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2025年07月~最新のメッセージ

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2025年12月28日「終わりの日への備え」(ヨハネ12:44〜50)

 2025年ももうすぐ終わる。年の終わりは時間の流れを客観的に感じさせてくれる。また「終わり」は次の「始まり」でもある。これはキリスト教信仰にも通じる。「終わり」のときに振り替えると人生は短い。だが私たちの人生の「終わり」の先の「喜び」(詩編90:15)がある。

 今日は第一に「信仰においての父なる神様と子なるイエス様との関係」について見ていきたい。ことのき、イエス様は大声で「わたしを信じる者は、わたしではなく、わたしを遣わされた方を信じるのです」(ヨハネ12:44)と叫ばれた。この当時、目の前のイエス様を信じようとした人はたくさんいた。だが、状況が変わると「人間としてのイエス様」を信じなくなる人も大勢いた。だがイエス様は「目の前の自分」ではなく「自分を遣わされた神様」を信じるように度々言われた。例えば、イエス様が鞭打たれ十字架につけられるようになったみじめな姿に、失望を感じた人も多かった。だが大事なことは「なぜイエス様はそうしているのか」を、イエス様を遣わされた神様がどういう意図を持ってそうされているかを見ていかなければならない。だから「わたしを遣わされた方を信じるのです」(ヨハネ12:44)と大声で叫ばれたのである。

 第二に「今はさばかれない」という点について見ていきたい。この時代、多くの人たちが「救世主」に求めたのは「不公正で抑圧的な社会をさばいて欲しい」というものであった。だからイエス様に「社会の改革者になって、しいたげられた私たちの生活をよくしてほしい」と願っていた。だから群衆の関心は、「イエス様は社会改革者として力をふるって行動できるか」であった。しかしイエス様は、自分の役割は「わたしは光として世に来ました。わたしを信じる者が、だれも闇の中にとどまることのないようにするためです」(12:46)と話された。「裁き」は、時に大きな変化を生むこともある。だが闇の中に苦しんでいる人々を、「裁き」で救うことができるのか。私たちの日常生活でも、他人にレッテルを貼って裁き排除しようとすることが多々ある。だが、それによって社会がよくなり、その人が救われるのだろうか。むしろ、その人自身の中にある闇に働きかけ、根本的に闇から救う必要がある。だからイエス様は「だれか、わたしのことばを聞いてそれを守らない者がいても、わたしはその人をさばきません。わたしが来たのは世をさばくためではなく、世を救うためだからです」(12:47)と述べている。感情的に裁くことは、その人を救うことにはならない。闇の中にある人に寄り添い、闇に留めようとする罪の問題を何とかしない限り救いはない。イエス様の働きはそこにある。さらに言えば、裁く私の中にも闇はあり罪の奴隷となっている。しかし「裁かない」ことは難しい。闇にある人に愛をもって寄り添い続ける必要がある。罪ある私たちには難しい。だからイエス様ご自身が私の中に寄り添って、神様のわざとして闇から光への転換を成し遂げてくださる。それが神様の意図なのである。

 第三に「終わりの日のさばき」について見ていきたい。だがイエス様は「わたしを拒み、わたしのことばを受け入れない者には、その人を裁くものがあります。わたしが話した言葉、それが、終わりの日のその人をさばきます」(12:48)とも述べられている。日本を含む多くの宗教観は「万物流転」を主張しているが、聖書は「終わり」があることを示している。歴史の中で、人生の中で、裁かれる人や裁かれない人もいるが、それらすべては終わりの時にすべてさばかれる。私たちは目の前の一喜一憂ではなく、神様が示される「終わりの時」に焦点を当てて生きることが求められている。イエス様が言われることは、父なる神様が「言うべきこと、話すべきことを、わたしにお命じになった」(12:49)ことであると強調された。それは旧約聖書全体を通して示されただけでなく、最後に御子イエス様を通して明らかにされた。そして、そのもっとも大事なことは「永遠のいのち」(12:50)についてである。

2025/12/28

2025年12月21日「クリスマスの主」(ヨハネ1:1〜5)

 クリスマスはイエス様の「誕生を祝う日」である。一年の締めくくりの季節に、闇の中に輝く光を見るのは幸いである。聖書には最初のクリスマスについて記述しているが、イエス様の誕生は三博士と羊飼い以外は知らなかった。だがヨハネの福音書は、これとは違った角度から描写している。

 今日は第一に「初めにあったことば」について見ていきたい。ヨハネは地上のイエス様の誕生からではなく「初めにことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった(ヨハネ1:1)と、地上に来られる前のことから始めている。おそらくヨハネはイエス様から折々に聞いていたのだろう。ヨハネはイエス様のことを「ことば(ロゴスλόγος)」と表現している。かつて日本に来た宣教師たちは、父なる神様のことを日本語で表現するときに困ったという。日本の八百万の神々は聖書のいう「神」とは違う。そこで当初、日本の唯一の根源を表す「大日」と訳したという。しかし「大日」は民衆の間であまりたっとばれていないと感じ、しかたなく「神」を充てた。一方、ヨハネのいう「「ことば(ロゴスλόγος)」であり、単なる記号ではなく「言の葉」つまり目に見えない本質が表出したものということもできる。ヨハネも、まず見えない神様の実態があり、イエス様のことを「この方は、初めに神とともにおられた」(1: 2)と一体であり表出したものと表現した。そして、すべての被造物ができるはじめのとき以前から存在している方とした(1:3)。私たちは目に見える被造世界だけを見て心を騒がせる。しかし、この被造世界はそれを司る存在が支配している。それを、信仰を持って見上げたい。

