
仙台のぞみ教会
いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中ですぐれているのは愛です。
2025年11月23日
マリヤは、純粋で非常に高価なナルドの香油を一リトラ取って、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった。家は香油の香りでいっぱいになった。 ヨハネ12:3
標高三千から五千メートルの山が連なるヒマラヤの山岳地帯に、オミナエシ科の高山植物が自生している。オミナエシ自体は日本の野原にもみられ、強い匂いを発することが知られている。
ヒマラヤのその植物から抽出された油は、ナルドの香油としして、ローマ帝国内では最高級品として扱われた。ベタニヤに住むマリアが、どのような理由で壺に入ったこの香油を手に入れたのかはわからない。それにしても、貧しい家庭にあって、唯一の財産となり得る物であったろう。
マリアは、その高価な香油を、「イエスの足に 塗り、自分の髪でその足をぬぐった」(3)その瞬間に高価な香油としての金銭的な価値は失われてしまった。マリアのした行為に対し、多くの人が下すであろう評価をユダが代弁している。
「どうしてこの香油を三百デナリで売って、貧しい人たちに施さなかったのか。」(5)
希少価値とか労働価値という量りでみたら、社会的にもっと有効な用い方があるという主張は理にかなっているとみられる。けれども、主イエスはそうした批判を諫められた。
「そのままにしておきなさい。マリアは、わたしの葬りの日のために、それをとっておいたのす。」(7)
そこにいた人たちは、誰もマリアのしたことは理解できなかった。一時的な感情とか無分別という判断をした人もいたう。けれども、マリアは、主イエスの葬りの日に備えていたのである。それは信仰による主イエスとの関係により、霊的に知り得たことであった。そこに放たれた良い香りは、歴史を超えて、世界中に伝えられている。
2025年11月16日
あなたが右に行くにも左に行くにも、うしろから「これが道だ。これに歩め」ということばを、あなたの耳は聞く。 イザヤ30:21
迷いのない人生というものはない。誰であれ、歩むべき道の選択に迷いを感じてしまうことがある。失敗したらどうなってしまうかを予想すると、恐れや不安が押し寄せて来ることもある。どちらに転んでもいいものなら、成り行き任せに歩むのも一興と笑っていられる。けれども、危機的な状況においては、そんな呑気はことを言ってはおられない。判断の一つ一つが、人生を分けるものになり、死活問題に直結してしまう。
そうしたときに、親とか友人、あるいは親しい人からのアドバイスは大変にありがたいものだ。
「しっかりしなさい」とか「自分で決めなさい」と励ましの声がする。けれども、それであっても、迷いが払拭されないどころか、実際にはますます足がとられ、混乱の沼から抜け出せなくなってしまったらどうしよう。
そんな状況の中であっても、キリスト者は「これが道だ。これに歩め」ということばを聞くことができる。それは信仰によって、天を見上げたとき、御言葉の中から主ご自身が語りかけられるものである。
イザヤは預言者に召されたときから、主が語られる言葉を記録して民に伝えてきた。このときのイスラエルは、外国からの侵略により、社会全体が大きく変化することがが迫られていた。
しかしイザヤは、社会という横の関係より、神と自分という縦の関係を重要とすることの大切さを民に訴えた。なぜなら、神は、存在の基礎を置いてくださった方であり、個々の人生の意味を備えてくださる方であるからである。このお方を信仰によって上を見上げるのであれば、必ず歩むべき道が見出される。
2025年11月09日
信じるなら、神の栄光を見る、とあなたに言ったではありませんか。 ヨハネ11:40
思っていたこととは全く異なる現実。死という出来事は、ときどき周りの人々にそのような印象を抱かせることがある。そうしたことが信仰心を打ちのめし、深い失望へと追いやってしまったりすることもあるだろう。
マルタが弟ラザロの死に直面したとき、主イエスはどうして来てくれなかったのかという、それまでの信仰が否定的な疑念に置き換わってしまった。これまでのように信頼のまなざしで主をみつめるのではなく、期待が裏切られたことへの失望と抗議を秘めたものになっていた。
けれども主イエスは、そのような現実の中に立たれた。姉妹たちが期待した奇跡はなく、主の振る舞いそのものにキリストらしさが見えない。この状況の中で、主イエスは「信じるなら、あなたは神の栄光を見る」と言われた。
この言葉を、どのように受け止めたらいいであろうか。現実には起こり得ない愚かな人のたわごととしたら、すかさず主イエスから離れて、信仰を捨ててしまったであろう。けれどもマルタは、主イエスから完全に離れてしまったわけではない。主の求めに応じて、民と共に墓に案内している。
その墓の前で主イエスは、「石を取り除けなさい」と言われた。神の言葉というのは、どうにもならない現実世界の中にあって、神の現実への招きとして語られる。信仰とは、このすべての権威の上におられる方の言葉を仰ぎ見ることである。
主イエスの言葉に対するマルタの反応は、そうした信仰ではなかった。「もう臭くなっています」という言葉は、主の業を否定するものであった。それは常識的な判断ではあるが、主イエスへの信仰と結びついたものとは言い難い。主イエスは、そのマルタをもう一度、信仰に呼び戻すため語られた。「信じるなら、神の栄光を見る、とあなたに言ったではありませんか」 ここに、倒れかけた信仰を支え、立て直される主イエスの働きをみることができる。
2025年11月02日
わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。
ヨハネ11:25
今日は、多くの教会で召天者の記念礼拝をしている。キリスト者にとって、信仰のうちに死なれた方々は、天に召された人たちである。そこには再開の希望が与えられている。
信仰を別にすれば、日常生活そのものが、いのちを証ししているようでもある。食べたり、飲んだり、働いたり、学んだりするのも、いのちがあるからだと言える。
けれども、それはただ生きているだけとも言えてしまう。また、身近にいのちが失われることを経験すると、いのちが消えることの儚さに、耐え切れない程の悲しみを覚えてしまう。あの人は、どこにどこに行ってしまったのかと途方に暮れる。
キリスト者にとって幸いなことは、信仰により神からの永遠のいのちが約束されていることである。「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。」
