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限界での遭遇

2023年9月11日
読了時間: 1分

更新日:2023年9月12日

 ときどき、自分の力では何ともならない問題に直面することがあります。そんなときには、何とかしなければという心理的な迫りと、自分の力不足を自覚して関わるべきでないという思いがせめぎ合います。以前、震災支援の関係で障がい者施設の立ち上げに関わったときもそうでした。議論が沸騰した長い会議を終えての帰路、まっ暗い夜の海に出て長い時間を過ごしました。善意の支援であっても、それが中途半端で終わったら、かえって相手を失望させ傷つけてしまうことだってある。どうしていいのかわからず、ただ波打ち際に打ち寄せる波の音だけを聞いていました。そうしていると、不思議と道が開かれるような気がしてきたことを思い出します。

 最近読んだ神谷美恵子さんの本に「限界状況的なものに直面したときの人間の心情には、普遍的なものがある」とありました。ライ病患者のため、長島愛生園の精神科で治療に当たった医師の言葉として心に残りました。

 近く、震災前から関わってきた男性が、長い刑期を終えて刑務所から出所します。どのように関わるのか、どのような支援ができるのか。主の導きを待っています。



 
 
 

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