2020年4月~2020年6月

 

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2020年6月28日「歩けない者に働いた歩く意志」(使徒3:1~10)

 点滴岩を穿つ」という言葉がある。キリスト教になじみの薄い日本ではそんな伝道方法が有効ではないかという人もいる。しかし、ユダヤ教という「岩盤」に囲まれていた初代教会は、むしろユダヤ社会の中で大胆に福音を語ってきた。その福音は、障害を抱えた男の人生を変えただけでなく、それを見聞きした多くの人びとの生き方を変えていった。

 今日は、第一に「歩けなかった現実」を見ていきたい。聖書には「ペテロとヨハネは、午後三時の祈りの時間に宮に上って行った。」(使徒3:1)とある。当時、ユダヤ人は一日に三度礼拝をしていた。この男は、この神殿に入る門の一つである「美しの門」に毎日いて物乞いをしていた→「聖書の舞台(国・場所)」のさ行「神殿」参照。多くの人は、この男を差別したり存在を無視したりしていた。社会福祉のなかった当時、男にとって神殿は生きづらい場所だった。当教会の現在の会堂はかつて「桜が丘キリスト教会」のものだったが、この会堂を建てた故・藤森牧師は、社会の中で生きづらいと感じる人を受け止める教会を目指していらっしゃった。たしかに教会とはそうあるべきだろう。

 第二に「イエス様の名によって歩く」ことについて考えてみたい。「ペテロは、ヨハネとともにその人を見つめて、「私たちを見なさい」と言った。」(3:4)とある。この時、ペテロが「金銀は私にはない。しかし、私にあるものをあげよう。」(3:6)と言ったのは、文字通りお金をもっていないことの説明ではなく、信仰へと導く言葉であった。古代ギリシャの哲学者パルメニデスは、存在論で「あらぬものは不可能とすることを真とする」と述べた。ペテロは「ない」と拒絶したのではなく、「神にはある」と導いたのである。ペテロの「ナザレのイエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」(3:6)という言葉には、福音が凝縮されている。「ナザレのイエス」とは、神の御子であるイエス様を捨て十字架につけた人びとがつけた呼び名である。同じように人びとから見捨てられていたこの男は、毎日宮の門にいたので、おそらくイエス様の十字架の事件も復活も耳にしていたはずである。しかしペテロに会うまで、それが自分に関わりのあることとは思っていなかった。聖書によれば、男の年齢は40歳過ぎであったことあり(4:22)、幼少期からずっと差別の中で生きて来たあきらめの人生を歩いていたのだろう。しかし、個人的にペテロに声をかけられることで、男は初めて「イエス様の十字架は、私のためにあった」と気づいた。そしてイエス様を信じることによって、新しく歩む決断をしたのである。

 第三に「歩けない人の中に働く意志」について考えたい。ペテロは、歩けない者に「ナザレのイエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」(3:6)と命じた。ペテロには福音の力への信頼があった。男も、その言葉に自らの意志を持って応じて立ち上がった。福音を信じて立ち上がった男には、「たちまち、彼の足とくるぶしが強くなり、躍り上がって立ち、歩き出した。」(3:7-8)という変化があった。今日、このような奇跡が日常的に教会で起こることはない。それは「病のいやし」ではなく「福音に生かされた人が、御言葉に生きる」方が神様の思いだからである。彼は「躍り上がって立ち、歩き出した。そして、歩いたり飛び跳ねたりしながら、神を賛美しつつ二人と一緒に宮に入って行った。」(3:8)とある。彼にとって神殿は、もはや「施しの得られる場」ではなく「神を賛美する場」となった。そして、全身で喜びに満ちて神様を賛美する彼の姿こそが、多くの人びとへのあかしとなったのである。

2020年6月21日「教会の新しい歩み」(使徒2:40~47)

​ 「教会をたてる」とは建てるではない。教会は建物ではなく、神様の前にある交わりである。今日は、教会の中身をたてあげることの原点に返って考えていきたい。この時、ペテロの話を聞いた人びとの中から三千人がバプテスマ→「はじめての教会用語辞典」のは行「バプテスマ」参照を受け、クリスチャンとなった。その後、「彼らはいつも、使徒たちの教えを守り、交わりを持ち、パンを裂き、祈りをしていた。」(使徒2:42)とある。そこに描かれた初代の教会の様子には、教会とは何かという本質を垣間見ることができる。

 今日は第一に「使徒たちの教え」について見ていきたい。ここでの「教えを守り」の「教え」の原語は「ディダケー:Διδαχή」である。これは使徒たちが、旧約聖書やイエス様の言葉を通じて、信仰生活が豊かに実を結ぶにはどうすればいいか、新しく信者になった人びとに対して教えていたことを指す。一方、まだキリスト教を信じていない人たちに、キリスト教のことを伝える「宣教=ケリュグマ:κήρυγμα」という語もある。つまり教会は、内に向かって「教え(ディダケー)」、外に向かって「宣教(ケリュグマ)」してきた。もし、内に向かう「教え」だけに籠ると教会は力を失ってしまうが、外への「宣教」だけに傾けば一人ひとりの魂の問題が起きてしまう。教会には、その両者のバランスが必要なのである。

