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宣教20周年

  • 2018年10月16日
  • 読了時間: 2分

仙台で同盟教団の教会開拓がはじまって、今年は20周年になります。振り返ってみると、何と大きな主の恵みであったろうと思います。私たち家族が、岐阜県の古川教会から引っ越したのが1998年4月2日でした。二月に教団で仙台で開拓することは決まっていても、どこで開拓するのか、どこに住むかさえ定まっていませんでした。ホテルに一泊して不動産屋を駆けずり回り、やっとで決めた一軒家が最初の拠点になりました。

 そこで3年間宣教活動をしました。4年目に入って、大家さんから賃貸を終了したいと言われたときには焦りました。それから不動産屋を数多く回り、会堂建設のプランを何度も練り直しました。けれども資金計画の段になると、どうしても不可能であることが明らかになります。そこから急展開で、今の会堂を取得することになります。「棚からぼた餅」と冗談めかして言われることもあれば、「いいことばかりではないよ。次には苦労が待ってるよ」と真顔で励まして(?)くれる人もいました。

 なんだかんだで会堂が与えられても、順調に教会形成が前進したわけではありません。幾多の問題に悩まされ続けました。そして2011年の東北大震災。あの出来事から何かが変わったような気がします。教会連合の働きの延長から、牧師がNPO法人の立ち上げに関わった経験が大きいでしょう。現在3つのNPO法人と1つの任意団体の役員をしています。実際にはたいして役に立っていないのですが、そこから考えさせられるのは、苦難を抱えた人と教会が向き合うという本質的なことです。そこに福音だけが持っている価値の再発見がありまし

た。  「社会で生きづらい思いをもっている人たちのために」

 現在の会堂を建設したF牧師は、かねがねそんな思いをもっていたと聞いています。それは

霊的な賜物として今の教会に遺されています。病気、障害、離婚、暴力、辛苦、誹謗、中

傷、悲嘆、孤独、苦悩、様々な問題があります。そうした人たちと共に歩みながら、確かな希望を指し示すことができれば幸いであると考えています。

 
 
 

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開所式

実家は、気仙沼市の山奥にあります。8年程前、その家の納屋を改装してNPO法人が立ち上がりました。障害を抱えた子どもたちや高齢者の居場所作りとして、看護師を定年退職した義姉が中心としてはじめたのでした。その頃、わたしは別のNPO法人と関係をもっていたので、立ち上げのための相談を請われ、今に至っています。  施設といっても、所詮は納屋の一角であり、設備の点でも広さの点でも充分ではなく、理想にはほど遠い

 
 
 
再会

数年前、思いがけなく声をかけられて、青年時代の知人と再会しました。およそ50年ぶりになります。かつて私は日立製作所の社員でした。配属されていた現場には、開発を始めたばかりの超伝導の製品が流れていました。核融合の実験装置とか、リニアモーターカーの浮上装置のような物です。これは最先端の部署で学ぶようにと、担当課長の配慮によるものです。それでも、わたし自身は、連日の単調な作業に飽き飽きしていました。  

 
 
 
梅の香り

春の気配が漂う川沿いの道を散歩しました。愛犬がいた頃には、連れだってよく歩いた路ですが、五年ほど前に寿命でいなくなってからは、この道を通るのも久しぶりです。土手に枝を張った老梅は、もう満開が過ぎていました。それでも、白い花びらから放つ強い香りは春の到来を告げていて、鼻孔を懐かしく刺激します。大きく息を吸い込むと、子どもの頃の記憶が呼び覚まされました。  この季節だからでしょう。思い出したのは、笹竹

 
 
 

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