よみがえりは、主イエスが神の御子であることを公に示すことであった。人である限り、死はどんなに努力しても、克服できない敵である。主イエスは、十字架において死なれることにより、人の死そのものを身に負われた。
神はこのキリストを墓に捨て置くことをせずに、三日目に死人の中からよみがえらせてくださった。それは神の御子が十字架という犠牲を払ったことにより、罪のための償いが完全に為されたことを証ししている。これにより、わたしたちは神との平和が回復し、受け入れられる者となった。
キリストのよみがえりは、歴史上の出来事であるけれど、信仰を通して知られるものである。そこに見えない神と信仰者との、深い人格的な繋がりがある。
2025年10月26日
もし、あなたが盲目であったなら、あなたがたに罪はなかったでしょう。しかし、今、「わたしは見える」と言っているのですから、あなたがたの罪は残ります。 ヨハネ9:41
自分が盲目であることを、想像することができるだろうか。見えることは疑いようにない事実であるし、否定する要素はどこにもないように思えるに違いない。目を瞑ったりして、一時的に光を遮ったとしても、すぐに光のある世界に帰って来れるからである。
けれども見えるということは、単に目で物の存在を捉えるということだけではないだろう。パリサイ人たちが、「わたしは見える」といっていたのは、自分たちこそが神の光をもっていて、律法を知らない愚かな人たちに真理を示すことができると考えたからであった。
主イエスは、そうしたことが盲目であるとした。
「もし、あなたが盲目であったなら、あなたがたに罪はなかったでしょう。」
ここには自分は見えると言っている者が盲目であると指摘されている。神への信仰を口にしながら、神の意図とは反対に働いていたからである。パリサイ人たちは、律法に関する知識が豊富であり、他の人を導くことができるとしていた。それでいて、人の子の啓示に対しては心を閉ざす。この矛盾した姿勢を保っていることが盲目ということであり、「あなたがたの罪は残ります」と言われる所以である。
もし、はじめから見えていないのなら、自分が光を持っていると主張したりはしない。あるいは、主イエスに出会った盲人のように、光を求めて主イエスとの新しい出会いに導かれるかもしれない。
私たちは、自分が神の前に盲目になっていないかと、問いかけてみる必要がある。神の言葉に反発し、他の何かを光としてしまっている生き方である。それはしばらくは役立つものであっても、決して神のいのちに替わるものではない。罪は未解決のまま残ってしまう。
2025年10月19日
あの方が罪人かどうか私は知りませんが、一つのことは知っています。私は盲目であっったのに、今は見えるということです。 ヨハネ9:25
百聞は一見にしかずとことわざにあるように、昔から見えることは物事を知る上でより確かなこととされている。今日でも情報の80パーセントは視覚を通して得られると言われている。けれども信仰においては、「見える」ということが問い直されなければならない。
主イエスに見出された生まれながらの盲人は、「行って、シロアムの池で洗いなさい」という主イエスの言葉を信じ、従がうことによって見えるようになった。
この人は、それまで道端で物乞いをしていた。生まれながらの運命に逆らうこともできず、人々から罪人と蔑まれるしかなかった。その人に、主イエスは目を注がれた。そして直接、目に触れられた。それにより、人格的な繋がりを得た。このときから盲人は、それまでの人間不信を捨て、主イエスの御言葉に従がったのである。そして盲目であった目が開かれた。
彼にとって、目が見えることは否定することができない事実であるが、パリサイ人たちは、この人が主イエスによって目が開かれたと語ることを受け入れようとしない。
「神に栄光を帰しなさい。私たちはあの人が罪人であることを知っているのだ。」(24)
冷静に考えてみれば、パリサイ人の態度は異常である。どうして目が見えるようになった人の話を聞こうとしないのかと呆れてしまう。
けれども、自分自身の内にある不信仰ということを考えてみれば、霊の目が開かれるとはこのようなことだと納得させられる。主イエスの手に触れるとき、信仰への道が備えられるのだから。
2025年10月12日
パリサイ人たちも、どのようにして見えるようになったのか、彼に尋ねた。彼は、「あの方が私の目に泥を塗り、私が洗いました。それで今は見えるのです。」 ヨハネ9:15
健常者にとって、「見える」ということは、普通に当たり前なことである。そのため、見えない人に出会うことがあっても、それは自分とは別世界の人であるかのように接してしまう。そうしたところでは、自分が見えない側にいるとは想像もつかないことでなかろうか。
けれども、主イエスは、見える者の中にある霊的な盲目性を明らかにされた。「わたしが世にいる間は、わたしが世の光です」(5)人が霊的には闇の中に置かれているからである。
パリサイ人たちが、目が開かれた人に「どのようにして見えるようになったのか」と詰め寄ったのも、神の御業に決して心を開かないで、真理を知ろうとしない彼らの愚かさによる。彼らは、生まれながらの盲人の目が見えるようになるとは、考えられないという以上に、罪人の中に神の業が為さされることはないとしていた。
一方、目が開かれた盲人は、率直に自分の中に起きた出来事を告白した。「あの方が私の目に泥を塗り、私が洗いました。それで今は見えるのです。」
癒しは主イエスが盲人の目に泥を塗られたことからはじまった。主イエスがなされた出来事を、御信仰をもってうけとめたのである。このことは、パリサイ人たちが主張する罪との因果関係を打ち砕くものであった。盲人が、「私が洗いました」と言うのは、主イエスの言葉に信頼をもって従がったことを証ししている。
ここには、パリサイ人や律法学者の頑なな心から出る態度と、信仰をもって素直に応答した盲人の信仰が対比されている。不信仰が働くとき、見えると言っていることの中に、暗黒が広がってしまう。主イエスという光がなければ、人は神の国の栄光を見ることはできない。
2025年10月05日
イエスは答えられた。「この人が罪を犯した のでもなく、両親でもありませんん。この人に神のわざが現れるためです。ヨハネ9:3
いつの時代でも、どのようにして幸福を得るかが、人の絶えざる課題とされてきた。そうした中では、不幸なことは否定的に受け止められるばかりでなく、どうしてそうなったのかと、しばしば説明が求められてきた。
主イエスに出会った盲人は、それまでどれ程多くの人々に、自分の身の上について論じる言葉を聞かされてきたことか。それは押しなべて、弟子が発した言葉と同じである。
「この人が盲目に生まれたのは、誰が罪を犯したからですか」(2)
こうした考えは、多くの人が抱く素朴が疑問である。それと共に、問う人自身が半ば納得しかけている答でもあった。それだけに弟子たちにとって、応答した主イエスの言葉は全く想定外であり、驚くべきものであったであろう。