 二番目に「交わり」について見ていきたい。この原語は親密さを表す「コイオニア:κοινωνία」であるが、これは単なる社交ではなくは神様との交わりを基礎にしてつくられた人間関係をさす。当時のクリスチャンはユダヤ社会の中で排斥され、もちろん社会福祉などなかったため多くの人が困窮していた。そのため、当時の教会は「一切のものを共有し、財産や所有物を売っては、それぞれの必要に応じて、皆に分配していた。」(使徒2:44~45)。現在の教会がそのようなことをすることはないが、それでもパウロが「一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分がともに喜ぶのです。」(Ⅰコリント12:26)と述べた、「コイオニア」の精神は必要である。内村鑑三は、かつてアメリカの教会でアジア人差別を経験し、単なる社交場に成り下がった教会への失望から「無教会主義」に走った。だが、それは「キリストの身体である教会」という大きな部分を見落とす誤りであった。教会には多様な価値観の人が集まるが、その根本には神様との関係があるゆえに「キリストの身体」たり得るのである。それがなければ単なる不完全な人間の集まりでしかない。ダビデは、かつて信用を失って王としての権威が失墜し、またその失敗が家庭内の敵対を引き起こして国の分裂を生んだ。そういう状況の中で、ダビデは「しかし 主よ あなたこそ 私の周りを囲む盾 私の栄光 私の頭をあげる方。」神様との関係に立ち戻ることを選んだ。私たちも「交わり」の中で問題に直面し、悩み、苦しむが、その時は神様との関係に立ち戻るべきである。

 第三に見たいのは「礼拝を守ることの喜び」である。例えば、ルカの福音書では、(1)五千人の給食(ルカ9:16)、(2)最後の晩餐(19:22)、(3)復活後エマオ(24:30)での三度パンを裂かれたことが書かれている。イエス様は最後の晩餐で、聖餐式を通して自分を想うように言われた。使徒の働きでは、信者たちは賛美とともにパンを裂き(使徒2:42, 46)、イエス様がともに居られることや、自分たちのために十字架につけられたことを深く意識した(記録者註:パンを裂き分かち合う、現代で言う聖餐式は、上記「交わり(コイオニア:κοινωνία)」と同じ語を使う)。そこに礼拝の原点があり、「イエス様が私を愛し、ともにいてくださる」ことを分かち合う交わりが教会なのである。

 

2020年6月14日「主の祝福の約束」(使徒2:33~47)

 一休禅師の詠んだ「分け登る麓の道は多けれど 同じ高嶺の月をこそ見れ」という歌は、多くの日本人の持つ宗教観であろう。この「宗教の多元化」「宗教的寛容」は、各宗教に共通の部分に注目するため、私たち個人の罪が覆い隠されてしまう。一方、キリスト教は個々人の罪の問題に注目する。罪は私自身の一番触れてほしくない汚い部分であるが、そこに神様が下りて来てくださった。ペンテコステで「炎のような舌が分かれて現れ、一人ひとりの上にとどまった。」(使徒2:3)というように、神様は一人ひとりに現れてくださる。

 今日は第一に「聖霊が与えられた意義」について見ていきたい。ペテロは、「ですから、神の右に上げられたイエスが、約束された聖霊を御父から受けて、今あなたがたが目にし、耳にしている聖霊を注いでくださったのです。」(2:33)と述べた。聖霊が与えられたとことは、「目にし、耳にしている」客観的な事実なのであるが、ペテロの説教を聞いている人々は、自分の罪に気付いていないためこの出来事を不思議な出来事として見ているだけであった。その彼らにペテロは、この出来事がダビデの預言の成就として語っている。ペテロが引用した詩編の中でダビデは「主は、私の主に言われた。」と述べている。この最初の「主」は神様自体、そして「私の主」とはメシアを指しており、メシアが敵に渡された後に引き上げられて神の右の座に着くと預言している。ペテロは「ですから、イスラエルの全家は、このことをはっきりと知らねばなりません。神が今や主ともキリストともされたこのイエスを、あなたがたは十字架につけたのです。」(2:36)と、イスラエルの罪が明らかにされたと述べている。このペテロの言葉を聞いた人びとは「これを聞いて心を刺され、ペテロとほかの使徒たちに、「兄弟たち、私たちはどうしたらよいのでしょうか」と言った。」(2:37)と深く罪の意識が芽生えたのである。罪を認めるのは恥ずかしい。だが、この罪の自覚こそが、神様の救いにあずかるために必要なことなのである。

 第二に見たいのは「罪を自覚した一人ひとりの人生の転換」である。罪を認めた人々は、言い訳をするのではなく、「私たちはどうしたらよいのでしょうか」(2:37)と問うた。人間的なミスであれば弁償をしたり謝ったりする。だが神様に対する罪は、人間にはどうしたらいいかわからないほどの罪である。しかし神様は、神様の側からそれを贖う方法を用意された。ペテロは群集に「それぞれ罪を赦していただくために、悔い改めて、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。」(3:38)と述べた。悔い改めとは、神様に不従順だった者が神様に心を開き従順になるという、人生の大転換である。そして、この私たちの内なる決断を確実にするために公にすることがバプテスマ→「はじめての教会用語辞典」のは行「バプテスマ」参照なのであり、「私がキリストとともに死んで、キリストとともに蘇る」ことを宣言することである。ペテロは「そうすれば、賜物として聖霊を受けます。」(3:38)と述べている。神殿に集まっていた人びとは、ペテロが聖霊によって堂々と説教するほどの変わり様を見て、人が変えられる驚きを経験した。人間の罪は修行をしたりすることでは消えない。「多様化」や「寛容」という言葉で、個々人の罪の問題をあいまいにしてはならない。救いは、罪を認めて私の中にある恥ずかしい部分に神様が触れられ、「心を刺された」(3:37)人たちのものなのである。

 
 

2020年6月7日「魂は捨て置かれず」(使徒2:14~32)

 ひとつのメッセージに触れることで、信仰が新しくされることがある。それは、私たちが聖書の字面に触れているのではなく、神様の語りかけに触れているからである。今朝の箇所は聖霊に受けたペテロが語っている場面であるが、使徒の働きには彼の他にパウロ、ステパノのメッセージが掲載され、執筆者のルカがメッセージの持つ力を確信していたことが分かる。

