2021年09月19日

   すると主は私に、「行きなさい。わたしはあなたを遠く異邦人に遣わす」と言われました。 使徒の働き22:21

 

    日本同盟基督教団の歴史は、1891年11月にアメリカにあったスカンジナビアン・アライアンス・ミッションから宣教師が日本に遣わされたことに始まる。今年は、その15名が横浜に上陸したときから130周年となり、今週リモートで記念大会が行われる。

 キリスト教の宣教は、主によって働き人が遣わされるところから始まる。パウロは、異邦人のための働き人として主に選ばれた器であった。けれども、当初、パウロ自身の思いとしては、同胞であるユダヤ人に福音を証しする思いの方が強かった。律法について学びを重ねていたことや、キリスト者を迫害してきたことは、ユダヤ人に福音を説き、説得するために有効であると考えていたからである。(使徒22:19~20)

 そのため夢の中で主から「急いでエルサレムを離れなさい」と言われても、直ちに従うことができないでいた。パウロ自身の中には、ユダヤ人に福音を語ることで、いのちを奪われてもいいぐらいの熱い情熱を注いでいた。「証しを人々が受け入れない」(18)ことは、エルサレムを離れる理由にならないと思っていたのかも知れない。

 けれども、主はパウロに「行きなさい。わたしはあなたを遠く異邦人に遣わす」(21)と言われた。異邦人に福音を証しすることは、パウロの頭になかったことであり、異邦人を相手に聖書を語ることでは、聖書の知識とかキリスト者を迫害して回心した経験といったことは、役に立つことではないように思われたであろう。けれども主は「行きなさい。わたしがあなたを遠く異邦人に遣わす」と言われた。パウロは、その言葉を信じて行動したことを強調している。

 130年前、横浜港に到着した宣教師たちは、日本語もわからず、日本についての知識もほとんどなかったという。それでも主によって遣わされることに、新しい宣教の業が展開することを信じて行動した。無鉄砲と言われたこともあったが、そこから教団の基礎が据えられたことの意義は大きい。

2021年09月12日

    彼はこう言いました。「私たちの父祖の神は、あなたをお選びになりました。あなたがみこころを知り、義なる方を見、その方の口から御声を聞くようになるためです。

               使徒22:14

 

   どんなに目がいい人であっても、光がなければ何も見ることができない。多くの知識や経験を積んでいても、闇の世界から解放されなければ、神の業を知ることはない。

 パウロは回心したとき、アナニアがそばに立って「兄弟サウロ、再び見えるようになりなさい」と言った。(13) そこでパウロは見えるようになったのだが、それはそれまで生きてきた世界を神の視点からみることであった。それまでは自分の思いだけが先行し、神への正しい向き合い方ができなかった。その結果、キリストの体である神の教会を迫害する者となっていた。

 しかし神はそのようなパウロを裁くことをしないで、忍耐をもって回心に導かれた。そして異邦人に福音を伝える選びの器として立てられた。「私たちの父祖の神は、あなたをお選びになりました」

 選びは神の憐みと恵みに起因している。本来ならこのような働きに決して選ばれる者ではない。それがあえて選ばれるのは、神の非常手段としてである。そこには神の民イスラエルと神のみこころに決定的な乖離があった。

 そうした中で選ばれたパウロは、自ら「みこころを知り、義なる方を見、その方の口から御声を聞く」ことが求められる。

 人の思いを排除して、神と一対一で向き合うのである。そこで聖霊の助けを受けながら御言葉による確信を受ける。これは他の何ものにも動じない生き方の基礎を作り出す。

 神からの使命を受けて働くことは、なんとすばらしく恵みに満ちていることか。

2021年09月05日

   パウロは答えた。「私はキリキアのタルソ出身のユダヤ人で、れっきとした町の市民です。お願いです。この人たちに話をさせてください。 使徒21:39

 

    人は困難や危機に追い込まれる中で、その真実な姿が明らかにされるのではなかろうか。そこでは上辺や建て前は通用しない。

 パウロは、アジアから来たユダヤ人たちが起こした騒動により、民衆に殺されそうになった。(使徒21)危機一髪のところで難を逃れたのは、ローマの千人隊長がそこに駆けつけたことによる。千人隊長は、騒動の原因が何であるかを調べるため、パウロの身を群衆から引き離して兵営の中に移そうとした。

 このときパウロは二本の鎖で繋がれていたが、兵営の前の階段にさしかかったとき、兵士たちは彼をかつぎ上げなければならなかった。群衆が「殺してしまえ」と叫びながら、ついて来たからである。(36)

 もしパウロが自分の身の安全を最優先にしていたら、一刻も早く兵営の中に逃れることを望んだであろう。しかしこの状況でパウロが千人隊長に願ったことは、「この人たちに話をさせてください」ということであった。

 群衆はパウロを訴えるため、それぞれが違ったことを叫び続けていた。そうした中でパウロ自身が彼らに弁明する機会は与えられていなかった。けれども、兵営の前の階段を上りきったところで、一瞬、群衆に語りかけることができる環境が整った。ローマの兵士たちが、パウロをガードしていて、パウロは階段の高い位置に立ったからである。そこから民衆に語りかけることができる。

 パウロは、その一瞬を見逃さないで自分の救いを証しする機会とした。一歩進めば兵営の中で身の安全が保障される。けれども階段の上の所では、なおいのちを奪おうとする人たちに身を晒すことになる。著者のルカは、千人隊長が発した「あなたはあのエジプト人ではないのか」という問によって、エジプト人であった暴徒の首領とパウロを対比させている、そのエジプト人人は自分に危機が迫ると、仲間を見捨てて身を隠していた。パウロの行動は、自分が犠牲になっても、ユダヤ人に福音を語ることであった。それは、いのちを狙うユダヤ人も救いに導こうとする愛から出ている。

2021年09月05日

  そこでパウロはその人たちを連れて行き、翌日、彼らと共に清めて宮に入った。そして、いつ、清めの期間が終わって、一人ひとりのためにささげものをすることができるかを告げた。使徒21:25

 

    福音は文化を新しく塗り替えていく。その過程で全く捨て去られるものもあるが、そうではなく、文化を取り入れながら福音の意味の中に新しく意味づけされることがある。福音がより広く理解されるためである。

 ユダヤ人にとって律法は民族の存立基盤であり、生活の隅々に渡る文化の根幹になっていた。パウロがエルサレム教会を訪問したとき、ユダヤ人キリスト者の中には、パウロがモーセの律法を守っていないという噂が広まっていた。そこでパウロと面会した長老たちは、パウロたちの働きを労いながら、噂のためにパウロを詰問するのではなく、誤解を解くための提案をした。それはナジル人の誓願を立てている4人のために、パウロ自身が身をきよめ、その儀式のため頭を剃る費用を彼が支出するということであった。これによるユダヤ人へのあかしの効果は絶大で、「あなたも律法を守って正しく歩んでいることが皆にわかるでしょう。」(24)とある。

 パウロは、ガラテヤ人への手紙で「あなたがたが御霊を受けたのは、律法を行ったからでしたか、それとも信仰をもって聞いたからですか」(3:2)と問う。けれども、ユダヤ人キリスト者である長老たちを前にしたこの場面で、そのような議論を展開したりはしない。問題になっていたのはパウロの噂に関することであって、救いの根幹についての信仰理解ではなかったからである。パウロは、神のための聖別、神への献身、祈りは律法から引き継がれるべきものと考えた。そこで長老たちの提案を受け入れ、自分自身も宮に入るために身を清めた。エルサレムを離れて5年間にもなって、律法により汚れていると判断されたからである。パウロは、福音により一人でも多くユダヤ人を救いに導きたいと願っていた。

