• 秋山善久

 牧師をしながら副業を始めて6年になります。開拓教会の経済的な不足を少しでも補うためでした。せっかくなら今まで経験をしたことがないことをと思い、新しく始めたのが

高齢者施設での介護の仕事でした。ハローワークに何度も通い、やっとみつけたのが今の職場です。高齢の上に介護の資格のない者が採用されたのは、それだけ福祉の現場では人材不足に陥っているということです。

 週3回の夜勤ですから、本業との兼ね合いで毎日のように昼と夜が逆転してしまいます。

健康のためには、規則正しい生活リズムを作るのが不可欠でしょう。日常的にそれと真逆のことをしているのですから不健康極まりないのですが、幸いにも今まで健康診断を受けても大きな問題はありませんでした。前回は診療所の医師に「今の状態を維持してください」と言われました。

 ただ職業病かどうかわかりませんが、最初のとき、鼠径ヘルニアで入院手術を受けたことがあります。施設の利用者を車椅子に移すために腰に負担がかからないようお腹に力を入れていたのがいけなかったみたいでした。このときの手術は日帰りで、翌日には職場復帰しました。

 パウロは、エペソで天幕作りの仕事をしながら福音宣教をしました。人々が持ち出したパウロの手拭いや前掛け(使徒19:12)も、そうしたときの仕事着であったでしょう。昨日の礼拝でそんなことを説教しながら、自分でも励ましを受けています。

  • 秋山善久

 何気なく雑誌をみていたら、マルチステージという言葉に目がとまりました。芸能人とかスポーッツ選手のことではありません。尺八を吹いているからといって、これからステージに立ちたいなどという野望を持っているわけでもなく、ただ、コロナ後というワードに興味が惹かれたのでした。記事をみれば、それはコロナ禍以後の生き方として、ロンドン・ビジネススクール教授のリンダ・グラットンさんが提唱している新しい生活スタイルのことでした。それによれば、伝統的な人生というのは、三つのステージをもっているというのです。つまりフルタイムの教育期間、続いてフルタイムの仕事期間、最後にフルタイムの引退期間になると。今まで日本社会はそうであったけれど、高齢化が進んでそのような分け方はできなくなる。だから、そうした社会の枠組みでなく、いろいろなところで活躍できるマルチの生き方を身につけることが求められるというのです。

 なる程と思いました。たとえば定年ということにしても、今までの考え方では適応できないことがいっぱいあります。私自身、教団の厚生部会に長く所属していて、牧師の定年について考え、意見を述べてきました。印象が暗いとか地味と言われるのはそのためかもしれない。その小さな経験の中でも、若かったときと今では状況が大分違ってきています。コロナ禍による社会の変化は、そうしたことを一層加速させるでしょう。そんな中で、マルチの生き方というのは、明るいものを感じさせます。高齢化して杓子定規にできないということではなく、何かできるという発想が先だっているからでしょう。もちろんできなくなることを無視するというのではありません。高齢化すればする程弱いところが多く出てきます。病気もします。そうした部分を受け入れながら、新しい働きを見つけていく。それはとても楽しいことであるような気がします。

  • 秋山善久

更新日:5月6日





 教会の小さな庭に植えられたハナミズキが満開になっています。真っ白く咲くものと薄紅色のものとの二種類です。近くにある自然公園では、これと同じ科のヤマボウシみられますが、花の大きさと数という点ではハナミズキが圧倒しています。この花はアメリカ原産で、日本に入ってきたのは、1915年、アメリカに贈られた桜の苗への返礼品として届いたものとのこと。教会に植えられたのは、1991年、会堂が建設された年と思われます。

 ところでアメリカには、イエス・キリストが十字架につけられた木がハナミズキであるという伝説があるそうです。そのため前は大きかった花が小さくなり、花弁にはキリストが釘に刺された跡が残っているというのです。写真をみればわかるように、確かに花弁は伝説を思わせる色と形をしています。花弁が十字であるというのも、そうしたイメージをわかせます。けれども、イスラエルにはハナミズキは自生していないので、十字架の木として使われることはありませんでした。

 桜と違ってハナミズキは花持ちがいいので、四月末に咲いたまま、先日来の風雨にも耐えて花びらを落としていません。歌にも歌われたように、上に向かって広く伸びる枝につく花は、青い空に映えて気持ちを爽快にさせてくれます。

 


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