 今日は、第一に「聖霊と預言の関係」について見ていきたい。この時、聖霊の力によって、神殿にいた使徒たちは他国の言葉で話し始めた。巡礼者たちは驚き、あるものは「新しいぶどう酒に酔っている」(使徒2:13)と侮った。これに対してペテロは、「あなたがたが思っているように酔っているのではありません。」(2:15)と、とっさの反論をしたが、それが歴史に残るメッセージとなったのも聖霊の導きがあったからである。ペテロが引用した旧約聖書のヨエル書は、イスラエルを襲ったいなごの害について述べている(ヨエル1:4)。ヨエルは、この大災害にあたって「主の時」を告げ、終末に備えるように預言していた。また彼は悔い改めによってわたしたちが新しくされるという希望を語り、終わりの時に神の霊が注がれることを預言している(2:28)。しかも、その特別な祝福が、選民であるユダヤ人だけでなく「すべての人」に注がれるというのである。その時には、老人といえども新しくされて未来に希望をもって生きるというのである。ペテロのメッセージは、その預言の成就を表している。

 第二に、「聖霊による認罪」について見てみていきたい。ヨエルは、イスラエルを襲ったこの自然災害の背後に神様の働きがあることを知り、悔い改めを求めた(2:12-14)。ペテロは、そのヨエルの預言を引用しつつ、目の前の人びとの罪の問題を指摘している。彼は、イエス様を十字架につけた人びとは、ヨエルの時代よりも罪が深く、しかも無自覚だという。ペテロは「神が定めた計画と神の予知によって引き渡されたこのイエスを、あなたがたは律法を持たない人々の手によって十字架につけて殺したのです。」(使徒2:23)と指摘したが、この時に目の前にいた人びとは「過越の祭り」から「五旬節」までの50日間エルサレムに住んで神殿に礼拝しに来た敬虔な信者なはずである。その彼らが、「律法を持たない人々の手」で神の御子であるイエス様を十字架につけた。これほどの不信仰があるだろうか。

 第三に「希望を生み出す聖霊」について見てみたい。神様は、罪を悔い改める人びとを新しく作り変え、希望へと導こうとされる。ペテロは、死と隣り合わせの人生を送ったダビデの「私はいつも、主を前にしています。主が私の右におられるので、私は揺るがされることはありません。」(詩編16:8)という言葉を引用している。彼は、死んで葬られたダビデでもそうなのだから、ましてや、神様が「死の苦しみから解き放って、よみがえら」せたイエス様が「死につながれていることなど、ありえなかった」(使徒2:24)と述べている。この「苦しみ」は直訳すると「陣痛」であり、新しい命を生み出すためのものであった。神様は、信じる者に対して「私のたましいをよみに捨て置かず、あなたにある敬虔な者に滅びをお見せにならない」(2:27)のだとペテロは述べているが、これは彼の勝手な思い込みではなく、イエス様に対する預言の成就なのである(2:31)。そして、イエス様が今も生きて働いているからこそ、聖霊が私のうちに働いている。私たちはその証人である。

 

2020年5月31日「約束の聖霊」(使徒2:1~13)

 今日はペンテコステ記念礼拝である。ペンテコステ→「聖書の舞台(生活・習慣)」のは行「ペンテコステ」参照)とは「第50」という意味であり、キリスト教の教会の歴史はここからはじまった。聖霊が働かなければ、生まれながらの私は自分の罪が自覚できなかった。そして聖霊によって新しく生まれることはできなかった。私たちは自分の中に神の愛はなく、自分の修行で自らを救うこともできなかったし、聖霊によって御言葉の理解もできなかった。今朝は、イエス様の約束通り聖霊が下された場面である。

 今日は、第一に「約束の成就である聖霊」について見ていきたい。イエス様は「エルサレムから離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。」(使徒1:4)と言われた。イエス様は復活から昇天まで「四十日にわたって彼らに現れ、神の国を語られ」(1:5)たが、弟子たちはその後の10日間「心を一つににして祈っていた。」(1:14)。聖霊が下された日は、旧約聖書でシナイ山で律法を与えられた日であり、その時に約束された「わたしの律法を彼らのただ中に置き、彼らの心に書き記す。」(エレミヤ31:33)ことの成就でもある。

 第二に、「出来事としての聖霊降臨」を見ていきたい。聖霊は目には見えないが、出来事として知覚するように下された。「すると天から突然、激しい風が吹いて来たような響きが起こり、彼らが座っていた家全体に響き渡った。」(使徒2:2)とヘブル語の「風(ルーアッハ:רוח)」と言い、神の「息」と同じ言葉である。また「炎」は神様の臨在を表す。出エジプトで神様はモーセに炎として表れたし、焼き尽くす清めの炎なのである。その炎が一人ひとりに下った。それは私たちが傍観者なのではなく、神様と私たちひとりひとりの問題なのである。さらに弟子たちは「すると皆が聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、他国のいろいろな言葉で話し始めた。」(2:4)と、訳の分からない異言ではなく、はっきりと意味のある他国の言葉で話しはじめたのである。しかも「見なさい。話しているこの人たちはみな、ガリラヤの人ではないか。それなのに、私たちそれぞれが生まれた国のことばで話を聞くとは、いったいどうしたことか。」(2:7~8)と、弟子たちはガリラヤの田舎の普通の人たちであり、彼らが話せないはず意味ある外国の言葉であったことに周りの人たちが驚いたのである。このように聖霊の降臨は出来事として多くの人びとが確認したものである。ペンテコステの日は、私たちの教団にとって「国外宣教デー」でもある。国内宣教と国外宣教は車の両輪であり、国内外の多くの人びとに福音を伝えることはイエス様の願いなのである。

