2022年01月16日

   イエスは答えられた。「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばで生きる」と書いてある。  マタイ4:4

 

    人には、神の言葉から引き離そうとする誘惑者の力が働いている。「試みる者」(3)(サタン

は、最初の人アダムとエバを神の言葉に逆らわせた。(創3:4.5)

    主イエスが公生涯に入ろうとされるときにも、サタンは、尤もらしい理由によって神の言葉に逆らわせようとして誘惑した。

 「あなたが神の子なら、これらの石がパンになるよう、命じなさい」

    このとき主イエスは、40日40夜、断食をした後であり、空腹感は極限にまで高められていた。「あなたが神の子なら」というのは仮定のことではなく、神の子であるのだからの意味である。この場合、空腹という肉体的に必要とされていることに、御自身の力を発揮することは尤も短絡的な解決方法であるが、それが神の御心に叶うことであるかどうかである。もし主イエスがサタンの言葉のままに行動したなら、一時的な空腹感は満たされるであろう。けれども、結果として神の言葉に従うことの祝福を失ってしまう。それは人にとって最大の不幸となる。それにもかかわらず人は、しばしば人生の問題に場当たり的な対応をしてしまう。主が指摘したのは、そのように人間的な思考でしか得られない問題解決ではなく、神が御言葉によって啓示しておられる御心に踏みとどまることの重要さである。それこそが「神の口から出るひとつひとつの言葉」に生きることである。

 人は聖霊と神の言葉に導かれて生ける神と出会うことができる。信仰がないところでは、神の言葉は無意味化されてしまう。そうではなく、信じて神の業を見出す者でありたい。

2022年01月09日

 イエスはバプテスマを受けて、すぐに水から上がられた。すると見よ、天が開け、神の御霊が鳩のようにご自分の上に降ってこられるのをご覧になった。 マタイ3:16

 

    ヨハネによるバプテスマは、悔い改めの意味をもっていた。人々はユダヤ全土からヨハネがいる荒野にやってきたのも、悔い改めを告白して新しくされるためであった。集まってきた人々の中には、サドカイ人やパイリサイ人たちのように、自己保身や自己肯定を捨てない人たちもいたが、ヨハネはそのような人たちの罪を厳しく指摘している。

 「まむしの子孫たち、だれが、迫りくる怒りを逃れるようにと教えたのか」(7)

 そのような中で、主イエスはガリラヤから、百キロ程の距離にあるヨルダン川のヨハネのもとに来た。ヨハネは主イエスと向き合ったとき、自分こそがこの人からバプテスマを受けるべきと直感した。けれども主イエスは「今はそうさせてほしい」と言われた。この「今」はこの時代のことである。そこでヨハネは主イエエスに水のバプテスマを授けた。この行為に三位一体の神が応答したことが語られている。

 「すると見よ、天が開け、神の御霊が鳩のようにご自分の上に降ってこられるのをご覧になった」

 御霊は鳩のようにとあるのは、主イエスが平和の主であることを語っているのであろう。このとき天が開けて、御父の声が聞こえた。「これは私の愛する子、わたしはこれを喜ぶ」この天からの声というのは、イザヤ42章1~4節の内容と同じである。マタイがこれを預言の成就と言わないのは、直接に御父の声であったからである。しかしそこには人のためにへりくだって寄り添ってくださる救い主の姿が描かれている。主イエスがヨハネからバプテスマを受けられたのは30歳を過ぎた頃からである。ここから3年間の公生涯に入る。それは御父が愛する御子さえも犠牲にして世を愛されることの証である。

2022年01月02日

    私はあなたがたに、悔い改めのバプテスマを水で授けていますが、私の後に来られる方

は私よりも力のある方です。私には、その方の履物を脱がせて差し上げる資格もありません。

                                                                                                 マタイ3:11 

 

  不条理や争いが横行するとき、人々の心は荒んで将来に対する夢や希望を見いだせなくなる。それは生きることを拒む荒野の光景と似通っている。

 バプテスマのヨハネという人は、「そのころ」(3:1)、ユダの荒野に登場してくる。らくだの毛の衣をまとい、腰に皮の帯を締めている風貌は、民衆がなびいていた世俗主義への反対の立場にいることを明らかにしていた。

 そのメッセージは「悔い改めなさい。天の御国は近づいたから」(2)である。それは人々に預言者エリヤ(列王第一17)の再来を彷彿とさせ、罪の自覚と清めによる新しい時代を予感させた。そのため、ユダヤ全土から、そしてヨルダン川周辺からも人々が集まってきた。

 特質すべきは、律法について考え方が異なるパリサイ人とサドカイ人が、パプテスマを受けるために集まってきたことである。おそらく集団できたのであろう。けれども、その人たちの信仰は、真に神の前に悔い改めていたかどうかは疑問である。単に民衆を巻き込んだムーブメントに乗っていたと言える。

 バプテスマのヨハネは、そうした宗教的なあいまいさを保持している人たちを「まむしの子孫たち」と呼んで断罪した。(7) 厳しい言い方ではあるが、そのまま受け入れていたらヨハネの働きは、根本から損なわれていたであろう。

 そのヨハネが「私の後に来られる方」について「私には、その方の履物を脱がせて差し上げる資格もありません」という。

 ヨハネが言う「その方」こそが、ナザレのイエスなのだという意味である。それは徹底的なヘリ下りの中に証しされる神の子の姿を指し示している。ヨハネが荒野で叫んだように、神に会うため私たちは悔い改めが求められている。それは生まれながらの自己中心から、神に向かっての方向転換である。人間的な見方では何もないようであるが、そこから主なる神による新しい業がはじまる。

2021年12月26日

   そして、ナザレという町に行って住んだ。これは預言者たちを通して『彼はナザレ人と呼ばれる』と語られたことが成就するためであった。    マタイ2:23

 

 現実があまりにも理不尽で、どこにも希望を見出せないことがある。怒り、悲しみ、失望だけが支配しているようなこともあろう。しかし神は、その人が織りなす罪の現実の中に御自身の業をなされる。

  幼子イエスは、ヘロデ王によって命を狙われた。それに対し主の使いは、夢の中でヨセフにあらわれ、「立って幼子とその母を連れてエジプトに逃げなさい」(13)と告げる。ヨセフは直ちに行動を起こし、幼子と母マリアを連れてエジプトに逃げた。

 そうした中、残忍なヘロデ王は、王となる幼子を抹殺するため、ベツレヘム一帯の「二歳以下の男の子をみな殺させた」(16) ヘロデ王が死んだのはBC4年である。幼子を虐殺し、自分の王位を守ろうとしたのだが、ただ罪を増し加えただけで生涯を終えた。

 ヘロデが死ぬと、主の使いはヨセフに夢の中で語られた。「立って幼子とその母を連れてイスラエルの地に行きなさい。」(20) ヨセフはエジプトから出たときには、イスラエルのどこに住むべきか決めていなかった。そうした中で、新しく得た情報と夢で見た警告によりナザレに住むことに決めた。

 ナザレは、ヨセフとマリアの故郷である。その地はガリラヤ地方であり、その異教性の文化により蔑みの対象とされてきた。町自体が小さく、旧約聖書にその名前が出てくることもない。この町で育った主イエスについて「彼はナザレ人と呼ばれる」とある。それはナザレ出身であることに対して蔑みを込めた言い方であった。それについてマタイは、預言者たちを通して言われたことの成就であると言っている。預言者たちがナザレについて何かを言っているのではなく、人々がナザレ人イエスと言って蔑むことが預言の成就という意味である。主イエスは、そうした人の底辺に自ら身を置くことによって、まことの救い主となられた。

2021年12月19日

 博士たちは、王の言ったことを聞いて出て行った。すると見よ。かつて昇るのを見たあの星が、彼らの先に立って進み、ついに幼子のおられる所まで来て、その上にとどまった。その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ。  マタイ2:9

 

 クリスマスは歴史上のことである。福音書は、この現実の中で当事者たちに相反する反応があったことを教えている。それが道を光と闇に分けていく。

 東方の博士たちは、星の光に導かれてエルサレムに辿り着いた。彼らは、神について律法による知識を持っていなかった。けれども、闇の中に輝く星に、「ユダヤ人の王としてお生まれになった方」(2)を確信し、礼拝するために来た。

