしの焦点を合わせたのは「神のめぐみと約束」であった(32:11-13)。一方、神もモーセの言い分で「思い直された」(32:14)のではない。神は、モーセが「私たちが滅びないとはどういうことか?」ということを、どう理解していたかを聞きたかったのではないだろうか。ローマ書でも「キリスト・イエスが、神の右の座に着き、私たちのためにとりなしてくださるのです」(8:34)とある。滅びるべき私たちが生きていられるのは、神のめぐみに対しての「とりなしが」あるからである。ルカの福音書にも、友人のためにパンを借りに行く人の話がある(ルカ11:5-8)。この「借りに行く人」には何もない。でも友人のために必死に他人に頼み込む。イエス様はこのたとえで、とりなしの本質を述べている。実際、この時のモーセも「何もない」。だがモーセは「何もない」ことを自覚しながらも、「神のめぐみ」を信じて必死に民のために祈っている。そこから先は神の領域である。

 「私」も、本来ならば神の領域であり「神のめぐみ」を信じて必死に祈るべきことを、

人間的な思いで踏み込んでしまったことがあった。だが今は、このことを通して反省して「神のめぐみ」を信じキリストの「とりなし」を信じることに意味をあらためて強く思わされた。私たちは、私たちの救いが「神のめぐみ」と「キリストのとりなし」を信じ、「人間的な思い」で神の領域を超えないよう気を付けていきたい。

 

2019113日「祭壇を立て直すとき」(ヨエル2:1120、マラキ2:1316

 本日の箇所は、神様の前に静まって、主の思いを受け止めた時に示された箇所である。

 ヨエル書のこの部分は南ユダヤ王国のヨアシュの時代、そしてマラキ書は紀元前430年ごろ。二つの聖書の箇所は約400年の開きがあるし、政治的な状況も大きく異なっていた。だが、この二つの異なる状況で語られた主の言葉には主の一貫した思いがあり、聖書に登場する預言者もその歴史を縦につないで物語っている。これらの言葉は当時の民に語りかけているとともに、主が「私」に対して時間を超えて語られておられるものである。この二つの箇所が述べていることは、「だれがこの日に耐えられよう」(ヨエル2:11)「だれが、この方の来られる日に耐えられよう」(マラキ3:2)という裁きの言葉であり、民、特に祭司たちに「来るべき裁きの日に備えよ」という悔い改めのメッセージなのである。

 今、神は「あなたがたの着物ではなく、あなたがたの心を引き裂け」(ヨエル2:13)と徹底的な悔い改めを求めておられる。その悔い改めとは、表面的なパフォーマンスではない実生活での悔い改めである。マラキ書では、祭司の悔い改めが「あなたがたは、涙と、悲鳴と、なげき」という宗教的な「パフォーマンス」ある時、神は「あなたがたの手から、それを喜んで受け取らない」だけでなく、「主の祭壇を覆う」という悲惨な結果をもたらすと言っている(2:13)。一方、その続きには「あなたの若い時の妻を裏切ってはならない」(2:15)とも述べられ、このことをマラキ書の21415節のうちに三回も繰り返している。妻や家族との日常の行動の中にこそ「悔い改め」の表れ、主への立ち返りがある。

 私たちが主に立ち返るためには、本当の深いところで「罪を自覚」することが必要である。「罪」とは何か。旧約聖書に出てくる「皮膚病」は「痛覚を自覚できない」病気であった。妻や家族の「痛みを自覚できない」ような「私」の状態こそが「罪」であり、それを自覚できたことは「主のあわれみ」だったのだと、今では思える。20年前に仙台に行くことが決まった時も、前教会や家族から大反対があった。当時は、それを押し切る形で仙台に来た。その時点で私が「家族の思いを封印する」形で引っ越しが進められてきたこと、自分がそのように家族の痛みを押し切る人物であったこと、しかし家族がそれを包んでくれたこと、それらのことを今、神様が「あわれみをもって」示してくださったのだと思う。今、「私」は、妻と二人で聖書をひらいて祈ることがさらに多くなった。

