top of page

柿

2023年10月30日
読了時間: 2分

更新日:2024年1月4日

 果物の中で何が一番好きですかと聞かれたら、少し歯に噛みながらも柿と答えるでしょう。柿を食うということに郷愁を覚え、一枚の絵を観賞しているような感覚に浸ってしまうからです。昔、実家には大きな柿の木があって、毎年たくさんの実をつけました。それは小さな卵の形をした渋柿で、木の周辺は子どもたちの遊び場になっていました。秋の陽を受けながら夕暮れまで走りまわったことや、柿の枝に吊るしたブランコを思いきり漕いでいたことが懐かしく記憶に残っています。

  実家がある気仙沼市の山奥にキリシタンの殉教碑が立っています。以前にはそこから近いところに宣教師が接ぎ木したといわれる柿の木がありました。郷土史には幹回りが2.8メートルの大きな木で、樹齢が200年に及ぶとあります。古老の話によると、根本からみて接ぎ木であることがわかり、その手法は宣教師の教えによったものとのこと。ちなみにポトガルの宣教師たちは、柿をいちじく(figo)と考えていたようです。

  この碑殉教が建立されたのが文政8年(1825)2月。江戸幕府によって異国船打払令が発布された年です。当時の江戸幕府の迫害を恐れて、キリシタンとは全く関係がないよう入念にカモフラージュしてあります。けれども、それまでして立てなければならなかった当時の事情があったのでしょう。

  一度、兄と一緒にこの柿の木を見に行ったのですが、既に切り倒されていて切り株の跡しか残っていませんでした。殉教した人が誰であったかも知ることはできません。ただ、宣教師の教えによって育った柿の木だけが、その後200年生き延びたということは確かなことです。そんなことを考えると、柿を食べるときに郷愁がますます深くなります。

 
 
 

最新記事

すべて表示
牧師になるのに

先日、ある方から「先生はどういうふうにして牧師になったのですか」と質問を受けました。聖会の交わりで、グループに分かれて弁当を食べていたときのことでした。そのとき50数年前の記憶が、昨日のようによみがえりました。  もちろん、牧師になるまでに、いろいろな経緯があります。少しきざな言い方になってしまいますが、分水嶺になったのは、スポルジョンの「牧会入門」という本との出会いではなかったかという気がしてい

 
 
 
太陽と地上の太陽

夕暮れの太陽を見ながら、宇宙のことを考えてみました。もし太陽がバスケットボールの大きさであるなら、地球との距離はバスケットコートの縦の長さぐらい。地球の大きさは、ごま粒ぐらいに小さい。この距離がもっと離れていたら、生命にとって温度は低すぎるでしょう。反対にもっと太陽に近かったなら、熱ばかりか核融合の放射線に晒されてしまう。太陽と地球の大きさ、その距離、重力、これらは大き過ぎても、小さすぎても、離れ

 
 
 
開所式

実家は、気仙沼市の山奥にあります。8年程前、その家の納屋を改装してNPO法人が立ち上がりました。障害を抱えた子どもたちや高齢者の居場所作りとして、看護師を定年退職した義姉が中心としてはじめたのでした。その頃、わたしは別のNPO法人と関係をもっていたので、立ち上げのための相談を請われ、今に至っています。  施設といっても、所詮は納屋の一角であり、設備の点でも広さの点でも充分ではなく、理想にはほど遠い

 
 
 

コメント


最新記事
アーカイブ
タグから検索
ソーシャルメディア
  • Facebook Basic Square
  • Twitter Basic Square
  • Google+ Basic Square

© 2023 by COMMUNITY CHURCH. Proudly created with Wix.com

bottom of page