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  • 執筆者の写真秋山善久

 年明けに襲った能登半島地震に心を痛めています。地震は今も続いていて、日を追うごとに被害が拡大してきました。3日現在、地震による犠牲者数は73人とされています。古い木造家屋が倒壊し、その下敷きになったというケースも多かったようです。本来なら正月の一家団欒のときですから、一瞬にして身内が失われてしまったショックはどれ程のものであるか想像に難くありません。遺族となられた方々は、日が過ぎるごとにますます悲しみが深くなることでしょう。主の慰めと励ましがあるよう祈ります。火事で焼失した輪島の商店街は、昔、金沢に住んでいた頃に牧師会が終わってから行ったことがあります。野菜や海産物の中に輪島塗りなどの土産品が並んでいた様子が印象に残っています。そこにある朝市は観光客に混じって地元の人たちも利用していました。観光スポットとして欠かすことができないばかりか、地元の人たちの生活を支える日常の場です。それらが全て焼失したというのですから、輪島の人たちの喪失感はどれほどに大きいものだろうと案じます。

 2024年のスタートに、こんな災害が来るとは誰も想像しなかったことでした。今年は一体どんな年になるのかという思いがしないでもない。

 近くの池に白鳥たちが飛来しています。水面を優雅に移動する白鳥たちは、飛び立つときには翼を激しく羽ばたかせています。主はこの年も共にいてくださいます。臆することなく羽ばたいて、大空の気流に乗っていきたいと思います。

  • 執筆者の写真秋山善久

更新日:2023年12月29日

 クリスマスから新年に向かうこのときは、牧師にとって師走のラストスパートということができるでしょう。とにかく忙しい。先日行われた全国高校女子駅伝では、優勝したチームのアンカーが、それまで先頭を走っていた選手を猛追し、ゴール前僅か1秒差でかわしました。あのスピード感と爽やかさは若さそのものでした。それに比べるべくもなく、当方の年末の走りは体力が続かなくなってきました。気力を入れ直さないと最後の坂を登りきることはできない。そんな中、ふと立ち止まってみると、瞬く間に過ぎ去った一年が夢のように思えてしまいます。そして先を見渡せば、そろそろ人生のゴールラインが視界に入ってきたようです。生まれつき方向音痴のため、ずいぶんとへまを重ねてきました。でも人生のゴールだけは見間違えるようなことだけはしたくない。そこで主から受けるのは、おそらく優勝トロフィーのようなものではありません。ノロノロの人生でしたし、優勝することなどまず無理です。でも賞がないということでもない。決して驕りではなく、主がそれを得るよう励ましているのですから。とにかく肉体は弱っていても、軽やかな気分でゴールしたい。

 もうひとつ年末が忙しいのは、新しく迎える年に期待感があるからでしょう。少なくとも年の区切りがなかったら、過去に捕らわれて前に進めない。あるいはダラダラと進行してしまう。自分自身そんな反省を持ちながら、人生のゴールに向かって新たなチャレンジをしていきたいです。

  • 執筆者の写真秋山善久

 各地のイルミネーションが話題になっています。仙台光のページェントでは、定禅寺通りのケヤキ並木に50万個の小さな光が灯されます。決して派手ではありませんが、それだけに素朴さと気品があふれているように思えます。食べ物に譬えると、飛騨のみたらし団子でしょうか。

 先日、教会のツリーにみんなでオーナメントを吊るしていたとき、クリスマスの星のことが話題になりました。救い主誕生を祝うため、東の国から旅した博士たちを導いた星のことです。この星が何であったか。ある人は彗星であると言い、ある人は惑星の重なりだと言います。正確なことはわかりません。でも博士たちが闇の中に輝く星に導かれて、ベツレヘムまで行ったことだけは確かです。当時、多くの人々が同じ星を見たでしょう。けれども、この博士たちだけが、信仰によって行動したということです。聖書の記述では、そのことがユダヤ人たちの態度と対比して書かれています。想像してみると、闇は地の果てまで圧倒していたでしょうし、夜空には他の星々が無数に輝いてみえたに違いありません。博士たちを導いた星にしても、それが博士たちの頭上で特別キラキラ輝いたのではないかもしれない。それでも星に示された希望に向かって歩み出した決断。その信仰による一歩に、言い知れぬ励ましと勇気を感じます。

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