けれども、この場面で一番心を動かされたのは、この盲人自身であったのではなかろうか。なぜなら、主イエスは「この人に神のわざが現れるため」(3)と言われたのだから。
物乞いをしている人に、人々が寄せる視線には厳しいものがあった。そこには不幸への責めと侮蔑が混じっていた。これまで盲人は、そうした圧力に抗いたくても、他に賛同者を得ることができないまま、更に深い穴に蹴落とされるだけであったに違いない。
けれども主イエスの言葉には、それとは全く違った香りと光がある。盲人の中に、最高の栄誉となる神のわざが潜んでいると語られたのであるのだから。
今まで絶望の中に閉ざされていた盲人の未来に、一点の光がさしている。凍り付いていた心が溶かされ、愛と勇気を抱くように変えられていく。それは、福音による新しい人の創造の業であった。
2025年09月28日
あなたがたのうちだれが、わたしに罪があるると責めることができますか。わたしが真理を話しているなら、なぜわたしを信じないのですか。 ヨハネ8:46
近代以降、真理は理性によって客観的に裏づけられる合理的なものとされてきた。人々はそれまでの権威とか伝統に疑いを持ち、知性によって得られる真理によって、新しい時代が開かれると期待した。今日であっても、真理を似たものと考えている人は多い。
けれどもヨハネが語る真理とは、そのような概念と同じではない。この真理は、神の御子の啓示そのものであり、主イエスに信仰によって結びつくことによってだけ得られるものである。
律法学者やパリサイ人たちは、主イエスの言葉を決して受け入れようとしなかった。そして、その言葉によって主イエスを断罪しようとした。自分たちが抱く宗教的な権威や、それを支える社会的な習慣の中に、大きな矛盾があることを主イエスによって指摘されたからである。
「あなたがたのうちだれが、わたしに罪があるると責めることができますか」
この問い律法学者やパリサイ人たちが無力であったのは、彼らの糾弾に反して、主イエスの側に何の罪も汚れもなかったことを示している。そこに地上での無罪性が明らかにされたばかりでなく、罪のための宥めの備え物として、完全であったことが示されている。そこで主イエスは、信仰によってご自身に結び付くように招かれた。
「わたしが真理を話しているなら、なぜわたしを信じないのですか」(46)
主イエスは、み言葉を聞こうとしないユダヤ人たちを排除しようとしているのではなく、聞き従がうように導かれておられる。それでも言葉を信じないのは、その内なる人が積極的に主を拒むからである。内在する様々な欲望が、神の言葉を見失わせてしまっている。
2025年09月21日
あなたがたがアブラハムの子なら、アブラハムのわざを行うはずです。 ヨハネ8:39
父と子というのは、遺伝だけでは済まされない深い繋がりがある。日常の何気ない振る舞いや、考え方などの上にも、父の姿が映されていることに驚かされることがある。
主イエスとの論争で、ユダヤ人たちは「私たちの父はアブラハムです」(39)と言っている。それは主イエスが「あなたがたは、あなたがたの父から聞いたことを行っています」と言われたことへの反論であった。このとき主イエスは「わたしは父のもとで見たことを話しています」と言っておられる。それは神の子としてユダヤ人たちが真の信仰から離れていることを糾弾したのである。同時に、ご自身が天の御父と深い関係にあることを指し示していた。
この言葉に反発して、ユダヤ人たちは「私たちの父はアブラハムです」と言ったのである。ユダヤ人にとって、アブラハムという存在は、自分たちのルーツだけではなく、選びの民としてのプライドの拠り所であった。それ故に、歴史的な事実として自分たちがアブラハムの子であることをもって、主イエスの主張を論破しようとしたのであった。
このときユダヤ人たちの中に、「アブラハムのわざ」がみられたなら問題がなかったであろう。けれども、血統としてアブラハムとの繋がりはみられても、信仰の父であるアブラハムのわざがみられなかった。アブラハムの子としての関係は、生ける真の神との信仰により成り立つものである。律法に縛られ、形骸化した信仰の中では、信仰による神との深い繋がりを持つことはできない。そのことが、「アブラハムのわざ」を行えない要因になっていた。
わたしたちは、自分の信仰を吟味してみなければならない。本当にキリストと基にして神との関係を築いているかどうかと。神の愛と平和のうちに私の業があるだろうか。
2025年09月14日
あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。 ヨハネ8:32
自由と言う言葉に、憧れを抱くことがあるだろう。この言葉は、明治初期に英語からの訳語として取り入れられたと言われている。けれども、自分が他の何者によっても囚われたくないという思いは、人種や時代に関わりなく世界に共通するもので、そのような欲求の中で歴史が造られてきたとも言える。
イエスの言葉を聞いて、ユダヤ人たちは、「私たちはアブラハムの子孫であって、今までだれの奴隷になったこともありません」と答えている。(32) まるで先祖がで奴隷であったことが忘れ去られているかのようなのは、自分たちはそこから抜け出てきた神の民であるというプライドである。
けれども主イエスは、そうした支配による奴隷よりも、心の中に根深く潜む罪が悪の元凶であることを指摘された。
「罪を行っている者はみな、罪の奴隷です」(34)
奴隷が如何に絶望的な状況であるか、ユダヤ人たちはよく理解していた。だからこそ、現実を否定してまで、ローマに対抗しようとしている。それが自由と信じている。
主イエスは、その人たちに「罪を犯している」ことが罪の奴隷だと気付かせられる。罪が、どんなに人の心の中に入り込んで蔓延しているか。そしてその結果がどんなに悲惨であるかを。
その上で、罪の奴隷の状態からの解放の道を示された。それが「真理を知る」ということである。それは人の知恵によるものではなく、主イエスを知ることによって与えられる。
2025年09月07日
わたしが「わたしはある」であることを信じなければ、あなたがたは、自分の罪の中で死ぬことになるからです。 ヨハネ8:24
ブレーキが壊れた車で走ったら、重大な事故に結びつくことは誰でも考えつく。けれども人は、自分のうちにある罪が、死と結びつくものとは考えてはいない。大きな犯罪を犯して死刑判決を受けるようなことでもない限り、この二つが不可分の関係にあるとは、発想すらしていないのではあるまいか。
それは、死をもって償わなければならない罪がないからではなくて、神の前における罪に対して無自覚なためである。この無自覚さは人の愚かさであり、更なる罪を増し加えている。