 第二に「人の光である主」について見ていきたい。ヨハネは「の方にはいのちがあった。このいのちは人の光であった」(1:4)と表現しているが、当時のユダヤ人にとって「神様が人の形をとって自分たちの世界に降りてくる」などとは、到底受け入れられない論理であった。だからイエス様が自分が作った世界に来たのに「ご自分の民はこの方を受け入れなかった」(1:11)のである。神様が私たちの救いのために来てくださったのに、「厩で生まれ」「ヘロデたちはユダヤの王の誕生を信じず」最後には「十字架につける」という扱いだった。そしてヨハネの福音書が書かれたときは、肉体たましいを二元的に考える「グノーシス主義」が蔓延し、「イエス様の肉体は幻」であり「地上の生活は意味がなく」「霊的な精神世界のみに価値がある」という捉え方をされていた。だが、そのような考え方は違うのだと、ヨハネの福音書をはじめ聖書は主張している。この考え方で無意味で悪魔的な地上を忌避しようとする人々に、地上の生活にこそ信仰の実態があり、さらに、その世界に神様がおりて来られて愛を示されたとして「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた」(1:14)とヨハネは明確に書いている。つらい生き方をされている方に接するとき、私たちはその人との間に「壁」を感じてしまう。でも「壁」を作っているのは、そんな状況と関わりたくないと思う私たちの心である。だが神様は、私たちとの「壁」を超えて私たちの世界に来てくださった。そこに神様の大きな愛がある。

 第三に「闇に打ち勝つ力」について見ていきたい。何も見えない真の闇では、私たちは恐怖や不安を感じる。私たちの人生の中で、これと同様な、まったく希望が見えなくなるような感覚に襲われるときがある。だが私たちは、その闇の中で、信仰によって光を見出すことができる。例えば、闇が深ければ深いほど、星の光は美しく輝いて見える。イエス様との出会いとは、ちょうど闇の中で輝く光を見出すようなものである。他の人には意味がないかもしれないが、私たちが自分の闇を感じ、また闇にあるときに神様の光が美しく心強く見える。私たちが闇に捕らえられ、その中で光に出会ったとき、「闇はこれに打ち勝たなかった」(1:5)ことが分かる。この福音書の当時、迫害や殉教が教会に直面していた。しかし、その闇の中でも教会はなくなることはなく、全世界に広がって行った。

2025/12/21

2025年12月14日「イエスについての預言」(イザヤ7:10~14、ヨハネ12:37〜43)

 今週はアドベントの第三週である。神様が人となって地上に降りたのは、歴史上ただ一回の出来事であったが、このことは人が罪を犯してから計画されていた。イエス様の誕生と、十字架の死による人間の罪の贖いは、長い間、預言されてきた。

 今日は第一に「不信仰の中で語られた預言」について見ていきたい。イザヤ書には、神様からアハズ王に「あなたの神、主に、しるしを求めよ。よみの深みにでも、天の高みにでも」(イザヤ7:11)と告げられた。このころ来たイスラエル王国は勢力を拡大するアッシリアに対抗しようとし、アハズ王の南ユダ王国はアッシリアに朝貢していた。結局、紀元前722年に来たイスラエル王国はアッシリアに滅ぼされた。一方、南ユダ王国はアッシリアと同盟だから大丈夫だと考えていたが、その20年後にアッシリアに攻めこまれた。彼らは、滅ぼされた北イスラエルの国民が奴隷として連れ去られたことを知っていたので恐慌を引き押していたが、圧倒的な軍事力の前に絶望的な思いであった。そんな時にイザヤを通してアハズ王に預言されたのが、このことばである。この「あなたの神」とは、「あなたが信仰してきた異教の神にでも頼めばいい」という意味と、「本来の神様に立ち返れ」という意味があった。しかし、絶望的な状況の中にあってアハズ王は神様に立ち返ることはなく、「私は求めません。主を試みません」(7:11)と答えた。一見、よい答えのように見えるが、「神様に頼らず自分でなんとかする」という不信仰が透けて見える。だからイザヤは「さあ、聞け」(7:13)と神様のみことばへの従順を求めた。さらに神様は、神様ご自身の側から闇の中にあり不信仰に陥ったユダヤの民に対して、「主は自ら、あなたがたに一つのしるしを与える。見よ、処女が身ごもっている。そして男の子を生み、その名はインマヌエルと呼ぶ」(7:14)という大いなる計画を用意されていた。

 第二に「不信仰の民の中になされる預言の成就」について見ていきたい。一方、ヨハネの福音書では「イエスがこれほど多くのしるしを彼らの目の前で行われたのに、彼らはイエスを信じなかった」(ヨハネ12:37)と人々の様子を記述している。ラザロの復活は疑いようのない神様の奇跡であり、罪ある人の復活への保証であった。さらにヨハネは「それは、預言者イザヤのことばが成就するためであった」(12:38)と述べ、「主よ。私たちが聞いたことを、だれが信じたか。主の御腕はだれに表れたか」(12:38)と、イスラエルの民の不信仰自体が、イザヤが託された預言の成就であると述べている。人が不信仰ゆえに神様から離れ闇に陥ることも、神様は救いの計画の中に取り込まれていたのである。人によっては「神様が人の不信仰を作り出したのだ」と曲解する人もいる。少し前に熱狂的にイエス様のエルサレム入城を迎えた群衆が「十字架につけろ」と変わったのは、まるで神様が作られたように見える。だが「目の見えなさ」「心の頑なさ」などは人の罪ゆえであり、それを人が選んだ結果である。神様は、それをさらに「人の贖い」のために利用されたと解釈すべきであろう。

 第三に「求められる神様からの栄誉」について見ていきたい。ヨハネは、「イザヤがこう言ったのは、イエスの栄光を見たからであり、イエスについて語ったのである」(12:41)と述べている。もちろん議員(宗教的指導者)たちもイザヤのことばは知っており、またイエス様の栄光の数々は見ていたはずである。だからこそ「議員たちの中にもイエスを信じた者が多くいた」(12:42)のであるが、彼らは「信仰の告白」まではいかなかった。イエス様の「すごさ」「神の子ではないか」と思っても、そのことを公にすることで自分が議員資格をはく奪され会堂から追放されることを恐れた(12:42)。彼らは「神からの栄誉よりも、人からの栄誉」(12:43)を守ろうとした。多くの人は「信仰とは心の内側の問題」だという。しかし聖書は「人は口で告白して救われる」(ローマ10:10)と述べている。

2025/12/14

2025年12月7日「光があるうちに」(ヨハネ12:27〜36)

 クリスマスが近づいて街にはイルミネーションがかがやいている。この季節は夜が長いので、光を見るとホッとする。また、この季節は光が少なくなり、植物が葉を落とし眠っている。すべての生き物は光を必要とする。光はいのちの源である。