​「私は…ユダヤ人にはユダヤ人のようになりました。ユダヤ人を獲得するためです。律法の下にある人たちには、 ー私自身は律法の下にはいませんがー  律法の下にある者のようになりました。律法の下にある人たちを獲得するためです。」(Ⅰコリント9:20)

2021年08月22日

  するとパウロは答えた。「あなたがたは、泣いたり私の心をくじいたりして、いったい何をしているのですか。私は主イエスの名のためなら、エルサレムで縛られるだけではなく、死ぬことも覚悟しています。使徒21:13

 

    真実と真実が正面からぶつかり合うことがある。それは信仰者の間においても起こり得て両者は一歩も引かない。

 パウロの一行がカイサリアにいたときのことである。預言者アガポが上って来て、パウロがエルサレムで受ける迫害について預言した。これを聞いた皆は、パウロに「エルサレムには上っていかないようにと懇願した」(12) その説得にはこれまでパウロに同行してきた人も加わり、涙ながらに訴えた。

 そうした行為はパウロのことを愛しているからのことであり、これからの旅において無事であってほしいという真心から出たものである。一方においてパウロは、危険が予想される状況においても、どうしてもエルサレムに行かなければならないと心に決めていた。そうした中で同行者を含めて自分を引き留める人たちを、如何に感謝して受け止めたか知れない。けれども 「あなたがたは泣いたり私の心をくじいたりして、いったい何をしているのですか」とパウロは言う。これはパウロが、周りの人たちの意見を聞かない頑固者ということではない。「心くじかれる」とあるように内心では深く心動かされていたことが知られる。しかし、そうした思いを振り切るようにパウロは決断を表明した。

 「私は主イエスの名のためなら、エルサレムで縛られるだけではなく、死ぬことも覚悟しています」

 この言葉からは、主イエスのためにと考えるパウロの覚悟が伝わってくる。そこに主イエスがエルサレムに向かったときの姿が重なっている。(ルカ18:31~34) パウロの死生観と生き方がそこにあった。

2021年08月15日

   あなたがたは自分自身と群れの全体に気を配りなさい。神がご自分の血をもって買い取られた神の教会を牧させるために、聖霊はあなたがたを群れの監督にお立てになったのです。                                                                                                      使徒20:28

 

    教会は誰のものであるのか。これは教会論の根本であり、その部分を間違うと教会は教会でなくなる。教会は人の集まりが自然発生的に発展したものではなく、神が最大限の愛と犠牲を払ってご自身の所有とされたものである。「神がご自分の血をもって買い取られた神の教会」(28)とある。

 このときパウロはミレトスにいて、エペソの教会の長老たちは、パウロの呼びかけによってそこに集まっていたのである。パウロはその長老たちに「聖霊はあなたがたを群れの監督にお立てになった」という。長老たちがどのようにして選ばれたのかはわからない。勿論、信仰によっているのだけれど、人間的な経緯が含まれていたかも知れない。

 パウロ自身、エペソを離れていた期間のことを、詳細に把握していたのではなかろう。たとえそうであったとしても、この長老たちは聖霊によって「群れの監督」とされたのだという。監督はギリシャ語ではエピスコポスという言葉であり、「注意して見張る者」という意味である。赤ちゃんを見張る親の視線を疑う者はいない。それが危険を排除する。

 ここに建てられた監督は、神によって立場が信任され、役割を委譲させられたのである。

そのことを信仰をもって受け止めるとき、神によって注がれた絶大な愛を理解することができる。そして「自分自身と群れの監督」としての職務に忠実であろうとする。反対にそこから離れたら、信仰の破船に遭ってしまう。エペソ教会には、そうした者たちがいたことが警告されている。(第一テモテ1:19,20)

2021年08月08日

  

   けれども、私が自分の走るべき道のりを走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音を証しする任務を全うできるなら、自分のいのちは少しも惜しいとは思いません。

              使徒20:24

 

    人生に望むものは何であろうか。人によって求めるものは違っているが、できるなら安全な航路を選択するのではなかろうか。パウロがエルサレムに向かったとき、そこに危険が待ち構えていることを承知していた。「鎖と苦しみが私を待っている」(23)

 それでもあえてエルサレム行きを決行したのは、「自分の走るべき道のりを走り尽くす」ためである。実際的には、マケドニアの諸教会で集めた献金をエルサレム教会に届けることであり、それは異邦人教会とエルサレム教会が、信仰において一つであるという「神の恵みの福音を証し」することであった。エルサレム教会は窮乏していた。それを知りながら、異邦人教会の恵みに安んじて何もしないことは、恵みの福音に生きることではないと考えたのだろう。

エルサレム教会へ献金を届けることは、福音の証しに生きることの実質をあらわすことでもあった。福音が語る神の愛は言葉や口先で愛するものではないからである。

 ここに神の定めた目標に向かって、わき目を振らずに一心に向かっているパウロの姿がある。パウロにとって、福音宣教の任務を受けたことは、神の愛そのものであり、その期待に応えることこそが最大の喜びであった。そのため、自分の中でどんなに犠牲が払われようと問題ではない。「自分のいのちは少しも惜しいとは思いません」(24)

 人はいのちが如何に大事なものかを知っている。それに代わるものはないと考えている。けれどもそれは神から離れた自己が持ついのちである。それがキリストによって、神のいのちに生かされるとき、私たち自身のいのちの価値と目標が新しくされる。

  「自分のいのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしと福音のためにいのちを失う者はそれを救うのです。」(マルコ8:35)

2021年08月01日

   しかし、パウロは降りて行って彼の上に身をかがめ、抱き抱えて「心配することはない。まだいのちがあります」と言った。  使徒20:10

 

    突然の出来事に、右往左往してしまうということがある。目の前に起きている出来事に圧倒されて茫然自失ということもあろう。しかしそのようなときこそ、主への信仰が試されるともいえる。

 パウロがトロアスで集会を開いていたとき、ユテコという青年が三階から落ちてしまった。この青年は聴衆の一人であったのだが、窓際に腰を下ろしていたことからわかるように真剣さという点ではだいぶ引けている。ところがパウロの話が長く続くので、ひどく眠気がさし、とうとう眠り込んでしまった。それが原因で三階から下に落ちたので本人の過失による事故となる。これに気がついた人たちが、駆け下りて青年を抱き起してみると、青年は死んでいた。(9) 全身打撲で心肺停止の状態であり、医師であったルカも死を認めるものであった。

 そこへパウロが降り行って、「彼の上に身をかがめ、抱き抱えて『心配することはない。まだいのちがあります』と言った。」

 パウロは、この青年のために心底から主の憐みを願った。それが「彼の上に身をかがめ」ということであり、信仰による癒しを求めたのである。それは預言者エリヤが、ツャレファテの女の息子を死から生き返らせたことを思い返させる。(列王第一17:21,22)

 パウロの祈りの中で青年は息を吹き返した。主はパウロの祈りを聞かれた。この青年がユテコという名前であったとされている。落ちた経緯が詳しく述べられているのも、青年が生存しあかししたからであろう。そうであれば、彼は神の言葉に真剣に向き合ったに違いない。

