1カ月限定!クリスマス・クイズ(解答編)

いかがでしたか?結構、強引な解説もありますが、聖書のこと、クリスマスを考えるきっかけにしてください。

​【一般の人向け】(世間のクリスマスの誤解に挑戦です)

Q1の解答

 

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びっくりですね。

 実はイエス・キリストの誕生日について聖書は書いてありませんし、記録も残っていません。近代以前は誕生日なんて重大事ではなかったのです。日本でも江戸時代までは「生まれて1歳」「次の正月に2歳」と数えていましたから、生後366日の子どもも生後2日の子どもも同じ「2歳」と数えていたのです。それで不便はなかったのです。12月25日はイエス様の「誕生をお祝いする日」であり、実際には羊飼いが羊の番をしている季節ですから、小羊が生まれる3月下旬から羊を外に出さなくなる晩秋までの「いつか」と言うことになります。

 では、なぜクリスマスが12月25日になったのか。実は12月25日あたりは冬至に近く「太陽の光が一番弱まる日」で、太陽神を信じるローマの宗教ミトラス教の記念日だったそうです。そして、この宗教の人びとを改宗させるために、この日にキリスト教の記念日を設定したという話です。

Q2の解答

 

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これも、またまたびっくりですね。

 クリスマス・イブの「イブ」を「前日」の意味だと思っている人が多く、23日を「イブ・イブ」なんている人もいますが、「イブ=evening」つまり「クリスマスの当日に夕べ(日没~夜半)」と言う意味です。英語では「イブニング=夕べ」「ナイト=夜半」と夜を分けていて、まだ行動する時間の夜のあいさつは「グッド・イブニング」、もう寝ちゃうときのあいさつは「グッド・ナイト」と言いますよね。

 それでは「クリスマス当日」とはいつか?これを理解するために昔の1日の数え方をおさえる必要があります。現在は、読夜中の0時から次の夜中の0時までを1日と数えていますが、時計がなかった昔は、わかりやすい日没~日没を1日と数える地域も多かったようです。つまり「クリスマス当日」とは、現在の数え方で言うと「24日の日没~夜中~25日の日の出~昼間~25日の日没」までを指すのです。だから「クリスマス・イブ」とは、現代の時間で言うと「24日の日没~夜半」の「クリスマスの一日がスタートする時間」なのです。24日の昼間はクリスマス・イブではありません。

Q3の解答

 

​この東方の三博士は「マギ」と呼ばれていました。同名の漫画がありましたよね。この人たちは星を観察して占星術をしていて、それで星の観察の結果、救世主の誕生を知ったという訳です。「マギ」は一般人以上の知識を持っていたし占いもしましたので不思議な力を持つと思われ、後の「マジック(魔法)」の言葉のもとになりました。でも「魔法使い」というより、ハリーポッターのタイトル「ハリーポッターと賢者の石」で訳された「博士=フィロソファー=賢者」とか、NHKでドラマ化もされた小説『精霊の守り人』シリーズでは王にアドバイスする役目の人である「星読人」とか、それらに近いイメージではないでしょうか。

Q4の解答

 

これは暦の問題も関係しています。現在の暦は「グレゴリオ暦」(16世紀の教皇グレゴリオス13世)を基本にしていますが正教会では昔のローマで発明された「ユリウス暦」(紀元前のローマの執政官ユリウス・カエサル)で儀式を行うところが残っています。このユリウス暦の12月25日が、グレゴリオ暦の1月7日にあたります。

Q5の解答

 

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 「メリー・クリスマス」「Merry」とは「楽しい」とか「愉快な」という意味で「メリー・クリスマス」とは「楽しいクリスマスをお迎えください」の意味です。ですから、クリスマスまでのあいさつです。

 日本でも年末には、「よいお年を(お迎えください)」とあいさつしますがお正月に「よいお年をお迎えください」と言わないのと同じです。

Q6の解答

 