 今日は第一に「栄光の現れへの転換」について見ていきたい。イエス様は十字架のときが近づくにつれ、「今わたしの子ことは騒いでいる。何と言おうか。『父よ、この時からわたしをお救いください』と言おうか。いや、このためにこそ、わたしはこの時に至ったのだ」(ヨハネ12:27)との葛藤を語られた。その心の葛藤の末に、イエス様は「父よ、御名の栄光を現わしてください」(12:28)との決断を父なる神様に祈った。この決断に対して神様は「わたしはすでに栄光を現わした。わたしは再び栄光を現わそう」(12:28)と答えられた。ここに父なる神様とイエス様の関係がよく表れている。父なる神様はじっとイエス様の苦しみを見て来られて、イエス様が決断された瞬間に応答された。イエス様は「十字架の死と苦しみ」だけが確実であり、死の向こうのよみがえりは父なる神様への信頼でしかなかった。その信頼を貫いた先の決断に対して、父なる神様が答えられた「わたしはすでに栄光を現わした」とはラザロの死とよみがえりであり、これはイエス様にとっても大きな励ましであった。私たちも同じであり、クリスチャンといえども死への恐れがあり、信仰へのゆるぎともなる。だがイエス様の決断は、私たちのはげましとなり、死の先にある永遠のいのちへが確実だという証しとなる。そして「死で終わる人生」だけでなく、「死の向こうの希望」があるからこそ信仰を持って今を生きることができる。

 第二「光の中にある世のさばき」について見ていきたい。イエス様は「今、この世に対するさばきが行われ、今、この世を支配する者が追い出されます」(12:31)と述べられた。この「世のさばき」は父なる神様によってなされる。そしてイエス様の十字架は、義なる神様による世への完全なるさばきである。「負債奴隷」という言葉があるが、どうしようもない借金に苦しんで、つぎつぎに支払わなければならない負債につながれ奴隷のように働かなければならない人のことである。この「負債奴隷」は経済の話だが、罪にまみれてサタンに支配されたこの世の状況は、まさに「負債奴隷」と同じである。イエス様の十字架の死は、そのような私たちの罪を完全に贖われた。イエス様は「わたしが地上から上げられるとき、わたしはすべての人を自分のもとに引き寄せます」(12:32)と言われた。イエス様の死と復活によって、私たち「すべての人」を神様は招いておられる。

 第三に「光のうちに歩む者への励まし」について見ていきたい。神様は「すべての人」を招いておられる。しかし、その場にいたユダヤ人たちは「私たちは律法によって、キリストはいつまでも生きると聞きましたが、あなたはどうして、人の子は上げられなければならないと言っているのですか。その人の子とはだれですか」(12:34)とイエス様に尋ねた。ここでいう「上げられる」とは、「十字架の上にあげられる」ここと「死から復活したイエス様が天にあげられる」の二つの意味でイエス様は言われた。ご自分の死も、天に上げられることもイエス様は再三語っていたのだが、弟子たちも含めて人々は理解できなかった。だが、そんな人々の不信仰に対してイエス様は怒るわけでもなく「もうしばらく、光はあなたがたの間にある。闇があなたがたを襲うことがないように、あなたがたは光のあるうちに歩みなさい」(12:35)と人々が分かるまで待ち、変わることを期待されていた。さらに「闇の中を歩く者は、自分がどこに行くのか分かりません。自分に光があるうちに、光の子どもとなれるように、光を信じなさい」(12:35-36)とお話された。イエス様のことばは闇が迫っていることを示しているが、その前に光を信じ光の歩むという決断が迫られている。私たちは、自由意思はあるが決断を迫られている。

2025/12/07

2025年11月30日「一粒の麦が死ぬとき」(ヨハネ12:12〜26)

  「人は生きていた通りに死ぬ」という言葉があるが、多くの人は「生きているとき」のことは考えるが「死」はあまり考えない。しかしキリスト教は「死からいのちへの転換」を考える。このとき生き返ったラザロを多くの人が見に来たが、祭司長たちは、この群衆の動きに強い警戒感を持った。

 今日は第一に「栄光の主とはだれか」について見ていきたい。イエス様がエルサレムに入城したとき、「祭りに来ていた大勢の群衆」は、「なつめ椰子の枝を持って迎えに出て行き」そして「ホサナ。祝福あれ、主の御名によって来られる方に。イスラエルの王に」(ヨハネ12:12-13)と叫んだ。このとき「過越しの祭」のために多くの群衆がエルサレムに来ていた。その中にはラザロの復活を見聞きしていた人々も少なからずいて、例年とは異なり独特の熱狂で盛り上がっていた。この光景は、旧約聖書のゼカリヤ書に預言された「王の入場」そのものであった(ゼカリヤ9:9)。この預言は軍事力で圧倒する王ではなく「柔和な者で、ろばに乗って」という平和の王であることを示していたが、出下氏を含めこれを思い出す人はいなかった(ヨハネ12:16)。神様はすべてをあらかじめ語ってこられたが、人は後に気づけないことも聖書には多い。みことばはすでに語られていたが私には分からない。でも後に私のために語られていたのだったと気づく。そのような経験はたくさんある。さらに当時のこの熱狂の中にいる人たちは、それが十字架の死に向かっての行進であり、その先に贖いと救いがあることも分からない。

 第二に「主の栄光に背いている人々の姿」について見ていきたい。イエス様がラザロを生き返らせたことのインパクトは相当に大きく、見聞きした人々はそれを証しし続けていた(12:17)。そこにはイエス様に対する期待とともに盛り上がって行った。このような群衆の動きに対して、その出来事に頑なに背く人たちもいた(12:19)。パリサイ人たちは「見てみなさい」「見なさい」と二度繰り返しているが(12:17)、彼らが見ようとしているのは「栄光の主」ではなく「彼らの意に沿わない群衆の動き」であった。祭司長たちサドカイ派は、ローマ支配下のユダヤ社会で社会的な地位を得ていた。だから群衆のこのような熱狂は社会的不安をあおり、ローマ軍による介入が起こると恐れていた。また彼らの主教間では「死後の世界はない」と考えていたので、イエス様を殺すことができれば群衆の熱狂をおさえることができ、社会は、そして自分たちの社会的地位は安定を取り戻すと考えていた。彼らのように「死後の世界はない」と考えると、非常に世俗的で物欲的な考えに陥ってしまう。