けれども、御言葉によれば、この罪のため神の怒りが啓示されている。主イエスは「あなたがは、自分の罪の中で死ぬことになる」と言われた。
ここにおいては、自分の側の善行も功徳も何の用もなさない。神への不信という罪が、そうした人間的な業で埋め合わせるには、あまりに深く届かないからである。
そうした人が抱える絶望的な状況の中で、主なる神は「わたしはある」と手を差し伸べていてくださる。それは愛と憐みを起因とし、救いの手を差し伸べる主なる神の自己開示に他ならない。
「わたしはある」という表現は、強風に荒れたガリラヤ湖で聞いた主イエスの言葉でもあった。(6:20)このとき弟子たちは、暗闇のために、彼らに近付かれる主の姿を見て恐れている。恐れが、主イエスに対するそれまでの信仰を、吹き飛ばしたとも言える。
そうであればこそ、「わたしはある」と主に言っていただくことは、何と幸いなことか。ここに私たちの信仰をとり戻すための糸口を見出すことができる。
2025年08月31日
あなたがたの中で罪のない者が、まずこのこの人に石を投げなさい。 ヨハネ8:7
人を裁くことは、自分が裁かれることでもある。他者の罪に対し、正義の名のもとに拳を高く上げることは容易い。けれども、自分の中に同じ罪の性質が宿っていることを認めることができるだろうか。
「姦淫の現場」(4)で律法学者やパリサイ人に捕らえられた女は、主イエスの前に引きずり出されて、公衆の前で言い逃れのできない恥ずべき罪が追及された。
「モーセは律法の中で、こういう女を石打ちにするよう、私たちに命じています。あなたは何と言われますか」(5)
当時のユダヤ人にとって、律法は動かすことができない真理であった。これを持ち出して主イエスの律法解釈を迫ったのは、主イエスを試して訴えるためであった。(5) 主イエスが罪人とされる人たちを受け入れ、罪の赦しを宣言しておられたからである。
律法学者たちば、この女は律法により石打ちにすべきであり、そうでなければあなたたちは律法に敵対することになると迫った。
このとき主イエスが向き合っていたのは、罪とその結果である死に対してである。罪は人の裁きによって取り去られるものではない。そして裁く者の中に同じ罪の性質がある。
「あなたがたの中で積みのない者が、まずこのこの人に石を投げなさい。」
これは律法の権威者である主イエスであるからこそ言い得た言葉である。これを聞いた律法学者やパリサイ人は、「年長者たちから始まり、一人、また一人と去って行った」(9)
最初に石を投げることは、自分のうちにある罪に直面する。彼らは女を裁くことで、自分の罪が裁かれていることを認めざるを得なかった。罪を取り去ることは、人の業によることではない。それ故に神が御子を世に遣わされたのである。その恵みに心から感謝しよう。
2025年08月24日
「私は、このようなことをして、大きな罪を犯しました。主よ、今、このしもべの咎をとり去ってください。私はほんとうに、愚かなことをしました。 サムエル第二24:10
自分の内にある愚かさとか罪について、人はどれだけ素直に向き合えるだろうか。それが言い逃れできないものであっても、何かの言い訳を見つけて責任を回避しようとする。
サムエル記は結末に、ダビデの犯した罪を書き記す。それは、ダビデの偉大さを語るのが目的ではなく、罪に向き合い、罪から解放される神の恵みを書き留めるためであったからである。
ここでのダビデの罪は、「イスラエルの部族の間を行き渡り、民を登録し、私の民の数を登録せよ」(2)と命じたことであった。一見すると、王として当然のことのようであるが、それはイスラエルが周辺の国々と同じ政治体制をとることであった。このことは、イスラエルに王政が導入されたとき、サムエルによって固く禁じられていた。(8章)
ダビデは、先見者ガトによって、その罪を指摘されたとき、自分の権威によってガトを排斥するようなことはしなかった。むしろ、自分の下した民への決定が、神の働きを拒むものであったことを素直に認めた。それがどんなに大きな罪であったか、王であるが故に分かり得たと言えるであろう。
ガトの言葉に対するダビデの反応は、神の前に魂が打ち砕かれ、示された自分の罪を直視するものであった。そして、唯一の逃れの場として、「このしもべの咎をとり去ってください」と主に訴えている。
主は、このダビデの祈りを受け止め、主のために祭壇を築くように導かれた。それは自分の罪の贖いと神との交わりの回復のためであった。この祭壇は、エブス人アラウナの所有地を買って築かれる。ソロモンの時代、そこに神の神殿が築かれた。(歴代誌第二3:1)
2025年08月17日
私は苦しみの中で主を呼び求め、わが神に叫んだ。主はその宮で私の声を聞かれ、私の叫びは主に届いた。 詩22:7
祈りが聞かれたという経験こそ、主に対する信仰を強固にするものはない。わたしたちは窮地に追い込まれた中で、真摯に主なる神に心を向けているであろうか。あるいは神の名を口にしながら、自己中心に満ち、我欲に支配されているだけのことだってあるかもしれない。もしそうであるなら、主から祈りの答えを期待することは難しいのでなかろうか。
ダビデは「苦しみの中で主を呼び求め」た。そこには主に対する動かない信頼があったからである。その信頼は真実さによって結びついたもので、状況の変化によって関係が崩れ去ったりはしない。神である巌にしっかりと足を据え、信仰によって開かれた目を主に向けるのである。そうしたときに、主なる神は祈りを聞き、御自身を現してくださる。
「主はその宮で私の声を聞かれ、私の叫びは主に届いた」
主なる神は、私たちの祈りを聞くため宮を備えておられる。そこで呼び求めた言葉は、確実に神に届けられる。
ダビデは、これまの生涯を振り返るとき、幾度も困難に直面してきた。生死を分けるような場面も度々である。そうした中で特筆されるべきことは、ダビデが祈りによって、常に主に近く歩もうと心していたことではなかろうか。
王としての資質をみるとき、他を圧倒する大きな力があったわけではない。目を瞠る人徳が備わっていたというのでもなかろう。むしろ、数多くの失敗をし、いたる所で自らの弱さが露呈している。それでも、苦しみの中で主を求め続けたことが、主の答えを導き出したことを証ししている。
苦しみの中での祈りは信仰なくしてはできないが、それが為されることは何と幸いなことか。
2025年08月10日
ダビデの時代に、三年間ひき続いて飢饉が起こった。それで、ダビデは主の御顔を求めた。
サムエル第二21:1
過去の出来事は、人の記憶が薄れる中で忘れ去られてしまうのが常である。それでも、戦争や飢饉、あるいは自然災害などのように、世代が変わってなおも引き継がれるべきことがある。
イスラエルの政権が変わって、国内が安定したときに、神はダビデに見過ごしにされていた.