 このところでパウロがとった行動は、彼が如何に主を信頼し、主の助けを求めていたかをあらわしている。人々が平静さを失う出来事の中でも、その確信は少しも変わらない。そうした信仰の姿勢が、この青年を真に死からいのちに導いたのである。

2021年07月25日

   これらのことであった後、パウロは御霊に示され、マケドニアとアカイアを通ってエル

サレムに行くことにした。そして「私はそこに行ってから、ローマも見なければならない

と言った。」   使徒19:21

 

  宣教には、御霊によるビジョンと戦略が必要である。行き当たりばったりでは、効果的な働きを期待することはできない。

  パウロは、エペソでの伝道を3年間過ごした後、御霊に示されてマケドニアとアカイアを通ってエルサレムに行くことにした。

   実際にこの後、パウロはマケドニアに渡り、そこから下ってアカイアのコリントに行き教会の指導をした。その後エルサレムに上るのは、託された献金をエルサレム教会に届けるためであった。

​ このような大移動を念頭に置きながら、21節には「私はそこに行ってから、ローマも見なければならない」とある。ここから知れるように、パウロは福音宣教の戦略として、大都市に中心となる教会を築くことを考えていたようである。アジアの中心であるエペソ、マケドニアとアカヤの中心となるコリント、そしてローマ帝国の中心であるローマである。

​ けれども、ローマはエルサレムへの途中にあるのではない。その旅程からすれば全く逆方向である。エルサレムからローマだけでも2500キロはある。北海道の北端から九州の南端まで1800キロであるから、ローマは更に1000キロ先ということになる。しかもパウロに追随しているアキラとプリスキラは、ユダヤ人であるためローマから追放されていた。ユダヤ人排斥の情報からしてもローマ行きは困難であった。しかしパウロは、御霊の示しによって、それを不可能と考えない。神の御心として福音が伝えられなければならないからである。使徒の働きは、その計画が実現したことを明らかにしている。

 

2021年07月18日

   そして、信仰に入った人たちが大勢やってきて、自分たちのしていた行為を告白し、明

らかにした。 使徒19:18

 

  主イエスの名は、闇の力に支配されていた人たちを光の世界に引き出していく。サタンの業を打ち砕き、神の業に招き入れる。

 パウロがエペソで福音を力強くあかししていたとき、神への信仰を切り離してイエスの名を用いようとしていた人たちがいた。

 「巡回祈祷師」と呼ばれる人たちで、前の訳では「魔除け祈祷師」とある。この人たちは権威ある誰かの名をとなえて魔除けの祈りをしていた。彼らは、イエスの名による奇跡がパウロによって著しくされているのを見聞きして、自分たちも同じようにイエスの名を使って悪霊につかれた人の悪霊を追い出そうとした。

 けれども悪霊は、「イエスのことは知っているし、パウロのこともよく知っている。しかしおまえは誰だ。」と返答し、巡回祈祷師たちを押さえつけ、打ち負かしてしまう。

 イエスの名は単なる記号ではない。主イエスの死と復活に結び付き、信仰を告白する者の中に聖霊の証印が押されている。

 巡回祈祷師たちは、パウロが行う奇跡を表面的にだけとらえていた。そのため、自分たちもイエスの名を用いれば同じことができると考えたのであった。

 今日の私たちの社会でも、キリスト教の表面的な部分だけをまねて、生活の中にとり入れようとする傾向がある。しかし、そこにはイエスの名による恵みの力を見ることはできない。結果として、期待外れの失望だけが残るであろう。

 エペソの人たちは、巡回祈祷師たちの失敗を反面教師として、自分たちの神への信仰を刷新することができた。「信仰に入った人たちが大勢やってきて、自分たちのしている行為を告白し、明らかにした。」(18)

 イエスの名が神への方向転換を促し、罪からの赦しと信仰の告白がされたのである。宣教が一気に進み、そこに新しい神の民が備えられていく。

2021年07月11日

   これを聞いた彼らは、主イエスの名によってバブテスマを受けた。 使徒19:5

 

   キリスト者であるといいながら、主イエスへの信仰を倫理的な教えの領域に留めて理解していることがある。そこでは罪の悔い改めがあり、キリストの愛が教えられている。けれどもキリストの死と復活が自分と直接的に結びついていないため、キリストにあるいのちの輝きを失っているのである。

 パウロがガラテヤ地方を巡回しながらエペソに来たとき、何人かの弟子たちに「信じたとき、聖霊を受けましたか」と尋ねた。

 このような質問をしたのは、そこで出会ったキリスト者たちがキリストのいのちに生かされているようでなかったからであろう。この人たちは、パウロの問に「信じたときヨハネのバプテスマを受けました」と答えている。彼らはキリストの弟子であり、バプテスマのヨハネの弟子であるというのではない。ただ信仰の中心を罪の悔い改めに置いていた。それは「主の道を用意する」(マタイ3:3)という点では正しいが、キリストに結び付くことでは重要な点が欠落している。キリストの死と復活の出来事が、私という存在との関わりで明確にされず、あいまいに捨て置かれているからである。

 「キリスト・イエスにつくバプテスマを受けた私たちはみな、その死にあずかるバプテスマ

を受けたのではありませんか。」(ローマ6:3)

  パウロは、エペソの弟子たちに主イエスの名によってバプテスマを授けた。それは主イエスと共に罪に死に、共に葬られ、共によみがえるという信仰においてである。そこで神の前に罪が赦され、神のいのちに生かされる。それは宗教的な観念とか、哲学的な思惟でない現実である。そのことは主イエスの名によるバプテスマを受けたとき、聖霊のバプテスマを受けることによって客観視された。

 「聖霊が彼らに臨み、彼らは異言を語ったり、預言をしたりした」(19:6)

 この出来事により、ルカは主イエスの名によるバプテスマがキリストとの生きた関係であることを強調している。聖霊が注がれたのは神の約束の保証のためである。ここで重要なのは、主イエスと私の結合であり、異言や預言を求めることではない。異言や預言は、今日においてはそのまま適用されるものではない。ただし聖霊によるキリストとの生きた関係は、初代教会と今日では少しも変わることがない。

2021年07月04日

   彼は会堂で大胆に語り始めた。それを聞いたプリスキラとアクラは、彼をわきに呼んで、神の道をもっと正確に説明した。     使徒18:26

 

    福音は、神との生きた信仰をもつ人の人格を通して伝えられる。単なる知識とか個人的な経験によるものではない。真の信仰者は、その違いを判別することができる。

 アポロがエペソに来て会堂で熱心に話したとき、多くの人をひき付けていた。彼は雄弁家であり、聖書に通じているばかりでなくアレキサンドリアで培った学識を身につけていた。

 けれどもプリスキラとアキラがそれを聞いたとき、そこに重要な点が抜け落ちていることに気が付いた。アポロが説教の中心においていたのは、ヨハネのバプテスマであったからである。それは主の道を備えるための悔い改めを迫る点では正しい。けれども、その後にある聖霊のパプテスマについては説明不足であった。聖霊のバプテスマは、罪を悔い改めた人が主イエスの十字架と共に死に、キリストと共に死者の中からよみがえるものである。またキリストのいのちに生かされ、信仰生活が聖霊に導かれるための神の恵みである。。