 第三に「死んで生きると言われた一粒の麦」について見ていきたい。イエス様は「人の子が栄光を受ける時が来ました」(12:23)とおっしゃったが、人々がイメージする「栄光を受ける」は、何か天から雲に乗って光に包まれてやって来るものではないだろうか。しかしイエス様の言う「栄光を受ける」とは「自らの十字架の死を持って贖いとなり、神様の計画されていた永遠のいのちの救いを成就する」ことであった。だからイエス様は「一粒の麦は地に落ちて死ななければ、一粒のままです。しかし、死ぬなら、豊かな実を結びます」(12:24)と述べられたのである。だが一般には「死」に対してはネガティブな印象がある。だからイエス様についても「十字架につけられて死んだ」時点で、多くの人は「そんな方が救い主であるはずがない」と考える。ユダヤ人の中にもそう思った人は多かったが、特に論理的な思考が好きで真・美・善を至高とするギリシア人には理解しにくかった。多くの人は死によって今までの生き方や努力が無に帰すと考える。だがイエス様の言動からは、自らの「死」こそ、神様の栄光の実現のためにご自身が選び取ろうとしていらっしゃることが分かる。そしてイエス様は「わたしに仕えるというのなら、その人はわたしについて来なさい。わたしがいるところに、わたしに仕える者もいることになります。わたしに仕えるなら、父はその人を重んじてくださいます」(12:26)と述べられた。

2025/11/30

2025年11月23日「キリストの良い香り」(ヨハネ12:1〜7)

 今は「時代の転換点」とも言われ、多くの価値観が揺らいでいる。キリスト教は、そんな時代の波にさらされている。そんな時代だからこそ、キリスト教を信じることで信仰や価値観の立ち位置を再認識することが重要ではないか。今日の箇所でも、急速な時代の変化の中で信仰の内実を求めていた。

 今日は第一に、「香油を注いだマリアの信仰」について見ていきたい。今日の箇所で「マリアは、純粋で非常に高価なナルドの香油を一リトラ取って、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった」(ヨハネ12:3)という記事があり、ほかの福音書にも同様の記事がある。このとき「イエスが死人の中からよみがえられたラザロがいた」(12:1)が、彼はイエス様が「いのちの主」であることを証しする存在であった。そんなイエス様に対して人びとは夕食を用意した(12:2)であったが、マリアは「ナルドの香油」をイエス様のために用意した(12:3)。多くの人が「イエス様を歓待したい」という気持ちに偽りはなかっただろう。しかし「高価な香油」を発想した人はいなかった。このときの香油は「一リトラ=328g」で「三百デナリ=300日分の賃金」という高価なものであった。本来、香油は数滴を身体につけるものであるが、マリアはそれを一気にイエス様に注いだ。ほかの人からするとこの行動は理解しがたいものであった。しかしマリアの行動には彼女の信仰があり、そこには「イエス様の死」と「私たちの救い」があった。この行動は、彼女の信仰への確信からくる、彼女なりの応答であった。

 第二に「マリアの行動に対する非難」について見ていきたい。福音書はマリアに対比する人物として「弟子の一人でイエスを裏切ろうとしていたイスカリオテのユダ」(12:4)の行動を描写している。彼は「どうして、この香油を三百デナリで売って、貧しい人びとに施さなかったのか」(12:5)と、世間一般の人が納得できるような言葉を発している。これは「なんて馬鹿なことをしているのだ」とマリアの行動を批判する多くの人の偽らざる感じ方だろう。例えば、東日本大震災時やウクライナの状況を見て「なぜ教会はもっと貧し人に施さないのか」という人も少なくはない。だが神様に対してささげられたものは、社会活動のためにささげたものと同じだろうか。表面的に見れば同じに見えるだろうが、そこに込められたものはまったく異なることに注意しなければならない。表向きには立派なことを発言したユダの本心は、「貧しい人びとのことを心にかけていたからではなく、彼が盗人で、金入れを預かりながら、そこに入っているものを盗んでいたからであった」(12:6)というものだったと聖書は語っている。実際に、この福音書を書いたヨハネもこの時に一緒にいて、ユダの発言をもっともだと受け取っていたことだろう。そのことを悔いて、ヨハネはこの箇所を書いたのだろう。一方、マリアが香油を献げた意味はまったく異なる。旧約聖書では、神様に献げる香油は「純粋な」ものでなければならないとされている。罪人で欠けの多い私たちも、礼拝において献げるもの・行為は、神様の罪の赦しよって「純粋な」ものとされる。マリアの行為は、彼女による「礼拝」であった。

 第三に「マリアの行動に対するイエス様の評価」について見ていきたい。イエス様はマリアの行為に対して「そのままにさせておきなさい。マリアは、わたしの葬りの日のために、それをとっておいたのです」(12:7)と述べている。マリアは300日分の賃金にあたる高価な香油を、自分のためでなくイエス様のためにとっておいた。彼女の兄弟のラザロは生き返った。多くの人は「困ったときの神頼み」的な目でイエス様を見ていたのではないか。露骨に裏切ったユダだけでなく、弟子たちの中にも周りの多くの人の中にもそんな気持ちがあっただろう。だから弟子たちも多くの人たちも、イエス様が十字架につけられた時に裏切った。私も同様である。だがマリアは自分の罪と赦し、そして「いのちの主」を見ていた。そんな私たちだからこそ、イエス様はいのちをかけて私たちの贖いをされたのである。

2025/11/23

2025年11月16日「聖徒の交わり」(Ⅱコリント8:1〜15)

 盛岡みなみ教会では、最近、使徒信条の学びをしてきた。この中に「聖徒の交わり…を信ず」という祈りがある。この「交わり」ということばはキリスト教でない方からするとよくわからないし、さらに「交わりを信じる」というのもよくわからない。

