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能登半島地震

2024年1月12日
読了時間: 2分

更新日:2024年1月13日

 能登半島地震の被害状況を知るにつれ、13年前の東日本大震災の記憶が呼び覚まされます。あのときも寒かったけれど春分の日が近かった。今回の地震は冬真っ只中です。底冷えがする西風に、子どもや高齢者の健康が害されはしないかと心配です。障がい者やその家族の中には、避難所さえも利用できない状況が発生しているかもしれません。東日本大震災のとき、支援活動をしていた地区で障害者の窮状を知ったのは、地震の発生から一年が過ぎてからのことでした。

 緊急避難では、ライフラインの確保が最優先にされます。それが防災の鉄則ですが、道路が寸断されているので、避難所に水とか食料品さえも十分に届いていないということです。被災した人たちの中には、「自分たちは見捨てられた」と孤独感や喪失感に陥っている人がいるということです。そうした人たちに支援の手が届くことが、社会全体の役割りとして強く求められていることでしょう。小さくても、そんな働きの一つに加わってみたいと願っています。

 被災者の悲しみが癒されるのはいつのことになるでしょうか。それでも必ず復興のときが来る。そう信じて一歩一歩前に進んでもらいたいです。そうした中で、失われないものに目を止めることができるかもしれません。東日本大震災を通して、そうした希望を見出した人たちがたくさんいるのですから。

 
 
 

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