 第三に「人びとの驚きと反応」について見ていきたい。この日は「エルサレムには、敬虔なユダヤ人たちが、天下のあらゆる国々から来て住んでいた」(2:5)とあるように、「過越の祭り」→「聖書の舞台(生活・習慣)」のさ行「過越の祭り」参照というユダヤ教の祭りを祝うために各国から集まり五旬節まで滞在していた。敬虔なその人たちが、「神の大きなみわざ」(2:11)を遠い自分の言葉で聞いたのは本当にうれしさと驚きがあっただろう。その一方で、「「彼らは新しいぶどう酒に酔っているのだ」と言って、嘲る者たちもいた。」(2:13)のである。彼らも神殿に礼拝に来ながら、神様の出来事を神様の出来事として受け止めようとしていない。今日、ペンテコステで同じような音が響き、炎の霊が現われるわけではないが、神様は約束通り聖霊で私たちの「心に書き記す」ことをされている。私たちは聖霊によって神の愛を知り、教会は一つにされるのである。

 

2020年5月24日「回復のための祈り」(Ⅰ列王記8:41~53)

 キリスト教にとって神殿の持つ意味は大きい。「あなたがたは神の神殿です」というパウロの言葉にもあるように、神殿は建物自体ではない。今週は先週に引き続き、ソロモン王が神殿を奉献した場面である。ソロモンの神殿は完成までに七年の年月と膨大な労力が投入されたが、その神殿の完成時に彼は「実に、天も、天の下の天も、あなたをお入れすることはできません。」(Ⅰ列王記8:27)と祈っている→「聖書の舞台(国・場所)」のさ行「神殿」参照。では、何のために神殿があるのだろうか。

 今日は第一に、神殿は「祈りの家」であるという点を見たい。ソロモンの祈りは、神との和解のための祈りが中心であり、イスラエルの民だけでなく異国人のためにもなされている。当時、異国人は神殿の中ではなく外から「宮に向かって祈る」(8:42)のであるが、それを聞かれる神様は、神殿の奥ではなく「あなたの御座が据えられた場所である天で」(8:43)聞くとソロモンは述べている。神殿はイスラエルの民、異国人すべての民の祈りの場なのである。イエス様も「宮きよめ」の場面で、神殿から物売りを追い出し「わたしの家は、あらゆる民の祈りの家と呼ばれる。」(マルコ11:17)と述べた。イザヤ書にも「あらゆる民の祈りの家と呼ばれるからだ。」(イザヤ56:7)と述べられている。コロナ禍で、少なからぬ教会がオンライン礼拝を余儀なくされているが、それでも教会も私たち自身の身体も「祈りの場」であることを再確認しておきたい。

 第二に見たいのは「回復のための祈り」である。ソロモン王の祈りを見ると、その後のイスラエルの歴史を先取りするように祈られていることが分かる→「旧約聖書を読んでみよう」の「失われた十部族」参照。神殿奉献の時、イスラエルは絶頂期であった→「聖書の舞台(人物・組織)」のさ行「ソロモン王」参照。その絶頂の時に、ソロモンは、その後の民の堕落や400年先の捕囚を予見したような祈り、そして、500年後の回復を祈っているように見える。このような未来はイスラエルにとって屈辱的なものである。しかし人間の罪の問題ゆえに、その未来は避けられないものだと彼は知っていた。神様はソロモンに多くの知恵を与えられたが→「旧約聖書を読んでみよう」の「ソロモンの箴言」参照、その中で最も優れたもおのは人間についての洞察力であった。そのソロモンが「罪に陥らない人は一人もいません。」(8:46)という人間の本質をついて予見した祈りだった。彼は、罪は人と人、民族と民族の間に争いを起こし、神様はそれをさばいて「あなたが怒って彼らを敵に渡し、彼らが、遠くであれ近くであれ敵国に捕虜として捕らわれて」(8:46)行くこと。そして「捕らわれて行った地で我に返り、その捕囚の地であなたに立ち返ってあわれみを乞い、『私たちは罪ある者です。不義をなし、悪を行いました』」(8:47)と立ち返ることを予見した。その立ち返りにおいて重要なのは、「心のすべて、たましいのすべてをもって、あなたに立ち返り」(8:48)をすることで、それは生半可なことではないと述べている。罪によって破壊される神様と人間との関係、人と人との関係を回復させる道は、唯一「神様に立ち返る」ことなのである。多くの人びとは、現在直面している問題に対して様々な問題解決の道を探そうとする。だがクリスチャンが目を向けていくべきは罪の問題であり、神様との関係の回復である。ペテロが十字架直前に裏切ることを予見していたイエス様は、その行為を指摘するのではなく「あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」(ルカ22:32)と声をかけた→「新約聖書を読んでみよう」の「アガペー」参照。私たちも人の罪そのものでなく、そこからの回復の道を見上げていきたい。

 

2020年5月17日「神の家のための祈り」(Ⅰ列王記8:22~40)

 私たちの教会の今年の目標は「祈り」であったが、今年も5カ月が過ぎ、祈りが充分にできたか反省する部分も多かった。そこで今日は、もう一度祈りについて見ていきたい。今朝の箇所は、イスラエルのソロモン王→「旧約聖書を読んでみよう」の「ソロモンの箴言」参照)(→「聖書の舞台(人物・組織)」のさ行「ソロモン王」参照が神殿を建立したときのことで、教会の献堂式の時によく読まれる箇所である。新約聖書では「神の宮」とはクリスチャンひとり一人の身体であるとされるが、旧約聖書の巨大な神殿も、新約聖書がいう「私たちの身体という神殿」も信仰の線としては一本につながっているため、この時のソロモンの祈りには学ぶべきことが多い。