 彼らは、ユダヤ人の王であるヘロデ王が新しい王の誕生を知らないとは思いもしなかったそこにおいて博士たちの期待は裏切られてしまう。博士たちを導いたのは、東の国でみた星であった。この星がどのようなものであったか、私たちは知ることができない。ただ、星は確かに神が導いていることを博士たちに示していた。そこに神が共におられるあかしがあった。

  これと対称的なのが、博士たちの話を聞いたヘロデ王たちである。この情報に動揺したということでは、祭司長や律法学者ばかりか民の反応も同じである。彼らにとってヘロデ王の支配する今の世だけが現実であり、神の約束は現実と乖離したものとして生活している。それは手に入れようとしたものと裏腹に不安を醸成するものでしかなかった。ヘロデが自らを王としたように、民もまた自分が人生の王であった。イスラエル全体を覆う霊的な闇は、そのところに起因している。

 神を求めることは、信仰における決断である。現実だけをみていては、そうした選択をすることができない。神の言葉への従順だけがそれを可能とする。

2021年12月12日

 マリアは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方がご自分の民をその罪からお救いになるのです。  マタイ1:20

 

  親が我が子に名をつけるとき、将来への期待や願いが籠められる。そのことは親にとってどんなにとって大きな喜びであることか。

 けれども主イエスの父ヨセフにとって、我が子への命名は全く別の意味をもっていた。御使いによって「その名をイエスとつけなさい」と言われたからである。イエスとは主は救いという意味を持ち、その時代にあっては一般的な名前であった。ただ大事なことは、その主イエスが聖霊により罪からの救い主としてマリアに宿るというメッセージである。もしヨセフが御使いの言葉よりも自分の考えを優先させたなら、神からの啓示を拒絶したであろう。所詮は夢の中でのこととして、意識の中から振り払ったのではなかろうか。

  けれども実際のヨセフは、そのことを神からの語りかけとして受け止めた。それは既にマリヤから聞いていたことであり、自分がダビデの子孫として神の約束を待ち望んでいた信仰とも一致する。

 御使いが語る主イエスの務めは、「御自分の民を罪から救う」ことである。ご自分の民と

はユダヤ民族に限ったイスラエルのことではない。新しいイスラエルの民が「ご自分の民」であって、そこには異邦人を含むあらゆる民族が入っている。その民は罪から救われて、神の民とされるのである。

 当時のイスラエルの民は、ローマからの解放を願っていた。政治的に開放され、経済的に豊かになることが救いであると考える人が多くいた。今日においても、救いをそのようにイメージする人は多い。しかし聖書は、人の本当の救いは罪からの救いであることを明らかにしている。それが可能なのは、罪のために死んでよみがえられた主イエスの他にはおられない。

2021年12月5日

   それは彼らの目を開いて、闇から光に、サタンの支配から神に立ち返らせ、こうしてわたしを信じる信仰によって、彼らが罪の赦しを得て、聖なるものとされた人々とともに相続にあずかるためである。    使徒26:18

 

    光に対して完全に戸を閉ざした部屋にいれば、そこは果てしない闇の世界になってしまう。光である神を拒絶している人の状態も同じことで、霊的にはサタンの支配の中に置かれてしまう。

 主イエスを信じる前のパウロは、自分では神に対して熱心なパリサイ人であることを誇りとしていた。その信仰によって、キリスト者を迫害していたのであるが、自分の信仰が神の救いの計画に反していることには全く気がつかないでいた。それは根本的に人の悟りと考えに基づいていたからである。

 人が見ることができるのは、光と目を作られた創造者の業による。霊的に盲目になっていたパウロの目は、天からの啓示によって開かれた。「彼らの目を開いて」(18)と言われているのは、完全に神の業によっていた。

 この光により、パウロは自らが立っている闇を知った。そこで語られた復活の主イエスの言葉は、今までの人生観と信仰を根底から覆すものであった。律法による自らの義を虚しくするからである。これまで誇りとしていた自己義認の巨塔は、脆くも完全に崩れ落ちた。けれども、そこに神によって据えられた信仰の新しい歩みが始まる。旧約聖書の中に預言者たちが語っていた罪の赦しのための立ち返りである。そこにはパリサイ人による偽善が入り込む余地は全くない。サドカイ人たちよる、現世主義に影響されるものでもない。

 ここから罪の赦しによる聖なる民として、新しいイスラエルの形成に励むのである。共に神の国の相続にあずかるためである。パウロは恵みによって「わたしを信じる信仰」に目が開かれた。そこに注がれる愛が如何に深いことであるかを知る。

   

2021年11月28日

 私の理解するところでは、彼は死罪に当たることは何一つしていません。ただ、彼自身が皇帝に上訴したので、私は彼を送ることに決めました。 使徒25:25

 

    政治は妥協の産物であると言われることがある。勿論、いのちがけで政策を実行しようとしている真面目な政治家もいる。けれども、支配欲とか保身が動機となっていることもある。

 ローマ総督フェストゥスは、後者の部類に属する行政官であったろう。彼はユダヤ人たちからパウロを死罪にするよう求められていた。けれども直接パウロを調べた結果、死罪に当たることは何もしていないという結論を得るに至った。けれどもそれによってパウロを無罪にして釈放したなら、ユダヤ人たちの反感が総督に向かうことは明らかであった。そうした中で、フェストゥスはパウロに「おまえは、エルサレムに上り、これらの件について、私の前で裁判を受けることを望むか」(9)と尋ねたのであった。パウロにしてみれば、カイサリヤでの裁判を中止して、圧倒的に不利になるエルサレムで裁判を受ける道理はどこにもない。そこでパウロは、カイサリアでの裁判に見切りをつけて「カイザルに上訴します」(11)と言った。フェストゥスのパウロへの問は、こうしたパウロの答を引き出すための策略であったのかもしれない。

 フェストゥスは、このパウロの意見を受けて上訴のための手続きに入った。パウロをエルサレムではなくローマに送るのであるから、当然、そこにはユダヤ人たちの不満が募ることが予想される。けれども、パウロが上訴できるのは市民権を持っているからこそであって、もしそれに反抗するとなればローマに敵対することになると臭わせている。

 フェストゥスは、上訴の手続きさえしてしまえば総督としての責任から解放されると考えていた。ローマに書き送る文書にパウロの罪状が記されていない点は、アグリッパ王がパウロに面会することで埋め合わせようとしている。しかし、この一連の行為は、フェストウス自身を霊的な闇の中に閉じ込めることになった。その闇は如何に深いことであることか。

2021年11月21日

 ただ、彼と言い争っている点は、彼ら自身の宗教に関すること、また死んでしまったイエスという者のことで、そのイエスが生きているとパウロは主張しているのです。

            使徒25:17

 

 どんなに評判のレストランの料理でも、実際に食べた者でなければ、その味を知ることはできない。どんなに有名な音楽家と会っても、その演奏を聞いてみなければ良さがわからない。それと同じく聖書に記された主イエスの福音は、信じなければ何もわからない。

 ローマ総督フェリクスは、アグリッパ王にパウロを取り調べた結果、ユダヤ人との間に問題となっているのが「彼ら自身の宗教に関すること」であることを語った。ローマ法に照らしてみれば、そこに何の罪になる要素も見出すことができなかったからである。

 その論理からすれば、総督として当然パウロの無罪を宣告することができた。けれども、そうするためには、あまりにユダヤ人と利害が結びついていた。総督にとってユダヤ人の反乱こそが一番恐れなければならないことであった。もし総督がパウロの無罪を告げたら、ユダヤ人がこぞって総督に反旗を翻すことは目に見えていた。ローマの正義を掲げていながら、実際にしていることは何と不正にまみれていることか。

 フェストゥスからすれば、それ以上におかしなことは、パウロが死んでしまったイエスを生きていると主張していることであった。もし福音に耳を傾けないでこの話を聞いたなら、フェストゥスの言うことに納得するであろう。死んだ人が生き返るなど、どこの世界でもあり得ないことだからである。

 けれども、福音に耳を傾けていくなら、それは単純に否定されるものではない。主イエスの死は罪の贖罪のためであり、予め聖書に記された神の契約であるからだ。人は主イエスと共に十字架に死に、主イエスと共に神のいのちに生かされる。そこに、自らの信仰が問われることになる。生きておられる主イエスを知るのは信仰であり、それ以外の方法では主イエスは過去の人にしかならない。信仰により、今週も生ける主を深く知る歩みをしたい。

2021年11月14日

 

  もし私が悪いことをし、死に値する何かをしていたなら、私は死を免れようとは思いません。しかし、この人たちが訴えていることに何の根拠もないとすれば、だれも私を彼らに引き渡すことはできません。

