top of page

羊の声

  • 2019年2月2日
  • 読了時間: 1分

 教会は、「わたしの羊はわたしの声を聞き分けます」(ヨハネ10:27)という言葉でスタートした年でしたが、早くも12分の1が過ぎてしまいました。例年、この時期は各種の事務作業に追われ、アっという間に時が過ぎてしまいます。静まって考えてみると、主イエスは羊飼いの姿ではなく、声の方に注意を向けているのですね。何の武器も持たない羊は、視力と聴力が共に優れているということです。遠方にいる羊飼いであっても、羊は見分けることができないことはないでしょう。そんな中で聞くということが優先されるのは、神の言葉は信仰をもって聞かれなければならないからですね。

子供の頃、春先になると山羊が出産するのが楽しみでした。子山羊は成長が早く、生まれてから一週間もすると散歩に連れていくことができました。純白な毛に覆われた姿は美しく、綱をつけなくても一生懸命にいてくるのがとてもかわいらしく思えたものです。ただ、それは小さいときだけであって、大人になるに従い言うことを聞かなくなります。

 キリスト者は羊にたとえられています。大人になるに従い、羊飼いの声をますます聴き分ける者になりたいですね。

 
 
 

最新記事

すべて表示
開所式

実家は、気仙沼市の山奥にあります。8年程前、その家の納屋を改装してNPO法人が立ち上がりました。障害を抱えた子どもたちや高齢者の居場所作りとして、看護師を定年退職した義姉が中心としてはじめたのでした。その頃、わたしは別のNPO法人と関係をもっていたので、立ち上げのための相談を請われ、今に至っています。  施設といっても、所詮は納屋の一角であり、設備の点でも広さの点でも充分ではなく、理想にはほど遠い

 
 
 
再会

数年前、思いがけなく声をかけられて、青年時代の知人と再会しました。およそ50年ぶりになります。かつて私は日立製作所の社員でした。配属されていた現場には、開発を始めたばかりの超伝導の製品が流れていました。核融合の実験装置とか、リニアモーターカーの浮上装置のような物です。これは最先端の部署で学ぶようにと、担当課長の配慮によるものです。それでも、わたし自身は、連日の単調な作業に飽き飽きしていました。  

 
 
 
梅の香り

春の気配が漂う川沿いの道を散歩しました。愛犬がいた頃には、連れだってよく歩いた路ですが、五年ほど前に寿命でいなくなってからは、この道を通るのも久しぶりです。土手に枝を張った老梅は、もう満開が過ぎていました。それでも、白い花びらから放つ強い香りは春の到来を告げていて、鼻孔を懐かしく刺激します。大きく息を吸い込むと、子どもの頃の記憶が呼び覚まされました。  この季節だからでしょう。思い出したのは、笹竹

 
 
 

コメント


最新記事
アーカイブ
タグから検索
ソーシャルメディア
  • Facebook Basic Square
  • Twitter Basic Square
  • Google+ Basic Square

© 2023 by COMMUNITY CHURCH. Proudly created with Wix.com

bottom of page