 今日は、第一に「約束としての祈り」について見ていきたい。ソロモンの神殿以前、神様との会見の場所は「幕屋」であった。父のダビデ王は「自分が杉材の宮に住んでいるのに、神の宮が幕屋ではよくない」と考え神殿を建てようとしたが、神様はダビデではなくその子どもが神の家を建てると言われた(Ⅱサムエル7:13)。だから、このソロモンの神殿は、ソロモン自身の力ではなく神様がダビデ王にされた約束の成就なのである。だからソロモンも自分を誇っておらず、「あなたは、あなたのしもべ、私の父ダビデに約束したことを、ダビデのために守ってくださいました。あなたは御口をもって語り、また、今日のように御手をもってこれを成し遂げられました。」(Ⅰ列王記8:24)と述べている。歴代誌第二の6章13節には、この時ことが詳しく描写されているが、祭壇が約4.4mにあるのに対してソロモンは1.2mの場所でへりくだって祈っていたことが分かる。さらに、彼の祈りの中では「約束」という言葉が繰り返し述べられている。ソロモンは神の約束の確かさに立ち、「あなたは、心を尽くして御前に歩むあなたのしもべたちに対し、契約と恵みを守られる方です。」(Ⅰ列王記8:24)と確信をもって祈っている。私たちが教会を建て上げていく時、自分たちの経験や知識ではなく、神様の約束の確かさに立って建て上げていくべきである

 第二に「立ち返るための祈り」について見てみたい。私たちが神様との約束を忘れ、神様に対して「心を尽くして御前に歩む」(8:23)ことができなくなった時でも、神様の恵みは変わらず注がれている。だからこそ、神様は私たちが「立ち返る」機会を与えられている。ソロモンの祈りには神様への「とりなし」の祈り→「はじめての教会用語辞典」のた行「とりなし」参照があるが、例えば「ある人が隣人に罪を犯して、のろいの誓いを立てる」(8:31)状態は、隣人との関係が壊れのろいの場に立たされる大変厳しい状態である。しかし、そこには罪ある人間の思いではなく「神様の公正なさばき」と「立ち返り」がある。私たちは、神様の恵みや約束を忘れ罪にとらわれる時がある。私たち個人だけではなく、民全体が「あなたの前に罪ある者となって敵に打ち負かされたとき」(8:33)、も、やはり「立ち返り」が用意されている。だが、たとえ民全体の困難であっても「だれでもあなたの民イスラエルが、それぞれ自分の心の痛みを知って」(8:38)と聖書にあるように、一人ひとりが神様との関係を見直すことが求められている。そして聖書は、そんな私たちの小さな祈りを、神様はきちんと聞いてくださるのだと述べている(8:39)。

 神様はソロモンとの約束を守られた。そこに神様の約束の確かさがある。今、コロナ禍にあって求められているのは、神様の約束と恵の確かさにキチンと向き合い、「私」と「神様」の関係を考えることではないだろうか。

2020年5月10日「たった一つの望み」(ルツ1:1~14)

 コロナウイルスで全世界が困難にさらされているが、聖書の時代にも様々な困難があった。今日の話は、士師→「聖書の世界(人物・組織)」のさ行「士師」参照によって治められていた紀元前1400年~1100年ごろの士師記の時代の話である。ルツが生きていたのは紀元前1100年頃で、イスラエルは混乱の時代であった(士師記21:25)。彼女らの人生はとるに足らない平凡なものに見えるが、そんな信仰の混迷の時代の中で神様に従ってきた人びとのあゆみは重要な意味を持っていた。

 今日は第一に「困難の中の信仰」について見ていきたい。現実の困難に対しどんな生き方をしていくかは、信仰の重要な問題である。ルツ記のはじめに淡々と語られているが、彼女らの生活は困難の連続であった。まず一家は、飢饉からモアブの地へ逃げざるを得なかった。モアブ人→「聖書の世界(人物・組織)」のま行「モアブ人」参照は異邦人であり、その地に逃げることは同胞から強い非難を受ける可能性があった。それを覚悟しながらモアブに行ったにも関わらず、一家は大黒柱であるエリメレクを失うことになった。しかし、妻ナオミ→「旧約聖書を読んでみよう」の「ナオミ」参照はその試練を何とか乗り越え二人の息子を育て、息子らも母を助け、モアブ人の嫁を娶りその地で根ざそうとした。そのささやかな家庭も十年後、二人の息子が相次いで死ぬという事態に陥った。ナオミにとってモアブでの生活は耐え難い試練の連続であった。ナオミは「嫁たちと連れ立って、モアブの野から帰ることにした。」(ルツ1:6)という決断をしたが、その理由は「主がご自分の民を顧みて、彼らにパンをくださった、とモアブの地で聞いたからである。」(1:6)。だが、ここには「イスラエルの食糧事情が好転した」という以上の、「神様のあわれみに自分をゆだねたい」というナオミの信仰があった。彼女の信仰は、ナオミがモアブでの出来事を「主の御手が私に下ったのですから。」(1:13)と受け止めていることにも表れている。だからこそ、その後も神様の御手に委ねたいというのである。今日、コロナ禍が全世界を覆い、多くの人が将来に不安を覚えている。しかし私たちは、そこに神様の御手とあわれみが働いていることを信じていきたい。

 第二に「神とともに住む」ことについて見ていきたい。ナオミは当初、嫁たちを連れてイスラエルに帰るつもりだった。だが、自分についてくればモアブ人の嫁たちが差別を受けるが、実家に帰れば再婚の道が開かれることを考え嫁たちに実家に帰るように促した(1:8~9)。二人ともナオミを慕っていたが(1:9)、弟嫁のオルパは帰る決心をした。しかしルツは、「お母さまが行かれるところに私も行き、住まれるところに私も住みます。あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。」(1:16)と神様とナオミに従う決心した。ルツは、十年の間、生活の中であかしされるナオミの信仰を見てきたのであろう。もしナオミが日頃から不平や不満をつぶやく人なら、異邦人であるルツは、そのナオミの神を信じることはなかった。だがルツは、不幸続きの生活の中でのナオミの生き方を見て、ナオミの神が生ける神、あわれみの神であることを理解したのであろう。ルツ記は、異邦人として忌むべきモアブの女あったルツが、イスラエルの栄光のダビデ王の曾祖母となったことを記している(4:22)。ナオミとルツの平凡な生活は、士師たちの華々しい活躍とは比べ物にならないほど小さかったが、救済の歴史の中では大きな意味を持っていた→「聖書の舞台(人物・組織)」のた行「ダビデの子」参照。私たちも困難な歴史の中で、神様のあわれみの中で生きていくという決断をしようではないか。

