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  • 執筆者の写真: 秋山善久
    秋山善久
  • 3月20日

 教団総会の休憩で、知り合いの牧師と雑談をしていたのですが、思いがけなく話が発展しました。

「とにかく、最近は生(なま)の人間に向き合おうとしないんですよ。スマホでメールでやり取りしないと話し合えないなんて」

 既に中年の域にかかったその牧師は、関っている若い人たちの感想を、溜息まじりに痛みを紡ぐように語るのです。

「そうですか。言われてみれば確かに」と、私は、手にしたコーヒーをゴクリと飲み込みながら、ひっかかるものを感じてしまいます。あるいは、世代の違いを察する感覚が、鈍くなってきているのかも。でも、言われてみれば、どこかに変化が起こっているのかも知れない。そのとき、20年前のことが頭に閃き、口にしました。

 「ずいぶん前に、子どもたちの認識能力がおかしくなっていると聞いたことがあります。低学年の子に絵を描かせると、顔が三角だったり、手足が異常に長い人が描かれたりすると。ゲームやアニメなどを長時間見ている影響だそうです。そのことを語った医師は、子どもたちの前頭葉に変化が見られると指摘してました」

 「今はそれが、スマホとかパソコンになっている。AIの活用によって、ますますそうなるでしょうね」

 リラックスしたくてソファに腰かけたのに、どんどん気分が暗くなってしまいました。話相手に申し訳ないけど、しばらく目を閉じていると、まだ会話が頭の中をめぐっています。結局、人間観なんだろうなという気がします。

「それなら小手先で解決しようとしても何ともならない。人生の価値は、自分が神に愛されていることなのだから」とひとりごちていました。

 

 

  • 執筆者の写真: 秋山善久
    秋山善久
  • 3月14日

 午後二時四六分。あのとき、もう少し時間のタイミングがずれていたら、我が家でも津波による犠牲者が出たでしょう。〇〇が、上司の業務命令により、海と川を繋ぐ水門の様子を見にいったのです。間一髪、危機を免れたのは、津波が来る前に点検を終了したからでした。

 今週、仙台市内の青葉壮教会で、東日本大震災の追悼記念会が行われました。死者と行方不明者の総数は二万二千人。今も行方不明者が二千五百人、原発による避難者は二万三千人とされています。追悼集会では、91歳になられたインマヌエル教団の田中牧師により、慰めに満ちたメッセージが、力強く語られました。

 それにしても、あの震災時に、ラジオから流れるニュースは、にわかに信じられないことばかりでした。あれから15年が過ぎても、一コマ一コマが鮮明に思い出されます。一番ショックだったのは、実家がある気仙沼の湾内に火災が発生し、暗闇の中で海が火に覆われていたことでした。翌日から仲間と共に緊急車両の許可を得て、連日、救援のため三陸道を往復しました。

 昨日、散歩をしていると、道端に梅の木があって、白い花が満開になっていました。振り返ってみると、震災のとき、満開になった桜を虚脱状態でみていたことが記憶に残っています。でも、梅の花の開花について全く記憶はありません。震災に近い日だし、甘い香りに強烈なギャップを感じてもいいのに。ただ、あのときには、現実をどう受け止めていいかわからなかった。そんなことからすれば、散歩しながら梅の花をぼんやり見ていられることも、主が備えられるときであるのかもしれません。

  • 執筆者の写真: 秋山善久
    秋山善久
  • 3月7日

 突然、古い友人から電話がかかってきました。かつて同じ部屋の片隅で、ダンボールでこしらえした机を挟んで、必死な思いをしながらヘブル語の勉強をし合った仲間です。共に牧師になってからは、風の便りに消息を聞くだけでした。俗物〇〇という自伝的な本が出版されたのは、ずっと以前のことのような気がします。今は熊野の山の中で、信仰者の共同生活をしているとのこと。

 「感謝なのですよ。神様の愛に生かされているというのかな」電話口の声は、昔とちっとも替わりません。でも、そこでの生活を通して、日々、信仰が新しくされていると証ししてくれました。貧しくも満たされた日々であるのです。

「最近は、脱俗物〇〇という本を書いてはどうかと言われるんですよ」と笑います。

 記憶の中の友人は、人気アニメの制作にも携わった漫画家からの転身でした。神学校でペープサートの背景画などを書いたときには、さすがに元プロと感心させられたものです。

「息子がね、アニメ作家のアシスタントをしてました」

 題名を聞けば世界的に人気な漫画であることは分かるけど、チラリと見たぐらいで読み通したことはありません。

 「それが今は牧師をしてるんだから、不思議なもんですね。」と、とても嬉しそう。

 「アニメから牧師は父親譲り。門前の小僧ということなんでしょうね」

 昔のことが次々に思い出されて、話が尽きることがありません。でも、そこには四十数年の時間が流れている。それが濾過装置でもあるように、大切なものとそうでないものをより分けているのでしょう。友人の言葉にそんな確信が感じられます。「また、どこかで電話しましょう」と言って切りました。時間の幅が短く感じられるこの頃。次の電話があるときは、お互いどんなにふうになっていることか。それにしても、内に希望があることは、何と幸いなことかと思わされました。

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