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 4番まである歌詞のどこにもクリスマスやキリスト教のことは書かれていません。完全に冬にソリのレースを楽しむ若者たちをうたっただけの曲です。1857年牧師ジェームズ・ロード・ピアポント英語版)が作詞作曲した歌で、ボストンにある自分の教会の感謝祭(アメリカの祝日であるサンクス・ギビング・デイ)のお祝いで歌うために作った曲でした。それがクリスマスでも歌われるようになりました。

 ちなみに、このピアポント牧師はアメリカのモルガン財団の創始者であるジョン・モルガンの叔父だそうです。

Q7の解答

 英語で歌うと出だしは「♪ Rudolf the Red-Nosed Reindeer」となっています。直訳すると「赤鼻トナカイのルドルフ君は」です。つまり、「真っ赤なお鼻のトナカイさん」の名前は「ルドルフ」くんです。

 ちなみに、サンタクロースのそりを引っ張るトナカイは8頭で、名前が、ダッシャー、ダンサー、プランサー、ヴィクゼン、コメット、キューピッド、ドナー、ブリッツェンです。現在では、「赤鼻のトナカイ」の歌でサンタさんにスカウトされたルドルフを入れ、9頭ともいわれています。

 

Q8の解答

 

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 いわゆるスポンジケーキに生クリームをのせたクリスマス・ケーキは1922(大正11)年に日本の不二家がはじめたものです。世界で食べられている「クリスマス・ケーキ」の多くはイギリスの「クリスマス・プディング」のように固められた日持ちのするもので日本人のイメージだとパンやヌガーに近いものがあります。アメリカやカナダのようにクッキーを用意するところも多いようです。また、北欧ではお粥を食べるところもあるようです。

 ちなみに「クリスマスの時にチキンを食べる」という風習も一説によれば七面鳥になじみの少なかった日本の特徴をとらえて、1974(昭和49)年から「クリスマスにはチキン」と刷り込んだケンタッキー・フライド・チキンの広告戦略だそうです。

Q9の解答

 

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 あの赤い色で白い縁取りのサンタクロースの衣装は、1931年にコカ・コーラに頼まれてある画家が描いた広告の絵がもとになっており、コカ・コーラの色そのものなのです。それ以前は緑の服を着たサンタクロースがいたり、ロシア正教のサンタクロース役であるジェド・マロースは青い服を着ています。

 イエス様が人間を救うためにお生まれになったクリスマスは、先のケーキやチキンの例のように、商業主義にむしばまれた「サンタ祭り」になっていますね。いや、サンタクロースが悪いわけではありません。彼は聖ニコラウスという敬虔なクリスチャンがモデルだのですから。

 

Q10の解答

 

 冬でも枯れずに緑の葉をつけているもみの木は「永遠のいのち」を表しているそうです。

 でも、これはキリスト教起源ではなく北欧の習慣から来た考えだそうです。

 

​【クリスチャン向け】(少し聖書の知識が必要です)

Q11の解答

 

 その通り!東方の三博士を、イエス様のお生まれになったベツレヘムの馬屋にまで導いた明星にちなんで「ベツレヘムの星」と呼ばれています。仙台のぞみ教会のクリスマス・ツリーは、十字架をいただきに飾っていますが、てっぺんに星を飾ることも聖書にちなんだものだったのです。

 ちなみにクリスマス・ツリーの飾りは、星や光が「神様の栄光」を、玉(や、そのもととなったリンゴ)が「神様の豊かな恵み」、ベルや鈴の飾りが「福音の知らせ」を表しているそうです。お店で見るとサンタさんやお菓子の家、ステッキ・キャンディなどの飾りがありますが、ここに描いた飾りにとどめておくと、クリスチャンらしいツリーになります。

Q12の解答

 