使徒125:11

 

  ユダヤ人たちがカイサリアでパウロのことで総督に訴えた内容には、罪状の根拠となる証拠を欠いていた。パウロは、そのひとつひとつに論理的に反証した。律法を軽視し破っているというユダヤ人たちの主張に対し、パウロは今も律法を守っていることを証しすることができた。神殿を汚しているということも言われたが、それは証言した者の全くの誤解であることを明らかにした。これらのことはユダヤ教に関することであり、もとよりローマ法においては罪とされることではなかった。

 もし、ローマ法に触れるとするなら、パウロが人々を扇動してカイザルに反抗するような運動をしたという主張である。けれども、ユダヤ人たちは、このことで誰かを証人に立てて、パウロを糾弾することはできなかった。

 「もし私が悪いことをし、死に値する何かをしていたなら、私は死を免れようとは思いません。」

 これはパウロの身の潔白を主張する言葉である。それと同時に、煮え切らない態度で裁判を司っている総督フェストゥスの心への挑戦でもあったろう。彼は、真実の探求よりもユダヤ人たちの機嫌をとることに気を回していたからである。

 パウロは「この人たちが訴えていることに何の根拠もないとすれば、だれも私を彼らに引き渡すことはできません」という。たとえローマ総督であろうと、そのような不正はできないのだと言外にいっている。パウロが立っているのは、総督の権威を越えて働く神の言葉の上である。この神への信頼が動くことはない。

2021年11月7日

    眠っている人々については、兄弟たち、あなたがたに知らずにいてほしくありません。あなたがたが、望みのない他の人たちのように悲しまないためです。 Ⅰテサロニケ4:13

 

 11月の第一聖日をに教会で召天者の記念礼拝をしている教会は多い。この日に行うのは、カトリック教会が昔から聖徒の日としていることによる。ただし私たちの教会はプロテスタントであるから、カトリックのように聖人や殉教者を記念するのではなく、主にあって召された人たちを記念するだけである。

 パウロは、信仰をもって天に召された人たちを「眠っている人たち」と表現した。それはテサロニケの教会の中には、信仰を持って天に召された人たちのことを受け止めきれないでいる人たちが背景がある。ある人たちは、主イエスによる再臨を真近に考え、召された人たちが主の日に間に合わないことで信仰の混乱を起こしていた。

 「眠っている人たち」は主イエスの再臨の前に天に召されているが、主イエスの現れのときに「目覚めのとき」がくる。教会の中には愛する者を喪い、悲しみでいっぱいの人がいたのかも知れない。その人たちは、主の約束から離れて置き忘れられたのではない。悲しみは必ず慰められるときがくる。なぜなら、やがて主イエスは、「イエスにあって眠った人たちを、イエスとともに連れて来られる」(14)からである。

 そうであれば、悲しみはあっても希望を持たない「他の人たちのような悲しみ」(13)にはならないという。

 それは悲しみを否定することではない。悲しみそのものを受け入れながら、それが主イエス希望の復活に支えられ、確かな希望に結びつくものであることを証ししている。

 教会が召天者を記念するのも、そうした慰めを共有するところに意味がある。教会は復活の主イエスに各自が結びついたキリストの体である。そこに主は共にいてくださる。

2021年10月31日

  イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません。」 ヨハネ14:6

 

    希望をもって前に進んでいたときに、突然、足場が崩れたらどうだろう。不安が押し寄せて方向性を見失しなってしまうに違いない。

 主イエスの弟子たちは、主イエスの言葉に新しい時代を夢見て従ってきた。そのため仕事をやめ、主イエスが語る神の国に人生を託してきた。そうしてガリラヤからエルサレムに上ってきたときには、いよいよ理想が実現されるものと胸を膨らませていた。

 ところがエルサレムでの主イエスの行動は、弟子たちが期待したものとかけ離れたものであった。主イエスが弟子たちに御自身を示したのは王の輝きではなく、徹底的に人のしもべとして仕える姿であった。更に、いけにえとしてご自身をささげることまで言われた。弟子たちには到底理解できないことであり、「主よ、どこへ行かれるのですか」(14:5)という疑問が沸いてきた。

 この混乱している弟子たちに、主イエスは、御自身が向かって行く所を示された。

「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません。」(6)

 行くべきところが父のみもとと言われている。父は主イエスを天から遣わされた方であり、全能者として今も愛をもって導いてくださる方である。そこにいることが神の国に生きることである。そのためには主イエスを通さなければならない。なぜなら人と父との関係は、罪のために失われているからである。それを自分の力や知恵で解決することはできない。主イエスを通すことは、主イエスへの信仰によって父との交わりが回復されることである。ここに限りない神の愛が示されている。

2021年10月24日

 パウロが正義と節制と来るべきさばきについて論じたので、フェリクスは恐ろしくなり、「今は帰ってよい。折を見て、また呼ぶことにする」と言った。 使徒24:24

 

    聖書の言葉を口当たりのいい部分でしか受けとめないということがある。愛とか希望とか困難の克服といったようなことである。しかし神の救いは、そうしたことだけで理解できるものではない。神の前での人の罪が何であるかわからないで、神の独り子が世に送られ、十字架に付けられたことの意味を理解することはできない。

 フェリクスという地方総督は、パウロについての裁判を主宰する立場であったが、個人的にパウロの話を聞きたいと願った。その面会のとき「妻ドルシアと共にやってきた」(24) そこでの話は「キリスト・イエスに対する信仰」であった。歴史書によれば妻のドルシアは、フェリクスが他の男から奪い取ったのであるが、その妻も主イエスに対する信仰を求めていた。パウロは、そうした事情を知りながら、神の言葉を伝えたのであろう。

 そこで語られたのは、「正義と来るべきさばき」であった。福音は、その裁きの前に罪の悔い改めを迫るのであるが、そのためには自分の罪を神の前に告白しなければ」ならない。フェリクスは神への信仰を求めながら、パウロが語る神の正義と節制ということに、恐れを抱いて信仰から退いてしまう。神の前での罪を認めず、信仰の決断を先延ばしたのであった。自分の金銭欲からパウロを呼び出しはいたが、そこから再び神に向かうことはなかった。

 信仰に関するフェリクスのあいまいな態度は、今日、聖書に興味をもっている人たちの中にみられる傾向でもある。自分に都合のいい部分にだけ耳を開き、そうでない部分になると固く心を閉ざすのである。そして信仰の決断を先延ばしする。けれども、福音は、今日という日に神に立ち返るべきことを伝えている。それを先延ばししてはいけない。

2021年10月17日

 私はいつも、神の前にも人の前にも責められることのない良心を保つように、最善を尽くしています。 使徒24:16

 

    人の善悪を判断する拠り所として良心がある。神は創造において、人が罪を犯したときに良心が痛むようにされた。(創2:9) 聖書がいう良心(シュネイデーシス)は、神と共にある意識である。神から離れた状態にあっても良心は働くのであるが、それは最初の人が犯した罪により本来的な意味において棄損されている。現実に神から離れた状態であっても、罪を犯せば罪の意識が生じる。けれどもそれは極めて限定的であり、罪の大小を問わず全く無感覚である場合もある。

 パウロが弁明の中でいう良心とは、信仰によって神の前に回復された良心である。以前にはキリスト者を迫害することに全く罪の意識を持たなかった。しかし主イエス・キリストを知ることによって、そうした行為が神を敵とする大変な罪であることを知った。その罪人パウロを導いておられる神の愛に、パウロの回心が起こった。それが悔い改めであり、パウロはそこで罪の赦しを経験した。

 こうしてパウロは、神の前に責められることのない良心に生きる者とされた。それは神の愛を中心とした行動規範である。神の前に忠実な信仰者であっても、人の前に責任をとらない生き方であっては、神の愛を証しすることはできない。逆にボランティアなどの社会活動に熱心であっても、神への信仰において冷淡であるなら、やがて神との関係も希薄になるであろう。そうようなことにならないため「神の前にも人の前にも…良心を保つ」(16) 良心があれば罪を犯さないという(ことではない。キリスト者であっても失敗したり、罪を犯す可能性を秘めている。

 キリスト者は、失敗や反省すべきことでは、人から責められたりするかも知れない。良心が痛んで落ち込むことだってある。それでも痛んだ良心は回復の道を知っている。キリストの内にいるなら悔い改めにより新しく生まれる。良心を保つことは、神が近くおられることである。それは何と神の愛に溢れていることか。

