静思の時



 ある本を読んでいて、牧師がどんなことで忙しいのか、もう一度問わなければならないと教えられました。面会に来た人が牧師に会えないことがあっても、その忙しさとが神に祈っていることだと知れば、落胆しないでそのまま帰ることができるというのです。如何に祈りが重要であるかということですが、自分のことを言われているようで気恥ずかしく思いました。このところ、ずっと忙しくしていて、日々のスケジュールをこなすことにあくせくしていたからです。

 水曜日夜の祈祷会ではネヘミヤ記を学んでいるのですが、ここでも祈りについて教えられました。エルサレムの城壁を修復するため、ネヘミヤがどんなに祈ったか、祈りに伴って為された行動など


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財布を持つのを忘れたままバスに乗ってしまいました。スマホは対応していないし、Suicaも持っていない。未だに整理券によって現金払いしているアナログ人間です。どうしようと冷や汗が出てしまいました。駅近くにある施設で開催された宣教会議のため、前の晩、パソコン、マイク、スピーカーと一つ一つを確認してカバンに詰め込んだのです。出がけにいつもなら車で行くのに、駐車料金が高いからと慣れないバスにしたことが大失

夏が来たかと思うような陽気は、今朝には一転して震えるような冷気に置き換わっていました。団地のロータリーに咲いていた桜が、昨夜からの雨に打たれて葉桜になっているのを見ると、大事なものを見逃してしまったような寂しさを覚えます。あれほど盛んに飛び交っていた燕はいったいどこにいってしまったのでしょう。想像するに、巣作りでは寸暇も余裕がないはずですが。それでも時おり庭先にすずめが来て、チュンチュンとかわいら

出会いの印象は、イメージが先行していることがあります。あるとき、教団の全国大会に出席したときのことです。受付の近くに広く名前が知られた御婦人がいることに気づきました。私の知っているYさんの親でしたので、パンフレットを配っているその方に近づいて「秋山と申します。日ごろYさんにはお世話になっています」と挨拶したのでした。するとその方は、振り向きぎわに「アッ」と声を上げる共に「イメージと全然違っていたわ

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