  この「博士」は、Q3でも述べたように「マギ」、ギリシャ語では「マゴス」ですが、『新聖書辞典』いのちのことば社、1985年によると「この語は、もともとペルシャのゾロアスター教系の祭司階級を表すものである」(963ページ)と解説されています。なぜ、ゾロアスター教の祭司がやってきたかと言うと、「『東方』がどこかは明らかではないが、おそらくバビロニア地方と推測される。当時、この地方には、バビロン捕囚以来、ユダヤ教の影響が残っていて、メシヤ待望の信仰があった」(同)と解説されています。

 聖書で忌み嫌われる「異邦の呪法師」の手で救世主(メシヤ)の誕生が明かされるとは、なんとも不思議なことです。

Q13の解答

 

 東方の三博士が生まれたばかりのイエス様のところに来た時、「そしてその家にはいって、母マリヤとともにおられる幼子を見、ひれ伏して拝んだ。そして、宝の箱をあけて、黄金、乳香、没薬を贈り物としてささげた。」(マタイ2:11)とあります。またルカの福音書では、イエス様が「飼葉おけに寝ておられる」(ルカ2:12、16)とあります。博士たちは「世界の王」にふさわしいプレゼントを用意しただけですし、飼葉おけも、赤ちゃんを寝かせられる場所がそこしかなかったからですが、実はそれらがお葬式を暗示させているのです。

 イエス様が十字架にかけられた後に、ヨセフや女たちがイエス様の死体を受け取り、埋葬のために「そして、戻ってきて、香料と香油を用意した。」(ルカ23:56)とあります。この場合の香油と香料や没薬や入構になります。没薬は強い殺菌作用と良いにおいがあるので肢体の腐敗を防ぎ、エジプトではミイラづくりになくてはならないものでした。また、乳香をオリーブ油に溶かしたものが香油になります。埋葬の時は香油を表面に塗って亜麻布でぐるぐる巻きにしてから埋葬します。さらに、幼子イエス様が寝かされた飼葉おけですが、日本のように気で出来た桶ではなく、石で出来た四角いもので「石棺」のような格好をしています。つまり、幼子イエス様は、奇しくも「十字架で死なれることを運命づくられた子ども」として生まれてきたことになります。

 

Q14の解答

 

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  実は四福音書には「馬小屋」とは書いてありません。実はこれは「馬屋(厩)」「家畜小屋」なのです。

 木材が貴重なこの地方では、日本のように馬のために木造の小屋を建てるのは、結構、ぜいたくなのです。これは、ソロモンがいかに金持ちだったかを説明するために「ソロモンは戦車用の馬のために馬屋四万、騎兵一万二千を持っていた。」(Ⅰ列王記4:26)と書かれていることからもわかると思います。

 貧しい人は、自然の洞窟を利用したり、石や土で家畜小屋をつくっていたようです。つまり、イエス様のお生まれになった所は、私たちの想像以上にジメジメとした不衛生な場所だということがわかります。

 

Q15の解答

 

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 まるでテストのひっかけ問題の様で申し訳ありません。

 イエス様がお生まれになったのは、まがりなりにもベツレヘムの街中なので、そんなところに天の軍勢があらわれたら大変な騒ぎになったことでしょう。聖書には「さて、この土地に、羊飼いたちが、野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていた。すると、主の使いが彼らの所に来て、主の栄光が回りを照らしたので、彼らはひどく恐れた。」(ルカ2:8~9)、「すると、たちまち、その御使いといっしょに、多くの天の軍勢が現われて、神を賛美して言った。」(ルカ2:13)、「御使いたちが彼らから離れて天に帰ったとき、羊飼いたちは互いに話し合った。『さあ、ベツレヘムに行って、主が私たちに知らせてくださったこの出来事を見てこよう。』」(ルカ2:15)と書かれています。つまり、天の軍勢の大スペクトラムを目撃できたのは、ベツレヘム郊外の野原で羊の番をしていた少数の羊飼いたちだけで、天の軍勢が天に帰って静かになった田とに、話し合って彼らはベツレヘムの街に向かったのです。