 プリスキラとアキラは、「彼をわきに呼んで、神の道をもっと正確に説明した」(26)

わきに呼んだのは、アポロに恥をかかせないための気づかいである。この夫婦は、天幕作りをする職人であったが、パウロと共に働くことで訓練を受け信徒伝道者になっていた。神は、この夫婦を用いてアポロをとり扱い、彼がより正確に福音を語ることができるよう導かれた。

 福音は難しい言葉で語られるものではないが、重要な部分を抜かしたり、誤解したままにしておくと肝心のいのちを見失ってしまうことがある。それ故、絶えず神の言葉を学び続けると共に、生きた信仰の友との交わりが必要である。今日において、プリスキラとアキラの働き​が求められる所以である。

2021年06月27日

 「神のみこころなら、またあなたがたのところに戻って来ます。」と言って別れを告げ、

エペソから船出した。     使徒18:21

 

  聖歌の472番に人生の海の嵐という賛美がある。「人生の海の嵐にもまれきしこの身も、不思議なる神の手により、いのち拾いしぬ。いと静けき港に着き、我はやすろう。救い主イエスの手にある身はいともやすし」

 パウロの第二回伝道旅行においては、船が度々用いられた。旅の後半に限っても、コリントからエペソまでは、およそ400キロの船旅であった。エペソはアジア州の中心都市で、ユダヤ人の会堂もたくさんある。港に着いたパウロは、すぐに会堂に入ってユダヤ人に福音を伝えた。

 これまでユダヤ人との論争では、度々非難を受けたり、口汚くののしられたりした。けれども、この時にはそうしたことが記されていない。反対に「人々は、もっと長くとどまるように頼んだ」(20) パウロはそのような人々の声を跳ね除けるようにして、再び船でカイサリアに向かった。エペソから800キロの距離である。その理由は明確ではないが、その後の行動からエルサレム教会に寄ってあいさつをし、自分たちを異邦人伝道に派遣したアンティオキア教会に帰る必要を感じていたのであろう。それを神の御心と受け止めていた。

 けれども「神の御心なら、またあなたがたのところに戻ってきます」と言っている。それは、エペソの人たちの願いを聞いて、それを神の御心の内にとらえ直そうとする言葉であった。この後、パウロは第二回の伝道旅行を終了し、間もなく第三回目の伝道旅行をスタートさせる。それはエペソを中心とした地域の伝道であった。ここにみるのは、主の御心を求め続けた伝道者パウロの姿である。

20211年06月20日

   恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。わたしがあなたとともにいるので、あなたを襲って危害を加える者はいない。この町には、わたしの民がたくさんいるのだから。 

                                                   使徒18:9.10

 

    私たちの思考や行動を停止させる要因の一つに恐れということがある。表立って口にすることはなくても、それが心の底に流れて全身を支配するのである。

 パウロがコリントで伝道をしたとき、ユダヤ人たちに口ぎたなくののしられるという経験をした。(6) そのとき、パウロは「あなたがたの血は、あなたがたの頭上に降りかかれ」と言っている。それは同胞ユダヤ人に対し、神の裁きがあるようにと断罪した言葉であった。それがどのように跳ね返ってくるか予想するとき、パウロはコリントでの伝道の継続は困難と考えていたのであろう。

 けれども神は、パウロに「語り続けなさい。黙ってはいけない」と幻で示された。ここに御言葉そのものが持つ力が示されている。それは「私の民」を救いに導くものである。それ故、困難はあっても御言葉は語り続けられなければならなかった。

 また神は、恐れに満たされているパウロが、そこから解放されるために御自身の臨在を示して励まされた。「わたしがあなたと共にいるので、あなたを襲って危害を加える者はいない」

​((18:10)

  パウロはピリピで鞭打たれ投獄されている。(16:23) また同じようなことが起きるのではないかという恐れがあったかも知れない。けれども、そのようなことはないと神が否定された。それは主ご自身がパウロと共におられる証しとなってパウロを守られると約束された。以後、危機的な状況に陥ることがあっても、出エジプトにおいて雲の柱と火の柱がイスラエルを守られたように、神はパウロの働きを守られた。

2021年06月13日

神はそのような無知の時代を見過ごしておられましたが、今はどこでも、すべての人に悔い改めを命じておられます。  使徒17:29

 

 福音を知らないときに、神に対する無知と無関心が大きな罪であると悟ることはない。義なる神が、その罪を裁かれるという発想を持つこともないだろう。経験から言えば、神を知る前にはその無知自体が自覚されることは少しもなかった。それは厚顔な自己肯定の堅い壁に守られていた。けれども、福音を聴くとき、神の前に今の自分のあり方が一対一で鋭く問われる。神の前における不信の罪は、許容されているのではなく、悔い改めによって方向転換するよう備えられていると知るからである。この場合、神に対して無知であることは、それ自体に価値や意味があることではない。

 パウロが語る福音は、彼らの意識の底にある自己肯定の罪を指摘する。それが形となったのが神話に登場する神々であり、その神々は真の神の姿を失わせていた。福音は、そのような人の心の暗部を照らし出し、光の中に導くものである。この悔い改めは、神が全ての人に命じていることである。そこに全ての人に対して分け隔てなく愛される神の御心がある。

 ギリシャ人はユダヤ人のような選民意識は持たなかった。けれども、先祖から伝わる神々の系譜に自分たちのアイディンティティーを重ねていた。ここで問われているのは、神の前に不信と無知を重ねている自己の姿である。その罪は、自分の意識の中で取り去ることはできない。ただ、主イエスの十字架による贖いと血による清めだけが可能とする。今、求められているのは、この福音によっての方向転換である。それは多くの人に神のいのちに生きることの確証となっている。

 

2021年06月07日

 この町のユダヤ人は、テサロニケにいる者たちよりも素直で、非常に熱心にみことばを受け入れ、はたしてそのとおりであるかどうか、毎日聖書を調べた。  使徒17:11

 

   生まれたばかりの赤子は、懸命に乳を吸うことによって成長する。何かの理由で、それをやめてしまったら、そのときから命の危険に晒されてしまう。キリスト者にとって霊の乳となるのが御言葉である。(第一ペテロ2:2)

 パウロとシラスがテサロニケの会堂で、聖書に基づいて福音を語ったとき、ある人たちは信じてその教えに従った。けれども、ねたみにかられたユダヤ人たちが、パウロとシラスに立ち向かい、暴動を起こしてその責任を二人に負わせようとした。

 そのためパウロとシラスは、テサロニケからベレアに移って伝道した。同じように会堂に入って、聖書から「イエスこそキリストです」と説明した。これを聞いたベレアの人たちは、「素直で非常に熱心にみことばを受け入れた」。そこには、テサロニケのある人たちのように最初から心を閉ざしたり、偏見をもって活動を妨害するようなことはなかった。むしろ、「はたしてそのとおりであるかどうか、毎日聖書を調べた」

 教えられたことを鵜呑みにするのではなく、積極的に自分たちで真理を確かめることがされた。このような姿勢は、信仰が確立するために極めて重要なことである。当時は、聖書は極めて高価なもので、誰でも手にするようなものではない。パウロの言葉を受けて、それを聖書から調べるため、毎日、会堂に集まっていたであろう。その結果、自分で納得して信じた。この御言葉を学ぶことの熱心さが、教会の基礎を築いていった。この後、パウロがアテネに逃れるとき、べレアの信徒が道案内をしている。(15)また第三回伝道旅行においては、ベレアの信徒が、ギリシャからシリアに向かうパウロたちの旅に同行した。(20:4)