2021年10月10日

  それから千人隊長は二人の百人隊長を呼び「今夜9時、カイサリアに向けて出発できるように、歩兵2百人、騎兵70人、槍兵2百人を用意せよ」と命じた。 使徒23:23

 

    公人としての重要度は、その警護に携わる人の数とか規模によって推し量ることができることがある。パウロは、千人隊長によって裁判なしに鞭打ちとされたのだったが、2日後には歩兵2百人、騎兵70人、槍兵200人によって警護されるようになる。

   その扱いが大きく変わったのは、パウロがローマ市民であることを告げたことと、ユダヤ人によるパウロ殺害の陰謀があったことによる。

 ユダヤ人たちは、翌日の朝に最高議会からの再審問の召喚状を手渡す手続きをしていた。ローマの千人隊長と言えども、最高議会からの通達を拒絶できない。そこでユダヤ人たちは、パウロが兵営から連れ出され、最高議会に向かう途中で襲撃する計画であった。

 これを阻止するためには、朝になってパウロの召喚状が届く前に、エルサレムを脱出し

なければならなかった。これ程の警護をつけたのは、どこかで40人以上と言われる殺人集団に知られ、夜陰に紛れて急襲されでもしたら大混乱になってしまうからである。そうなったら千人隊長としての統治能力が疑われ、失脚されてしまうに違いない。幸い、ユダヤ人たちはパウロが夜の内にエルサレムを出たことに気が付かなかった。これを知ったのは翌朝である。

    こうした経緯をみるときに、千人隊長は置かれた立場での思惑があって行動している。そこに神への信仰を挟む要素は何もない。けれども神は、そうした千人隊長の決断と行動を用いてパウロに押し迫っていた危険から回避させた。著者であるルカの信仰者としての視点がそこ

にある。

2021年10月03日

   その夜、主がパウロのそばに立って、「勇気を出しなさい。あなたは、エルサレムでわたしのことをあかししたように、ローマでも証しをしなければならない」と言われた。使徒23:11

 

    いのちをかけて人々に証ししたことが、理解されないまま更なる混乱を生む。こうした

現実に気落ちしない人がいるだろうか。

 パウロは、ユダヤの最高議会で祭司長に非難されていたとき、「私は死者の復活という望みのことで、さばきを受けているのです」(6)と叫んだ。大祭司をはじめとするサドカイ人は、復活を信じていなかったので、この言葉は死者の復活を信じるパリサイ人を見方につけるものであり、同時に確かな論拠もなくパウロを断罪する大祭司による裁きの不当性を告発するものであった。

 パウロは回心する前までパリサイ人であったが、キリスト者となってからはパリサイ人の生き方を捨てている。そこで否定されるべきことはパリサイ派の偽善であって、信仰による希望が死者の復活にあることは共通している。

 パウロが最高議会の議員たちに届けたい福音のメッセージは、主イエス・キリストによってもたらされる希望である。けれども、議員たちがこれを聞いたとき「パリサイ人とサドカイ人の間に論争が起こり、最高議会は真二つに割れた。(7) その混乱の中、パウロはローマの千人隊長によってユダヤ人たちから強制的に引き離される。

    この箇所には、最高議院の騒動と混乱だけが見え、福音の回心者が与えられた様子はない。けれども、主イエスは、そのようなパウロのそばに立たれ、福音を語り続けるよう励まされた。「エルサレムで私を証ししたように」と言われるように、主はパウロの証しを受け止められた。そして「ローマでも証ししなければならない」とローマへの道を開いておられる。

2021年09年26日

 そこで、パウロはアナニアに向かって言った。『白く塗った壁よ。神があなたを打たれる。あなたは律法に従って私をさばく座に着いていながら、律法に背いて私を打てと命じるのか』 

                                  使徒23:3

 

    現代人の多くは、死後の世界に関心を持たない。唯物的な考え方が圧倒し、人は死と共に存在は無くなると考えているからである。現生を楽しみ享受することが全てである。

 2千前のイスラエルでは、サドカイ人と呼ばれる人たちが、これと近い考え方をしていた。王、祭司、貴族と言った特権階級の人たちが属していたもので、「復活も御使いもない」(8)と信じていた。彼らは、聖書の中でモーセ五書だけを信じてはいたが、現世を楽しむことにだけ関心を寄せていた。

 宗教的には大祭司が一番の権威者であったので、パウロがユダヤ人に訴えられたとき、律法によって公正な裁きをしなければならなかった。けれども、最高議会でその審議がされる前に、そばに立っていた者にパウロの口を打つように命じた。(2)

 律法によれば、有罪が決まるまでは犯罪人扱いしてはならないと定められていたが、律法の番人である大祭司が自らの内に湧き上がる怒りを抑えられず律法を無視したのである。

 パウロは、この大祭司の行為に対して「白く塗った壁」と言った。主イエスは、これと同じ表現を偽善の律法学者、パリサイ人に対して用いている。(マタイ23:25)

 白く塗った壁は、イスラエルの墓をたとえたもので表面的には美しく飾られながら、「内側は死人の骨やあらゆる汚れでいっぱい」(マタイ23:27)な様子を描写している。

 現世においては、その矛盾をごまかせても、神のさばきのときには、そうしたことが明らかにされる。それが「神が打たれる」ということである。キリスト者は、表面を取り繕った生き方をするのではない。「神の前での健全な良心」(23:1)が基礎である。それはどのような人のさばきにも耐えて神のいのちをあかしする。

2021年09年19日 

 すると主は私に、「行きなさい。わたしはあなたを遠く異邦人に遣わす」と言われました。 使徒の働き22:21

 

    日本同盟基督教団の歴史は、1891年11月にアメリカにあったスカンジナビアン・アライアンス・ミッションから宣教師が日本に遣わされたことに始まる。今年は、その15名が横浜に上陸したときから130周年となり、今週リモートで記念大会が行われる。

 キリスト教の宣教は、主によって働き人が遣わされるところから始まる。パウロは、異邦人のための働き人として主に選ばれた器であった。けれども、当初、パウロ自身の思いとしては、同胞であるユダヤ人に福音を証しする思いの方が強かった。律法について学びを重ねていたことや、キリスト者を迫害してきたことは、ユダヤ人に福音を説き、説得するために有効であると考えていたからである。(使徒22:19~20)

 そのため夢の中で主から「急いでエルサレムを離れなさい」と言われても、直ちに従うことができないでいた。パウロ自身の中には、ユダヤ人に福音を語ることで、いのちを奪われてもいいぐらいの熱い情熱を注いでいた。「証しを人々が受け入れない」(18)ことは、エルサレムを離れる理由にならないと思っていたのかも知れない。

 けれども、主はパウロに「行きなさい。わたしはあなたを遠く異邦人に遣わす」(21)と言われた。異邦人に福音を証しすることは、パウロの頭になかったことであり、異邦人を相手に聖書を語ることでは、聖書の知識とかキリスト者を迫害して回心した経験といったことは、役に立つことではないように思われたであろう。けれども主は「行きなさい。わたしがあなたを遠く異邦人に遣わす」と言われた。パウロは、その言葉を信じて行動したことを強調している。

 130年前、横浜港に到着した宣教師たちは、日本語もわからず、日本についての知識もほとんどなかったという。それでも主によって遣わされることに、新しい宣教の業が展開することを信じて行動した。無鉄砲と言われたこともあったが、そこから教団の基礎が据えられたことの意義は大きい。

2021年09月12日

    彼はこう言いました。「私たちの父祖の神は、あなたをお選びになりました。あなたがみこころを知り、義なる方を見、その方の口から御声を聞くようになるためです。

               使徒22:14

 

   どんなに目がいい人であっても、光がなければ何も見ることができない。多くの知識や経験を積んでいても、闇の世界から解放されなければ、神の業を知ることはない。

 パウロは回心したとき、アナニアがそばに立って「兄弟サウロ、再び見えるようになりなさい」と言った。(13) そこでパウロは見えるようになったのだが、それはそれまで生きてきた世界を神の視点からみることであった。それまでは自分の思いだけが先行し、神への正しい向き合い方ができなかった。その結果、キリストの体である神の教会を迫害する者となっていた。

 しかし神はそのようなパウロを裁くことをしないで、忍耐をもって回心に導かれた。そして異邦人に福音を伝える選びの器として立てられた。「私たちの父祖の神は、あなたをお選びになりました」

