読んで聞かせたい聖書の話

 

​ 6月からY兄弟も執筆陣に加わりました。ベテランのクリスチャンです。キリスト教に関わるほっこりとしたお話や希望が持てるお話など、思わず誰かに話してみたいお話を集めた不定期連載です。お楽しみに。

記事一覧
​黄色の囲みは最新記事、囲みなしは予告記事です。

註:仙台のぞみ教会、現在、新改訳聖書(2017年版)を公式聖書にしており、以下の記事内の引用もそれに基づいています。しかし「とりあえず聖書を見てみたい」という方は、上の「ネットで読める聖書」のボタンをご利用してください。「Bible.com」の「口語訳聖書」にリンクしています。この「口語訳聖書」は著作権が切れておりますのでネットで全文が読めるのですが、その特徴や問題点、これに対する新改訳聖書の位置づけなどは、上記「はじめての聖書選び」をお読みください。

第二の誕生日(Y)
 

 1958年6月17日、私は仙台市の広瀬川でバプテスマ(洗礼)を受けました→「はじめての教会用語辞典」のさ行「洗礼」参照。この「第二の誕生日」から数えて、今年(2020年)で「満62歳」となりました。梅雨空の寒い日だったと記憶しています。この時、教会の兄弟姉妹が歌った讃美歌516番の「♪主イエスを知りたる うれしきこの日や」が神様のものとなったこの身へのエールのように聞こえたことが、つい昨日のことのように思い出され、再び熱い思いがこみ上げてきました(筆記者注:ちなみにこの讃美歌516番は、ずいぶんアレンジされていますが映画「天使にラブソングを2」で使われた有名なゴスペルソング”Oh Happy Day”でもあります)。

 これまでの人生をふり返っていろいろな喜びや哀しみがありましたが、その中で最もつらかったことは、一緒に仕事をしていた先輩に裏切られたことです。詳細はお話いたしませんが、信頼していた方だけに、その悔しさや悲しさは容易に癒しがたく、長い間苦悩しました。単に裏切られただけでなく、生活も一変しなければならなかったからです。しかし、ある日「ですから、明日のことまで心配しなくてもよいのです。明日のことは明日が心配します。苦労はその日その日に十分あります。」(マタイ6:34)という御言葉に気付いて目が覚めました。

 クリスチャンとなった時、私はキリストのからだの一部とされたのです。私の代わりに死んで罪との縁を切ってくださったのですから、もう私のいのちは自分のものであって自分のものではありません。イエス様から頂いたいのちなのです。そう気づかされました。そして、どのような場合でもそのことを忘れずに、前向きにプラス思考で歩むことこそが受洗者(クリスチャン)の生涯だと思うのです。聖書には「あなたがたのからだを、神に喜ばれる、聖なる生きたささげ物として献げなさい。」(ローマ12:1)とあるように、「第二の誕生日」からの私は神様のために生きています。

広瀬川(大橋付近)

コリント人への手紙第一12章12~13節

ちょうど、からだが一つでも、多くの部分があり、からだの部分が多くても、一つのからだであるように、キリストもそれと同様です。私たちはみな、ユダヤ人もギリシャ人も、奴隷も自由人も、一つの御霊によってバプテスマを受けて、一つのからだとなりました。そして、みな一つの御霊を飲んだのです。

マタイの福音書6章34節

ですから、明日のことまで心配しなくてもよいのです。明日のことは明日が心配します。苦労はその日その日に十分あります。

ローマ人への手紙12章1節

ですから、兄弟たち、私は神のあわれみによって、あなたがたに勧めます。あなたがたのからだを、神に喜ばれる、聖なる生きたささげ物として献げなさい。それこそ、あなたがたにふさわしい礼拝です。

ノアの箱舟(M)
 

 今回は皆さんにもなじみの深い「ノアの箱舟」のお話です。およそのあらすじは次の通りです。(創世記6~8章)

 人が大地に増えはじめると同時に人の悪が増大し、神様の前に堕落したので、神様は悔やみました。そこで神様はそんな人間たちを滅ぼそうとなさいましたが、神様の心にかなっていたノアだけがその災いから救われ、逃げることができました。