2021年05月30日

    二人は言った。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」 使徒16:31

 

    自分の人生に何の心配もしていなかったのに、突然、闇に突き落とされるようなことがある。その時には自分を支えていた土台さえも揺れ動き、それは古くて脆い土塀のように粉砕されてしまう。

 牢獄の看守は、地震が発生するまで安眠していた。パウロとシラスが牢獄の奥で祈りながら賛美している声も、囚人たちが夜中でありながら、その声に聞き入っている様子も看守には届いていなかった。

 けれどもその時に発生した地震は、牢獄の土台を揺れ動かしたばかりではなく、ローマに頼りきった看守の生き方を根本から揺り動かした。目覚めると牢獄の扉が開き、囚人を繋ぎ留めておいた鎖が抜け落ちていたからである。それをみた看守は、囚人たちは皆逃げてしまったと判断した。咄嗟に自らの責任の重大さに気が付き剣を手にして自害しようとした。それはローマの処罰が家族にまで及ぶのを防ぐためであったろう。そのとき、パウロの声が牢獄に鳴り響いた。

 「自害してはいけない。私たちはみなここにいる。」(28)

 看守は明かりを求めて声のする方向を見つめた。暗がりに目が慣れてくると、囚人たちは鎖が解かれたまま、全員そこにいたのがわかった。恐れを抱いた看守は言った。

 「先生方、救われるために何をしなければなりませんか」(30)

 二人は「主イエスを信じなさい」と答えた。これは主イエスの御名の上に人生を築きなさいという意味である。「そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます」という福音による神の恵みが示された。看守はこの瞬間に人生の一大転機を迎えた。それは彼とその家族に大きな喜びをもたらした。

2021年05月23日

   わたしが父にお願いすると、父はもう一人の助け主をお与えくださり、その助け主がいつまでも、あなたがたとともにいるようにしてくださいます。  ヨハネ14:16


 五旬節(ペンテコステ)と呼ばれるイスラエルの祭りの日、突然、天から大音響を伴う風が吹いてきて、信者の上に火のようなものがとどまった。そこで人々は聖霊に満たされた。(使徒2:1~4) それは主イエスが十字架にかけられる前に、弟子たちに告げられた父なる神の約束である。

「父はもう一人の助け主をお与えくださり、その助け主がいつまでも、あなたがたとともにいるようにしてくださいます。」
 ペンテコステとは第50という意味で、昔、モーセに率いられたイスラエルの民が奴隷とされていたエジプトを脱出したときから数えている。出エジプト記によれば、
民はエジプトを出て50日目にシナイ半島にあるシナイ山において神から民族の柱となる律法を授与された。ペンテコステはこの記念日で、七週の祭」または「刈り入れの祭」として長く祝われてきた。「刈り入れの祭り」と結びつくのは、イスラエルの祭りは、歴史的な出来事が1年のサイクルで回る農耕作業と結びついて設定されているからである。この祭は大麦の収穫の終わりであると共に、小麦の刈り入れの始まりを告げていた。新約的な意味では、諸国の霊的な刈り入れということができる。
 ペンテコステの出来事は、信者が聖霊によって律法を心に刻まれ、キリストの証人として宣教の働きに召し出されることを意味している。主イエスは聖霊のことを「もうひとりの助け主」(パラクレートス)と言われた。パラは別に並んでの意味であり、クレートスは慰め主、
励まし主、癒し主、弁護者とも訳される。
 キリスト教信仰とは、この聖霊によって共におられる神の現実を生きることに他ならない。それ故、すべてのキリスト者は、御霊の導きと助けによってキリストの証人となり、積極的に主をあかしする者とされた。また、キリスト者は、聖霊の助けと導きにより主を深く知ることができるようになる。このようにして、恵みに恵みが加えられていくのである。
 

2021年05年16日

   リディアという名の女の人が聞いていた。ティアティラ市の紫布の商人で、神を敬う人であった。主は彼女の心を開いて、パウロの語ることに心を留めるようにされた。

            使徒16:14

 

    アジアからヨーロッパへの宣教の拡大は、ピリピの町における一人の女性の回心から始まった。リディアという名のこの女性は、「ティアティラ市の紫布の商人」とある。

 ティアティラは、小アジア西部の町であるから、アジアとマケドニアに跨る海を往来して商業活動をしていたのであろう。

 その商品は紫布であった。これは地中海のアッキ貝からとれる微量の色素を染料としたもので、非常に高価なものとされていた。ただし、リディアが扱った紫布は、ティアティラで生産されたもので、この地方からとれるあかね草を原料そしたものと思われる。(聖書辞典)

    ピリピの町に入ったパウロたちは、安息日に祈りの場を求めて河原にきた。町の中にはユダヤ人の会堂がなかったからである。そこで祈った後であろうが、川岸に行き、そこに腰を下ろして集まってきた女たちに福音を話した。その中にリディアがいて、彼女はパウロが語る言葉に耳を傾けた。このとき「主は彼女の心を開いて」とある。

 それは聖霊によって、御言葉がしっかりとリディアの心の中に受け止められたことを示している。御言葉による救いの確信は、彼女とその家族の者たちがバプテスマを受けたことで証しされた。またリディアはその喜びからパウロの一行を自分の家に招き迎えた。「私が主を信じる者だとお思いでしたら、私の家に来てお泊りください」

 以後、リディアはピリピ教会の中心となり、パウロの宣教を支えていく。パウロにとって大きな励ましであり続けた。

2021年05月09日

   パウロがこの幻を解き見たとき、私たちはマケドニアに渡ることにした。彼らに福音を宣べ伝えるために召しておられるのだと確信したからである。 使徒16:10

 

 主イエスの信仰者は、様々な困難や試練を通して主の召しの導きを受けることがある。そうしたときには、初めは好ましく思わなかったことも、主が共におられたことの証しへと変えられる。

 リステラを出発したパウロとシラスは、「アジアでみことばを語ることを聖霊によって禁じられた」。(6) そのため、「フリュギア、ガラテヤの地方を通っていった」それは大回りではあるけれど、先に巡回した地を訪問するという当初の目的を果たすためであった。ところが、ミシアからビテニアに進もうとしたときに、「イエスの御霊がそれを許さなかった。」(7) このため、「ミシアを通って、トロアスにくだって行った」(6)

 おそらくパウロたちは、この港から出る船でキプロスに行こうとしていたのであろう。ところが、乗ろうとしていた船が出るのを待っていたある日のこと。パウロは反対方向にあるマケドニア人の幻を見た。「渡ってきて助けてほしいと懇願する」姿である。パウロは、その幻に非常に驚き、一緒に伝道旅行をしていたメンバーとそのことを分かち合って、主の御心を求めた。ここでの表現は「私たち」であり、そこに著者であるルカが新しく加わっている。

 そこで得られた「私たち」の結論は、「彼らに福音を宣べ伝えるために、神が召しておられる」という確信であった。これまで途中で道が閉ざされたことも、御霊に禁じられたことも、この働きを急いで実行するためであったと理解した。

 それで「ただちにマケドニアに出かけることにした」他に寄り道をしている暇はない。福音宣教は急を要していた。その応答により、アジアからヨーロッパに展開する新しい宣教の歴史が切り開かれた。

