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梅の香り

  • 2 日前
  • 読了時間: 2分

 春の気配が漂う川沿いの道を散歩しました。愛犬がいた頃には、連れだってよく歩いた路ですが、五年ほど前に寿命でいなくなってからは、この道を通るのも久しぶりです。土手に枝を張った老梅は、もう満開が過ぎていました。それでも、白い花びらから放つ強い香りは春の到来を告げていて、鼻孔を懐かしく刺激します。大きく息を吸い込むと、子どもの頃の記憶が呼び覚まされました。

 この季節だからでしょう。思い出したのは、笹竹で杉鉄砲を作って友達と競ったことです。まず笹竹を小刀で十センチ程に切ります。それを内部の棒で押し出すように細工するのです。これに玉として詰めたたのが杉の実でした。このため、家の中に、杉の実がいっぱいについた枝を持ち込んでいました。今でしたら、杉花粉の元凶として毛嫌いされるのですが、その頃はそんなことを考えもしませんでした。かえって、なるべく大きな実を選んでいたのです。上手くできれば、押し出したときにプチィと弾けたような音がするからです。その音の大きさをもって、友達と自慢し合ったのです。今の子どもたちに昔の遊びを体験してもらうことがあったとしても、杉鉄砲のようなものはできません。まずハナから禁止になってしまうでしょう。「花粉症になってしまうじゃないですか」と、強く抗議が寄せられてしまうに違いありません。考えてみれば、「あれは楽しかったなあ」と、今の子どもたちには伝わらないもどかしさが残ります。ひるがえって梅の香りは、風に乗って遠くまで運ばれます。伝えなければならない福音のようです。

 
 
 

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