いのちの格闘
- 秋山善久

- 2024年4月27日
- 読了時間: 2分
新芽の多彩な緑に囲まれた森林公園の東屋で、残酷なまでにのたうち回っている格闘を目にしました。体格だけを比べたらまるで違うのに、盛んに足を動かしている黒く小さい方が圧倒的に有利な戦い。大きい方は、敵の硬い鎧のような体からはみ出た鋭い歯にその柔らかく白い腹を嚙みつかれ、為す術もなく引きずられていました。痛みに耐えるように体をくねらせながら執拗な攻撃をかわしている。その哀れさはこの上ないもので、力の差は歴然としています。獲物に食らいついた方は、勝利感を漂わせながら必死に根城の穴に運び込もうとしているようでした。途中から仲間が加わったのですが、経験不足で処理のしようがわからないのか、行動がまちまちで一向に協力体制が整わないという風です。そんなところを小鳥に見つかってしまい、虫も蟻も一瞬のうちに小鳥についばまれて、白昼繰り広げられたこのドラマは終わりとなりました。
今の季節、自然の営みの中にいのちの根源に触れるような出来事が、あらゆるところで展開しているようです。卵から孵った幼虫が繭を作り、それが蝶となって飛び立つというのも何と不思議なことでしょう。生物学的には蝶は完全変態と言われます。トンボなどの不完全変態と違って幼虫と成虫では姿も各器官tも全く違っている。よく考えてみれば、これ程に変化するものかと思ってしまう程です。そのプロセスは科学的に未だに解明されていません。小さな虫の中に人知を遥かに超えたことが起きるとすれば、創造者が人を新しくされることに、疑いを挟む余地はないように思うのです。




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