2021年05月02日

パウロはシラスを選び、兄弟たちから主の恵みにゆだねられて出発した。

                 使徒15:40

 

    パウロとバルナバによる第一回目の伝道旅行は、キリスト教が普遍化し全世界に宣教されていくために起こった画期的な出来事であった。エルサレム会議においては、異邦人伝道のことが承認される。その手紙がアンティオキア教会にとどいて数日後、パウロはバルナバに、先に伝道した地域を巡回する伝道旅行を提案した。この時点で目的地は「先に主のことばを宣べ伝えたすべての町」(36)にとどまっていた。

 ところが、この旅行にマルコを連れて行くか行かないかでパウロとバルナバの間に意見の衝突が起こる。パウロは「パンフリアで一行から離れて働きに同行しない者(13:13)は、連れていかない方が良い」と考えた。一方、バルナバにしてみれば、マルコは年若い青年であり、一回の失敗で資質を判断すべきでないという主張がある。

 その結果、「互いに別行動をとることになった」(39) このような争いは、二人とも御霊の人であり教会のリーダーであることからして、ふさわしくない行動とみられるかもしれない。けれどもそれは、互いの宣教に対する熱意から出た個性であり、御霊の導きを無視したということはできない。このことで、パウロとバルナバの間に感情的なもつれが生じたけれども、パウロの働きは、結果的に当初に考えていた伝道旅行の地域を遥かに越えていくことに繋がる。一方のバルナバとマルコは別なかたちで主に用いられていく。

  第二回目の伝道旅行は、その最初から躓いてしまった。けれどもパウロとバルナバと離れてシラスを選んだことには、働き全体からみるなら必要なことであったのかもしれない。そこに神の計画が隠されていたのではあるまいか。「主の恵みにゆだねられた」出発は、ほろ苦さが残るものであったが、ここからアジアを越えた働きが展開する。

2021年04月25日

    その後、わたしは倒れているダビデの仮庵を再び建て直す。その廃墟を建て直し、それを堅く立てる。それは、人々のうちの残りの者と、わたしの名で呼ばれるすべての異邦人が主を求めるようになるためだ。  使徒15:16~17

 

    多くの人が誤解していることであるが、神の御心は一方的に上から押し付けられるものではない。愛と信頼を基礎として、聖霊の助けにより道を選びとっていくものである。そのことは、個人においても教会においても同じである。

 使徒たちや長老たちが集まってエルサレムで会議が開かれたのは、異邦人キリスト者たちにも律法と割礼を守らせようとする人たちがいたからであった。このユダヤ主義者たちからすれば、自分たちが日常的に努力していることが、福音によって無意味化されるのではないかという危惧があった。そこに教会としての神の御心が求められた。

 会議では多くの議論が為された。ペテロは自分が神からの啓示により、異邦人のところに出かけて行ったことや、そこで経験した異邦人の回心の様子などを証しした。それに続いて、バルナバとパウロの異邦人伝道の報告が為された。最後に主の兄弟であるヤコブが、アモス書の言葉を受けて証言している。

 アモス書は紀元前750年頃の預言である。その預言がここで新しく解釈される。アモスが預言した「わたしは倒れているダビデの仮庵を再び建て直す」とは、ヤコブによって主イエス・キリストの十字架と復活であり、またそこに形成される新しいイスラエルであると解釈された。また「人々のうちの残り者と、わたしの名で呼ばれるすべての異邦人」とは、キリスト者となった異邦人のことを指しているとし、異邦人がキリストの名によって新しい民とされることが契約に基づいた神の御心であることを明らかにした。

 エルサレム会議での結論は、このヤコブの聖書解釈をもとに展開した。それは異邦人キリスト者を律法の重荷から解放するものとなった。同時にユダヤ人キリスト者も 律法の縄目から解き放った。そこには、会議の最初から終わりまで導かれた聖霊の働きがあった。

2021年04月18日

 私たちは、主イエスの恵みによって救われると信じていますが、あの人たちも同じなのです。  使徒15:11

 

    民族間にある壁を取り去ることは容易でない。それぞれの宗教や歴史が作り出した文化とか価値観が、その民族のアイディンティティーとなって人々の心に深く根付いているからである。そこにはしばしば自分たちの民族の優位性が示されてきた。

 イスラエルにおいては、神がアブラハムを選び導かれたことに民族の起点が置かれてきた。それは決して民族の優位性を示すものではなかったが、長い歴史の中では他の民族を異邦人として疎外するものとなり、自分たちの民族と同質でなければ受け入れないものとなって定着した。そのため福音がユダヤ人から異邦人へと広がりをもって伝えられたとき、ユダヤ人キリスト者の中には、異邦人を主イエスへの信仰だけで同胞としていることに強い不満を持つ者たちが出てきた。彼らは、異邦人キリスト者に対し、「モーセの慣習にしたがって割礼を受けなければ、あなたがたは救われない」(15;1)と言って信仰を迷わせた。

  この問題の解決のため、エルサレムにおいて会議が開かれた。出席者には、パウロ、バルナバ、使徒たち、そして長老たちなどがいた。多くの論争の中で、ペテロが主張したのは、神が信仰によって異邦人を救いに導いておられる事実であった。異邦人の中に聖霊が注がれたことは、神が異邦人をきよめられた証拠であった。

 「私たちは、主イエスの恵みによって救われると信じていますが、あの人たちも同じなのです。」(15:11)

 ここには民族の優位性ではなく、一人の罪人が神の恵みによって救われたことの証しがある。この主イエスに対する信仰が民族間の壁を打ち壊し、福音宣教の更なる拡大となった。

2021年04月11日

 二人は…弟子たちの心を強め、信仰にしっかりとどまるように勧めて、「私たちは、神の国に入るために、多くの苦しみを経なければならない」と語った。 使徒14:22

 

    多くの人は、苦しみを幸いの対局に置いている。そうした考えでは、苦しみという現実に対し、信仰の意味までが揺らいでしまう。「信仰をもっているのに、どうしてこうなのか」と。この疑問に、ある宗教では信仰者自身に原因とか責任を問う。「あなたの信仰が弱いから」あるいは、「あなた自身か先祖の中に悪が働いているから」と説明されるのである。ヨブの友人たちでさえ、ヨブの苦難についてそのように語っている。(ヨブ4:8)

 けれども福音においては、苦難の意味は全く違ってくる。苦しみは信仰によって立つとき積極的な意味を持つ。「私たちは、神の国に入るために、多くの苦しみを経なければならない」

 これは苦難を自ら呼び寄せるものではない。また、そのような傲慢な論理に走ってはならない。苦難の現実は外からやってくるものであるが、それは福音の約束に違反するものではない。むしろ福音を信じる者が不可避的に通らされることである。

 その根底には、主イエス・キリストの苦難と復活がある。神は、主イエスの十字架の苦難と死の苦しみを通し、新しい神のいのちを創造された。キリスト者は、このキリストの中に取り入れられている。女性は出産するときに陣痛を経験するが、それは新しいいのちに繋がっている。そこでの苦しみは決して否定されるべきものではない。

 けれども苦難のため、信仰が傷つけられることがある。実際の生で様々な苦しみに直面し、「おまえの神はどこにいるのか」(詩42:3)と嘲笑されることもあろう。そうしたときこそ、私の中におられるキリストを知る。信仰によって主の十字架と復活を仰ぎみる。そして信仰、寛容、愛、忍耐を学ぶのである。

