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  • 執筆者の写真: 秋山善久
    秋山善久
  • 2024年6月1日

 教会のツツジが咲いています。この淡いピンクの花は、一緒に植えてある杉科の植物にとても映えるのです。手入れさえ良ければ生垣をもっと美しく整えることができるのでしょう。でも残念なことに、所々、昨年の夏にチェーンソーを入れたときの残骸を痛々しく晒しています。既に杉科の植物の何本かは枯れてしまいました。

ツツジのことで気になるのが、仙台の北東80キロにある気仙沼市の徳仙丈山に咲く山ツツジでのことです。標高711mの山頂には50万本の山ツツジ咲き、毎年多くの観光客を集めているとのこと。20年前に亡くなった父は、仕事の関係でよくこの山に行っていました。その頃は地元の人にもあまり知られず、わざわざツツジを見に行くような人はいませんでした。そんな中、せっせと山にツツジを植え続けていた人の噂だけは父から聞いた記憶があります。父も何かの手伝いをしていたようでした。

 震災があった2011年の5月下旬、私は気仙沼市の被災者に支援物資を運んでいました。車中で一泊し、翌日、目を覚ましたとき、不思議と徳仙丈に行ってみようという気持ちになりました。それで一人で車を走らせたのです。ちょうどツツジが咲きかけていて、頂上からは津波で茶色に濁った太平洋とリアス式海岸が見渡せました。登るときは誰もいなかったのですが、降ってくると人影が近づいてきます。何と昨日、合ったばかりの私の兄でした。兄も支援活動に奔走していたのでしたが、その朝、この場所が気になったようでした。震災のやりきれなさの中で、互いに父の記憶が重なって引き寄せられたのかもしれません。あるいはツツジの花には、悲しみを癒してくれる効果があるのでしょうか。そんなこともあって、教会の生垣の枯れたものは、昨年から挿し木をして植え替えを試みています。枯れたものであっても、挿し木をすれば回復できる。10本中2本が根をつけました。

  • 執筆者の写真: 秋山善久
    秋山善久
  • 2024年5月25日

 ときどき全く間の抜けたことをしてしまい、自分でも情けない気持ちになってしまいます。先日、家内が留守をしたときのことでした。午後には福島から仲間の牧師が来ることが予定されていて、午前中はそれに関係する書類を作成する事務作業に追われていました。家内は、接待の茶菓やお土産を用意してくれていたのです。昼になって食事をしようと台所に入ると、机の上に袋に入った仙台特性ラーメンがありました。二個入りのパックになっているもので、カップ麺とは違う本格的なものです。「へえ、こんなものがあるのか」と食欲をそそられながら、それを調理して食べました。野菜とゆで卵を入れると満足できるおいしさでお腹は十分に満たされました。間もなくして牧師が来られ、お土産を渡されたので、こちらも返礼をしようと思ったのです。ところがその時になって土産が見当たりません。用意してあるとは聞いていたけど、それが何かを確かめていなかったのが失敗でした。懸命になって探しても見つからない。家内に電話して聞いてみると、「確かに袋に入れて机の上に置いて来た」とのこと。その袋がどうしてもないから困りました。しまいには空き巣にでも入られたのだろうかと考えたりしたのです。近頃、回覧板にそんな警戒情報が掲載されていたことが頭をよぎります。でも泥棒がお土産を持っていくとは考えにくい。それに部屋はいつもと変わりありません。散々探してふと思いついたのが、食べてしまったラーメンのことでした。携帯で「まさかお土産ってのはラーメンのことじゃないだろう」と聞くと、そうですとの答え。どうも袋に張り付けたメモを見落としたのが原因らしいです。袋だけが空しく残っていました。食べてしまっては取り返しがつきません。福島から来られた牧師には、事情を話して失礼を詫びた次第です。いや、一瞬とは言え誰かを疑ったことが罪でした。

  • 執筆者の写真: 秋山善久
    秋山善久
  • 2024年5月4日

 昨日は誘われて、近くの高校の吹奏楽部による定期演奏会を鑑賞してきました。大きな県民会館の席はほぼ満席で、それだけで前評判通りであることを物語っているようでした。全体が一部と二部に構成され、一部はコンサート形式、二部はマーチングと取り入れたミュージカル仕立てになっていました。演奏そのものだけでなく、全体の構成や演出も含めて本当にすばらしいものでした。

 それと比べようがないのですが、私も高校生のときには吹奏楽部に入っていました。担当した楽器はクラリネット。ハーモニカ以外楽器に触れたことがなかったので、まともに音が出るようになるまで一年以上かかったような記憶があります。やっと音が出るようになっても、突然、ピーという外れた音が出るのが常でした。楽譜を読むということもはじめての経験。楽譜通りに指を動かすというのは至難の業でした。すべて先輩から教えられたのですが、その忍耐には今思い出しても冷や汗ものです。そんなこんなでレベルが低く、せいぜいが文化祭で演奏したり、お祭りの出し物としてパレードに参加するといったものでした。それでも皆で音を作っていく楽しみというものは共有できたように思います。

 クラリネットは楽器を右手の親指で支えるので、その部分に負担がかかりタコができます。そのタコが残っていた間は、自分はクラリネット奏者だということを自覚することもあったのですが、それも消えて過去のものとなりました。それでもクラリネットの音は今でも好きで、疲れた時にモーツァルトのクラリネット協奏曲を聞いたりすると身も心も休まる気がします。けれども、また最初から練習する気にはなれないのは、仲間がいないということでしょう。それに代わって、今はときどき尺八を吹いています。クラリネットと尺八では吹き方は全く違うのですが、縦笛であるだけに似たような部分がないでもない。それに仲間がいなくていい。山の中で一人で讃美歌を吹いてみたりできます。ときどき通る人に、変人がいるという噂が立っているかも知れないのですが。

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