 
 

2020年5月3日「上からの力を着る」(ルカ24:49~53)

 疫病は人類の歴史とともにあった。ローマのキプリアヌス司教が記録したことからいわゆる「キプリアヌスの疫病」(→勁草書房びぶりおファイル「医学史とはどんな学問か」7の最後の段落を参照)と呼ばれた3世紀の疫病は、一日に5,000人が死亡するという悲惨な状況であった。また14世紀のペストは、ヨーロッパの全人口の3分の1が死亡した。この時のペストを題材にしたカミュの小説『ペスト』が売れているという話であるが、無神論者であるカミュは、死と戦うことの不条理を綴っている。しかし私たちクリスチャンは、死に打ち勝った方とともにある。

 今日は、第一に「父の約束」について見ていきたい。イエス様は、復活に疑問を持つ弟子たちに「わたしの手やわたしの足を見なさい。」(ルカ24:39)と示し、さらにキリストについてあらかじめ書いてある聖書の箇所をひもとかれた。これらのイエス様の行いによって、弟子たちの疑問は解決され、復活を確信し、復活の喜びに至るようになったが、イエス様は、それだけで弟子たちを宣教に派遣させなかった。イエス様は「見よ。わたしは、わたしの父が約束されたものをあなたがたに送ります。あなたがたは、いと高き所から力を着せられるまでは、都にとどまっていなさい。」(24:29)と述べている。この「父が約束されたもの」とは聖霊であり、その聖霊が「天の父はご自分に求める者たちに聖霊を与えてくださいます。」(11:13)と言うのである。福音は、人の悟りによって得られるのではなく聖霊によってあかしされるものであり、その聖霊は信仰によって与えられる。パウロは「私のことばと私の宣教は、説得力のある知恵のことばによるものではなく、御霊と御力の現われによるものでした。それは、あなたがたの信仰が、人間の知恵によらず、神の力によるものとなるためだったのでした。」(Ⅰコリント2:4~5)と述べていたが、福音の宣教は、人の力や認識を超えた聖霊の力によるものである。私たちは今、この大変な時代にあって、人の力を超えた聖霊の導きによって大胆に福音を宣べ伝えていきたい。

 第二に「礼拝の喜び」について見ていきたい。この時、イエス様はエルサレムではなく、ベタニヤの近くまで弟子たちを連れて行かれて、そこから天に昇られた。聖書は、なぜベタニヤだったのか理由を記していない。ベタニヤは、主の話に耳を傾けたマリア(10:38~42)とマルタが住んでおり、彼女らが弟の死の絶望から復活の希望に移された「ラザロの復活」(ヨハネ11:1~45)、取税人が財産を貧しい人に施してイエス様に従った「ザアカイの回心」(ルカ19:1~10)、イエス様の言うとおりに物事が進んだ「ロバの子」(19:28~35)場所である。イエス様は、それらを弟子たちに思い起こさせるために、荘厳な神殿のある都エルサレムではなく、この小さなベタニヤを選ばれたのではないだろうか。イエス様は「祝福しながら彼らから離れていき、天にあげられた。」(24:51)が、それは人間的にみれば「別れ」である。しかし弟子たちは、悲しみに暮れたのではなく「イエスを礼拝した後、大きな喜びとともにエルサレム帰り、いつも宮にいて神をほめたたえていた。」(24:52~53)と、イエス様が約束された祝福を感じ大きな喜びに浸っていたのであろう。聖霊が降臨したペンテコステの後、弟子たちは確信を持って宣教に旅立っていく。私たちも、恐れと困難な時代にあって、イエス様とともに歩む希望を確信していきたい。

 

2020年4月26日「復活の証人」(ルカ24:36~48)

 先日、日本福音同盟(JEA)(→Wikipedia「日本福音同盟」)から送られた文書には、日本の教会が新型コロナウイルスに対してどのような対応をしているかが書かれていた。教会が神様の前にあって自律的決断を持って礼拝を守る工夫をしている教会があり、他方には隣人を愛するという考えで集まることをせず礼拝をオンラインで行う教会もあった。いずれにせよ、この分断の状況の中で、教会は聖徒の交わりの実質、キリストの身体としての意味が問われている。

 復活の主を知った二人の弟子は、急いでエルサレムに戻ってきた。そこには身をひそめるように集まっていた十一人の弟子がいた(ルカ24:33)。十字架の出来事があってから、弟子にとってのイエス様は過去のものとなっていたのであろう。だから、この二人や女たちがイエス様の復活を伝えても、信じるまでにはいたらなかった。その弟子たちの中に突然「イエスご自身が彼らの真ん中に立ち、『平安があなたがたにあるように』と言われた。」(24:36)と聖書は書かれている。これは女たちが、イエス様のことばを思い出すように御使いに伝えられたのとは対照的である。イエス様の話された「平安があなたがたにあるように」という言葉は、あいさつとしては普通だった(→「ヘブル語の意味する『平和』シャローム」)。しかし、それをイエス様に直接伝えられたこと、そしてイエス様を中心とした「平安」の交わりを思い出すこととなった。

 第二に「復活の新しい身体」について見ていきたい。突然現れたイエス様を見て幽霊かとおびえる弟子たちに、イエス様は「わたしの手やわたしの足を見なさい。まさしくわたしです。」(24:39)と肉体を持って示され、さらに「わたしにさわって、よく見なさい。幽霊なら肉や骨はありません。見て分かるように、わたしにはあります。」(24:39)と述べられている。さらに焼いた魚を求め「イエスはそれを取って、彼らの前で召し上がった。」(24:42)とある。霊と肉が断絶しているのではない。私たちの地上の身体が変えられて天に昇った時も、それは連続している。イエス様がされたように、ともに食事することは身体を持つ私たちにとって神様から与えられた喜びなのである。現在、オンライン礼拝を取り入れる教会が多くなったが、例えば聖餐式をオンラインですることはいかがなものか。日本同盟基督教団ではオンラインによる聖餐式をせず、神の交わりの実質を大事にしていく考えである。