 ノアは神様から、箱舟を作るように命じられました。そしてノアの家族全員と、すべての生き物の中からそれぞれつがいで二匹ずつ(動物によっては七つがいずつ→創世記7章2節)連れて船に入るように命じられました。神様は四十日四十や大雨を降らせ、作られた生き物すべてを消し去りました。その後も百五十日間、水は地表を覆い続け、その後、減少していきました。の母箱舟の窓を開いて鳩を放ったところ、その鳩はオリーブの若葉をくわえて戻り、それによってノアは水が引いたことを知ります。こうして、ノアと箱舟にいたものだけが生き残ったのでした。

 この箇所を読むと、ただ神様の御言葉に従いわき目もふらずに巨大な箱舟を建築したノアの信仰心にまず目が行きます。ノアが箱舟に入り終わった時、神様が箱舟の扉を閉めました。ノアは閉じ込められたことにより、長時間船内にとどまらなければならず、ただ神様の約束を待ち望むしかありませんでした。どんなに不安で孤独なことだったでしょう。いつになったら船から出られるのか、本当に出られるのかわからないまま時を過ごすのです。それは信仰の試みであり、このことを通してノアは、ひたすら神様を信じ待ち望むことの大切さを教えられます。しかし、そんな時も神様はノアとともにおられ、その不安や孤独をやわらげ、癒し、平和を与えてくださっていたに違いありません。

 私たちは、早く結果を欲しがります。しかし神様は、しかるべき時が来るまで耐え忍ぶことを学ばせてくださる方なのです。神様を疑い、信じられなくなる時もあることでしょう。しかし、そんな時こそ神様の御言葉に生き、待ち望む者でありたいですね。

参考絵画

ミケランジェロ「ノアの洪水(システィーナ礼拝堂天井画部分)」システィーナ礼拝堂(バチカン)、1512年。

ミレイ「箱舟への鳩の帰還」アッシュモーリアン美術館(英オックスフォード)、1851年。​

ドレ「ノアの箱舟」アッシュモーリアン美術館(英オックスフォード)、1851年。​

日本聖書協会・藤本四郎『ノアのはこぶね』日本聖書協会、2009年。

​創世記6章22節

​ノアは、すべて神が命じられたとおりにし、そのように行った。

​創世記7章16節

入ったものは、すべての肉なるものの雄と雌であった。それらは、神がノアに命じられたとおりに入った。それから、は彼のうしろの戸を閉ざされた。

創世記8章1節

神は、ノアと、彼とともに箱舟の中にいた、すべての獣およびすべての家畜を覚えておられた。

ソロモンの知恵(M)
 

箴言、伝道者の書、雅歌を書いたとされるソロモン。

「ソロモンは三千の箴言を語り、彼の歌は千五百首もあった。」(列王記第一4章32節)

 

今回は旧約聖書からそのソロモンの知恵と判断の有名な箇所を見てみます。

 

「神は彼に仰せられた。『あなたがこのことを願い、自分のために長寿を願わず、自分のために富を願わず、あなたの敵のいのちさえ願わず、むしろ、自分のために正しい訴えを聞き分ける判断力を願ったので、見よ、わたしはあなたが言ったとおりにする。見よ、わたしはあなたに、知恵と判断の心を与える。あなたより前に、あなたのような者はなく、あなたの後に、あなたのような者は起こらない。」(列王記第一3章11~12節)

 「そのころ、二人の遊女が王のところに来て、その前に立った。

 その一人が言った。『わが君、お願いがございます。実は、私とこの女には同じ家に住んでいますが、私はこの女と一緒に家にいるとき、子を産みました。私が子を産んで三日たつと、この女も子を産みました。家には私たちのほか、だれも一緒にいた者はなく、私たち二人だけが家にいました。ところが、夜の間に、この女の産んだ子が死にました。この女が自分の子の上に伏したからです。この女は夜中に起きて、このはしためが眠っている間に、私のそばから私の子を取って自分の横に寝かせ、死んだ自分の子を私の懐に寝かせました。朝、私が子供に乳を飲ませようとして起きると、どうでしょう、その子は死んでいるではありませんか。朝、その子をよく見てみると、なんとまあ、その子は私が生んだ子ではありませんでした。』