 間違っても苦しみや苦難を信仰から離れる理由にしてはならない。苦難に遭遇したときには、いよいよ神に近く歩む者となっていきたい。共におられる神は、そこに御自身の恵みをあらわされる。

2021年04月04日

    彼女たちは墓を出て、そこから逃げ去った。震え上がり、気も動転していたからである。そしてだれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである。マルコ16:8

 

    主イエス・キリストの復活は、誰もが全く予想もしなかった。その驚きは、女たちが「気が動転」したほどであり、そのため言葉で言い得なかった。そこに生の証言の真実さがある。

    マルコの福音書は、ペテロの弟子であったマルコがペテロから聞いた言葉をもとに書いたものである。本文は8節までで、それ以降は後の時代に書き加えられたものとされている。

 目的は、主イエス・キリストの福音を伝えることであり、十字架と復活はそのクライマックスである。けれども本の終わり方として、尻切れトンボの印象を拭えない。女たちの証言が「恐ろしかった」という言葉で終わっているからである。写本の中に、その後のことを書き加えたものがあるのは、そうした部分を補おうとしたからであろう。

 けれどもマルコの意図は、そのような説明によって読者を納得させることではなかったのでなかろうか。この尻切れトンボの書き方は、ペテロに関する記述にもみられるからである。ペテロについて最後に記したのは14章72節で「イエスが自分に話されたことを思い出し…彼は泣き崩れた」と結ばれている。ペテロこそが、主イエスの復活の証人であるから、その後、立ち直ったことや主から受けた権威のことを書いてもよかろう。けれどもマルコはそうしていない。そうすることで、別の思いが伝わることを避けるかのように。

 ここに登場する女たちは、弟子たちに替って最初の復活の証人となった。その女たちも「気も動転して何も言えなかった」と弱さを露呈している。

 ここにマルコが求めているのは、読者の一人ひとりが復活の主イエスに向き合うことではなかろうか、ガリラヤで弟子に合ってくださる主は、私たちの日常の中でご自身の復活を示される。私たちも弱さを抱えた者である。そこに届けられた福音に、信仰の目を覚ますことが求められている。

2021年03年28日

 彼は蔑まれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で、病を知っていた。人が顔をそむけるほど蔑まれ、私たちも彼を尊ばなかった。    イザヤ53:3

    

    巨星は宇宙という闇の広がりに囲まれながら、強い光を地上に注ぎ続けている。無数の星々の中にあってもはっきり目立つので、少しの関心さえあれば子供でもその名は覚えられる。めったに見誤られることもないだろう。

 預言者イザヤは、旧約から現代に至る歴史を貫いて、神から遣わされる救い主の姿を明確に告げている。正に旧約預言者の巨星と言える。その内容は罪の告発に始まり、罪の結果としてのバビロン捕囚と恵みによる解放、そしてメシアによる新しい時代の待望で終わっている。殊に特徴的なことは、神に立てられた苦難のしもべがメシアの姿に重ねられていることにある。

 「彼は蔑まれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で、病を知っていた。」

 ここに語られる「彼」とは誰のことであるのか。ユダヤ教信者や無神論者を含め、この「彼」について幾多の議論が重ねられてきた。ある者は著者自身であると言い、ある者はイスラエルの民全体だという。まだ歴史に現れていない人物だという意見もある。そうした中で、文脈的にも歴史的にも最も合致する解釈は、「彼とはナザレのイエスである」とするものであり、新約聖書はそのことを証言している。

 人として私たちの内に住まわれた主は、イザヤによって預言されたことの成就である。その事実は文献の解釈に留まらず、個人の信仰の領域に深く踏み込むことを余儀なくする。世においては、他者を蔑むことで自らの力を保持することもあろう。人に蔑まれることは痛みでしかない。しかし、ここに徹底的に蔑まれたしもべの姿がある。神に立てられたこのしもべであるからこそ、「悲しみの人で病を知っていた」と。ここに苦難のしもべについての世の考えとは違う神の視点がある。神に立てられたしもべは、キリストとして私たちの近くにおられる。顔を背けず信仰をもって仰ぎみるとき、「悲しみの人で病を知っておられた」方による救いの業が始まる。

2021年03月21日

   私たちもあなたがたと同じ人間です。そして、あなたがたがこのような空しいことから離れて、天と地と海、またそれらの中のすべてのものを造られた生ける神に立ち返るように、福音を宣べ伝えているのです。  使徒14:15

 

    日本では優れた能力を持つ者が神とされることがある。神であることで常人とは異なる存在とされるが、それは創造者と被造物のような決定的な差異ではない。

 ギリシャ神話においても、人と神々の境は密接している。バルナバとパウロは、リステラで足の不自由な人を癒したことで、人々からギリシャ神話に登場する神々とされそうになった。バルナバは神々の最高神であるゼウスに、そしてパウロはゼウスの子であるヘルメスにである。二人は、現地の言葉で語られていたときにはわからなかったが、祭司が自分たちに犠牲の動物をささげようとしていることで事態を理解した。もし彼らが自分たちの栄光を求めていただけなら、人々が神として称えるのをそのまま受け入れたであろう。それは12章に記されたヘロデ王の姿でもある。

 「集まった会衆は、『神の声だ。人間の声ではない』と叫び続けた。」(12:22)

 これに対しバルナバとパウロは、歓迎する人たちが自分たちを神々に仕立て上げようとしていることに気がついたとき、「衣を裂いて群衆の中に飛び込んで行き、叫んだ」(14) ここで強く訴えたのは、「私たちもあなたがたと同じ人間です」ということであった。人々は神としようとしているが、その自分たちは人としての弱さを持っていることの告白である。そんな我に神の恵みが注がれることにこそ福音がある。

 福音が違ったものに受け止められたときには、直ちに訂正されなければならない。二人は、人々に方向転換をすべきことを明確にした。真の神から離れた神々を祀ることは「空しいこと」である。神は「天と地と海、またそれらの中のすべてを造られた方」である。この生ける神に立ち返ることににこそ真のいのちがある。

2021年03月21日

 それでも、二人は長く滞在し、主によって大胆に語った。主は彼らの手によってしるしと不思議を行わせ、その恵みのことばを証しされた。 使徒14:3

 

    福音宣教には大胆さがなければならない。それは人々の前に礼儀を欠くことでもなければ、誰かを貶めたり、傷つけることでもない。真理を割引きしないで、真っ直ぐに説き明かすことである。

 パウロとバルナバは、イコニオンの会堂で御言葉を語ったとき、大勢のユダヤ人とギリシャ人が信じた。ところが信じようとしないユダヤ人たちは、異邦人たちを扇動して、新しくキリスト者となった人たちに対して悪意を抱かせた。(2) 実際にはないことを噂として流したり、小さなことを拡大して誤解を生むように仕向けたのである。そうした中で、パウロとバルナバに向ける町の人々の態度が二分されてしまう。

 「一方はユダヤ人の側に、もう一方は使徒の側についた」(4)

 けれどもパウロとバルナバの側では何も変わってはいない。彼らは大胆に語り続けたのである。そうした働きには、聖霊による証しが伴っていた。

 「主は彼らの手によってしるしと不思議を行わせ、その恵みのことばを証しされた」

 この働きの主体は聖霊である。けれども、それは宣教の言葉から離れてあるのではなく、パウロとバルナバが語る神の言葉と一体を為していた。そして彼らが語るのは、福音という神の恵みの言葉である。

