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再会

  • 1 日前
  • 読了時間: 2分

 数年前、思いがけなく声をかけられて、青年時代の知人と再会しました。およそ50年ぶりになります。かつて私は日立製作所の社員でした。配属されていた現場には、開発を始めたばかりの超伝導の製品が流れていました。核融合の実験装置とか、リニアモーターカーの浮上装置のような物です。これは最先端の部署で学ぶようにと、担当課長の配慮によるものです。それでも、わたし自身は、連日の単調な作業に飽き飽きしていました。

 教会に足を運んだのは、そうした日常から解放されたいと思ったからです。それがきっかけでクリスチャンになり、やがて牧師への道を歩みました。再会した人というのは、その頃、クリスチャンの交わりで知り合ったIさんです。Iさんは、国の機関で核燃料の研究をしていました。

 そのIさんのことは、50年間、風の便りにも聞かなかったのに、教団総会があったときに、会場で「秋山さん」と呼びかけられました。Iさんが通っている教会が同盟教団に加入し、彼は役員として総会に出席していたのです。

 聞けばIさんは、核融合の研究を続け、今ではその分野で日本を代表する人物になっていました。50年前には不可能と思えていた核融合の課題が、今では多く解決されているそうです。そうなると、エネルギー事情は大きく変るかも知れない。そのことは夢に持てることですが、わたし自身はIさんがクリスチャンとして活躍していてくれたことが、とても嬉しく思えました。

 考えてみれば、クリスチャンにとって、再会というのは、地上のことにとどまりません。天においての記憶に残る人との再会は、想像がつかない驚きに包まれることでしょう。

 
 
 

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