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執筆者の写真: 秋山善久
秋山善久
9月25日

夕暮れの太陽を見ながら、宇宙のことを考えてみました。もし太陽がバスケットボールの大きさであるなら、地球との距離はバスケットコートの縦の長さぐらい。地球の大きさは、ごま粒ぐらいに小さい。この距離がもっと離れていたら、生命にとって温度は低すぎるでしょう。反対にもっと太陽に近かったなら、熱ばかりか核融合の放射線に晒されてしまう。太陽と地球の大きさ、その距離、重力、これらは大き過ぎても、小さすぎても、離れ過ぎても近過ぎても生命活動には都合が悪い。そうしたことを考えれば、たとえどこかの星に生命があったとしても、地球ほど豊かなものにはならないと予想されます。地球は精密と言っていい程のバランスの上に、生命活動が成り立っているからです。

 50年程前、私は、核融合装置の組み立て現場にいました。JT60の前の実験装置です。核融合は、地上の太陽と言われます。そのとき課題とされていたのは、プラズマをコントロールする強力な磁場とか、核融合によって発生する1億度の熱を取り出して、タービンを回す技術でした。

 こうした研究は着実に進められ、核融合炉が完成するのはもうすぐだという報道が度々されています。もちろん、そうしたことが事実であれば、それに越したことはないでしょう。けれども、人はもっと創造の中に隠された神の知恵を、謙遜に学ぶ必要があるような気がしています。太陽から地上に注がれる恵みは、一日たりとも故障したり停止したりすることはないのですから。

執筆者の写真: 秋山善久
秋山善久
4月18日

 実家は、気仙沼市の山奥にあります。8年程前、その家の納屋を改装してNPO法人が立ち上がりました。障害を抱えた子どもたちや高齢者の居場所作りとして、看護師を定年退職した義姉が中心としてはじめたのでした。その頃、わたしは別のNPO法人と関係をもっていたので、立ち上げのための相談を請われ、今に至っています。

 施設といっても、所詮は納屋の一角であり、設備の点でも広さの点でも充分ではなく、理想にはほど遠いものでした。それでも協力者が得られ、着実に進展してきました。大きく変ったのは、5年前に閉校になった近くの小学校を借り受けることができるようになったことです。それはある面で奇跡的なことだったのですが、地道にしてきた地域活動の評価が、市の理解に繋がったようです。

 先日、そこにグループホームが建設され、開所式が行われました。わたしは礼拝後に駆けつけたので、式典には間に合いませんでしたが、祝賀式に参加することができました。経緯を振り返れば、最初はビニールで部屋を区切り、突き破れば崖から転落するような所での活動でした。それが今では各教室が使え、広い校庭があり、そしてグループホームまであるのです。2.3人で始めたことが、嘱託職員を含めると職員が43名になったいます。昨年は、地域活動が評価され、街づくり総務大臣賞もいただきました。

 ここに至るまでの道は驚きの連続でした。それはまた、小さい者の中に働く主の恵みです。障害を抱えたお子さんをお持ちのご家族は、それぞれに異なった悩みを抱えておられます。そのひとつひとつに適切に対応することは不可能に思えます。それでも、そうしたことを受け止める場所があるとき、主は恵みをもってこたえてくださる。

「神のなさることは、すべてときにかなって美しい」伝道者の書3:11

執筆者の写真: 秋山善久
秋山善久
4月6日

 数年前、思いがけなく声をかけられて、青年時代の知人と再会しました。およそ50年ぶりになります。かつて私は日立製作所の社員でした。配属されていた現場には、開発を始めたばかりの超伝導の製品が流れていました。核融合の実験装置とか、リニアモーターカーの浮上装置のような物です。これは最先端の部署で学ぶようにと、担当課長の配慮によるものです。それでも、わたし自身は、連日の単調な作業に飽き飽きしていました。

 教会に足を運んだのは、そうした日常から解放されたいと思ったからです。それがきっかけでクリスチャンになり、やがて牧師への道を歩みました。再会した人というのは、その頃、クリスチャンの交わりで知り合ったIさんです。Iさんは、国の機関で核燃料の研究をしていました。

 そのIさんのことは、50年間、風の便りにも聞かなかったのに、教団総会があったときに、会場で「秋山さん」と呼びかけられました。Iさんが通っている教会が同盟教団に加入し、彼は役員として総会に出席していたのです。

 聞けばIさんは、核融合の研究を続け、今ではその分野で日本を代表する人物になっていました。50年前には不可能と思えていた核融合の課題が、今では多く解決されているそうです。そうなると、エネルギー事情は大きく変るかも知れない。そのことは夢に持てることですが、わたし自身はIさんがクリスチャンとして活躍していてくれたことが、とても嬉しく思えました。

 考えてみれば、クリスチャンにとって、再会というのは、地上のことにとどまりません。天においての記憶に残る人との再会は、想像がつかない驚きに包まれることでしょう。

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