 選びは神の憐みと恵みに起因している。本来ならこのような働きに決して選ばれる者ではない。それがあえて選ばれるのは、神の非常手段としてである。そこには神の民イスラエルと神のみこころに決定的な乖離があった。

 そうした中で選ばれたパウロは、自ら「みこころを知り、義なる方を見、その方の口から御声を聞く」ことが求められる。

 人の思いを排除して、神と一対一で向き合うのである。そこで聖霊の助けを受けながら御言葉による確信を受ける。これは他の何ものにも動じない生き方の基礎を作り出す。

 神からの使命を受けて働くことは、なんとすばらしく恵みに満ちていることか。

2021年09月05日

   パウロは答えた。「私はキリキアのタルソ出身のユダヤ人で、れっきとした町の市民です。お願いです。この人たちに話をさせてください。 使徒21:39

 

    人は困難や危機に追い込まれる中で、その真実な姿が明らかにされるのではなかろうか。そこでは上辺や建て前は通用しない。

 パウロは、アジアから来たユダヤ人たちが起こした騒動により、民衆に殺されそうになった。(使徒21)危機一髪のところで難を逃れたのは、ローマの千人隊長がそこに駆けつけたことによる。千人隊長は、騒動の原因が何であるかを調べるため、パウロの身を群衆から引き離して兵営の中に移そうとした。

 このときパウロは二本の鎖で繋がれていたが、兵営の前の階段にさしかかったとき、兵士たちは彼をかつぎ上げなければならなかった。群衆が「殺してしまえ」と叫びながら、ついて来たからである。(36)

 もしパウロが自分の身の安全を最優先にしていたら、一刻も早く兵営の中に逃れることを望んだであろう。しかしこの状況でパウロが千人隊長に願ったことは、「この人たちに話をさせてください」ということであった。

 群衆はパウロを訴えるため、それぞれが違ったことを叫び続けていた。そうした中でパウロ自身が彼らに弁明する機会は与えられていなかった。けれども、兵営の前の階段を上りきったところで、一瞬、群衆に語りかけることができる環境が整った。ローマの兵士たちが、パウロをガードしていて、パウロは階段の高い位置に立ったからである。そこから民衆に語りかけることができる。

 パウロは、その一瞬を見逃さないで自分の救いを証しする機会とした。一歩進めば兵営の中で身の安全が保障される。けれども階段の上の所では、なおいのちを奪おうとする人たちに身を晒すことになる。著者のルカは、千人隊長が発した「あなたはあのエジプト人ではないのか」という問によって、エジプト人であった暴徒の首領とパウロを対比させている、そのエジプト人人は自分に危機が迫ると、仲間を見捨てて身を隠していた。パウロの行動は、自分が犠牲になっても、ユダヤ人に福音を語ることであった。それは、いのちを狙うユダヤ人も救いに導こうとする愛から出ている。

2021年09月05日

  そこでパウロはその人たちを連れて行き、翌日、彼らと共に清めて宮に入った。そして、いつ、清めの期間が終わって、一人ひとりのためにささげものをすることができるかを告げた。使徒21:25

 

    福音は文化を新しく塗り替えていく。その過程で全く捨て去られるものもあるが、そうではなく、文化を取り入れながら福音の意味の中に新しく意味づけされることがある。福音がより広く理解されるためである。

 ユダヤ人にとって律法は民族の存立基盤であり、生活の隅々に渡る文化の根幹になっていた。パウロがエルサレム教会を訪問したとき、ユダヤ人キリスト者の中には、パウロがモーセの律法を守っていないという噂が広まっていた。そこでパウロと面会した長老たちは、パウロたちの働きを労いながら、噂のためにパウロを詰問するのではなく、誤解を解くための提案をした。それはナジル人の誓願を立てている4人のために、パウロ自身が身をきよめ、その儀式のため頭を剃る費用を彼が支出するということであった。これによるユダヤ人へのあかしの効果は絶大で、「あなたも律法を守って正しく歩んでいることが皆にわかるでしょう。」(24)とある。

 パウロは、ガラテヤ人への手紙で「あなたがたが御霊を受けたのは、律法を行ったからでしたか、それとも信仰をもって聞いたからですか」(3:2)と問う。けれども、ユダヤ人キリスト者である長老たちを前にしたこの場面で、そのような議論を展開したりはしない。問題になっていたのはパウロの噂に関することであって、救いの根幹についての信仰理解ではなかったからである。パウロは、神のための聖別、神への献身、祈りは律法から引き継がれるべきものと考えた。そこで長老たちの提案を受け入れ、自分自身も宮に入るために身を清めた。エルサレムを離れて5年間にもなって、律法により汚れていると判断されたからである。パウロは、福音により一人でも多くユダヤ人を救いに導きたいと願っていた。

​「私は…ユダヤ人にはユダヤ人のようになりました。ユダヤ人を獲得するためです。律法の下にある人たちには、 ー私自身は律法の下にはいませんがー  律法の下にある者のようになりました。律法の下にある人たちを獲得するためです。」(Ⅰコリント9:20)

2021年08月22日

  するとパウロは答えた。「あなたがたは、泣いたり私の心をくじいたりして、いったい何をしているのですか。私は主イエスの名のためなら、エルサレムで縛られるだけではなく、死ぬことも覚悟しています。使徒21:13

 

    真実と真実が正面からぶつかり合うことがある。それは信仰者の間においても起こり得て両者は一歩も引かない。

 パウロの一行がカイサリアにいたときのことである。預言者アガポが上って来て、パウロがエルサレムで受ける迫害について預言した。これを聞いた皆は、パウロに「エルサレムには上っていかないようにと懇願した」(12) その説得にはこれまでパウロに同行してきた人も加わり、涙ながらに訴えた。

 そうした行為はパウロのことを愛しているからのことであり、これからの旅において無事であってほしいという真心から出たものである。一方においてパウロは、危険が予想される状況においても、どうしてもエルサレムに行かなければならないと心に決めていた。そうした中で同行者を含めて自分を引き留める人たちを、如何に感謝して受け止めたか知れない。けれども 「あなたがたは泣いたり私の心をくじいたりして、いったい何をしているのですか」とパウロは言う。これはパウロが、周りの人たちの意見を聞かない頑固者ということではない。「心くじかれる」とあるように内心では深く心動かされていたことが知られる。しかし、そうした思いを振り切るようにパウロは決断を表明した。

 「私は主イエスの名のためなら、エルサレムで縛られるだけではなく、死ぬことも覚悟しています」

 この言葉からは、主イエスのためにと考えるパウロの覚悟が伝わってくる。そこに主イエスがエルサレムに向かったときの姿が重なっている。(ルカ18:31~34) パウロの死生観と生き方がそこにあった。

2021年08月15日

   あなたがたは自分自身と群れの全体に気を配りなさい。神がご自分の血をもって買い取られた神の教会を牧させるために、聖霊はあなたがたを群れの監督にお立てになったのです。                                                                                                      使徒20:28

 

    教会は誰のものであるのか。これは教会論の根本であり、その部分を間違うと教会は教会でなくなる。教会は人の集まりが自然発生的に発展したものではなく、神が最大限の愛と犠牲を払ってご自身の所有とされたものである。「神がご自分の血をもって買い取られた神の教会」(28)とある。

 このときパウロはミレトスにいて、エペソの教会の長老たちは、パウロの呼びかけによってそこに集まっていたのである。パウロはその長老たちに「聖霊はあなたがたを群れの監督にお立てになった」という。長老たちがどのようにして選ばれたのかはわからない。勿論、信仰によっているのだけれど、人間的な経緯が含まれていたかも知れない。

 パウロ自身、エペソを離れていた期間のことを、詳細に把握していたのではなかろう。たとえそうであったとしても、この長老たちは聖霊によって「群れの監督」とされたのだという。監督はギリシャ語ではエピスコポスという言葉であり、「注意して見張る者」という意味である。赤ちゃんを見張る親の視線を疑う者はいない。それが危険を排除する。

 ここに建てられた監督は、神によって立場が信任され、役割を委譲させられたのである。

そのことを信仰をもって受け止めるとき、神によって注がれた絶大な愛を理解することができる。そして「自分自身と群れの監督」としての職務に忠実であろうとする。反対にそこから離れたら、信仰の破船に遭ってしまう。エペソ教会には、そうした者たちがいたことが警告されている。(第一テモテ1:19,20)

2021年08月08日

  

