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執筆者の写真: 秋山善久
秋山善久
2025年2月20日

 子どもの頃、春先になると、友だちと家の近くの小川にイワナを釣りに出かけました。釣り竿は竹の枝を払っただけの手作りで、釣り針につける餌は川虫でした。長靴を履いて雪融けの冷たい川に入り、素手で川底の石をひっくり返すと、石にへばり付いた川虫を見つけることができました。冷えた体は日当たりのいい土手の上で温めます。辺りには福寿草が群生し、黄色い花をつけていました。

 この数日、近所のお宅の庭先に福寿草が花をつけています。これは子どもの頃にみた野生のものとは違い、花がずいぶん大きく見栄えがします。それにしても、虫が出てくるにはまだ日があるのに、どうやって受粉するのだろうと考えてしまいます。花をよくみると、小さいながらめしべとおしべはあるのです。それに種はスーパーで普通に売られています。ただし蜜を出さないということですから、蜂とか蝶のような昆虫は始めから頼りにしていないのでしょう。

 面白いことに、この花は向日葵のように太陽を追いかけます。花びらまでが、角度を変えて最大限に光を受けようとするのです。地に張った根は場所を動かすことはできません。でも、花を動かすことによって効率よく光の恵みをその中に取り込んでいる。花言葉は幸せを招くだそうです。

執筆者の写真: 秋山善久
秋山善久
2025年2月15日

 恥ずかしいことに、人の名前とか固有名詞を思い出せなくて、スマホで検索することがありました。たまにヒントらしいものがひっかかり、思い出すことができたからです。でも最近は、時間をかけてでも薄れた記憶を手繰り寄せるようにしています。

 脳は使わないでいると衰えるし、反対に思い出すことは脳トレーニングになるとわかったからです。ウォーキングなどの有酸素運動が、健康促進のため有効であるように、思い出そうと脳を使うことは、脳を活性化させるのにいいということです。特に脳の海馬を呼ばれる部分が注目されています。ここは記憶の司令塔ともいうべきところで、短期のものは海馬に記憶され、中長期のものは大脳に移されるとのこと。そして嬉しいことに、海馬も訓練次第で若返ることができるというではありませんか。 

 認知症の方と接していると、今話したことを直ぐに忘れてしまっていたりします。また、そうした状態が進行した人であっても、新聞や雑誌を読んだり、以前に勤めた職場のことを覚えていたりするのです。

 日本人の多くは、自分が認知症になることを恐れていると聞きます。確かに認知症になると、本人だけでなく、家族にとってもさまざまな弊害が生じてくるでしょう。認知症患者の介護を原因とする悲惨な事件がニュースになったりしています。だからといって、記憶を失うことは、その人自身が失われることではないと思います。その人の記憶は、その人の一部にしか過ぎないからです。

 キリスト者として幸いに思うのは、自分のことを主に覚えていただくということです。それがどんなものであっても、主のもとにある私の記憶は、失われない望みです。

「あなたは、私のさすらいを記しておられます。どうか私の涙を、あなたの革袋に蓄えてください。」(詩56:8)

執筆者の写真: 秋山善久
秋山善久
2025年2月7日

更新日:2025年2月8日

 夕方、水の森公園にある丸太沢という堤にいってみると、水辺にたくさんの白鳥が集まっていました。堤はサッカーコート2面ぐらいの大きさで、自然公園と住宅街に囲まれています。夜間は近くの車道からは車のライトが入るので、白鳥にとって決して好ましい環境とは言えません。それでも白鳥の飛来は毎年みられる光景で、おそらく北に帰るときの決まった宿にしているのでしょう。ざっと数えて70から80羽ほど。灰色の羽をしたのが数羽いて、遠慮がちに他の群れと一定の距離をとっていました。前年に生まれた、今回の渡りが初体験の白鳥です。そうした子白鳥も連れてくるのですから、親鳥たちにしてみれば大変な旅であることに間違いない。コンパスも地図もないのに、どうして決まった場所に来ることができるのだろうかと、方向音痴の私には想像もつかないことです。渡りのタイミング、方角、飛行距離、こうしたことの一つでも判断を誤ったら、それが命取りになるのですから。あるいは迷わないよう、群れの中にはリーダーとか階級のようなものがあるのかもしれないです。考えてみれば不思議であり、渡りは創造者の知恵に満ちたことのように思われます。

 観察していて見事だと思うのは、編隊になっている白鳥が着水するときの光景です。このときには、先にいる白鳥たちが鳴き声を高く上げて、空中にいる白鳥とコミュニケーションをとります。それはまるで「おかえり」と仲間の帰還を喜んでいるかのようです。

 堤防には、白鳥を撮影しようと待ち構えている人や、パンくずなどの餌を撒いている人などがいました。皆の視線が白鳥に向けられていたとき、突然、黒い陰の一団が空を埋め尽くしました。自然公園の樹木を塒(ねぐら)にしているカラスの集団です。夕闇の中に現れたその姿は、白鳥とは違った美しさがあります。このカラスたちは、白鳥たちを威嚇しているわけではありません。違いはあっても共存と共生が保たれている。人間と比べて自然の営みは何と奥深いことかと思わされます。

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