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  • 執筆者の写真: 秋山善久
    秋山善久
  • 2 日前

 実家は、気仙沼市の山奥にあります。8年程前、その家の納屋を改装してNPO法人が立ち上がりました。障害を抱えた子どもたちや高齢者の居場所作りとして、看護師を定年退職した義姉が中心としてはじめたのでした。その頃、わたしは別のNPO法人と関係をもっていたので、立ち上げのための相談を請われ、今に至っています。

 施設といっても、所詮は納屋の一角であり、設備の点でも広さの点でも充分ではなく、理想にはほど遠いものでした。それでも協力者が得られ、着実に進展してきました。大きく変ったのは、5年前に閉校になった近くの小学校を借り受けることができるようになったことです。それはある面で奇跡的なことだったのですが、地道にしてきた地域活動の評価が、市の理解に繋がったようです。

 先日、そこにグループホームが建設され、開所式が行われました。わたしは礼拝後に駆けつけたので、式典には間に合いませんでしたが、祝賀式に参加することができました。経緯を振り返れば、最初はビニールで部屋を区切り、突き破れば崖から転落するような所での活動でした。それが今では各教室が使え、広い校庭があり、そしてグループホームまであるのです。2.3人で始めたことが、嘱託職員を含めると職員が43名になったいます。昨年は、地域活動が評価され、街づくり総務大臣賞もいただきました。

 ここに至るまでの道は驚きの連続でした。それはまた、小さい者の中に働く主の恵みです。障害を抱えたお子さんをお持ちのご家族は、それぞれに異なった悩みを抱えておられます。そのひとつひとつに適切に対応することは不可能に思えます。それでも、そうしたことを受け止める場所があるとき、主は恵みをもってこたえてくださる。

「神のなさることは、すべてときにかなって美しい」伝道者の書3:11

  • 執筆者の写真: 秋山善久
    秋山善久
  • 4月6日

 数年前、思いがけなく声をかけられて、青年時代の知人と再会しました。およそ50年ぶりになります。かつて私は日立製作所の社員でした。配属されていた現場には、開発を始めたばかりの超伝導の製品が流れていました。核融合の実験装置とか、リニアモーターカーの浮上装置のような物です。これは最先端の部署で学ぶようにと、担当課長の配慮によるものです。それでも、わたし自身は、連日の単調な作業に飽き飽きしていました。

 教会に足を運んだのは、そうした日常から解放されたいと思ったからです。それがきっかけでクリスチャンになり、やがて牧師への道を歩みました。再会した人というのは、その頃、クリスチャンの交わりで知り合ったIさんです。Iさんは、国の機関で核燃料の研究をしていました。

 そのIさんのことは、50年間、風の便りにも聞かなかったのに、教団総会があったときに、会場で「秋山さん」と呼びかけられました。Iさんが通っている教会が同盟教団に加入し、彼は役員として総会に出席していたのです。

 聞けばIさんは、核融合の研究を続け、今ではその分野で日本を代表する人物になっていました。50年前には不可能と思えていた核融合の課題が、今では多く解決されているそうです。そうなると、エネルギー事情は大きく変るかも知れない。そのことは夢に持てることですが、わたし自身はIさんがクリスチャンとして活躍していてくれたことが、とても嬉しく思えました。

 考えてみれば、クリスチャンにとって、再会というのは、地上のことにとどまりません。天においての記憶に残る人との再会は、想像がつかない驚きに包まれることでしょう。

  • 執筆者の写真: 秋山善久
    秋山善久
  • 3月27日

 春の気配が漂う川沿いの道を散歩しました。愛犬がいた頃には、連れだってよく歩いた路ですが、五年ほど前に寿命でいなくなってからは、この道を通るのも久しぶりです。土手に枝を張った老梅は、もう満開が過ぎていました。それでも、白い花びらから放つ強い香りは春の到来を告げていて、鼻孔を懐かしく刺激します。大きく息を吸い込むと、子どもの頃の記憶が呼び覚まされました。

 この季節だからでしょう。思い出したのは、笹竹で杉鉄砲を作って友達と競ったことです。まず笹竹を小刀で十センチ程に切ります。それを内部の棒で押し出すように細工するのです。これに玉として詰めたたのが杉の実でした。このため、家の中に、杉の実がいっぱいについた枝を持ち込んでいました。今でしたら、杉花粉の元凶として毛嫌いされるのですが、その頃はそんなことを考えもしませんでした。かえって、なるべく大きな実を選んでいたのです。上手くできれば、押し出したときにプチィと弾けたような音がするからです。その音の大きさをもって、友達と自慢し合ったのです。今の子どもたちに昔の遊びを体験してもらうことがあったとしても、杉鉄砲のようなものはできません。まずハナから禁止になってしまうでしょう。「花粉症になってしまうじゃないですか」と、強く抗議が寄せられてしまうに違いありません。考えてみれば、「あれは楽しかったなあ」と、今の子どもたちには伝わらないもどかしさが残ります。ひるがえって梅の香りは、風に乗って遠くまで運ばれます。伝えなければならない福音のようです。

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