 ギリシア語で「交わり」は「コイノニア:κοινωνία」という。最初期のクリスチャンは日曜日だけでなく、日常生活も共にしてきた。この生活の「分かちあい」そして「援助する」も、原語では「コイノニア」であった。今日の箇所にも「聖徒たちを支える奉仕の恵みにあずかりたい」(Ⅱコリント8:4)が隠されている。前の翻訳では「奉仕と交わりの恵み」と訳されていた。つまりエルサレムの貧しい聖徒たちを支える「交わり」を作りたいというのである。当時、エルサレムのクリスチャンは迫害を受けていたが、マケドニアも迫害がなかったわけではない。だが自分たちが貧しくて迫害を受けていたからこそエルサレムの貧しさが分かり、エルサレムの聖徒たちを支える「コイノニア」を作りたいと考えた。ある青年のお母さんが、「いつか息子を遺すことになるが、そのときに息子と一緒にい来てくれる教会の交わりを遺したい」と語られた。教会は必ずしも裕福ではないが、だからこそ交わりを支えたい、

 今日の箇所の9節からは、パウロが献金について語っている。私(佐藤牧師)も小さなころから教会に行って、親からお小遣いの中から一定の金額をささげるように教育されてきた。大きくなって分かったことは「神様に献げる」だけでなく、目の前のこの「交わり」を支えていると考えるようになった。パウロも、マケドニアの諸教会も、貧しい中から自分たちが献げたものが、貧しく生きる意味を失いかけていたより貧しい人びとの希望となっているという実感があった。そのお金は「あなたがここにいてくれて嬉しい」「神様も私たちもあなたを愛している」というメッセージを伝えているのである。

 もちろん、お金も奉仕のための時間や体力も、私たちは人間だから限界があるし、聖徒の交わりを保ち続けることは人間だからこそ困難を伴う。本来、人間の交わりはもろく壊れやすい。しかし私たちは使徒信条で「聖徒の交わり…を信ず」と告白する。この弱い人間の集まりである「聖徒の交わり」は、神様がその「交わり」を支えて導いてくださっている。それを信じているのである。私たちは使徒信条ので、神様を心から信頼して「聖徒の交わり…を信ず」と告白する幸いをおぼえたい。

2025/11/16

2025年11月9日「取り除かれた石」(ヨハネ11:38〜46)

 今年のノーベル医学・生理学賞を受賞した坂口志文(シモン)さんの研究は、T細胞の免疫に関するものであった。ちなみにお兄さんの名前は坂口偉作(いさく)さんでクリスチャンに関係する。今日の話はラザロの復活であるが、生死の問題は人間にとって希望や絶望に関わり非常に問題である。

 今日は第一に「絶望にふさがれた石」について見て行きたい。聖書には「イエスは再び心のうちに憤りを覚えながら、墓に来られた」(ヨハネ11:38)とある。このイエス様の憤りは「ラザロを愛しておられた」(11:36)ことだけでなく、集まってきた多くの人々が「見えない人の目を開けたこの方も、ラザロを死なないようにすることができなかったのか」(11:37)と不信仰とほろびに向かっていたことの哀しさも感じられていた。また彼らは、知りあいであったラザロの死の悲しみを受け止めることが出来ず、その問題を「イエス様の力をもってしても」と別の問題にすり替えて受け止めることしかできなかった。彼らはラザロの死に直面して、ラザロの墓に石で封印して心を閉ざしたのである。そしてイエス様がここにいることに対して「もう、あなたには何もできることがありませんよ」とあきらめていた。

 第二に「『神の栄光を見る』と言われたイエス様のことば」について見て行きたい。あきらめに落ち居ていた人々に対して、イエス様は「その石を取りのけなさい」(11:39)と命じた。これに対して「死んだラザロの姉妹マルタ」(11:39)は「主よ、もう臭くなっています。四日になりますから」と述べた。もちろん、読者はマルタとラザロの関係は知っている。しかしあえて書いたのは、「マルタがラザロの死をあきらめていた」そして「愛しているラザロでも、死んで四日もたった墓を開けたくはない」ということを強調したのだろう。しかし、ここで問われるのはイエス様に対する信仰であった。イエス様は以前から「父が死人をよみがえらせ、いのちを与えられるように、子もまた、与えたいと思う者にいのちを与えます」(5:21)と述べていた。また「このことに驚いてはなりません。墓の中にいる者がみな、子の声を聞くときが来るのです」(5:28)と述べており、これがラザロ一人の復活ではなく、来たるべき私たちの復活を意味している。たしかにマルタは「神の子キリストであると信じております」(11:27)とは言っているが、目の前のラザロの復活までは信じられなかった。これに対してイエス様はマルタを「信仰の薄い人だ」と避難することはなく、ただ兄弟の死に弱って信じ切れないでいるマルタを導き、「信じるなら神の栄光を見る、とあなたに言ったではありませんか」(11:40)とさらに深い信仰に導こうとされている。

 第三に「祈りを聞かれる主」について見て行きたい。ここに集まっている人々は、病の人を癒やしてきたイエス様が、信仰のあった家のラザロの死に対しては何もしてくれなかったと考えている。この状況の中でイエス様が行ったことは、手をかざしたり特別な行為を行うのではなく、衆人の前で行う「祈り」であった。そして父なる神様はいつも祈りに答えてくださることを示した(11:41)。そして、自分が父なる神様から遣わされた者であり(11:42)、死を乗りこえる権限を持っていることを人々が理解するために、ただ「ラザロよ、出て来なさい」(11:43)と命じることだけであった。ラザロの復活は科学的な変化によってなされたのではなく、父なる神様との「愛」「信頼」「感謝」に基づく人格的な関係(11:42)によって成し遂げられたものであった。イエス様は、私たちが父なる神様を信じ神様と築くべき関係を人々に表したのである。その結果、ラザロは埋葬された姿で復活した(11:44)。これを見た「マリアのところに来ていて、イエスがなさったことを見たユダヤ人」(11:45)が信じたとあるが、彼らはイエス様を信じて墓に行かず、妹マリヤと一緒に家にいた人々であった。復活の奇跡という現象が信仰を生み出すのではない。イエス様のことばを信じる心が信仰につながるのである。

2025/11/09

2025年11月02日「天における再会」(ヨハネ11:17~27)

   今朝の礼拝は、召天者記念の礼拝である。死の問題は、周りの人たちの中にこそ、不安や心の痛み、あるいは絶望として立ち向かって来る。キリストによって、そこに希望が備えられることは何と幸いなことか。