 すると、もう一人の女が言った。『いいえ、生きているのが私の子で、死んでいるのがあなたの子です。』先の女は言った。『いいえ、死んだのがあなたの子で、生きているのが私の子です。』女たちは王の前で言い合った。

 そこで王は言った。『一人は「生きているのが私の子で、死んだのがあなたの子だ」と言い、また、もう一人は「死んだのがあなたの子で、生きているのが私の子だ」と言う。』王が『剣をここに持って来なさい』と言ったので、剣が王の目に差し出された。

 王は言った。『生きている子を二つに切り分け、半分をこちらに、もう半分をそちらに与えよ。』すると生きている子の母親は、自分の子を哀れに思って胸が熱くなり、王に申し立てて言った。『わが君、お願いです。どうか、その生きている子をあの女にお与えください。決してその子を殺さないでください。』しかしもう一人の女は、『それを私のものにも、あなたのものにもしないで、断ち切ってください』と言った。そこで王は宣告を下して言った。『生きている子を初めのほうの女に与えよ。決してその子を殺してはならない。彼女がその子の母親である。』

 全イスラエルは、王が下したさばきを聞いて、王を恐れた。神の知恵が彼のうちにあって、さばきをするのを見たからである。」(列王記第一3章16~28節)

 「神はソロモンに非常に豊かな知恵と英知と、海辺の砂浜のように広い心を与えられた。」(列王記第一4章29節)

 

 「彼の知恵のうわさを聞いた世界のすべての王たちのもとから、あらゆる国の人々が、ソロモンの知恵を聞くためにやってきた。」(列王記第一4章33節)

 子どもの命を救うため、とっさに身を引く決意をした実の母親。素晴しいさばきをされたソロモンによって本当の母親がどちらか、明白になります。現代では、幼い子が実の両親に虐待され命を落としたというニュースに、耳を疑い、言葉を失います。命の尊さを何と思っているのでしょう。なぜそんな痛ましい事件が起きるのか。私たちは、人間にとって大切な、愛や慈しみの心を育むことを忘れてはならないし、また、神様の教え、授かる知恵や勇気を身に着けて歩いていきたいものです。私たちは、神様から何を与えられて生きているでしょう。いつもみ言葉に聞き従う従順さを失わないように、そして与えられた賜物を十分に生かしていきたいと願っています。

 ニコラ・プッサンによる油彩画「ソロモンの審判」(ルーブル美術館)もご覧ください。対照的な双方の母親の表情がよく描かれています。

​二コラ・プッサン「ソロモンの審判」1649年

みんな仲良く(Y)
 

 今、アメリカ中部ミシガン州で起きた白人警官による黒人男性暴行死事件の怒り、抗議デモが、世界中に広がっています。

 そのニュースを見るたびに、私は75年前のことを思い起こします。あの時の朝鮮人(現在の北朝鮮、韓国)の子どもたちが「いじめっ子」によるいじめあって、苦しみ、戦う姿、恐ろしさを忘れることはありません。当時の私は、小学一年生。「どうして朝鮮人の子たちだけがいじめられるの?」と疑問に思っていました。しかし担任の女先生は、隣組の朝鮮人の子をクラスに取り込み、“みんな仲良く友達“になるように努めて、熱心に教育されました。

 「好きな食べ物だけ食べれば、良いというのではありません」「世界の国中はいろいろな人々がいるのです」「クラスで毎日、顔を見合わせていても、その人の哀しみはわかりません」など、聖書から様々なことを親切に教えてくださいました。

 私が、数えきれない苦しみ、つらさを乗り越えることができたのも、Y先生のご指導の賜物と心から感謝しております。「他の人のことより、あなたは何をしたのか?」というキリストの問いに、どうか耳を傾けてください!