 Q14で見たように「イエス様が小屋で生まれた」「その時、まわりに天使たちがいた」と言うのは、生誕のシーンの定番の描き方ですが、聖書を正確に読むとちょっと違うようです。

 

 

Q16の解答

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 ミカ書には救世主の誕生を預言する「ベツレヘム・エフラテよ。あなたはユダの氏族の中で最も小さいものだが、あなたのうちから、わたしのために、イスラエルの支配者になる者が出る。その出ることは、昔から、永遠の昔からの定めである。」(ミカ5:2)とあります。この「ベツレヘム」は町の名前なのですが、「エフラテ」とは何ぞやと言うのが昔からの疑問でした。それで調べてみると、二つの説があることがわかりました。

 「エフラテとベツレヘムの関係については、前者が後者の旧名であるとする見方と、元来2つの町が近くにあり、後にエフラテがベツレヘムに合併吸収されたとする見方がある。」(『新聖書辞典』いのちのことば社、1985年、202ページ)だそうです。

 

 

Q17の解答

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  古代の日本人は、色を四種類しか識別してこなかったそうです。「くろ」(暗いこと)、「しろ」(明るいこと)、「あか」(はっきりしていること)、「あお」(ぼんやりしていること)だけです。例えば、枕草子の書き出しの「春はあけのぼ、ようようしろくなりゆく山ぎわ」の白はWhiteではなく、「だんだんと(景色が)はっきりしてくる」と言う意味です。また、なぜ「あお」が現在はBlueになるのかと言うと、ぼんやりしている景色と言うのは遠景の山などで、多くの場合青くかすんで見えますよね。日本語では、この四色だけ色の名前に「い」を付けて「黒い」「白い」「赤い」「青い」と形容詞になるのは、それがことばとして古いからだそうです(他の色で形容詞になるものは、「黄色い」「茶色い」のように「色」をはさみます)。そして「みどり」は、もともと色の名前ではなく「若い」という意味だそうです。

 だから「みどりご」は「幼い子ども」だし、「みどりの黒髪」は「若い娘の黒々としたつやのある髪」ということになります。後に「若い葉っぱ」の色を「緑」と呼ぶようになって色の名前になりました。

Q18の解答

 

 実は、この3人以外に後2人の合計5人が王家のヘロデとして登場します。

 (1)ヘロデ大王。イエス様の生誕の所で出てくるヘロデ。ミカ書でも預言された(Q16を参照)「イスラエルの支配者」が出現したことを東方の三博士から聞いた(マタイ2:4~7)ヘロデは、その時に生まれた可能性のある国中の男の子を皆殺しにしました(マタイ2:16)。(2)ヘロデ・アンティパス。マタイの14章やマルコの6章に出てくるヘロデで、宴会の踊りの褒美に少女サロメが望んだバプテスマのヨハネの首を与えた人物です。ヘロデ大王の子どもで、イエス様の十字架の時のヘロデもこの人です。(3)ヘロデ・ピリポ。ややこしいのですが、この少女サロメの実父がヘロデ・ピリポです。ヘロデ・アンティパスの異母兄弟で(マルコ6:17)、妻ヘロデヤとの間に娘サロメがいました。しかし、ヘロデ・アンティパスに妻ヘロデヤをとられてしまいました。(4)ヘロデ・アグリッパⅠ世。ヘロデ大王の孫で、ヘロデ・アンティパスの甥っ子にあたります。使徒や昆布を剣で殺し(使徒12:2)、パウロを捕らえて牢に入れました(使徒12:4)。(5)ヘロデ・アグリッパⅡ世。(4)のヘロデ・アグリッパⅠ世の子ども、ヘロデ大王からするとひ孫になります。使徒25:13の「アグリッパ王」と言うのがこれにあたります。

 

Q19の解答

 

