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変な夢の話

2022年3月21日
読了時間: 2分

 夢などというものは、ほとんどが目覚めと共に忘れてしまうものですが、たまに記憶に留まって、何度も思い出すというのがあります。精神科医のフロイトによれば、夢は抑圧された願望の無意識的な発露ということです。確かにそうした一面はあるのかも知れません。けれども、今日、フロイトの夢解釈が支持されないように、それで全部を解釈することは危険ですし、少しこじつけがましいように思います。聖書にも夢の話が多く出てきますが、それは神の啓示の手段として語られた場合でした。

 私が度々思い出す夢というのは、青年の頃、まだクリスチャンになる前に見たものです。突然、戦場の中を逃げまどっている自分がいました。父親が砲兵として戦地に赴いていたこともあって、小さい頃に戦争の話を聞くことがありました。けれども夢でみたのは、大砲による爆撃ではなく明らかにミサイルでした。右に左に火柱が立ち上がり、追い詰められた私はついに観念して大きな木の切り株に座り込んでしまいました。そのときふと頭に浮かんだのが聖書でした。同じ部屋のKさんから、いつも教会に来ないかと誘いを受けていたので、その影響があったのだと思います。Kさんの誘いを断わり続けていたのに、この夢の中では都合よく聖書に救いを求めていました。それで今度は懸命に聖書を探し回りました。そしてやっと見つけて開いたとき、唖然として座り込んでいる自分がいました。その大きな革張りの表紙をめくると、何も書いてない真っ白な紙だけになっていたからです。それがどういう意味なのか分からないのですが、そこで自覚したことは自分は知っているつもりでいながら、何も知らないのだということでした。

 
 
 

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