国家的な罪を検証するよう導かれた。このときの飢饉が自然災害なのか、あるいは別の理由によるものか詳細は明らかではない。
「ダビデの時代」(1)に問われたのは、異民族との間に結ばれていた契約の有効性であった。それはダビデの時代より5百年も遡る出来事で、イスラエルがギブオン人と結んだ契約である。前政権サウル王は、イスラエル民族の純粋性をはかったときに、それまでギブオン人たちに保障されていた盟約を覆してしまったのである。
「イスラエルは彼らと盟約を結んでいた。だが、サウルはイスラエルとユダの人々への熱心のあまり、彼らを討とうとした」(2)
神がダビデに指摘されたことは、イスラエルにとって負の遺産である。けれどもサウルはすでに過去の人となり、ギブオン人の怒りと悲しみは、歴史の片隅に葬り去られようとしてた。そうした中で、主なる神は、埋もれそうな民族の罪を積極的に検証するように導かれた。
飢饉などの自然災害は、人の力ではどうにもならない。それ故に、ひたすら「主の御顔を求める」ということもあろう。それに対し足元にある自分たちの罪に対しては、全く無自覚になっていることがある。犯した憐みのない行為に、傷ついている人たちが放置されていないだろうか。
今年は戦後80年を迎える。かつてアジア諸国の人々に対し、日本民族が犯した罪。教会は、このことに対し悔い改めと戦争責任を告白している。けれども、それが風化しないため、今も私たちの信仰が問われ続けている。
2025年08月03日
王は身を震わせ、門の屋上に上り、そこで泣いた。 サムエル第二18:33
ことわざに、親の心子知らずとある。親子の中に生じる断絶は、世界中どこにあっても共通しているのかもしれない。けれども親の理解されない痛みと悲しみは、他の誰かによってもわかってもらえないことではあるまいか。
ダビデは三男アブサロムによって王位を追われ、各地を流浪することになった。この間、アブサロムは、殊更にダビデに憎まれることを行い続けた。それに対しダビデの側では、サブサロムに対する憎しみはなく、戦争に勝利してもアブサロムのいのちだけは奪うことがないよう、部下に命じていた。(18:5)
そのアブサロムが、らばに乗った状態で大きな樫の木の枝に首をひっかけ身動きができない状態になってしまう。これを知った将軍ヨアブは、ダビデの命令を無視してサブサロムの心臓を剣で突き刺した。
ダビデは、戦いで勝利を期待していたが、一番に願っていたのはアブサロムが無事に保護されることだった。それだけに、伝令によって知らされたアブサロムの死は、ダビデにこの上ない衝撃となって覆いかぶさる。そのときの描写は、周りの人たちの理解を越えていたことを表現している。
「わが子、アブサロム、わが子、アブサロムよ。ああ、私がおまえに代わって死ねば良かったのに」(18:33)
ここに、罪あるわが子を愛する父の姿がある。息子の罪は当然に罰せられるべきであるが、ダビデはアブサロムの死を、自分が身代わりになれば良かったと嘆く。このダビデの思いは、共に戦ってきた兵士たちには理解できなかったに違いない。「もし、アブサロムが生き、われわれがみな今日死んなら、それはあなたの目にかなったのでしょう。」(19:6) ダビデにとって、これ程に不利となる
描写があるだろうか。それでも御言葉は、この矛盾したダビデの行為を、息子を愛する父の姿として描く。そこで証しされた父の愛と真実さは、主イエス・キリストによって実現された。
2025年07月27日
主がアブサロムにわざわいをもたらそうとして、主がアブサロムのすぐれた助言を打ち破ろうと定めておられたからである。 サムエル記第二17:14
人を動かす力というものがある。あるときには権力であるかもしれないし、財力ということもある。人間関係による動機とか、社会のシステムに関連づけられたものもあるだろう。そうしたことは、誰もが経験することである。
聖書は、それとは違い、人が直接的な関わりをしていないことの中に、神の働きがあることを明らかしている。
ダビデがアブサロムの追撃を受けていたとき、アブサロムの側に下ったアヒトフェルトは、直ちに1万2千の軍隊をもって、ダビデ軍を打つようにアブサロムに進言した。それは、戦争の実際を知る者による優れた戦術であった。もし、アブサロムロムが、この提案を直ぐに受け入れていたなら、ダビデ軍は崩壊し、ダビデは撃ち殺されていたかもしれない。
このとき、ダビデの間者として送り込まれていたフシャイは、ダビデに危機が迫っていることを理解した。そこで、自分はアブサロムの側にいる振りをして、ダビデたちが逃げるため、アブサロムに時間かせぎの戦術を提案した。その間にダビデ軍が川を渡って、荒野に逃がすためであった。
ダビデにとって、この作戦は決して容易なことではなかった。兵たちは疲れ切っているし、川を渡った荒野の先に休み場があるわけでもない。それでもフシャイが密かに遣わした使者の言葉を信じて行動した。
一方、アブシャロムは、アヒトフェルの作戦と、シムイの提言のことで長老たちに相談した。すると、シムイの提言の方が優れているとされた。戦術だけを冷静に考えたら、この状況でアヒトフェルの提言が否定されたのはおかしなことと言える。けれどもこの判断が、ダビデが抱えていた危機からの救いに繋がった。それは、これらの背後に働かれた主が、アブサロムにわざわいをもたらそうとされたからであると、聖書は証言している。
2025年07月20日
おそらく、主は私の心をご覧になるだろう。そして主は今日の彼の呪いに代えて私に良いとをもって報いてくださるだろう。 サムエル記第二16:12
人の評価が、心に深い傷となることがある。自分の悩みの種としていたことが、表立って他者から指摘された場合にはなおさらである。
ダビデは、三男アブシャロムの反乱によって、王宮から逃れなければならなかった。ダビデにとって、かつてサウル王に仕えながらサウルから逃げ惑ったときよりも深刻な事態であった。その混乱は自分の家庭内から出たことであり、もとはと言えばダビデ自身に起因しているところがあった。
このタイミングで、かつてサウロの家来であったシムイは、ダビデに呪いの言葉を浴びせ続けた。
「出て行け、出て行け、血まみれの男、よこしまな男よ。主がサウルの家のすべての血に報いたのだ」(8)
民が王を呪うことは、あってはならないことである。そこでダビデの家来アビシャイは、直ちにシムイを討ち取ることをダビデに進言した。それに対するダビデの答えは、「これは私のことであり、あなたに何の関係があるのか」であった。
そして「彼に呪わせなさい」と命じた。このときダビデは、惨めになった自分の現実を冷静にみていた。けれどもそのような自分に注がれる主の恵みを見失ってはいない。
「おそらく、主は私の心をご覧になるだろう。そして主は今日の今日の彼の呪いに代えて私に良いことをもって報いてくださるだろう。」(12)
他者に触れられたくない心の傷、みられたくない秘密。主は、そうした部分を取り扱ってくださる。自分の問題を神との関係でみる。この視点が、主は「今日の呪いに代えて私に良いこをもって報いてくださる」という信仰を生む。
2025年07月13日
ダビデはナタンに言った。「私は主の前に罪ある者です」 サムエル第二12:13
何かの問題で、心の責めを感じてしまうことがある。それがストレスとなって、夜も眠れない日々を過ごすということもあろう。こうした場合、カウンセリングや医療的なケアーが有効なことがある。けれども注意しなければならないのは、そうしたアプローチが問題のすり替えとなってしまうことである。特に罪が本質であるときには、解決からますます遠退いてしまう。