 ヨエル書には「主はご自分の地をねたむほど愛し、ご自分の民をあわれまれた」(2:18)とある。本来であれば呪われた地であり裁かれるべき民を、主は「ねたむほどに」愛された。そして「その後、わたしは、私の霊をすべての人に注ぐ。あなたがたの息子や娘は預言し、年寄りは夢を見、若い男は幻を見る。その日、わたしは、しもべにも、はしためにも、私の霊を注ぐ」(2:2829)と主は述べられている。今、「私」は、主のめぐみとあわれみの大きさに圧倒され、もう一度、家族や教会を立て直す機会を与えられたことに感謝している。

 

2019年1月6日「主の声を聴き分ける耳」(ヨハネ10:22~30)

 今年の年間聖句はヨハネの福音書10章の27節である。教会とは「主の御声を聴いていく群れ」である。そして教会として「やるべきこと」と「やってはいけないこと」がある。それは神様の声を聴き分けることでしか判断できない。

 ヨハネの福音書はユダヤ人の様々な祭りについて記されている(5~7章)。そして10章では「宮きよめ祭り」(22節)について記されている。この「宮きよめの祭り」は聖書でここにしか書かれていない。これについて聖書以外の諸資料によると、アンティオケ四世時代にイスラエルにはギリシャ的な宗教観が強制され、(ダニエル書11:31にあるように)神殿にはゼウス神が据えられていた時代があった。これに対しイスラエルは、紀元前164年の12月25日に蜂起して神殿を取り戻した。これを記念したのが「宮きよめの祭り」である。

 「あなたは、いつまで私たちに気をもませるのですか。もしあなたがキリストなら、はっきりとそう言ってください」(24節)と問いかけたユダヤ人たちの中には、おそらく紀元前164年に蜂起し民族のアイデンティティを取り戻したこの人物のような政治的・軍事的リーダーのイメージがあったのではないか。しかし神様がお与えになった「キリスト」は、そのような人物ではなかった。では神様の本当の「宮きよめ」とは何だったのか。

 「わたしの羊はわたしの声を聴き分けます。」(27節)とイエス様は述べている。多くの政治運動は、誰かの声に賛同者が集まって「勝利」を勝ち取ろうという一時的で熱狂的なムーブメントとなることが多い。しかし神様が求めていらっしゃるのは「聴き分ける」ことである。神様の声を聴き分けて、神様の愛に立ち返り、神様の与えてくださる永遠のいのちに立ち返ることである。この永遠のいのちは「決して滅び去ることがなく」「奪い去るようなことはありません」(28節)と述べられているものである。私たちは神様の声を聴き分け、この神様の愛と永遠のいのちに立ち返る必要がある。そこに神の教会は立てられる。今年一年、注意深く「神様の声を聴き分ける」教会でありたい。

 

201911日(元旦礼拝)「新しい霊によって」(エゼキエル362428

 聖書は新しい民の誕生を示している。これは「古い民が滅び去って新しい民が生まれる」ことではなく、「古い民が質的に新しくされる」ことであり、それは神による一方的なめぐみなのである。

 イスラエルは本来、神の栄光を表すために選びとられエジプトからも連れ出された民だったが、その不信仰の結果、神はバビロン捕囚という状況を与えられ「神の民が再び奴隷の身になる」という屈辱に直面することとなった。申命記28章には祝福とともにイスラエルの民への呪い(281568)も示されている。バビロンの捕囚はこの預言の成就であった。しかし、捕囚は神がイスラエルの民を見捨てる「契約の破棄」を意味しているのではなかった。神はあくまでイスラエルを清めに導こうとされていた(エゼキエル3625→「バビロン」→「失われた十部族」参照)