土門拳「おしくらまんじゅう」1953年

マタイの福音書54344

「あなたの隣人を愛し、あなたの敵を憎め」と言われていたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、自分を迫害する人のために祈りなさい。

ローマ人への手紙14章1~3節

信仰の弱い人を受け入れなさい。その意見をさばいてはいけません。ある人は何を食べても良いと信じていますが、弱い人は野菜しか食べません。食べる人は食べない人を見下してはいけないし、食べる人も食べない人をさばいてはいけません。神がその人を受け入れてくださったのです。

マタイの福音書7章3節

あなたは、兄弟の目にあるちりは見えるのに、自分の目にある梁には、なぜ気づかないのですか。

父の日について(M)
 

◆起源◆

 父の日も母の日と同様、アメリカの教会で父母への感謝のために、その娘たちによって行われた記念会が発端です。ソナラ・スマート・ドットという女性は、自分の通う教会の牧師に頼み、母の亡き後ソナラと5人の兄を男てひとつで育ててくれた敬愛する父親に感謝する礼拝を、父の誕生月だった6月にしてもらいました。1909年6月19日(第三日曜日)のことです。その後数十年という年月を経て、リチャード・ニクソン大統領により、6月の第三日曜日が、アメリカの国民の祝日として定められました。

 「母の日」のシンボルフラワーがカーネーションなのに対し、「父の日」の花はバラです。母の日と同じように、父の日も、健在な父には赤いバラを送ります。ちなみにソナラのお父さんは、この時はすでに召されていたので、彼女は墓前に白いバラを供えたとか。

 日本では1981年、日本ファーザーズ・デイ委員会が「ベスト・ファーザー イエローリボン賞」という企画を展開し、イベント化され、黄色いバラや、黄色いリボンが巻かれたプレゼントが贈られるようになって一般化したようです。お花を贈るのであれば、バラのほかに、父の日のイメージカラーとなった黄色の「ひまわり」を贈るのも人気です。

 父の日には、お父さんに日頃の感謝を込めてプレゼントを贈ったり、感謝の言葉を伝えましょう。また亡くなられたお父さんへ、在りし日を偲んでお墓参りをされてはいかがでしょうか。

(引用元:profoto)

箴言4章1

子どもたちよ、父の訓戒に聞き従え。耳を傾け、悟りを得よ。

​出エジプト記20章12節

あなたの父と母を敬え。あなたの神、が与えようとしているその土地で、あなたの日々が長く続くようにするためである。

エペソ人への手紙6章4節

父たちよ。自分の子どもを怒らせてはいけません。むしろ、主の教育と訓戒によって育てなさい。

 
ペンテコステ(聖霊降臨記念日)(M)

 新約聖書の「使徒の働き」第二章には、ペンテコステの出来事が記されています。イエス様が十字架につき復活されてから50日目、すなわち五旬節(旬は10日と言う意味)の日に、イエス様を信じ心をひとつにして祈っていた弟子たちは、ご聖霊を受けました→「はじめての教会用語辞典」のま行「みちち・みこ・みたま(御父・御子・御霊)」参照。ペンテコステはその出来事を記念するキリスト教の祝祭日です。ペンテコステは宗派によっても異なりますが、復活祭から数えて50日目の日曜日、今年は5月31日になります(「イースター」が年によって違うため→「聖書の舞台(生活・習慣)」のあ行「イースター」参照)。

 この章では、私たちは「一緒に集まって御霊が注がれるのを待つ」と言う礼拝の活動や、また「他国のいろいろな言葉で神の御業を語る弟子たちの姿」に宣教(伝道)の使命を見出すことができます。罪を悔いてバプテスマ(→「はじめての教会用語辞典」のさ行「せんれい(洗礼)」参照)を受け、ご聖霊に満たされるようになるという約束は、神様が召された人なら誰でも与えられているます。また、神のみ言葉が与えられ、それに従うこともご聖霊の働きによるものなのです。

さらに、信者となった人々が一つになって必要に応じてものを分配したり、喜びと真心をもって食事をともにし、祈り賛美するという箇所から、私たちキリスト教の教会活動の原点が見えてくるのではないでしょうか。

使徒の働き2章1~4節

 五旬節の日になって、皆が同じ場所に集まっていた。すると天から突然、激しい風が吹いて来たような響きが起こり、彼らが座っていた家全体に響き渡った。また、炎のような舌が分かれて現れ、一人ひとりの上にとどまった。すると皆が聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、他国のいろいろな言葉で話し始めた。