 今日、宣教において求められるのは、しるしと不思議が声高にされることではない。何者にも臆することなく、大胆に福音を語ることである。主の力はそうしたところに働く。それが人々の中にしるしと不思議として残るのではなかろうか。

2021年03月07日

    そこで、パウロとバルナバは大胆に語った。『神のことばは、まずあなたがたに語られなければなりませんでした。しかし、あなたがたはそれを拒んで、自分自身を永遠のいのちにふさわしくない者にしています。     使徒13:46

 

    深海の魚は、天から注がれる光の世界を知らない。目があっても光を感知することはできない。それは真の光を見失ったイスラエルのようである。

 光なる神は、イスラエルを特別な愛をもって導いてこられた。パウロは、契約によって結ばれた神とイスラエルの関係を語っている。

 「神は約束にしたがって、このダビデの子孫から、イスラエルに救い主を送ってくださいました。」(13:23)

 それは主イエスが御言葉によってあらかじめ預言された救い主であることを示すものである。ここには驚くべき神の恵みが啓示されている。それゆえダビデ契約の直接的な主体であるユダヤ人にこそ、この福音が理解されるべきであった。

 けれども現実には、ユダヤ人たちは主イエスを拒み十字架につけたばかりでなく、主イエスに従う信仰者を迫害し続けた。ピシディアのアンティオキアにおいては、ユダヤ人たちは「パウロの語ることに反対し、口汚くののしった。」

 その人たちに対しパウロは、「神の言葉はまずあなたがたに語られなければならなかった」という。ここでも彼らの拒絶に遭ってしまうが、そうした反発はかつての自分の姿でもある。それを認めながら、神の視点に立ってユダヤ人の悔い改めを願い、不信仰の罪を攻めた。

「あなたがたはそれを拒んで、自分自身を永遠のいのちにふさわしくない者にしています。」

 厳しい言葉ではあるが、彼らに神のいのちに生きてほしいパウロの真実な姿がここにある。

2021年02年28日

こうして、彼らはイエスについて書かれていることをすべて成し終えた後、イエスを木から降ろして、墓に納めました。

                 使徒13:29

 

    白い布に黒い染みがあったら、すぐに気がつくことができる。けれども闇の中にあっては、どんなに大きな染みも全く判別されることはない。人の罪というのは、そのように魂の暗黒の中で、全く見過ごされているということができる。

 ユダヤ人は、「主イエスには死に値する罪が何も見出されないのに、イエスを殺すことをピラトに願った。」(28)冤罪そのものがあってはならないことであるが、それが正義の名をもって画策されていた。まして神の御子に対しての行為であるから、どれ程に罪深く、厳しく裁かれるべきことであったことか。それにも関わらず当事者の行動は淡々としている。自覚のないまま最後の毒を飲み切ったのである。

 「すべてを成し終えた後、イエスを木から降ろして、墓に納めました。」(29)

 しかしながら、こうした行為の全ては「イエスについて書かれていること」であった。

神の子への反逆が、同時に神の言葉を実現させていくということ。そこにあるのは、人の行為の愚かさと罪深さであるが、その全てを包む神の救いの業が展開している。罪を犯しながら、自覚も痛みもないまま自らを正当化するのはユダヤ人に限ったことでない。全ての人の内に住み着いている罪の特色である。神はそうした人の中に働いてくださる。不信仰が神の業を見えなくしているが、神の言葉に照らされるとき人は自分の罪を悟る。それは新しい神との関係に歩むための備えとなる。

2021年02月21日

わたしは、エッサイの子ダビデを見出した。彼はわたしの心にかなった者で、わたしの望むことすべて成し遂げる。使徒13:22

    神のことばの真実性は、しばしば歴史を通じて啓示される。それを解く鍵は信仰であり、信仰を抜きにした歴史の解釈からは隠されたままになる。
 ピシデアのアンティオキアの会堂で、パウロはユダヤ人と異邦人に語りかけた。ここでパウロは、神がイスラエルと結ばれた契約を如何に守られたかを、民族の歴史に刻まれたれた神の業によって明らかにした。エジプトでの400年の滞在、出エジプト後の荒野での40年の放浪、サウル王の統治による40年と40という数が合わされるのは、それが神の救いの計画に組み入れられていたことを示すためであった。
 その救いは、ダビデを通して「わたしの望むことすべて成し遂げる」ことに繋がる。それは信仰による王国の確立であり、そこに神の国のひな型が示された。更に救いは子孫に託されることによって約束が成就するのである。神殿がソロモンによって建設されたのは、そのことを示す象徴的な出来事であった。
 こうしたイスラエルの歴史に示された神の啓示は、同時にイスラエルの不信仰の姿をも浮き彫りにしていく。その罪は取り去られることも改められることもなく続いていく。「イエスを殺すことをピラトに求めた」(28)ことは、罪の実相が如何に深刻で癒し難いものであるかを物語っている。
 けれども神は、このイスラエルに悔い改めの機会を与えられた。「ヨハネがイスラエルのすべての民に、悔い改めのバプテスマをあらかじめ宣べ伝えました」(24)
 バプテスマのヨハネによるメッセージは、罪の支配からの転換のための備えであった。ここに福音の本質があり、主イエスを通して救いの計画の全体が示されていく。主イエスは「肉によれば
ダビデの子孫として生まれ、聖い御霊によれば…公に神の御子として示された方」(ローマ1:4)である。それはイスラエルの民に限ったメッセージ」ではなく、すべての民に届けられるべきものである。
 

2021年02月14日

 

   二人は聖霊によって送り出され、セレウキアに下り、そこからキプロスに向けて船出し、サラミスに着くとユダヤ人の諸会堂で神の言葉を宣べ伝えた。 使徒13:4

 

    宣教の主体は聖霊である。パウロとバルナバによる第一回の伝道旅行は、アンティオキアの教会において、聖霊が「さあ、わたしのためにバルナバとサウルを聖別して、わたしが召した働きに就かせなさい」(2)と言われたことによる。

 それは宣教の歴史において大きな転換期であった。このときから宣教の拠点がエルサレム教会からアンティオキア教会へと移った。使徒の働きの記録では、ペテロの名前が消えて、パウロとその随行者たちの働きが中心となっている。そしてこれまでのユダヤ人を対象としていた伝道が、異邦人に向けた福音宣教へとなっていく。それは福音がユダヤ人に限られた神の啓示ではなく、すべての人を対象にした普遍的な広がりを持つものであることが明らかにされるためであった。

 アンティオキアの教会は、パウロとバルナバが聖霊の導きを受けたとき、「断食をして祈り、二人の上に手を置いてから送り出した」(2) そこには宣教者として送り出された者と、その人たちを送り出した教会の関係が描かれている。教会は、宣教者が直面するだろう困難を予測し、とりなしの祈りをした。また、彼らを背後から支えることで一人一人が責任を負おうとしている。こうした教会のサポートがあって、パウロとバルナバは恐れることなく世界宣教の旅路に就くことになる。

 パウロとバルナバを導かれた聖霊は、アンティオキアの教会を導かれた。世界宣教は宣教者と教会の共同作業である。神の言葉の広がりは、福音の持つ祝福と豊かさを知ることにつながった。