1「イエスがおいでになると、ラザロは墓の中に入れられて、すでに四日たっていた。」17節

 マルタとマリアにとって、弟ラザロの容体が悪くなっていく中で、ただ一つ頼りにしていたのは主イエスという存在であった。これまで交わりを重ねる中で、主イエスの深い愛とその御力に触れてきたからである。それ故に、主イエスが近くの来られていると知ったとき、直ぐにてきてくれるよう、使いを出した。3節

 ところが、主イエスは、ベタニヤに向かうことをしなかった。そうした中で、ラザロは息を引き取ってしまう。葬儀が行われ、ラザロは墓に葬られてしまった。それから四日後は、死の確実であったことを意味していた。主イエスが来られたのは、そのようなときである。マルタは「主よ。もしここにいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに」と訴える。

 死の現実は、そのような問題を突きつける。どうして死ななければならないのか。神は、どうして働いてくださらなかったのか。なぜ、わたしの求めは聞かれないのかと。  

2 「イエスは彼女に言われた。『わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。」

 「わたしはよみがえりです。いのちです」というのは、御自身が何であるかということを、強調した言い方になっている。それは、終末のさばきのことではなく、今、主イエスの中にあらわされているということである。マルタは、死という現実が、自分たちと主イエスとの関係を分断したと考えている。けれども、主イエスは、死の現実の中に共におられることを明らかにされた。そして「わたしを信じる者は死んでも生きる」と約束された。その中には、ラザロとマリヤそしてマルタも含まれている。

 このとき、マルタは、主イエスが語られたことを理解できなかったであろう。まさか主イエスが十字架で死なれるとは想像もしていなかったからである。しかし、主イエスのよみがえりは、主イエスの死と復活を通して確かなものとされた。そこに働く神の力が、死に打ち勝つ希望となっていく。

3 マルタは、ラザロの死という現実に、押しつぶされそうになっていた。それと共に、主イエスとの信頼関係も大きく傷ついたようにしている。神への信仰を口にしながらも、そこによって慰めを得るということではなかった。それこそが死の支配であり、死が勝利したようにしている。

 けれども主イエスは、「生きていてわたしを信じる者はみな、永遠に決して死ぬことはありません」と言われた。死に支配されたマルタの信仰を、いのちに向かう信仰へと転換させてくださった。「決して」という強い言葉を用いての確実性である。わたしたち自身、自分の信仰がどちらに向かっているかを問わなければならない。信仰者であっても、気が着かないまま死に向かうことがあるからである。もし、今の自分がそうであるなら、キリスト信仰を新しくし、いのちの主に立ち直る者となろう。

2025/11/02

2025年10月26日「不信仰という罪」(ヨハネ9:35〜41)

 最近、私(牧師)は老眼が進んで「見える」ということが、どれほどありがたいか再認識している。このところ盲人の目を開いた話が話をしているが、ただ、この話は「個人が見えるようになる」だけにとどまらず、たましいの救いや当時のイスラエルの社会全体の不信仰まで大きく広がる出来事である。

 今日は第一に「イエス様に見いだされるめぐみの大きさ」について見て行きたい。聖書には「イエスは、ユダヤ人たちが彼を外に追い出したことを聞き、彼を見つけ出して言われた」(ヨハネ9:35)と、イエス様自身が彼を追いかけ見つけ出されていることが分かる。目が癒された人は、おそらく社会の底辺として生き、しかも「罪人」だという偏見の中で生きていた。しかし、イエス様が「通りすがりに、生まれたときから目の見えない人をご覧になった」(9:1)とある。つまり彼の人生の転換は、彼自身のアクションから始まったのではなく、イエス様の働きによって見出されたのである。救いとは私たちの努力ではなく、神様側からの働きかけ、めぐみによってなされる。「見よ。わたしは自分でわたしの羊の群れを捜し求め、これを捜し出す」(エゼキエル34:11)と述べられている。イエス様は、見つけ出した彼に対して「あなたは人の子を信じますか」と問うている。「人の子」とは救い主のことである。盲人だった彼は「目が癒されて充分である」とは思わず、「主よ、私が信じることができるように教えてください。その人はどなたですか」(ヨハネ9:36)と、「見える」ようになって神様に対する「渇き」を覚えている。私(牧師)が教会に行き初めの時に、しばらくしていかなくなったことがあった。そのときに盲目であった牧師が、雨の中5階まで来てくださった。この牧師は、イエス様が行われたように「乾いたたましいを捜し求め」て来てくださったのだと感じた。

 第二に「礼拝の民として備えられること」について見て行きたい。救い主を求める彼の問いにイエス様は「あなたはその人を見ています。あなたと話しているのが、その人です」(9:37)と答えている。だれでも信仰に迷うことがある。彼も同じで信仰の新しい局面に入ったものの、目の見えない時代の「人からの施し」は期待できず、他の人と同じように働いて生活を築かなければならなかった。そんな矢先にパリサイ人に神殿から追い出されたということは、ユダヤ社会から切り離されたように感じただろう。そんな時に彼が求めたのは「自分の生きる確かな基盤」であり「私が信じることができるように教えてください」(9:36)という求めであった。これに対してイエス様は「あなたはその人を見ています。あなたと話しているのが、その人です」(9:37)と答えられた。盲人であったころは、イエス様が目の前にいても「見る」ことはできなかった。しかし盲目であったときにも、「わたしは世の光です」(9:5)というイエス様のことばを「聞いていた」。そして彼は「盲目の癒し」を体験した。神様の語りかけやめぐみを受け、そのみことばと神様の存在が一致することで確信できるようになる。その結果、この人は「『主よ、信じます』と言って、主を礼拝した」(9:38)という段階に入ることができた。

