top of page
執筆者の写真: 秋山善久
秋山善久
3月27日

 春の気配が漂う川沿いの道を散歩しました。愛犬がいた頃には、連れだってよく歩いた路ですが、五年ほど前に寿命でいなくなってからは、この道を通るのも久しぶりです。土手に枝を張った老梅は、もう満開が過ぎていました。それでも、白い花びらから放つ強い香りは春の到来を告げていて、鼻孔を懐かしく刺激します。大きく息を吸い込むと、子どもの頃の記憶が呼び覚まされました。

 この季節だからでしょう。思い出したのは、笹竹で杉鉄砲を作って友達と競ったことです。まず笹竹を小刀で十センチ程に切ります。それを内部の棒で押し出すように細工するのです。これに玉として詰めたたのが杉の実でした。このため、家の中に、杉の実がいっぱいについた枝を持ち込んでいました。今でしたら、杉花粉の元凶として毛嫌いされるのですが、その頃はそんなことを考えもしませんでした。かえって、なるべく大きな実を選んでいたのです。上手くできれば、押し出したときにプチィと弾けたような音がするからです。その音の大きさをもって、友達と自慢し合ったのです。今の子どもたちに昔の遊びを体験してもらうことがあったとしても、杉鉄砲のようなものはできません。まずハナから禁止になってしまうでしょう。「花粉症になってしまうじゃないですか」と、強く抗議が寄せられてしまうに違いありません。考えてみれば、「あれは楽しかったなあ」と、今の子どもたちには伝わらないもどかしさが残ります。ひるがえって梅の香りは、風に乗って遠くまで運ばれます。伝えなければならない福音のようです。

執筆者の写真: 秋山善久
秋山善久
3月20日

 教団総会の休憩で、知り合いの牧師と雑談をしていたのですが、思いがけなく話が発展しました。

「とにかく、最近は生(なま)の人間に向き合おうとしないんですよ。スマホでメールでやり取りしないと話し合えないなんて」

 既に中年の域にかかったその牧師は、関っている若い人たちの感想を、溜息まじりに痛みを紡ぐように語るのです。

「そうですか。言われてみれば確かに」と、私は、手にしたコーヒーをゴクリと飲み込みながら、ひっかかるものを感じてしまいます。あるいは、世代の違いを察する感覚が、鈍くなってきているのかも。でも、言われてみれば、どこかに変化が起こっているのかも知れない。そのとき、20年前のことが頭に閃き、口にしました。

 「ずいぶん前に、子どもたちの認識能力がおかしくなっていると聞いたことがあります。低学年の子に絵を描かせると、顔が三角だったり、手足が異常に長い人が描かれたりすると。ゲームやアニメなどを長時間見ている影響だそうです。そのことを語った医師は、子どもたちの前頭葉に変化が見られると指摘してました」

 「今はそれが、スマホとかパソコンになっている。AIの活用によって、ますますそうなるでしょうね」

 リラックスしたくてソファに腰かけたのに、どんどん気分が暗くなってしまいました。話相手に申し訳ないけど、しばらく目を閉じていると、まだ会話が頭の中をめぐっています。結局、人間観なんだろうなという気がします。

「それなら小手先で解決しようとしても何ともならない。人生の価値は、自分が神に愛されていることなのだから」とひとりごちていました。

 

 

執筆者の写真: 秋山善久
秋山善久
3月14日

 午後二時四六分。あのとき、もう少し時間のタイミングがずれていたら、我が家でも津波による犠牲者が出たでしょう。〇〇が、上司の業務命令により、海と川を繋ぐ水門の様子を見にいったのです。間一髪、危機を免れたのは、津波が来る前に点検を終了したからでした。

 今週、仙台市内の青葉壮教会で、東日本大震災の追悼記念会が行われました。死者と行方不明者の総数は二万二千人。今も行方不明者が二千五百人、原発による避難者は二万三千人とされています。追悼集会では、91歳になられたインマヌエル教団の田中牧師により、慰めに満ちたメッセージが、力強く語られました。

 それにしても、あの震災時に、ラジオから流れるニュースは、にわかに信じられないことばかりでした。あれから15年が過ぎても、一コマ一コマが鮮明に思い出されます。一番ショックだったのは、実家がある気仙沼の湾内に火災が発生し、暗闇の中で海が火に覆われていたことでした。翌日から仲間と共に緊急車両の許可を得て、連日、救援のため三陸道を往復しました。

 昨日、散歩をしていると、道端に梅の木があって、白い花が満開になっていました。振り返ってみると、震災のとき、満開になった桜を虚脱状態でみていたことが記憶に残っています。でも、梅の花の開花について全く記憶はありません。震災に近い日だし、甘い香りに強烈なギャップを感じてもいいのに。ただ、あのときには、現実をどう受け止めていいかわからなかった。そんなことからすれば、散歩しながら梅の花をぼんやり見ていられることも、主が備えられるときであるのかもしれません。

タグから検索
  • Facebook Basic Square
  • Twitter Basic Square
  • Google+ Basic Square

© 2023 by COMMUNITY CHURCH. Proudly created with Wix.com

bottom of page