   けれども、私が自分の走るべき道のりを走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音を証しする任務を全うできるなら、自分のいのちは少しも惜しいとは思いません。

              使徒20:24

 

    人生に望むものは何であろうか。人によって求めるものは違っているが、できるなら安全な航路を選択するのではなかろうか。パウロがエルサレムに向かったとき、そこに危険が待ち構えていることを承知していた。「鎖と苦しみが私を待っている」(23)

 それでもあえてエルサレム行きを決行したのは、「自分の走るべき道のりを走り尽くす」ためである。実際的には、マケドニアの諸教会で集めた献金をエルサレム教会に届けることであり、それは異邦人教会とエルサレム教会が、信仰において一つであるという「神の恵みの福音を証し」することであった。エルサレム教会は窮乏していた。それを知りながら、異邦人教会の恵みに安んじて何もしないことは、恵みの福音に生きることではないと考えたのだろう。

エルサレム教会へ献金を届けることは、福音の証しに生きることの実質をあらわすことでもあった。福音が語る神の愛は言葉や口先で愛するものではないからである。

 ここに神の定めた目標に向かって、わき目を振らずに一心に向かっているパウロの姿がある。パウロにとって、福音宣教の任務を受けたことは、神の愛そのものであり、その期待に応えることこそが最大の喜びであった。そのため、自分の中でどんなに犠牲が払われようと問題ではない。「自分のいのちは少しも惜しいとは思いません」(24)

 人はいのちが如何に大事なものかを知っている。それに代わるものはないと考えている。けれどもそれは神から離れた自己が持ついのちである。それがキリストによって、神のいのちに生かされるとき、私たち自身のいのちの価値と目標が新しくされる。

  「自分のいのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしと福音のためにいのちを失う者はそれを救うのです。」(マルコ8:35)

2021年08月01日

   しかし、パウロは降りて行って彼の上に身をかがめ、抱き抱えて「心配することはない。まだいのちがあります」と言った。  使徒20:10

 

    突然の出来事に、右往左往してしまうということがある。目の前に起きている出来事に圧倒されて茫然自失ということもあろう。しかしそのようなときこそ、主への信仰が試されるともいえる。

 パウロがトロアスで集会を開いていたとき、ユテコという青年が三階から落ちてしまった。この青年は聴衆の一人であったのだが、窓際に腰を下ろしていたことからわかるように真剣さという点ではだいぶ引けている。ところがパウロの話が長く続くので、ひどく眠気がさし、とうとう眠り込んでしまった。それが原因で三階から下に落ちたので本人の過失による事故となる。これに気がついた人たちが、駆け下りて青年を抱き起してみると、青年は死んでいた。(9) 全身打撲で心肺停止の状態であり、医師であったルカも死を認めるものであった。

 そこへパウロが降り行って、「彼の上に身をかがめ、抱き抱えて『心配することはない。まだいのちがあります』と言った。」

 パウロは、この青年のために心底から主の憐みを願った。それが「彼の上に身をかがめ」ということであり、信仰による癒しを求めたのである。それは預言者エリヤが、ツャレファテの女の息子を死から生き返らせたことを思い返させる。(列王第一17:21,22)

 パウロの祈りの中で青年は息を吹き返した。主はパウロの祈りを聞かれた。この青年がユテコという名前であったとされている。落ちた経緯が詳しく述べられているのも、青年が生存しあかししたからであろう。そうであれば、彼は神の言葉に真剣に向き合ったに違いない。

 このところでパウロがとった行動は、彼が如何に主を信頼し、主の助けを求めていたかをあらわしている。人々が平静さを失う出来事の中でも、その確信は少しも変わらない。そうした信仰の姿勢が、この青年を真に死からいのちに導いたのである。

2021年07月25日

   これらのことであった後、パウロは御霊に示され、マケドニアとアカイアを通ってエル

サレムに行くことにした。そして「私はそこに行ってから、ローマも見なければならない

と言った。」   使徒19:21

 

  宣教には、御霊によるビジョンと戦略が必要である。行き当たりばったりでは、効果的な働きを期待することはできない。

  パウロは、エペソでの伝道を3年間過ごした後、御霊に示されてマケドニアとアカイアを通ってエルサレムに行くことにした。

   実際にこの後、パウロはマケドニアに渡り、そこから下ってアカイアのコリントに行き教会の指導をした。その後エルサレムに上るのは、託された献金をエルサレム教会に届けるためであった。

​ このような大移動を念頭に置きながら、21節には「私はそこに行ってから、ローマも見なければならない」とある。ここから知れるように、パウロは福音宣教の戦略として、大都市に中心となる教会を築くことを考えていたようである。アジアの中心であるエペソ、マケドニアとアカヤの中心となるコリント、そしてローマ帝国の中心であるローマである。

​ けれども、ローマはエルサレムへの途中にあるのではない。その旅程からすれば全く逆方向である。エルサレムからローマだけでも2500キロはある。北海道の北端から九州の南端まで1800キロであるから、ローマは更に1000キロ先ということになる。しかもパウロに追随しているアキラとプリスキラは、ユダヤ人であるためローマから追放されていた。ユダヤ人排斥の情報からしてもローマ行きは困難であった。しかしパウロは、御霊の示しによって、それを不可能と考えない。神の御心として福音が伝えられなければならないからである。使徒の働きは、その計画が実現したことを明らかにしている。

 

2021年07月18日

   そして、信仰に入った人たちが大勢やってきて、自分たちのしていた行為を告白し、明

らかにした。 使徒19:18

 

  主イエスの名は、闇の力に支配されていた人たちを光の世界に引き出していく。サタンの業を打ち砕き、神の業に招き入れる。

 パウロがエペソで福音を力強くあかししていたとき、神への信仰を切り離してイエスの名を用いようとしていた人たちがいた。

 「巡回祈祷師」と呼ばれる人たちで、前の訳では「魔除け祈祷師」とある。この人たちは権威ある誰かの名をとなえて魔除けの祈りをしていた。彼らは、イエスの名による奇跡がパウロによって著しくされているのを見聞きして、自分たちも同じようにイエスの名を使って悪霊につかれた人の悪霊を追い出そうとした。

 けれども悪霊は、「イエスのことは知っているし、パウロのこともよく知っている。しかしおまえは誰だ。」と返答し、巡回祈祷師たちを押さえつけ、打ち負かしてしまう。

 イエスの名は単なる記号ではない。主イエスの死と復活に結び付き、信仰を告白する者の中に聖霊の証印が押されている。

 巡回祈祷師たちは、パウロが行う奇跡を表面的にだけとらえていた。そのため、自分たちもイエスの名を用いれば同じことができると考えたのであった。

 今日の私たちの社会でも、キリスト教の表面的な部分だけをまねて、生活の中にとり入れようとする傾向がある。しかし、そこにはイエスの名による恵みの力を見ることはできない。結果として、期待外れの失望だけが残るであろう。

 エペソの人たちは、巡回祈祷師たちの失敗を反面教師として、自分たちの神への信仰を刷新することができた。「信仰に入った人たちが大勢やってきて、自分たちのしている行為を告白し、明らかにした。」(18)

 イエスの名が神への方向転換を促し、罪からの赦しと信仰の告白がされたのである。宣教が一気に進み、そこに新しい神の民が備えられていく。

2021年07月11日

   これを聞いた彼らは、主イエスの名によってバブテスマを受けた。 使徒19:5

 

   キリスト者であるといいながら、主イエスへの信仰を倫理的な教えの領域に留めて理解していることがある。そこでは罪の悔い改めがあり、キリストの愛が教えられている。けれどもキリストの死と復活が自分と直接的に結びついていないため、キリストにあるいのちの輝きを失っているのである。

 パウロがガラテヤ地方を巡回しながらエペソに来たとき、何人かの弟子たちに「信じたとき、聖霊を受けましたか」と尋ねた。

 このような質問をしたのは、そこで出会ったキリスト者たちがキリストのいのちに生かされているようでなかったからであろう。この人たちは、パウロの問に「信じたときヨハネのバプテスマを受けました」と答えている。彼らはキリストの弟子であり、バプテスマのヨハネの弟子であるというのではない。ただ信仰の中心を罪の悔い改めに置いていた。それは「主の道を用意する」(マタイ3:3)という点では正しいが、キリストに結び付くことでは重要な点が欠落している。キリストの死と復活の出来事が、私という存在との関わりで明確にされず、あいまいに捨て置かれているからである。