使徒の働き2章33節

​ ですから、神の右に上げられたイエスが、約束された聖霊を御父から受けて、今あなたが目にし、耳にしている聖霊を注いでくださったのです。

関連する絵画を見たい方には、グレド・レーニ「聖霊降臨」(1606年・バチカン美術館)やエル・グレコ「聖霊降臨」(1605年・プラド美術館)をおススメします。

 
他の人のために(M)

 新型コロナウイルスの流行とともに、気が付くとマスクや消毒液がドラッグストアから姿を消し、なかなか買い求めることができなくなりました。手持ちのマスクは少し持ち合わせていましたが、なかなか手に入らないので不安を感じることがありました。そんな中、友人が手に入ったマスクを分けてくれたり、手作りしたものを教会のある姉妹がわけてくださったり、それは本当に感謝なことでした。

 例えば「あなたのこと、とても心配しているよ。思っているよ。」そう言われると嬉しいものです。なおかつ、言葉だけではなくそこに行動が伴って、相手に気持ちを表すことが出来たらどんなに素晴らしいことでしょう。言葉に行いが伴うときの愛の力は、人を幸せな気持ちにしてれます。幸せな気持ちになったその人が、今度は別の誰かに心を配れるといいですね。目には見えなくても大切なものがありますが、気持ちを形にして表すのも大事なことだと思うのです。

 自然災害時にいち早く駆け付け、様々な後片付けを手伝うボランティアの方々がいます。また災害時の避難生活の中で、少ない食べ物をさらに分け合って食べた経験のある方もいらっしゃるでしょう。しかし、そうしたいと思っても誰もが同じようにそうできるわけではなく、なかなか難しいことかもしれません。しかし自分だけがよければそれでよいのではなく、助けを必要としている周りの人にも優しい眼差しを向け、行動に移せるようにしたいものです。自分のできる範囲で無理なく。​

ヨハネの手紙第一3章18節

子どもたち。私たちは、ことばや口先だけではなく、行いと真実をもって愛しましょう。

箴言3章27~28節

あなたの手に善を行う力がある時、受けるべき者にそれを控えてはならない。

あなたに物があるとき、隣人に向かって、「帰って、また来なさい。明日あげよう」と言うな。

箴言11章24~25節

気前良く施して、なお富む人があり、正当な支払いを惜しんでかえって乏しくなる者がある。

おおらかな人は豊かにされ、他人を潤す人は自分も潤される

 
母の日について(M)

◆起源◆

 その起源は世界中で様々で日付も異なりますが、母の日は日頃の母の苦労をねぎらい、母への感謝を表す日です。中でもアメリカでは以下のアン・ジャービスへの教会での追悼にさかのぼり、5月の第二日曜日にお祝いし、日本もそれに倣っています。

 南北戦争中「母の仕事の日」と称し、敵味方を問わず負傷兵の衛生状態を改善するために、地域の女性を結束させたアン・ジャービスという女性がおりました。彼女の死後、その娘のアンナ・ジャービスは、亡き母親を偲び、母が日曜学校の教師をしていた教会で記念会をもち、白いカーネーションを贈ったのが、日本やアメリカでの母の日の起源とされています。

 今では一般的に、元気で生きておられるお母さんへ→赤いカーネーション( 花言葉は「愛情),亡くなられたお母さんへ→白いカーネーション( 花言葉は「尊敬」)を贈っているようです。(出典:フリー百科事典Wikipedia)

「お母さんに感謝を伝える」と言っても、何らかの理由で感謝を伝えたい人は不在かもしれません。けれど今伝えることのできる人は、あなたの気持ちを伝えましょう。伝えたくとも不在のお母さんには、心の中で思いを馳せて、あらためて感謝の念を捧げましょう。いずれもお母さんへの深い愛情、尊敬をこめ、感謝をもって贈りたいですね。

エペソ人への手紙6章1~3節

子どもたちよ。主にあって自分の両親に従いなさい。これは正しいことなのです。

『あなたの父と母を敬え。』これは約束を伴う第一の戒めです。「そうすれば、あなたは幸せになり、その土地であなたの日々は長く続く」という約束です。

​申命記5章16節

あなたの父と母を敬え。あなたの神、主が命じたとおりに。それは、あなたの日々が長く続くようにするため、また、あなたの神、主があなたに与えようとしているその土地で幸せになるためである。

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