別荘2016年9月7日読了時間: 1分 所要で気仙沼市に出かけることがあり、1泊だけ別荘に宿泊しました。場所は唐桑半島の先端で、観光案内には必ず載っている名勝地です。コンビニで夕食を買って着いたのが日没直前。宿泊に必要なもの以外は何も持ち込まなかったので、夜明けまで電気も、ラジオも、携帯も、インターネットもない時間を過ごすことができました。あるのは巨岩に打ち付ける波の音とコオロギなど秋の虫の鳴き声。見えるのは、水平線の上を行き交う外洋船の明りと雲間から覗く三日月、それにカシオペアなどの星座だけです。そんな中で、家族の中ではタブーとされる趣味の尺八を吹いてみました。もちろん誰も聞いていないので、「うるさい」などと苦情を言われる心配はいりません。実に贅沢な時間を過ごすことができました。翌朝、別荘を畳んで車に積み込みました。それは一人用のテントとシュラフ、それに1畳程のマットだけです。
開所式実家は、気仙沼市の山奥にあります。8年程前、その家の納屋を改装してNPO法人が立ち上がりました。障害を抱えた子どもたちや高齢者の居場所作りとして、看護師を定年退職した義姉が中心としてはじめたのでした。その頃、わたしは別のNPO法人と関係をもっていたので、立ち上げのための相談を請われ、今に至っています。 施設といっても、所詮は納屋の一角であり、設備の点でも広さの点でも充分ではなく、理想にはほど遠い
再会数年前、思いがけなく声をかけられて、青年時代の知人と再会しました。およそ50年ぶりになります。かつて私は日立製作所の社員でした。配属されていた現場には、開発を始めたばかりの超伝導の製品が流れていました。核融合の実験装置とか、リニアモーターカーの浮上装置のような物です。これは最先端の部署で学ぶようにと、担当課長の配慮によるものです。それでも、わたし自身は、連日の単調な作業に飽き飽きしていました。
梅の香り春の気配が漂う川沿いの道を散歩しました。愛犬がいた頃には、連れだってよく歩いた路ですが、五年ほど前に寿命でいなくなってからは、この道を通るのも久しぶりです。土手に枝を張った老梅は、もう満開が過ぎていました。それでも、白い花びらから放つ強い香りは春の到来を告げていて、鼻孔を懐かしく刺激します。大きく息を吸い込むと、子どもの頃の記憶が呼び覚まされました。 この季節だからでしょう。思い出したのは、笹竹
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