 第三に「見えないものが見えるようになる」ことについて見て行きたい。イエス様は「わたしはさばきのためにこの世に来ました。目の見えない者が見えるようになり、見える者が盲目となるためです」(9:39)と離されたが、これはこの一連の出来事がなぜ起きたかの説明であった。パリサイ人たちは、「自分は神様に対して目が開かれている」と考えていたが、何も見えていなかった。イエス様の痛烈な指摘にパリサイ人たちは反発した(9:40)。これに対してイエス様は「あなたがたの罪は残ります」(9:40)と言われた。問題なのは「罪とは何か」である。パリサイ人たちにとって「罪」とは「律法に違反する行為」であった。しかし「私は知っている」「他の人々とは違う」という彼らの態度こそ、自らの罪を認めず神様の語りかけを無視する行為である。それこそが罪だというのである。

2025/10/26

2025年10月19日「今は見える盲人」(ヨハネ9:24〜34)

 先日、あかりのない道を歩いていて転落しそうになった。人生においても暗闇に陥ることもあるが、そのときに光たるイエス様の存在は大変重要になる。イエス様によって目を開かれた人と、人々から尊敬されていた宗教的指導者のパリサイ人の差は、イエス様のことばを受け入れたか否かであった。

 今日は第一に「神のわざが見えないパリサイ人たち」について見て行きたい。パリサイ人たちは、自分たちこそ光であると自負しており、罪のゆえに(とパリサイ人たちが決めつけていた)目の見えなかった人を呼び出して、「神に栄光を帰しなさい」(ヨハネ9:24)と言い、イエス様について「私たちはあの人が罪人であることを知っているのだ」と説教した。盲人の中に神の栄光が現れつつあるのに、パリサイ人たちはそれを頑なに認めようとはしなかった。パリサイ人たちの考える「律法」理解の論理では、イエス様は律法に従っていなかったり、無視して癒しを行っていたりする「罪人」だというのである。そして、イエス様に従おうとする盲人に「おまえはあの者の弟子だが、私たちはモーセの弟子だ」(9:28)と言っている。彼らパリサイ人たちは「律法を行っているから、その行いによって神の民となる」と主張しており、「自分の中にも罪がある」「その罪は贖わなければならない」という律法の一番根幹の部分が抜け落ちていた。彼らの頑なさは、神のわざが現れる状況を無視し、神のわざを「悪しきもの」とまで捉えてしまう。「信仰から出ていないことは、みな罪です」(ローマ14:23)とパウロが言ったように、罪人たる自分自身の勝手な考えによって行うものはすべて罪に陥る。私たちは神様のことばを真摯に受け止め、信仰によって霊的な目を見開いていただく必要がある。

 第二に「見えるようにされた盲人の証言」について見て行きたい。パリサイ人たちに批判に対して盲人は、「あの人が罪人であるかどうか私は知りませんが、一つのことは知っています。私は盲目であったのに、今は見えるということです」(ヨハネ9:25)とはっきりと答えた。目が見えなかった頃の彼は、すべてのことにおいて他人に従属し引っ張ってもらわなければ生きられなかった。しかしイエス様によって目が開かれた彼は、もう他人に流されることはなく、自分の確信をもとに発言するようになった。目が見えるようになった彼は、そのことだけを得て、これまでのように衝突を避けて生きていくこともできた。しかし膨大な聖書的知識を持っているパリサイ人たちに対して、彼は「一つのことは知っています」と大胆に語った。多くのクリスチャンも、「以前の自分」「イエス様との出会いの経験」「帰られた自分の確信」を語るが、まさに彼はイエス様との出会いの中で「信仰の確信」を得たのである。

 第三に「神様のもとから来られたイエス様」について見て行きたい。盲人とパリサイ人たちが対立したときに、問題となったのは「イエス様はどこから来た存在なのか」という点である。パリサイ人たちは「神がモーセに語られたということを私たちは知っている」(9:29)と正当性を主張している。しかし、イエス様については「あの者については、どこから来たのか知らない」と言い切っている。しかし、これに対して盲人は「これは驚きです。あの方がどこから来られたのか、あなたがたが知らないとは。あの方は私の目を開けてくださったのです。私たちは知っています。神は、罪人たちの言うことはお聞きになりませんが、神を敬い、神のみこころを敬う者がいれば、その人の言うことはお聞きくださいます」(9:30-31)と明確に反論している。彼は、これまでの人生で何度も神様に「自分の目を開けて欲しい」と祈ったのではないか。しかし罪人の自分だけではダメだったが、イエス様が祈られたら直ちに神様に聞き届けられた。彼はイエス様に聞き従う中で祈りが聞き入れられ、イエス様を通して神様の愛を確信した。彼は、パリサイ人たちを論理的に班老したかったのではなく、イエス様に従うことで自分の中に起こった驚きと喜びをパリサイ人たちに語っただけであろう(9:32-33)。

2025/10/19

2025年10月12日「人生を見る目」(ヨハネ9:13〜23)

 先週は、日本同盟基督教団の牧師研修会で、松原湖バイブルキャンプ場などで行われた。その際に、今年から松江で開拓伝道を行っているその担当牧師の話もあった。松江のとなりの出雲は、10月に出雲大社に神々が集まる場所だという。出雲は「八百万の神々」の国だが、そこには本当の神様はいない。

 今日は第一に見たいのが「『見える』と言っている人たちの盲目」である。このときイエス様が目を開いた「人々は、前に目の見えなかった人を、パリサイ人たちの前に連れて行った」(ヨハネ9:13)が、パリサイ人たちは「どのようにして見えるようになったのか」(9:15)と、まるでよくないことが起こったようなたずね方をした。イエス様は「この人に神のわざが現れるためです」(9:3)と話したのに、パリサイ人たちは信じなかった。多くの人も「神様の奇跡が現れたら神様を信じよう」というが、多くの場合、パリサイ人たちと同じ反応をしないだろうか。さらに彼らは「その人は安息日を守らないのだから、神のもとから来た者ではない」(9:16)と律法の問題として解釈した。彼らは律法をよく知り熱心ではあるが、目の前で起きた神様の栄光を見ずに不信仰を行っている。このかたくなな態度は聖書の中にユダヤ人だけの姿ではない。同じ不信仰や頑なさが私たちの中にもある。