ダビデは、姦淫、殺人、偽証という罪を犯してしまった。とても一国の王として受け入れられないばかりか、一人の人間として最低のことをしてしまった。ダビデ自身が、こうしたことについて何の痛みも持たなかったということではない。けれども、ダビデがした更に悪いことは、この大きな罪を自分で覆い隠そうとしたことであった。
このことは表面的には成功したようであった。ダビデ自身も、過去のこととして意識から消し去ろうとしたであろう。けれども、神の前には少しも隠されていなかった。そのため、主は預言者ナタンをダビデのもとに遣わされた。(1)
ナタンが語る「ある町の二人の男」の話は、ダビデにとって他人事のように思えた。そこで自分の正義環を振りかざし、「そんなことをしたのは死に値する」と叫ぶ。それに対しナタンは「あなたがその男です」と罪を指摘した。このとき、ダビデは神の前に罪人として置かれている自分の姿を自覚した。それは覆い隠せるものではなく、言い訳が通るものでもない。
「私は主の前に罪ある者です」と告白したように、 神の裁きを覚悟しなければならないものであった。それは、ダビデの頑なな心を根底から打ち砕くものである。
けれども神は、このダビデを神の憐みの中に置かれた。「あなたは死なない」(13)と言われるように、ここから再生される。それは、同じ信仰に立つわたしたちが、神のいのちに生きるためである。
2025年07月06日
あなたの前に、あなたの魂の前に誓います。 私は決してそのようなことをいたしません。
サムエル第二11:11
罪を犯しても良心が働かず、それが罪として自覚されないことがある。あるいは卑劣にも自分がした行為を、誰の目にも分からないないよう隠すことがあるかもしれない。責任を問われることを恐れ、罪を自分から切り離すのである。しかし、それは更に大きな罪を生むことになる。
ダビデは、誘惑に乗じて彼の忠実な部下であるウリヤの妻と肉体的な関係を持ってしまう。王宮に留まっていた日の夕方、屋上から下を見ていると、ウリヤの妻バテ・シェバが体を洗っているのが見えた。その姿が美しかったので王宮に呼び寄せ、王の権威を傘に関係をもったのだ。
そうしたのち、バテシャバからダビデに身籠ったという知らせが届いた。夫のウリヤは長い間、戦場から帰っていないので、バテ・シェバが身籠った原因がダビデにあることは疑いようがない。けれども、そのことがウリヤに知られたら、王としての立場に傷が付くばかりでなく、それまでの評判を一気に失ってしまうことは明白である。
そこでダビデが考えたのは、偽装工作をすることであった。ウリヤを戦場から呼び戻し、家でゆっくり過ごすときを備えた。その後ウリヤを戦場に帰してしまえば、子どもが生まれても、自分の罪を隠すことができると考えたのである。けれども、ダビデの思いに反しウリヤは、自分の家に帰らなかった。
ウリヤが忠実な部下であることの証しである。あるいは、彼自身がダビデに疑いを抱いていたからかも知れない。そうであるなら、ウリヤの言葉は王に対する罪の糾弾になった。このことで、ダビデは更に大きな罪を重ねることになる。ウリヤが戦死するよう、仕向けたからである。
2025年06月29日
わたしは、エジプトからイスラエルの子らを連れ上った日から今日まで、家に住んだことはなく、天幕、幕屋にいて、歩んできた。 サムエル第二7:6
道に迷ったとき、原点に立ち返るということがある。最初のときを思い出すことで、歩むべき方向が見えてくることもあるだろう。目先の枝葉のことばかり気にしていると、最も大事なことを見落としてしまうからである。
ダビデはヘブロンで王となり、やがてイスラエル全体の王になっていく。それに伴い国は安定し、ダビデ自身も家に住むような生活に変った。けれども、ダビデは自分だけが整った家に住んでいることに罪悪感を抱くようになった。神の契約の箱が天幕の中に置かれたままであったからである。それで、あるとき、預言者ナタンに言った。
「見なさい。この私が杉材の家に住んでいるのに、神の箱は天幕の中に宿っている。」(2)
ダビデとしては、神の前に申し訳ないという気持であったろう。それで神の家を建設する構想をナタンに話したのである。このとき、契約の箱が置かれる幕屋とは何かが、原点から問い直される。そこで、ダビデがこの工事を着手する前に、神はナタンに語られた。(7~16)
ここに述べられたのは、ダビデが神の家を建設することへの反対ではなく、ダビデを通してこれから実現される神の御計画である。そこでは、はじめのときからイスラエルを導かれた神が示された。
「わたしは、エジプトからイスラエルの子らを連れ上った日から今日まで、家に住んだことはなく、天幕、幕屋にいて、歩んできた」
主は、はじめのときから民と共におられた。それは、契約によってダビデの子を通して建設される神の家に引き継がれる。神の家である教会は、その約束の確かさを証しするところでなければならない。
2025年06月22日
主の怒りがウザに向かって燃え上がり、神はその過ちのために、彼をその場で討たれた。 彼はそこで死んだ。 サムエル第二6:7
光が届かない深海では、目がない魚が多くみられる。闇の中でも餌を得られるので、光を受容する器官を失ったらしい。
人が自分の罪を自覚するには、神の光を必要としている。それを失ったところでは、大きな罪であっても、気にも留めないこととして扱われてしまう。
ヘブロンにおいて、ダビデが王として立てられたとき、バアラから神の箱を運び上げようとした。(1)
神の箱は幕屋での礼拝の中心を為すものであり、その中には神との契約が刻まれた石の板が入っていて、移動するときのために担ぎ棒が通されるような構造になっていた。祭司の規定によれば、持ち運ぶときには、一般の人が触れることを厳しく禁じていた。
「ケハテ族が入って行って、これらを運ばなければならない。彼らが聖なるものに触れて死ぬことのないようにするためである」(民数記4:15)
ところがダビデはこの神の箱を、牛に曳かせた荷車の上に置いた。運ぶ距離があることと、担ぐ人材がそろわなかったためであろう。ところがナコンに来た時、牛がよろめいて箱が動きそうになったので、ケハテ族でもないウザが手を伸ばして箱を抑えようとした。それは傍にいた者として自然な行為のように見える。けれども、このことで神の激しい怒りがウザの上に下った。
「主の怒りがウザに向かって燃え上がり、神はその過ちのために、彼をその場で討たれた。彼はそこで死んだ。」
神の聖い領域は、人の勝手な判断によって軽々しく侵されてはならない。その原則が破られるとき、神への礼拝が人間の行為を中心とする偶像礼拝に変質してしまうからである。
2025年06月15日
子どもたちよ。主にあって両親に従いなさい。これは正しいことだからです。
エペソ人への手紙6:1
6月の第三日曜日は父の日である。この日が記念されるようになったのは、ジョン・ブルース・ドットという夫人の、亡き父への尽きない感謝と尊敬から出たことであった。
ワシントン州スポーケンのドット夫人は、父が南北戦争で英雄として知られたウィリアム・J・スマート軍曹の末娘であった。戦争が終わって、父ウィリアムが帰還したとき、その妻は心労がもとで病に倒れ、間もなく天に召されてしまう。ウィリアムは、その悲しみにうち伏せられながらも、苦労しながら残された6人の子供を立派に育てあげた。
ドット夫人にとって父は「英雄」であること以上に「家庭人」であったに違いない。そうした父の姿をみていた彼女であればこそ「母の日」があるのだから「父の日」もあるべきだという思いをもったことはうなずける。
1907年、夫人は当地の牧師協会に父の日制定の嘆願書を提出した。これが7年後、1916年に公に承知されることになり、1972年にはアメリカにおける国民の祝日とされるようになった。