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 たしかに羊は財産ですし、オーナーが羊の番をすることもあったのですが、もともと羊を野に連れて草を食べさせる仕事は家族であれば子どもの仕事、羊がたくさんいる人は雇い人をやとって番をさせてました。だから「羊の所有者でない雇い人は、狼が来るのを見ると、羊を置き去りにして、逃げて行きます。」(ヨハネ10:12)、「それは彼が雇い人であって、羊のことを心にかけていないからです。」(ヨハネ10:13)だと書いてあります。羊飼いをしていると、羊の番のために安息日にも働かなければならないし、野にあっては食事の前にきよめをする水もなくて律法を守れないことも多いので、パリサイ人たちから蔑まれ、貧しかったようです。

Q20の解答

 

 人数は書いてありませんから、聖書から推理します。

 ルカの福音書には、「御使いたちが彼らから離れて天に帰ったとき、羊飼いたちは互いに話し合った。『さあ、ベツレヘムに行って、主が私たちに知らせてくださったこの出来事を見てこよう。』」(ルカ2:15)と書かれています。ですから、羊飼いたちは連れ立ってベツレヘムの街に行ったわけです。そして彼らは「マリヤとヨセフと、飼葉おけに寝ておられるみどりごとを捜し当てた。」(ルカ2:16)と書いてあり、神様の導きに従ってと言うよりも、さんざん街で訪ね歩いて、街の人に「どこかで子どもが生まれなかったか?」と聞いて歩いたことでしょう。街の人も夜中に、しかも野原で仕事をしている羊飼いたちが連れ立って探し回っているから「何事か?」と聞き返したことでしょう。信じられないと思った人もいたかもしれませんが、信じて、あるいは野次馬根性でついてきて見に行った人もいたでしょう。そして、とうとう生まれたてのイエス様にお会いできたとき「羊飼いたちは、この幼子について告げられたことを知らせた。それを聞いた人はみな、羊飼いの話したことに驚いた。しかしマリヤは、これらのことをすべて心に納めて、思いを巡らせていた。」(ルカ2:17~19)とありますから、たくさんの人がいたこと、マリヤは人々の反応とは違って冷静に深く受け止めていたことがわかります。これは、御使いに会い処女懐妊を受け入れてきた夫ヨセフも、星の予言で確信をもって遠くまで旅してきた博士たちも同様でしょう。つまり、突然この話を聞いて驚いた「みな」がいるはずですし、そうやって話が伝わっていないと、イエス様が30歳になってから弟子になったルカが、この出来事の60年後にルカの福音書に盛り込めるはずがありません。

 聖書の記述は歴史書としても一級(クリスチャン的にではなく、普通の西洋史研究の立場からも)ですから、その記述を基にこうやって読んでみるのも、聖書の読みかたとしては楽しいのではないでしょうか? 

​【牧師先生クラス?】(聖書を読んでも解けない超難問です)

神学的なクイズではなく、クリスマスと文化についての難問です。聖書的でないものも混じっていますが、お楽しみください。

 

Q21の解答

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 1886(明治19)年は、あの有名な食品店の明治屋さんが、横浜で外国人船員相手にクリスマスツリーを飾った年です。明治屋の創業者の磯野計(はかる)さんのアイデアでした。それ以降、12月7日は「クリスマス・ツリーの日」になったそうです。ただしクリスマス・ツリー自体はそれ以前にも外国の大使館やミッション系の学校で飾られていたようです。

 クリスマス自体は、1552(天文21)年に現在の山口県山口市でイエズス会の宣教師コスメ・デ・トーレスらが行った降誕祭のミサをはじまりとし、山口の商工会議所はそれを「観光ネタ」として押しているようです(→山口商工会議所HP)

 