 第二に「光に反する応答」について見て行きたい。イエス様は「わたしは世にいる間は、私は世の光です」(9:5)と述べた。たしかに素晴らしい神様の栄光が目の前で起きたのに、その周りで神様への賛美も起きなかった。盲人は、信仰が芽生えて「あの方が私の目に泥を塗り、私が洗いました。それで今は見えるのです」(9:15)と証しした。しかしパリサイ人たちは「その人は安息日を守らないのだから、神のもとから来た者ではない」とか「罪人である者に、どのようにしてこのようなしるしを行うことができるのだろうか」(9:16)というものであった。彼らが見ていたのは「神の栄光」や「癒し」ではなく、自分たちの解釈した範囲での「律法に違反した」という点である。どう考えても本末転倒だが、パリサイ人たちにとって「安息日に目に泥を塗る作業をした=罪人」という論理でしかなかった。しかし彼らの一部は「罪人である者に、どのようにしてこのようなしるしを行うことができるのだろうか」(9:16)という人もいた。その人たちも、「イエス様はどこから来たのか」と自分で考えるのではなく、目が見えなかった人に「おまえは、あの人についてどう思うか」(9:17)と尋問して説明ができるようにしたいと考えた。目の見えなかった人は「あの方は預言者です」と答えたが、その答えに納得しなかったである。パリサイ人たちは宗教的に熱心であったかも知れないが、「イエス様のことばに従順になる」のではなく、「自分の頭で納得できる説明」が欲しかっただけであう。多くの宗教は「善い行い」によって救いが達成すると教える。しかし盲人にイエス様が求めた行いは「行ってシロアムの池で洗いなさい」(9:7)だけであった。彼が救われたのは。イエス様のことばを従順に追従った信仰だけである。しかしパリサイ人たちは、律法を「信仰によってではなく、行いによるかのように追い求め」(ローマ9:32)、どれだけ自分たちの解釈した律法の行為を行うかが規準となった。

 第三に「イエス様のめぐみへの応答」について見て行きたい。信仰は、癒されただけで終わるのではなく、その後、ずっとイエス様のことばにとどまる個人の生き方が必要になる。このときの現象に説明がつかなかったパリサイ人たちは、盲人の両親まで呼び出して尋問した(ヨハネ9:19-20)。イエス様は、もちろんユダヤ人が自分を信じず、多くの人が反感を持っている(9:22)のもしっていた。しかしイエス様は、この盲人に信仰が必要なことを知っており、その人との関係を導くことを優先させた。この人の両親も、慎重に言葉を選んではいるが(9:21)この人の中に起こった信仰は否定できないと考えていたのだろう。私と神様との関係も、人間関係の中で左右されるのではなく自分だけのものである。

2025/10/12
2025/10/04

2025年10月5日「主は私の光」(ヨハネ9:1〜9)

 「人生は出会いである」と言う。人は人生を変えられるような人や書物に出会うことがあるが、その最も大きな出会いがイエス様との出会いである。今日は盲目で生まれた人がイエス様によって目が見えるようになっただけでなく、人生を変えられた話である。

 今日は第一に「困難に抱えていた盲人とイエス様との出会い」について見て行きたい。このときにイエス様が出会った盲人は生まれたときから目が見えなくて、物乞いをしていた。弟子たちは、「先生、この人が盲目で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか。両親ですか」(ヨハネ9:2)と原因を訪ねた。人々は「幸福の神議論」という話をよくする。自分は「〇〇さんと異なって幸福である」「〇〇さんがこんな不幸になったのには原因がある」と、自分を棚に上げて〇〇さんの不幸の原因を捜そうとする。仏教では「因果」という概念でこれを説明し、不幸の原因を受け止め諦めようとする。そこには解決の道はない。しかも彼らは「この人ですか」と至近距離で、その議論をしている。彼にとってはそのような無神経な言葉は、これまで何度もあっただろう。彼自身も「何が自分の不幸の原因だろうか」と何度も問いかけていたかもしれない。その行為には何の解決も得られなかった。

 第二に「世の光としてのイエス様の姿」について見て行きたい。そんな弟子たちに、イエス様は「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。この人に神のわざが現れるためです」(9:3)と答えた。この発想は、弟子たちにはなかった。さらに盲人を目の前にして議論する弟子たちには、盲人の不幸が自分とは関係のないというスタンスがあった。これに対して、イエス様が発した「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません」ということばは、その人の苦しみをどれほど癒やしたことだろう。彼の苦しみの根幹は、目が見えないこと以上に「彼が」「両親が」「先祖が」罪を犯したと人々からささやかれ続けてきたことである。そこに彼の人生の絶望があった。その彼に「この人の中に神の栄光が現れるため」という宣言は、人生観を180度変えられるような宣言である。さらにイエス様は、「わたしたちは、わたしを遣わされた方のわざを、昼のうちに行わなければなりません。だれも働くことができない夜が来ます。わたしは世にいる間は、わたしが世の光です」(9:4-5)と宣言された。盲人が開かれるのは「目の光」だけでなく、「自分の中に神のわざが現れて、世の光が現れる」というというのである。そして「自分のようなものが神様のわざが現れる媒体として召される」というのは、なんと素晴らしい転換だと感じただろう。その後、イエス様は唾で泥を作って盲人の目に塗った(9:6)。この唾や泥に治療効果や薬効があったというのではない。むろん、ことばで「開け」というだけで済んだはずである。ただ盲人からすれば、イエス様が手ずから見えない目に触れてくださったことになる。本来なら「なんでそのようなことをするのか」と批判的に思うであろう。しかし彼は、イエス様が自分を「世の光」だと言われたことを受け止めて、信じ切って受け止めたのである。

 第三に「みことばへの信頼」について見て行きたい。さらに、彼はイエス様に命じられて、その泥を自分で行ってシロアムの池で洗うことになる(9:7)。イエス様の場所に来るのにも他人に頼み込んで連れて来てもらったのだから、そこからシロアムの池に行くには、神殿から500m以上の山道を下るという大変な作業だった。しかし彼はイエス様のことばを信じて、苦労してシロアムの池に行って目を洗った。おそらく彼は、泥を目につけたまま「誰か連れて行ってください」と必死で叫んだことだろう。彼は「わたしは世の光です」というイエス様のことばを信じて、それに単純にかけてそれを実行した。彼は目が開かれる前に「心の目が開かれた」のである。目が見えないことは確かに不幸なことである。しかし、私たちの心の目が開けれておらず神様と断絶していることはもっと不幸なことである。

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