そもそも、私たちはどのように新しくされるのであろうか。エゼキエル書には、神は「新しい霊」を与え「石の心」から「肉の心」に変えると述べている(24節)。またローマ書をでは「神の愛が私たちの心に注がれている」(ローマ55)と述べられている。このように私たちの「新しさ」は日々「神の愛」が注がれているからであること、それを心に留めるべきである。

 では、この新しさは私たちの何らかの「力」によって勝ち取られるものなのだろうか。神は「貧しいもの」に御国を与えられるという。イスラエルの民もバビロン捕囚によって打ち砕かれた中で、神に立ち返ることによって新しくされた。決っして何らかの「力」で勝ち取ったものではない。神の側から「あなたがたはわたしの民となり、わたしはあなたがたの神となる」(28節)と、一方的に宣言されている。私たちがへりくだって「神がともにおられる」ことに気付いたときに、神のその栄光は表される。

 「神が清められる」ということは、文字どおり「神様が」清められるのであり、私の思いや発想から出てくるものではない。私たちはそこに信仰の視点を合わせ、神様の愛によって日々清められ新しくさせることのめぐみを感謝していきたい。

 

2018年12月30日「愛が真実であるため」(ピレモン8~20)

 パウロによって書かれたこの手紙は、ピレモンというひとりの人に向けられた個人的な手紙であるが、ここには教会の真実の姿が表れている。この「ピレモンの手紙」の中に、パウロがひとり一人にどのように関わってきたかが見えてくる。

 ピレモンはコロサイの地で家の集会を開いていたキリストにあっての「同労者」(1節)であった。そのピレモンにパウロは、かつてピレモンの家にいた奴隷オネシモについての依頼をしている。このオネシモは、かつてピレモンの家の金を盗って逃げていた奴隷である。当時、奴隷自身も「財産」(500デナリ=5百日分の賃金分相当)であるので、逃げられたことはピレモンにとって二重の損失でもあった。このオネシモはコロサイの地からローマに逃げたが、そこでローマで獄中にいたパウロの所に連れて行かれた。そこで彼はパウロを通して主キリストに出会い、大きく変えられた。パウロは、生まれ変わったこのオネシモを「獄中で生んだわが子」(10節)と表現している。

 かつてオネシモは自由を求めて逃亡したが、おそらく罪の呵責に苦しみ真の解放はなかったものと思われる。しかしキリストに出会ったことで、彼は新しい人として生まれ変わったのである。そのオネシモを、パウロは「役に立つもの」(11節)としてピレモンのもとに「送り返します」(12節)と述べている。オネシモは、本来、死罪になるような「逃亡奴隷」であったが、パウロは主に会って新しくされたものとして信頼し、ピレモンに送り返そうとした。そこには同時に、ピレモンに対する信頼もあっただろう。

 だがパウロは、オネシモをピレモンの「同意なし」(14節)には送り返さないと述べている。力関係からすればパウロからピレモンに「強制」(14節)することもできただろう。しかしパウロは、あくまでピレモンを「同労者」(1節)「親しい友」(17節)と呼び、オネシモが返されたよろこびを、福音の理解の中で「愛する兄弟」(16節)として「永遠に取り戻すため」(15節)にあった出来事だと表現している。パウロはすべて福音の視点の中で感動をもって見ていることが分かる。ひとりの人がキリストにあって新しく生まれ変わることがどんなに大きいことか、私たちはその点をよく考えなければならない。

 さらにパウロは、オネシモがかけた負債の請求を「私にしてください」(18節)と述べている。もちろんパウロは、オネシモの負債を肩代わりする義理はない。しかし主キリストの犠牲によって「負債」を払われて罪から救われたパウロには、オネシモの負債を肩代わりすることは自然なことであった。教会は、そのような交わりの中で成立している。オネシモを取り巻く人びとの交わりは、福音に立つ私たちの教会の交わりの本質について多くのことを表しているのではないか。

 

2018年12月23日「神の御子イエス」(コロサイ1:15~17、ルカ2:1~7)

