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2026/10/04

2026年10月4日「尽きない恵み」(列王記第一17:1~16)

 かつて聖書をもっと身近に感じて欲しいという思いで、気仙沼の地元の言葉で書いた「気仙語聖書」が作られたことがあった。だが世界的に見ると、聖書をもうことを禁じられている国も、無関心な国もある。神のことばを聞くことの「飢え」が深刻である。

 今日は第一に「神のことばへの渇き」について見ていきたい。この時代は、ヤロブアム王の政権は倒れ、つぎの政権の二代目アハズ王の時代であった。しかし北イスラエル王は偶像礼拝の悪習は続いていた。エリヤはその状況の中に送られた預言者である。エリヤはアハブ王の前に出て「私が仕えているイスラエルの神、主は生きておられる。私のことばによるのでなければ、ここ数年の間、露も下りず、雨も降らない」(Ⅰ列王記17:1)という神様のことばを伝えた。北イスラエル王国は、神様が雨をもたらす「約束の地」だから豊かな地になったが、ヤロブアム以来、その神様から離れてしまった。「露が下り、雨が降る」ということも、神様のことばによるものだというのである。神様は自然現象を通しても、私たちに語りかけられているのに気付くべきであろう。

 第二に「みことばによる養い」について見ていきたい。このとき、エリヤは「烏による養い」そして「やもめによる養い」という訓練を受けた。「ケリテ川」がどこにあるのか現在も分からない。きっと誰も知らない名もない小さな川だったのであろう。エリヤはアハズ王を厳しく糾弾したので、国中の人から追われて、彼に食べ物を与える人もいなかったのだろう。そんなエリヤに神様は「あなたはその川の水を飲むことになる。わたしは烏に、そこであなたを養うように命じた」(17:4)と言われた。一般に良いイメージのない「烏が養う」という人間にはとてもはそうできない体験は、神様は背後に生きて働いているという実感しただろう。私たちも人間の尺度であきらめたり卑下したりすることもあるが、神様は人間の思いもよらない方法で解決してくださる。さらに川が涸れるとシドンのツァレファテに行き、「一人にやもめ」にあなたを養うようにしている(17:9)との神様のことばがあった。貧しい母子家庭である。当時は社会的に最も弱い人であった。その彼女に貴重な水を所望した上に、パンも要望した。エリヤは神様のことば通り行ったが、一方で、厳しい状況の彼女に遠慮がちに「ほんの少しの」「一口の」と言っている。だが彼女の状況は、エリヤの創造を超えて厳しいものであった(17:12)。人間的に考えると、この厳しい状況に対して信仰は役に立たないと思いがちになる。だが神様は、こういうところにエリヤを導き「神のことばに養われる」とはどういうことか、体験させている。

 第三に「めぐみに交わる交わり」について見ていきたい。エリヤは厳しい現実を前に、「まず私のためにそれで小さなパン菓子を作り」「その後で、あなたとあなたの子どものために作りなさい」(17:13)と言った。彼が自己中心的なのではなく、彼は神様のことばへの全幅の信頼から発したことばである。ルカは、神様がエリヤを遣わしたのは、誰のところでもないどん底の状態のやもめのところであったと言っている(ルカ4:26)。彼女もどん底の中で神様のことばを信頼し「行って、エリヤのことばのとおりにした」(Ⅰ列王記17:15)。その信仰が、やもめとその家族に尽きないめぐみを与えた(17:16)。

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