Q22の解答

 いやぁ、これは問題を出しておいて調べるのが難しかったです。

 例えば、サウジアラビアにも人口の3~4%のクリスチャンがいて、これは日本のクリスチャン割合の10枚にあたるのですから(なんて日本は少ないの?)、当然ほかの国も一定数のクリスチャンがいると考えて調べ始めたら、①論文やネットの情報は書かれた年代を特定しないと、その国の社会情勢がどんどん変わって情報が間違っているということになる。②大使館に問い合わせても(ええ、問い合わせた国はありますよ)、こっそりは教えてくれるが「公式見解としては禁止しているとは言えない」ということになる。③じゃあ、禁止かと言うと高野秀行『イスラム飲酒紀行』reviewのような例もある…と、だんだん訳が分からなくなってきました。

 結論として、北朝鮮のように政治的に否定している国、イスラム教を国教として厳格に取り扱っている国はクリスマスを祝うことを禁止しており、ドバイなど観光客が多い国は祝っているようです。

Q23の解答

 

​ 歴代の全米ビル・ボードの1位というか、世界で一番売れたレコードは、ビング・クロスビー「White Christmas」1942年で、現在までに5,000マン枚という驚異的な売り上げを記録しました。みなさんも、一度は聞いたことのある曲です(→YouTube「White Christmas」)。ちなみに3位もクリスマス・ソングで、同じビング・クロスビーの「Silent Night」1935年で、3,000万枚売れました。この歌は、もともとは19世紀にオーストリアの牧師さんが作った曲で、日本でも「きよしこの夜」として知られています。今では考えられないぐらいの売り上げですね。

 ちなみに、これをクリスマス・ソングと呼んでいいかわかりませんが、マライヤ・キャリーの「All I Want for Christmas for You」(恋人たちのクリスマス)1994年は、1,600万枚で歴代17位、ジーン・オートリ―の「Rudlph the Red-Norse Reindeer」(赤鼻のトナカイ)1949年は1,250万枚で40位タイとなっています。

Q24の解答

 

 ラリー・カールトンというジャズ・フュージョン界を代表する名ギタリスト。50代以上の方なら、サザンの桑田佳祐が作り高田みずえや原由子が歌った「私はピアノ」というヒット曲の中で、「♪ あなたから目が離せない ふたりして聴くはラリー・カールトン」と歌われた、あのラリー・カールトンです。彼が企画した「Christmas at My House」というアルバムの中に、「Ringing Bells of Christmas」という福音的な歌詞のクリスマスの名曲があります。名曲と評価する人もいます。たしかにいい曲です(→YouTube「Ringing Bells of Christmas」)

 もともとの歌詞を私が意訳したところ「雨の12月、ハイウェイを帰る人びとは、孤独で疲れ切っていた。でも、カーラジオから流れるクリスマスの讃美歌の大きく強い歌声を聞いたとき、私は、ひとりででも讃美ができるのだと分かった。世界が神の愛を聞くときまで、クリスマスの鐘の音よ響け、心を開いて神の愛で満たせ。」と、かなり福音的です。しかし日本語CDの歌詞の訳は、クリスマスの意味を全く押さえずに翻訳をしているため、大誤訳を犯しているのです。2番の歌詞の一部を、CDについていた歌詞カードと比較しながら見ていきましょう。

 It seems we do more taking from than giving to this Earth. Sometimes we forget how mush it’s worth.(CD「地球上に生きる私たち。与えるものより得るものが多く、自然の大いなる価値を忘れてしまいそうになる。考え直すのは今。」/クリスチャンが訳すと「(神は)私たちが望むよりもっと多くのものをこの地上に与えてくださった。その恵みの大きさを時々忘れそうになる。」)…the Earthを「自然」と誤訳しています。何から与えられるか理解されていないからです。

 But just like the men who crossed the desert in the dark. They just kept on following that star.(CD「たとえば夜の砂漠を渡る人間にとって、星がどんなに大切な役割を果たすか、あなたにもわかるでしょう?」/クリスチャンが訳すと「暗闇の砂漠を渡ってきたその男たち(東方の三博士)が、ただ星に導かれてやってきたように」)…どうして男たちがに導かれてさばぅを横切ったかわからなくて「暗闇に星の明かりは大切だよな」と下線部のような変な訳を挿入しています。