 「キリスト・イエスにつくバプテスマを受けた私たちはみな、その死にあずかるバプテスマ

を受けたのではありませんか。」(ローマ6:3)

  パウロは、エペソの弟子たちに主イエスの名によってバプテスマを授けた。それは主イエスと共に罪に死に、共に葬られ、共によみがえるという信仰においてである。そこで神の前に罪が赦され、神のいのちに生かされる。それは宗教的な観念とか、哲学的な思惟でない現実である。そのことは主イエスの名によるバプテスマを受けたとき、聖霊のバプテスマを受けることによって客観視された。

 「聖霊が彼らに臨み、彼らは異言を語ったり、預言をしたりした」(19:6)

 この出来事により、ルカは主イエスの名によるバプテスマがキリストとの生きた関係であることを強調している。聖霊が注がれたのは神の約束の保証のためである。ここで重要なのは、主イエスと私の結合であり、異言や預言を求めることではない。異言や預言は、今日においてはそのまま適用されるものではない。ただし聖霊によるキリストとの生きた関係は、初代教会と今日では少しも変わることがない。

2021年07月04日

   彼は会堂で大胆に語り始めた。それを聞いたプリスキラとアクラは、彼をわきに呼んで、神の道をもっと正確に説明した。     使徒18:26

 

    福音は、神との生きた信仰をもつ人の人格を通して伝えられる。単なる知識とか個人的な経験によるものではない。真の信仰者は、その違いを判別することができる。

 アポロがエペソに来て会堂で熱心に話したとき、多くの人をひき付けていた。彼は雄弁家であり、聖書に通じているばかりでなくアレキサンドリアで培った学識を身につけていた。

 けれどもプリスキラとアキラがそれを聞いたとき、そこに重要な点が抜け落ちていることに気が付いた。アポロが説教の中心においていたのは、ヨハネのバプテスマであったからである。それは主の道を備えるための悔い改めを迫る点では正しい。けれども、その後にある聖霊のパプテスマについては説明不足であった。聖霊のバプテスマは、罪を悔い改めた人が主イエスの十字架と共に死に、キリストと共に死者の中からよみがえるものである。またキリストのいのちに生かされ、信仰生活が聖霊に導かれるための神の恵みである。。

 プリスキラとアキラは、「彼をわきに呼んで、神の道をもっと正確に説明した」(26)

わきに呼んだのは、アポロに恥をかかせないための気づかいである。この夫婦は、天幕作りをする職人であったが、パウロと共に働くことで訓練を受け信徒伝道者になっていた。神は、この夫婦を用いてアポロをとり扱い、彼がより正確に福音を語ることができるよう導かれた。

 福音は難しい言葉で語られるものではないが、重要な部分を抜かしたり、誤解したままにしておくと肝心のいのちを見失ってしまうことがある。それ故、絶えず神の言葉を学び続けると共に、生きた信仰の友との交わりが必要である。今日において、プリスキラとアキラの働き​が求められる所以である。

2021年06月27日

 「神のみこころなら、またあなたがたのところに戻って来ます。」と言って別れを告げ、

エペソから船出した。     使徒18:21

 

  聖歌の472番に人生の海の嵐という賛美がある。「人生の海の嵐にもまれきしこの身も、不思議なる神の手により、いのち拾いしぬ。いと静けき港に着き、我はやすろう。救い主イエスの手にある身はいともやすし」

 パウロの第二回伝道旅行においては、船が度々用いられた。旅の後半に限っても、コリントからエペソまでは、およそ400キロの船旅であった。エペソはアジア州の中心都市で、ユダヤ人の会堂もたくさんある。港に着いたパウロは、すぐに会堂に入ってユダヤ人に福音を伝えた。

 これまでユダヤ人との論争では、度々非難を受けたり、口汚くののしられたりした。けれども、この時にはそうしたことが記されていない。反対に「人々は、もっと長くとどまるように頼んだ」(20) パウロはそのような人々の声を跳ね除けるようにして、再び船でカイサリアに向かった。エペソから800キロの距離である。その理由は明確ではないが、その後の行動からエルサレム教会に寄ってあいさつをし、自分たちを異邦人伝道に派遣したアンティオキア教会に帰る必要を感じていたのであろう。それを神の御心と受け止めていた。

 けれども「神の御心なら、またあなたがたのところに戻ってきます」と言っている。それは、エペソの人たちの願いを聞いて、それを神の御心の内にとらえ直そうとする言葉であった。この後、パウロは第二回の伝道旅行を終了し、間もなく第三回目の伝道旅行をスタートさせる。それはエペソを中心とした地域の伝道であった。ここにみるのは、主の御心を求め続けた伝道者パウロの姿である。

20211年06月20日

   恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。わたしがあなたとともにいるので、あなたを襲って危害を加える者はいない。この町には、わたしの民がたくさんいるのだから。 

                                                   使徒18:9.10

 

    私たちの思考や行動を停止させる要因の一つに恐れということがある。表立って口にすることはなくても、それが心の底に流れて全身を支配するのである。

 パウロがコリントで伝道をしたとき、ユダヤ人たちに口ぎたなくののしられるという経験をした。(6) そのとき、パウロは「あなたがたの血は、あなたがたの頭上に降りかかれ」と言っている。それは同胞ユダヤ人に対し、神の裁きがあるようにと断罪した言葉であった。それがどのように跳ね返ってくるか予想するとき、パウロはコリントでの伝道の継続は困難と考えていたのであろう。

 けれども神は、パウロに「語り続けなさい。黙ってはいけない」と幻で示された。ここに御言葉そのものが持つ力が示されている。それは「私の民」を救いに導くものである。それ故、困難はあっても御言葉は語り続けられなければならなかった。

 また神は、恐れに満たされているパウロが、そこから解放されるために御自身の臨在を示して励まされた。「わたしがあなたと共にいるので、あなたを襲って危害を加える者はいない」

​((18:10)

  パウロはピリピで鞭打たれ投獄されている。(16:23) また同じようなことが起きるのではないかという恐れがあったかも知れない。けれども、そのようなことはないと神が否定された。それは主ご自身がパウロと共におられる証しとなってパウロを守られると約束された。以後、危機的な状況に陥ることがあっても、出エジプトにおいて雲の柱と火の柱がイスラエルを守られたように、神はパウロの働きを守られた。

2021年06月13日

神はそのような無知の時代を見過ごしておられましたが、今はどこでも、すべての人に悔い改めを命じておられます。  使徒17:29

 

 福音を知らないときに、神に対する無知と無関心が大きな罪であると悟ることはない。義なる神が、その罪を裁かれるという発想を持つこともないだろう。経験から言えば、神を知る前にはその無知自体が自覚されることは少しもなかった。それは厚顔な自己肯定の堅い壁に守られていた。けれども、福音を聴くとき、神の前に今の自分のあり方が一対一で鋭く問われる。神の前における不信の罪は、許容されているのではなく、悔い改めによって方向転換するよう備えられていると知るからである。この場合、神に対して無知であることは、それ自体に価値や意味があることではない。

 パウロが語る福音は、彼らの意識の底にある自己肯定の罪を指摘する。それが形となったのが神話に登場する神々であり、その神々は真の神の姿を失わせていた。福音は、そのような人の心の暗部を照らし出し、光の中に導くものである。この悔い改めは、神が全ての人に命じていることである。そこに全ての人に対して分け隔てなく愛される神の御心がある。

 ギリシャ人はユダヤ人のような選民意識は持たなかった。けれども、先祖から伝わる神々の系譜に自分たちのアイディンティティーを重ねていた。ここで問われているのは、神の前に不信と無知を重ねている自己の姿である。その罪は、自分の意識の中で取り去ることはできない。ただ、主イエスの十字架による贖いと血による清めだけが可能とする。今、求められているのは、この福音によっての方向転換である。それは多くの人に神のいのちに生きることの確証となっている。

 

2021年06月07日

 この町のユダヤ人は、テサロニケにいる者たちよりも素直で、非常に熱心にみことばを受け入れ、はたしてそのとおりであるかどうか、毎日聖書を調べた。  使徒17:11

 

   生まれたばかりの赤子は、懸命に乳を吸うことによって成長する。何かの理由で、それをやめてしまったら、そのときから命の危険に晒されてしまう。キリスト者にとって霊の乳となるのが御言葉である。(第一ペテロ2:2)

 パウロとシラスがテサロニケの会堂で、聖書に基づいて福音を語ったとき、ある人たちは信じてその教えに従った。けれども、ねたみにかられたユダヤ人たちが、パウロとシラスに立ち向かい、暴動を起こしてその責任を二人に負わせようとした。