 イエス様の誕生を「ファンタジー」のように考えているクリスマスも世に多い。しかし私たちは、まず「御子イエス」と言う意味をきちんと考えていきたい。

 第一に、コロサイ1:15には「御子は、見えない神のかたち」と述べられ、神の本質であることが書かれている。そして、1:16には三つの前置詞が使われている。まず、①万物は御子に「あって」造られたこと。つまり御子は万物の「土台」であること。②御子に「よって」造られたこと。すなわち神様の意思によって作られたこと。さらに、③御子に「ために」造られたこと。つまり神様の目的のため、神様が愛を注がれるために造られたことが明記されている。それを知らない私たちは自分の人生の意味や価値を見失いがちである。なぜ「私」があるのか、クリスマスにあってもう一度問い直したい。

 第二に御子のへりくだりには、神様の救いのかたちが表れていること。神の本質である御子が、なぜへりくだってこの世に現れたのか、ここに神の救いの本質が集約されている。「私たちは自由だ」と生きているが、それは神からはなれたことによって罪と死の支配の下にある。そこから解き放たれない限り私たちの本当の解放はない。貧しくて不衛生な場所に生まれ出た御子は、暗い罪の中にとらわれている私たちそのものであった。御子はへりくだって、そんな私たちのところ来てくださった。

 第三に、御子は救いであること。コロサイ書が書かれた時代は、ギリシャ哲学がさかんな時代であった。「霊=善、物質=悪」と考えていたギリシャ哲学は、肉体から魂を解放するために、知識でもって霊的な存在に近づくことよって救われる」と考えていた。これに対して聖書は、「私たちの救いの根本はイエス・キリストである」と明確に語っている。たしかに様々な知識(科学)は、私たちの様々な問題を解決してきた。しかし、私が本来「生きる」ということにおいては、知識は何の救いももたらしていない。私たちが抱える本来の問題は「神様との関係」であり、コロサイ1:20には、この「和解」が私たちからの歩みよりではなく「御子によって」なされたと書かれている。

 クリスマスにあって、このような「御子」が私たちの前に表れてくださっためぐみを、もう一度確認し。感謝していきたい。

 

2018年12月16日「クリスマスの光」(ヨハネ1:1~5)

 2017年版の聖書では創世記の最初の部分を「初めに」、ヨハネの福音書の最初の部分を「はじめに」と書き分けている。創世記の場合は「天地創造の順番の一番目」の意味の「初めに」であるが、ヨハネの福音書の場合は順番の意味ではなく「根源的なもの」「私たちの存在の土台」という意味を表そうとしている。それゆえ2017年版の聖書は、根源的な存在として主を「はじめに」と表記したのである。

 ヨハネの福音書は、また主を「ことば」であり「いのち」であり「人の光」であると述べている。そして、ここには主と人間との関りが表されている。つまり「私」は、根源的な「ことば」であり「いのち」である主からの愛(光)の中に生かされているというのである。

 一方、この箇所には「やみ」についても書かれている。「やみ」とは「人の光」である主との交わりが断たれた状態を指す。「私」は、主の「ことば」で拒絶したため「いのち」からも切り離されて「やみ」にいる。しかしながら、その「やみ」の中でもイエス様の「ことば」輝いていて「私」に語りかけている。そして、そこには「いのち」がある。

 人は一般に言葉を「信用できないもの」「人をだますもの」と考えがちである。しかし主の根源的な「ことば」には「いのち」があり私たちを「やみ」から救いに導く「光」がある。主が「ことば」として私に語りかけるとはなんと不思議なことだろうか。主は「私」に個人的に「ことば」で語りかけ、「私」と個人的な関係を築こうとされている。主は向こうから「私」に近づかれ、主にある「いのち」や愛の「光」の中に生かそうとされている。そんな主の「ことば」に耳を傾け、「いのち」である主との関係を回復させるためのボールは「私」に投げられている。

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