 第三に「復活の証人」について見てみたい。イエス様は自らの復活を聖書のみ言葉で説明された。「わたしについて、モーセの律法と預言者たちの書と詩篇に書いてあることは、すべて成就しなければなりません。」(24:44)とイエス様が述べているのは、歴史上ただ一回だけ行われた十字架と復活について、聖書のみ言葉に従って理解すべきだというのである。「キリストは苦しみを受け、三日目に死人の中からよみがえり、その名によって、罪の赦しを得させる悔い改めが、あらゆる国の人々に宣べ伝えられる。」(24:46-47)という話は、繰り返し聖書の中で語られている。今、私たちも一定の期間、苦しみの中にとどめられているが、神様は私たちの思いもしないような、真の救いを用意されているはずである。私たちが本当に治さなければならないのは罪の赦しであり、それを宣べ伝える証人として困難な時代に存在している。分断の時代である今こそ、聖徒の交わりやキリストの身体としての教会のつながりを保っていきたい。

2020年4月19日「復活の主との出会い」(ルカ24:13~35)

 私たちは今、全世界に広がる「分断」と不安の中にある。教会の中にはネット配信や少人数集会に切り替えたこところもあるが、どんな形であれキリストの身体として「ともに」つながり、その中心に復活の主がともにおられることを忘れてはいけない。

 今朝、第一に「弟子たちに近づかれたイエス様」について見たい。この二人の弟子たちは、それまで他の弟子たちと行動を共にしていたが、安息日の後、他の弟子たちと離れてエマオに向かっていた。彼らは「この方こそイスラエルを解放する方だ、と望みをかけていました。」(ルカ24:21)とあるように、すべての望みを失っていた。朝早くイエス様の墓に向かった女たちと対照的に、この弟子たちは夕刻エマオに着くような時間(24:29)に行動していたことで、彼らの信仰の落ち込みを見出すことができる。そのような彼らにイエス様は現れた。しかし弟子たちはイエス様とは気づかず、夢中になってイエス様の十字架の出来事を語っているのは何か滑稽でもある。ここでポイントとなるのは、霊的にどん底になった弟子たちに、イエス様から近づいてきたことである。復活の主は、私たちがどんな状態でも変わりなく近づいて下さり、ともに歩んでくださるのである。

 第二に「み言葉にある認識」について見ていきたい。私たちは「目で見る」「触る」ことで世界を知るが、復活の主に出会うことはそうではない。弟子たちは「しかし、二人の目はさえぎられていて、イエスであることが分からなかった。」(24:16)とある。先週語った女たちが「彼女たちはイエスのことばを思い出した。」(24:8)と同じように、この弟子たちもイエス様のみ言葉に触れる中で霊的に燃えていた。イエス様が天に昇られて以降、世界に向けられた宣教は弟子たちによってなされるようになる。それには、イエス様のみ言葉に立つことが重要である。当初の彼らを見てみると、イエス様を「行いにもことばにも力ある預言者でした。」(24:19)「イスラエルを解放する方だ」(24:21)「(女たちは)御使いの幻を見た」(24:23)ととことんズレた話をしていた。その弟子たちに「ああ、愚かな者たち」(24:25)と嘆き、「モーセやすべての預言者たちから始めて、ご自分について聖書全体に書いていることを彼らに説き明かされ」(24:27)、彼らを聖書のみ言葉に導かれた。旧約聖書は、新約聖書で実現したイエス様の救いの完成と言う光から見ていくべきなのである。

 第三に「聖餐に現れる主」について見ていきたい。彼らはエマオへの途上、霊的には燃えていたが、その目が開かれたのは彼らと食卓に着いたときである。最初、イエス様の方から近づかれた。しかしイエス様を引き入れたのは弟子たちである。私たちにもイエス様が近づいて来られるが、それを私たちが迎い入れてこそ目が開かれるのである。「そして彼らとともに食卓に着くと、イエスはパンを取って神をほめたたえ、裂いて彼らに渡された。すると彼らの目は開かれ、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。」(24:30-31)というは最後の晩餐の姿であり、ご自身の血と肉を「ともに分かち合う」というイエス様の明確なメッセージがあった。ネット配信を試みる教会も多いが、教会が教会であるためには「復活の主をともに見上げる」「兄弟姉妹とそれを共有する」ことを外してはならない。今、私たちは最大限の注意を払い、祈りながら「ともに」を守りたい。

 
 

2020年4月12日「よみがえりの朝」(ルカ24:1~12)

 今年のイースターは、新型コロナウイルスの影響で人びとの間に恐れや不安が広がっている。そうした時だからこそ、私たちは信仰の中心である「キリストの復活」を確認し、「キリストにある人生」をもう一度考えるべきではないだろうか。今日の箇所では、ガリラヤ(→「聖書の舞台(国・場所)」のか行「ガリラヤ地方」参照)から来た女たちが、イエス様の遺体を墓に行ったことが書かれている。

 今日は、第一に「悲しみの中にあった女たちの行動」について見ていきたい。イエス様の遺体が墓に納められたのは安息日が迫る金曜日の日没近くであり(ルカ23:54)、ヨセフが急いで埋葬を行った。この時、遠巻きに見ていた女たちはキチンと埋葬しなおしたい思い、安息日(→「聖書の舞台(生活・習慣)」のあ行「安息日」参照)が明けるとすぐに香料と香油を用意して遺体の所に行った(24:1)。イエス様は、あらかじめ「三日目によみがえらなければならない。」(9:22)「しかし、人の子は三日目によみがえります。」(18:33)と預言していた。だが弟子たちも婦人たちも、復活の話は聞いてはいたが、十字架刑を目の当たりにしたショックの前に希望は打ち砕かれていた。それでも復活は、弟子たちや婦人たちの人間的な思いをはるかに超えて起こっていたのである。