 有名な翻訳家を中傷するためでも、自分の翻訳を自慢する訳でもありません。ただ、クリスチャンはもっともっとクリスマスの意味を伝えていく必要を感じて問題提起したまでです。このクイズも同じ思いからです。

Q25の解答

 

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​ 「クリスマス休戦」とは第一次世界大戦中の1914年のクリスマスに、西部戦線でドイツ軍とイギリス軍が一時的な停戦を行い、敵同士が一緒に讃美歌を歌ったり、プレゼントを交換したり、敵味方なく戦死者を埋葬したりしたという出来事です。クリスマスの意義を伝える感動話とも、厭戦気分の中で行われた一時的サボタージュともとることができます(→Wikipedia「クリスマス休戦」)。これはキリスト教国同士の戦争だからで、日本ではそんなことはなかろうと考えがちですが、実は日本でも「クリスマス休戦」をした人物がいます。それが織田信長らです。

 ルイス・フロイスが、著書の中で、足利義昭を奉じて上洛した織田信長と京の実権を握っていた松永久秀の家来たち70人余りがミサに24日夜の出席し、25日の正午には自宅から多くの料理を持ち寄って敵味方を招き、神様のことをあかししたことが書かれています(ルイス・フロイス著、松田 毅一、川崎 桃太訳『完訳フロイス日本史2』中央公論社、2000年、55ページ)。この出来事は1565(永禄8)年もしくは1565(永禄9)年と考えられています。ただ、松永久秀は日蓮宗であり、彼自身は他宗教には寛容ではなかったようですし、1565(永禄8)年7月には宣教師の京都洛外への追放を朝廷に要請しています。だから「クリスマス休戦」といって織田信長や松永久秀の信仰心から出たものではなく、熱心なクリスチャンの家臣らの人心掌握のためか、一定の影響力があった宣教師たちへの配慮からではないでしょうか。

 大事なことは、①戦国時代にも、たしかに信仰の熱いクリスチャンたちがいたこと、そして②休戦を感動話にするのではなく、クリスチャンなら戦争自体を避けましょう。ということでしょうか。

Q26の解答

 

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 宗教改革をし、後のプロテスタントの流れをつくったマルティン・ルターは、あるクリスマス・イブ礼拝の帰り道に、森の中で常緑樹の向こうに輝く無数の星に感動し、子どもたちを喜ばせようと帰ってから家の中に気を持ち込んでロウソクを括り付け、それを再現した。これがクリスマス・イルミネーションのはじまりです・・・話が出来過ぎですだいたい当時の獣脂ロウソクだと臭いと煤が大変なことになるでしょうし、蜜蝋のロウソクは大変高価で、ルターが蜜蝋のロウソクをあるだけ灯して木に飾るという暴挙に出たとは思えません。後世の作り話の可能性大です。

 しかし、とにかく17世紀にはドイツの各都市でクリスマス・ツリーにキャンドルを灯すという風習は広がりました。

 19世紀末、白熱電球を商業化させたエジソン(電球の発明はエジソンではなく、彼は改良、実用化、商業化した人です)は、白熱電球普及のマーケティング戦略の一環として、クリスマス・ツリーのイルミネーションに白熱電球を使う宣伝をしたということです。

Q27の解答

 

 これは間違い電話からはじまった、北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)の恒例の行事です。

 北米航空宇宙防衛司令部は、1958年にアメリカとカナダが共同で運営をはじめた、核ミサイルの発射や戦略爆撃機の接近、SF映画などでは宇宙人の襲来をいち早く察知するための機関です。お話は、その前身の中央防衛航空軍基地の時代の1955年のこと。ある会社が宣伝の一環として「サンタさんへの直通電話」を開設したところ、広告に掲載された電話番号を間違えてしまいました。その電話番号が奇しくも、基地の司令官への直通電話だったのです。子どもたちからの電話を受けたシャウプ大佐は、部下たちに「サンタが北極から出て南に向かった形跡はないか?」とレーダーで確認させ、部下たちもノリノリで「サンタ移動の最新情報」を答え、大佐は子どもたちの電話に答えたそうです。