親子の関係は、愛と信頼の上に成り立ち、従うことによって実践される。「主にあって両親に従いなさい。」(エペソ6:1)と言われるのは、主との関係から生じる愛と秩序が親子関係において生かされるためである。
親に対して反発心しながら、神を見出したり、信仰を持ち続けることは難しいことであるかもしれない。信じることが棄損されることで、縦の関係の広がりが痛むからである。親への従順が、信じることの積み重ねとなって、神への信仰を具体化していくことになる。
親は、力によって子どもを支配したら、家族の関係は崩れてしまう。ここにおいても「主にあって」という原則が守られなければならない。天の父の愛が、子どもという最も身近な関係において実戦される。父の日がそうした親子の関係を問い直す日となれば幸いである。
2025年06月08日
しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいま
す。 ヨハネ14:26
聖霊は、キリスト者の信仰を通して与えられる御父の約束である。主イエスは、それを助け主と言われた。
このとき弟子たちは、自分たちと主イエスの間に、今までにない距離を感じはじめていた。まるで主イエスは、弟子たちを置き去りにして、どこか弟子たちが知らない所に行ってしまうように思えたからである。
しかし主イエスは、この弟子たちの不安に深く寄り添って仕えられた。そして、その愛の具体的な現れとして、御父が天から聖霊を遣わしてくださるという約束をしておられる。
「聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。」
これからはナザレのイエスとして知られた姿は弟子たちから断ち切られるけれども、聖霊が弟子たちの心の中に働いて、今までよりもっと身近なものとなり、助け手として導きと知恵を与えてくださるというのである。
ペンテコステは、この約束が実現した日である。弟子たちは、主イエスの十字架を前に、主を完全に見失っていたが、主の復活によって信仰を取り戻す。そこで自分たちの不信を悔い改めたのであるが、本当に主との関係が新しくされていくのは、ペンテコステの日に聖霊が注がれてからである。
私たちの信仰生活も、聖霊の導きと知恵によっている。「聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。」
初代教会の信者が求めたように、私たちも聖霊の力強い働きを祈り求めていきたい。
2025年06月01日
わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。あなたがたのところに戻ってきます。
ヨハネ14:18
孤独は、人を強くすると考えられている。多くの宗教で瞑想がとり入れられるのも、そこでの自己発見が活力とされるからであろう。
けれども現実の孤独の中で、人は恐れのために道を見失い、生きる力を削がれてしまうことが度々である。
主イエスの弟子たちにとって、主に従がうことは、日常からの決別であった。その多くは漁師であったが、自分の職業を捨てるという犠牲を払って主に従がってきたのである。けれども、主イエスはその弟子たちに「わたしが行くところに、あなたがたは来ることができません」(13:33)と言われていた。
弟子たちにすれば、羊が突然に羊飼いから引き離されてしまうような状況であった。これまで過ごしてきた日常生活も、神の国においての夢も、すべてを主イエスを頼りにしてきた。それだけに主イエスから離れることは想定外のことであり、将来に対する不安だけが心をよぎったのである。
けれども主イエスは、弟子たちと離れることによって関係性がより深く築かれることを語られた。
「わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。あなたがたのところに戻ってきます。」(18)
このところで「戻って来る」とあるのは、肉体をもった主イエスのことではなく、真理の御霊であるところの聖霊を意味している。
聖霊が主イエスを指し示し続けるので、聖霊の導きと語りかけは、主イエスがおられることと同じになる。
この聖霊がキリスト者の心の中に住んでくださるので、どんなことがあっても決して孤児にはならない。日々の歩みに聖霊の導きと助けを仰ごう。より深く主を知るためにである。
2025年05年25日
わたしが父のうちにいて、父がわたしのうちにおられると、わたしが言うのを信じなさい。信じられないのなら、わざのゆえに信じなさい。 ヨハネ14:10
神と人の人格的な繋がりは、御ことばを信じることによって結びつく。この信じるというのは、理性を否定してしまうことでもなけ宗教的な恍惚状態に沈潜することでもない。弟子と主イエスとの関係が、いつまでも子弟関係にとどまっていたのでは、主イエスの死において途絶えてしまう。それに続く信仰生活において、聖霊と父なる神の働きがみえて来なくなってしまう。
ここで重要なのは、主イエスへの信仰によって、共におられる父なる神を知ることである。けれども「わたしが父のうちにいて」という主イエスの主張は、当時のユダヤ教の教えからしたらあり得ないことであった。パリサイ派の立場からすれば、主イエスは自分を神と同等にしており、神を冒涜していると批判の的にされた。
弟子たちにしても戸惑いがあり、すんなりと頭に入って来なかったに違いない。その弟子たちのために、主イエスは「信じられないのなら、わざのゆえに信じなさい」と言われた。「わざ」として示されているのは、主イエスによる客観的な出来事である。
ここに示される「わざ」は主イエスの御手による奇跡的な出来事であるが、そればかりではなく神の摂理や導きを含む広範な意味と解釈される。
既に確証していることがあり、それを基として、信仰により更に高次元のところに飛躍するのである。このことから「わたしが父のうちにいて、父がわたしのうちにおられる」ということは、主イエスが弟子たちに一番深く知ってもらいたい真理であったことがわかる。私自身の信仰が探られることである。
2025年05月18日
あなたには責めるべきことがある。あなたははじめの愛から離れてしまった。だから、どこから落ちたかを思い出し、悔い改めて初めの愛を行いなさい。そうせず、悔い改めないなら、わたしはあなたのところに行って、あなたの燭台をその場所から取り除く。 黙示録2:4
イスラエルの王サウロは、神に選ばれ、サムエルによって油注がれた最初の王であった。王としての資質から見れば、全てを備えているかのようであった。出生、容貌、責任感、指導力において、人並み以上のものを持ち合わせていた。
けれども、その人生の結末は、人々の期待に反しあまりにも悲惨である。イスラエルとペリシテとの戦いで敗北し、三人の息子を失ったばかりでなく、重症を負い自死に追い込まれてしまう。
御言葉はこれを、神への不信に起因するものとして描いている。サウルが全く神に逆い通しだったというのではない。ただ大事な局面で、常に神の声よりも人々の歓心を得ることを選択した。そのため、悔い改めの機会を無駄にしてしまったのである。
射手たちによって、サウルに攻撃が集中しいたとき、ダビデの側にも死に直面する事態が発生していた。ダビデの兵たちがみな、ダビデを「撃ち殺そうとした」のである。(30:6)
死が迫った状況という点で、サウルとダビデが置かれた状況は似ていた。けれども決定的に違うのは、主なる神の前での真実な悔い改めがなされたかどうかである。
教会の歩みも霊的な戦いの連続である。黙示録に示されたエペソ教会への警告は、イスラエルの歴史に刻まれたことである。もし神から受けた聖霊の恵みを失ったら、教会としての証しを立てることができないでしまう。サウルの失敗を他山の石としなければならない。