 そのためパウロとシラスは、テサロニケからベレアに移って伝道した。同じように会堂に入って、聖書から「イエスこそキリストです」と説明した。これを聞いたベレアの人たちは、「素直で非常に熱心にみことばを受け入れた」。そこには、テサロニケのある人たちのように最初から心を閉ざしたり、偏見をもって活動を妨害するようなことはなかった。むしろ、「はたしてそのとおりであるかどうか、毎日聖書を調べた」

 教えられたことを鵜呑みにするのではなく、積極的に自分たちで真理を確かめることがされた。このような姿勢は、信仰が確立するために極めて重要なことである。当時は、聖書は極めて高価なもので、誰でも手にするようなものではない。パウロの言葉を受けて、それを聖書から調べるため、毎日、会堂に集まっていたであろう。その結果、自分で納得して信じた。この御言葉を学ぶことの熱心さが、教会の基礎を築いていった。この後、パウロがアテネに逃れるとき、べレアの信徒が道案内をしている。(15)また第三回伝道旅行においては、ベレアの信徒が、ギリシャからシリアに向かうパウロたちの旅に同行した。(20:4)

2021年05月30日

    二人は言った。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」 使徒16:31

 

    自分の人生に何の心配もしていなかったのに、突然、闇に突き落とされるようなことがある。その時には自分を支えていた土台さえも揺れ動き、それは古くて脆い土塀のように粉砕されてしまう。

 牢獄の看守は、地震が発生するまで安眠していた。パウロとシラスが牢獄の奥で祈りながら賛美している声も、囚人たちが夜中でありながら、その声に聞き入っている様子も看守には届いていなかった。

 けれどもその時に発生した地震は、牢獄の土台を揺れ動かしたばかりではなく、ローマに頼りきった看守の生き方を根本から揺り動かした。目覚めると牢獄の扉が開き、囚人を繋ぎ留めておいた鎖が抜け落ちていたからである。それをみた看守は、囚人たちは皆逃げてしまったと判断した。咄嗟に自らの責任の重大さに気が付き剣を手にして自害しようとした。それはローマの処罰が家族にまで及ぶのを防ぐためであったろう。そのとき、パウロの声が牢獄に鳴り響いた。

 「自害してはいけない。私たちはみなここにいる。」(28)

 看守は明かりを求めて声のする方向を見つめた。暗がりに目が慣れてくると、囚人たちは鎖が解かれたまま、全員そこにいたのがわかった。恐れを抱いた看守は言った。

 「先生方、救われるために何をしなければなりませんか」(30)

 二人は「主イエスを信じなさい」と答えた。これは主イエスの御名の上に人生を築きなさいという意味である。「そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます」という福音による神の恵みが示された。看守はこの瞬間に人生の一大転機を迎えた。それは彼とその家族に大きな喜びをもたらした。

2021年05月23日

   わたしが父にお願いすると、父はもう一人の助け主をお与えくださり、その助け主がいつまでも、あなたがたとともにいるようにしてくださいます。  ヨハネ14:16


 五旬節(ペンテコステ)と呼ばれるイスラエルの祭りの日、突然、天から大音響を伴う風が吹いてきて、信者の上に火のようなものがとどまった。そこで人々は聖霊に満たされた。(使徒2:1~4) それは主イエスが十字架にかけられる前に、弟子たちに告げられた父なる神の約束である。

「父はもう一人の助け主をお与えくださり、その助け主がいつまでも、あなたがたとともにいるようにしてくださいます。」
 ペンテコステとは第50という意味で、昔、モーセに率いられたイスラエルの民が奴隷とされていたエジプトを脱出したときから数えている。出エジプト記によれば、
民はエジプトを出て50日目にシナイ半島にあるシナイ山において神から民族の柱となる律法を授与された。ペンテコステはこの記念日で、七週の祭」または「刈り入れの祭」として長く祝われてきた。「刈り入れの祭り」と結びつくのは、イスラエルの祭りは、歴史的な出来事が1年のサイクルで回る農耕作業と結びついて設定されているからである。この祭は大麦の収穫の終わりであると共に、小麦の刈り入れの始まりを告げていた。新約的な意味では、諸国の霊的な刈り入れということができる。
 ペンテコステの出来事は、信者が聖霊によって律法を心に刻まれ、キリストの証人として宣教の働きに召し出されることを意味している。主イエスは聖霊のことを「もうひとりの助け主」(パラクレートス)と言われた。パラは別に並んでの意味であり、クレートスは慰め主、
励まし主、癒し主、弁護者とも訳される。
 キリスト教信仰とは、この聖霊によって共におられる神の現実を生きることに他ならない。それ故、すべてのキリスト者は、御霊の導きと助けによってキリストの証人となり、積極的に主をあかしする者とされた。また、キリスト者は、聖霊の助けと導きにより主を深く知ることができるようになる。このようにして、恵みに恵みが加えられていくのである。
 

2021年05年16日

   リディアという名の女の人が聞いていた。ティアティラ市の紫布の商人で、神を敬う人であった。主は彼女の心を開いて、パウロの語ることに心を留めるようにされた。

            使徒16:14

 

    アジアからヨーロッパへの宣教の拡大は、ピリピの町における一人の女性の回心から始まった。リディアという名のこの女性は、「ティアティラ市の紫布の商人」とある。

 ティアティラは、小アジア西部の町であるから、アジアとマケドニアに跨る海を往来して商業活動をしていたのであろう。

 その商品は紫布であった。これは地中海のアッキ貝からとれる微量の色素を染料としたもので、非常に高価なものとされていた。ただし、リディアが扱った紫布は、ティアティラで生産されたもので、この地方からとれるあかね草を原料そしたものと思われる。(聖書辞典)

    ピリピの町に入ったパウロたちは、安息日に祈りの場を求めて河原にきた。町の中にはユダヤ人の会堂がなかったからである。そこで祈った後であろうが、川岸に行き、そこに腰を下ろして集まってきた女たちに福音を話した。その中にリディアがいて、彼女はパウロが語る言葉に耳を傾けた。このとき「主は彼女の心を開いて」とある。

 それは聖霊によって、御言葉がしっかりとリディアの心の中に受け止められたことを示している。御言葉による救いの確信は、彼女とその家族の者たちがバプテスマを受けたことで証しされた。またリディアはその喜びからパウロの一行を自分の家に招き迎えた。「私が主を信じる者だとお思いでしたら、私の家に来てお泊りください」

 以後、リディアはピリピ教会の中心となり、パウロの宣教を支えていく。パウロにとって大きな励ましであり続けた。

2021年05月09日

   パウロがこの幻を解き見たとき、私たちはマケドニアに渡ることにした。彼らに福音を宣べ伝えるために召しておられるのだと確信したからである。 使徒16:10

 

 主イエスの信仰者は、様々な困難や試練を通して主の召しの導きを受けることがある。そうしたときには、初めは好ましく思わなかったことも、主が共におられたことの証しへと変えられる。

 リステラを出発したパウロとシラスは、「アジアでみことばを語ることを聖霊によって禁じられた」。(6) そのため、「フリュギア、ガラテヤの地方を通っていった」それは大回りではあるけれど、先に巡回した地を訪問するという当初の目的を果たすためであった。ところが、ミシアからビテニアに進もうとしたときに、「イエスの御霊がそれを許さなかった。」(7) このため、「ミシアを通って、トロアスにくだって行った」(6)

 おそらくパウロたちは、この港から出る船でキプロスに行こうとしていたのであろう。ところが、乗ろうとしていた船が出るのを待っていたある日のこと。パウロは反対方向にあるマケドニア人の幻を見た。「渡ってきて助けてほしいと懇願する」姿である。パウロは、その幻に非常に驚き、一緒に伝道旅行をしていたメンバーとそのことを分かち合って、主の御心を求めた。ここでの表現は「私たち」であり、そこに著者であるルカが新しく加わっている。

 そこで得られた「私たち」の結論は、「彼らに福音を宣べ伝えるために、神が召しておられる」という確信であった。これまで途中で道が閉ざされたことも、御霊に禁じられたことも、この働きを急いで実行するためであったと理解した。

 それで「ただちにマケドニアに出かけることにした」他に寄り道をしている暇はない。福音宣教は急を要していた。その応答により、アジアからヨーロッパに展開する新しい宣教の歴史が切り開かれた。