 そのサンタ追跡イベントが、組織が変わり北米航空宇宙防衛司令部になっても受け継がれ、60年以上も伝統の行事として続いています。現在は、日本語、英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、イタリア語、ポルトガル語、中国語で配信が行われています。この大真面目な追跡劇は、毎年ここで見られます(→NORAD公式サイト)

Q28の解答 

 

〇?

 何をもって世界一認定するかによって、記録は変わってきます。2017年12月2~26日にかけて神戸で「世界一のクリスマスツリー・プロジェクト」が開催され、「生木による高さ世界一のツリー」をつくろうとしましたが、高さが足らずに失敗。そこでみなさんの飾りを持ち寄り、5万枚飾って「オーナメント数世界一」を目指して失敗したことがあります(→「めざせ!世界一のクリスマスツリーPROJECT」公式ページ)。ちななみ、電飾数世界一で認定されているのは、高さ30メートルの人工ツリーに59万個1,840個の電飾を付けた、日本のユニバーサルススタジオが、毎年電飾を増やして9年連続ギネス記録を得ています(→「ユニバーサルスタジオジャパン」公式ページ)。ところが、ブラジルには電波塔を使って300万個の電飾を施したツリーがあるそうです。一方、「高さ」だけで言えば等を利用した110mの「ツリー」があるようです(→「世界一大きなクリスマスツリー」)しかし、これらは「電飾された塔」なのか「クリスマス・ツリー」かわかりませんね?さらに、イタリアには山を利用して電飾を配した「高さ650m×幅350m」のツリーがあるそうですが(→「真の世界最大のクリスマスツリーはイタリアにある!」)、こうなると、もう何が何だか…だから、クイズの問いは「ギネスに載っている」としました。

 ちなみに、一番はじめに書いた「世界一のクリスマスツリーPROJECT」の生木ですが、クリスマスツリーとして使った後は、生田神社の鳥居にされたようです(→「「世界一のクリスマスツリー」、神戸の生田神社にて変わり果てた姿が確認される」)クリスチャン的には…トホホです。 

Q29の解答

 

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​ 日本とは季節が逆でクリスマスが夏のオーストラリアでは、サンタさんは水着でサーフボードに乗ってやってきたりします。サンタクロースのそりを引くのもトナカイではなく、5匹の白いカンガルーだそうです。しかしながら、サンタクロースはオーストラリアに「やってくる」のですから、オーストラリアにあわせて様々な片かをするでしょうが、イエス様が生まれたのはオーストラリアの聖書でも(当然)「ベツレヘム」ですから、カンガルーやコアラは変ですよね。ずいぶん探したのですが見つかりませんでしたので「×?」としました。もしご存知の方は教えてください。

 ちなみに、「ラブ・アクチュアリー」(2003年)というイギリスのラブ・コメディ映画の最後の方で、子どもたちが聖誕劇を発表する場面があります。その時に物語に関わる男の子の役は、クラスの子どもの数に対して配役が足りなて「ロブスター役」を割り当てられていました。お母さんに「聖誕劇にロブスターってでてきたかしら?」って言われてましたが、配役が足りなくてロブスターやタコまでが登場する聖誕劇の場面が「笑いどころ」なのでしょう。

 

Q30の解答

Coming soon

 お楽しみいただけましたでしょうか?

 クリスチャンでない方にもなじみ深いクリスマスですが、現代社会では「本当のクリスマスは何か?」が見失われている様子が、クイズを通してわかっていただけたと思います。

 ぜひ、今年のクリスマスは近くの教会に行って「本当のクリスマス」を過ごしてみませんか?

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