2025年05月11日
戦いに下って行った者の分け前も、荷物のそばにとどまっていた者の分け前も同じだ。ともに同じく分け合わなければならない。 サムエル記第一30:24
働きに対する報酬を決めるとき、その人がどれだけ貢献したかによって評価が違ってくる。例えば会社の給与にしても、最近は従来の年功序列的なものではなく、能力と実績から計算されることが多くなってきたと聞く。
けれども、効率を追及するそうした方向は、全体の利益という組織が目指すべき価値を見失うことにならないだろうか。
アマレク人に奪われた物を取り返すため追撃したダビデの兵は600名であった。その兵たちが、ベルソ川の所に来ると、200名は疲労のため、それ以上前に進めなくなる。そこで400名だけがベルソ川を渡ってアマレクを追撃した。
主は彼らに勝利を与えたので、彼らはとても 多くの分捕り物を手にすることができた。アマレク人は、他の地域からも略奪を繰り返していたのでそうした物も混じっていたのである。
ダビデたちがベルソ川の所まで引き返したとき、この分捕り物の分配のことで問題が起こった。ある人たちが、ベルソ川の所から前進できなかった200人について、報酬を受ける権利がないようなことを言ったのである。
「彼らは一緒に行かなかったのだから、われわれがとり戻した物を、分けてやるわけにはいかない。」(22)
それに対しダビデは、「戦いに下って行った者の分け前も、荷物のそばにとどまっていた者の分け前も同じだ」という。その理由は、これは主の戦いであり、ベルソ川の所に留まった者たちも、共に戦った兵とみなしたからである。そこで実行者だけが報酬を受けるのではなく、皆が同じように分け合うことを命じた。
宣教の戦いもこれと同じである。その恵みは共に分け合わなければならない。
2025年05月04日
この男は、皆が踊りながら、「サウルは千を打ち、ダビデは万を討った。」と歌っていたダビデではないか。」 サムエル第一29:5
神への信仰は、実生活の中で適応されるべきものである。信仰とその歩みに矛盾があったり、その関係性がちぐはぐであってはならない。
ダビデは、サウルからの追跡を避けるため、ペリシテ人の領主であるアキシュのもとに身を隠していた。それはダビデ自身のことだけではなく、ダビデに従がう600名の人たちの生活のためでもあった。
アキシュの前でダビデは、イスラエルの王サウルに逆らう反乱分子のリーダーとされていた。このことは、ペリシテとイスラエルの戦いになったとき、ダビデたちがイスラエルと戦闘を交えることを意味する。ダビデの本心は、イスラエルと戦うことはしないことである。これまでダビデは、知恵を用いてイスラエルとの戦闘を回避してきた。
けれども、そうした工作が通じない事態が発生する。アキシュの部隊に、ダビデの部隊が同行することになったためである。アキシュはダビデを深く信頼し、護衛を任している。(28:4)だからアキシュは、ダビデが自分と一緒に行動することに何の疑いも持たなかった。しかし、他の首長たちは、アキシュのこの行動に強く反対した。。
「この男を一緒に戦いに行かせないでほしい。戦いの最中に、われわれに敵対する者となってはいけない。」(4)
ダビデはイスラエルの軍における中心人物であったからである。「この男は、皆が踊りながら『サウルは千を打ち、ダビデは万を討った。』と歌っていたダビデではないか」
この首長たちの糾弾に、ダビデは自己弁護をしている。「王様の敵と戦うために私が出陣できないとは」(8)
このダビデの言葉は、アキシュの前では誠実さを装うものであったが、神の前ではそうではない。もし、それを実行に移したら、ダビデにとってもイスラエルにとっても、取り返しのつかない戦禍となる。この危機的状況を変えたのは、皮肉にもペリシテ人の首長たちのアキシュへの抗議であった。アキシュがその声を受け入れ、ダビデたちをペリシテ人の地に帰したからである。
このときのダビデは主を見失っているかのようである。それでも主の恵みの確かさは、ダビデたちがイスラエルと交戦しなですむように導かれた。そこからダビデを、主に立ち返る信仰に目覚めさせたのである。
2025年04月27日
サムエルは言った。「なぜ、私に尋ねるのか。主はあなたから去り、あなたの敵となっているのに。」 サムエル第一28:16
神を信じるといいながら、実際には自分のことしか信じていないということがある。その場合、生き方そのものが自己中心的なものになり、神との関係が薄められてしまう。サウル王の生涯は、そのような信仰者の末路が如何に惨めであるかを物語っている。
ペリシテ人の襲撃が激しくなり、いよいよユダヤとの全面戦争に発展した。サウル王は、ペリシテの側に備えられた陣容をみて、恐怖のために全身を震わせた。そこには自分の強さだけを求めてきた王としての威厳は微塵もない。
かつては窮地にあって主の御心を求めてきた。そのときには、何某かの示しがあったけれど、このときには何によっても御心が示されることはなかった。主がサウロから離れてしまったからである。
それはサウルが、たびたび主のみ言葉を退けて、御心に歩むことをしなかったことによる。この状況で、サウロは霊媒師の助けによってサムエルの霊を呼び出した。サウロはかつて霊媒師を国中から追い出しているので、全く矛盾したことである。その上、サムエルが生きていたときにその言葉を聞かないで、死んだ者の霊を呼び戻して聞こうとするのは二重に矛盾している。
「なぜ、私に尋ねるのか。主はあなたから去り、あなたの敵となっているのに。」
主の言葉を聞くことに意味があるのは、主との関係が保たれていることが前提になる。主の言葉に背を向けたまま、主に求めることに何の意味があるだろうか。サウルは表向きの華やかさの裏に、自己中心から派生した闇を抱えていた。これを取り去るのは、主の恵みに答えて方向転換をする以外にない。かえすがえす残念なのは、サウルがそのような決断に至らなかったことである。
2025年04月20日
イエスは死人の中からよみがえられました。
マタイ28:7
イースターは罪とその結果である死に対するキリストの勝利を宣言する。キリストの内にある者は、罪の贖いによって復活のいのちを受け、キリストにある新しい人を着たのである。
生まれながらの人は、罪の奴隷として支配を受け、死の恐から逃れられないでいた。罪に対しては誰もが無力であり、人はみな死の力に抗うことはできない。人が持つこの根本問題のため、キリストは罪の贖いとして十字架につけられた。神はこのキリストを死者の中から甦らされた。
目撃者となったのは、ガリラヤからエルサレムに登ってきた女たちであった。彼女たちは、主イエスが十字架につけられる様子を遠くから見ていた。(27:55) この時代、女性たちは社会の底辺に押しやられていた。だからこそ、主イエスは唯一の希望であり、そこに新しい明日がやってくることを夢見ていた。それだけに主イエスが重罪人として十字架につけられてしまったとき、希望は絶望に塗り替えられてしまった。社会的な勢力に反発するにしても、彼女たちの置かれていた立場はあまりに弱い。
そんな彼女たちに、御使いたちによって福音が届けられた。「主イエスは死人の中からよみがえられました」。ここに彼女たちが想像もしなかった神の業が知らされる。人が為し得ないことを、神はしてくださった。そしてここに主イエスによる人生の転換がある。復活の事実が、信じる人々を罪と死の支配から解放させる。
暖かな陽気の中、モンシロチョウが飛ぶ姿を見ることができるようになった。昆虫の中でも、蝶はトンボなどと違って完全変態である。寒い冬の間は蛹(さなぎ)であったのが、脱皮したときには美しい蝶に変身している。
キリスト者は古いからだを脱ぎ捨て、新しいからだを着た。そのいのちを喜ぼう。