 第二に「主イエス様のよみがえりの事実」について見ていきたい。イエス様を埋葬しなおしに行った女たちの行動は、矛盾だらけである。埋葬しなおすためには、ローマ兵の許可を得て封印された重い大きな墓→「聖書の舞台(生活・習慣)」のは行「墓と埋葬」参照)を動かさなければならなければならない。その許可が得られないと分かりながら墓に向かったのも、追い詰められた人間のやむに止まれぬ行動であった。ところが行ってみると、女たちの想像を超えて「石が墓からわきに転がされ」(24:2)て、遺体は見当たらなかった(24:3)。だが天の御国から見ると、女たちの最も大きな矛盾は、よみがえりのイエス様を「死人の中に捜す」ことである(24:6)。女たちは、人間的な考えに囚われ悲しみと絶望の中にいたが、天の御国は別の事実が進んでいたのである。

 第三に「復活の確信」について見ていきたい。婦人たちが見たのは復活したイエス様ではなく、空っぽの墓である。しかし女たちは「空っぽの墓」しか見なくても、御使いの言葉を受け止めてイエス様の復活を確信する人に変えられた。そのキーワードが「思い出す」ということである。御使いは「まだガリラヤにおられたころ、主がお話になったことを思い出しなさい。」(24:5)と言い、女たちは「人の子は必ず罪人たちの手に引き渡され、十字架につけられ、三日目によみがえる」(24:7)というイエス様の言葉を思い出した。女たちは、イエス様が語られたことや自分たちが見てきた全体を思い出すことで、イエス様の言葉の本当の意味を受け止められるようになった。「復活など証拠がなければ信じられない」と多くの人は言うが、復活を受け止めるに必要なのは、神様への信頼なのである。女たちによってイエス様の復活が伝えられた時、弟子たちは、イエス様に絶望し家の中に閉じこもっていた。その上、女たちの報告に対して「この話はたわごとのように思えた」(24:11)ので誰も信じなかった。これは女たちへの信頼というより、受け入れられる断片だけからイエス様の言動を見ていた弟子たちの問題である。私たちも、自分の不安や恐れからでなく、また自分たちの理解できる断片的な部分だけでなく、人の思いをはるかに超えた復活を信じることで、私たちの考えや思いをはるかに超えた神様のいのちの業の全体像を受け入れていきたい。

2020年4月5日「十字架の上の愛」(ルカ23:32~43)

 新型コロナウイルスのため、不要不急の外出を控えるように言われている。これに対してネットで礼拝する教会や、礼拝のための集会を守る教会など、教会は様々な選択を迫られている。いずれにせよ、私たちは礼拝について神様の前に正しい判断をして行きたい。

 今日の箇所で第一に見たいのは、イエス様の「十字架上の祈り」である。この時、人びとは二人の犯罪人の真ん中にイエス様をつけ、神の御子を「罪人の中の罪人」として扱った。本来ならば神様の怒りが人びとに直撃するところを、死を目前にする苦痛の中でイエス様は「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです。」(ルカ23:34)と「とりなしの祈り」をされている。十字架は「あなたがたのために流される、わたしの血」(22:20)との預言が成就し、自らの血でイエス様が人びとの罪を贖っていることを意味する。それを人びとは、自分たちの論理で十字架にかけて罪を重ねた。その彼らをイエス様は「彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです。」(ルカ23:34)と父なる神様に述べている。ここにイエス様の愛と慈しみがある。

 第二に「十字架に対する人びとの反応」である。ルカは、ローマ兵が「イエスの衣を分けるために、くじを引いた。」(23:34)「民衆は立って眺めていた。議員たちもあざ笑って言った。」(23:35)と、人びとの「罪に対する無感覚」を書き留めている。この出来事も「彼らは私の衣服を分け合い私の衣をくじ引きにします。」(詩編22:18)という預言の成就であったが、同時に罪に無感覚になった人間の残酷さが表れている。ローマ兵のみならず、「あれは他人を救った。もし神のキリストで、選ばれた者なら、自分を救ったらよい。」(ルカ23:35)と、これまでのイエス様の奇跡を見聞きし、かつ聖書になじみがあったはずのイスラエルの民衆や議員たちもイエス様を嘲った。これらの記述は、2000年前にその場にいた人々を糾弾しているようだが、そうではない。私たちひとり一人もまた、彼らと同じ罪を抱えていて、神様に対してこんな愚かさを繰り返してしまうと聖書は述べている。

 第三に「十字架上での救い」について見ていきたい。マタイの福音書には、当初は二人ともイエス様を罵っていたとあるが(マタイ27:44)、やがてひとりの犯罪人の心が変わっていく。「お前はキリストではないか。自分とおれたちを救え」と言ったもう片方の犯罪人や、「お前がユダヤ人の王なら、自分を救ってみろ。」と述べた民衆と違い、この犯罪人は「おれたちは、自分のしたことの報いを受けているのだから当たり前だ。だがこの方は、悪いことを何もしていない。」(ルカ23:41)と述べた。そして彼は、自分は救われるべき価値のある人間だとは思わなかったため「イエス様。あなたが御国に入られるときには、私を思い出してください。」(23:42)とだけ述べている。だがイエス様は、その犯罪人に「まことに、あなたに言います。あなたは今日、わたしとともにパラダイスにいます。」(23:43)と最大限の救いの返答をされた。この十字架の上の強盗が、イエス様の救いが最初に語られ救われた人となった。人が救われるためには、罪を認めてイエス様に赦され再創造されるほかない。だが心を閉ざしていれば、イエス様を嘲笑った人間と同じとなる。たとえイエス様についてよく知らなくても、イエス様を見上げて罪を認めた人は救われる。そこに神のあわれみがある。

 

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