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老化について

ネットニュースで老化についての興味深い記事を読みました。アメリカのスタンフォード大学によるもので、人の老化は一定の速度で進行するのではなく、ある年齢のときに大きくシフトチェンジするというのです。具体的には、34歳、60歳、78歳あたりで一機に変化するとのこと。この論文の詳細は、12月5日付けで「Nature Medicine」に掲載されたということですから、信憑性は極めて高いということができるでしょう。老化に関する1379種類ものタンパク質が、ある年齢で急激に変化するのが原因だろうとされています。こうした記事が気になるのも、自分が既に老化しているからだと認め去るを得ません。温水プールで2000メートル泳ぐことができでも、梁にぶら下って懸垂を10×5回できても、人におだてられて若いなどと過信してはいけない。きているものはきているんだなと自覚させられます。

 昨日は、アルバイトで勤めている施設の夜勤明けで、いわき市まで150キロの道を往復しました。先輩の牧師の葬儀に出席するためです。81歳で召されたその牧師は、ひと月前に癌が発見され、急激に体力が弱ったということでした。それまで病気らしい病気をしたことがなかったというのですから、それは時ということなのだと思います。

 帰りは何とか眠気を我慢しながら運転することができたのですが、仙台市内に入ってから道に迷ってしまいました。突然、どこを走っているのかわからなくなってしまったのです。一本信号を見間違ったためでしたが、やはり疲れているからというだけではないのです。

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弱さと尊厳

いつも行く図書館の貸し出し口で、職員の大きな声がしていました。目を向けると、白髪の男性がコピー機の使い方を聞いているのです。 「いくらですか」と男性。若い職員が「10円です」と面倒くさそうに答える。するとまた「いくらですか」と聞き返す。「10円です」「え?100円」周りが少しざわついて、「あほか」という小さな声が聞こえてきました。男性は軽い認知症を患っているのかも知れません。今言われたことを理解で

ロータリーの真ん中にある桜が開花しました。私も含め団地の人はみな、毎年、その開花を楽しみにしているのです。けれどもそれは盆栽のような低木で、わざわざ花見に来るようなものではありません。せいぜい近くのコンビニや郵便局に立ち寄った人が、帰り際に一瞥して微笑むようなことで終わります。それでも桜の名を冠した団地の象徴的な存在でありますから、春から秋にかけては区域ごとに当番を決めて雑草を抜くなどの手入れ作業

自分について

自分とは何なのだろう。そんなことを考えるようになったのは中学生の頃でした。夕日に照らされたじゃり道を、ひたすら自転車のペダルを踏みながら、自分と自分でないものと分けるのはいったい何なのだろうと考えたのです。少しおかしいです。きっかけは三つ違いの兄との比較でした。同じ親から生まれたのに、自分と兄とは確かに違う。当時は僻みとか理不尽さを感じていたのでした。生まれる時間が少しずれていたらどうなったのだろ

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